第7話 雨?
なにか冷たいものが頬に当たってる。
これは雨なのかな。
たしか僕はいま、迷宮の中にいるはず。雨が降るエリアもあるけど、ここってそんな場所だっけ?
あっ、みんな雨に濡れてたら大変だ。あんまり激しくなるようだったら、探索は切り上げてアイリスの影に避難しよう。
「ダイチぃ……目を開けてよぉ、ダイチぃ。ごめんね、ボク……ごめんね」
頭が柔らかい物に乗せられているけど、もしかしていままで眠ってた?
そういえば夢の中で、シアやリナリアにも呼ばれてた気がする。
「……どうして泣いてるの、カメリア。いつもの笑顔のほうが、断然素敵だよ」
「うっ……うわぁぁぁーん。ダイチぃ、良かったよぉ、ダイチーーー」
涙でぐちゃぐちゃになったカメリアが抱きついてきたので、僕の頭は柔らかい枕に沈んでいく。すべてを包み込むような弾力と、頭を撫でてくれる優しい手つきはスズランだな。僕はスズランの膝枕で眠ってたのか。
確か黒ローブの男がモンスターを呼び出して、その攻撃からカメリアを守ったんだっけ。
「あっ! 目玉のモンスターはどうなった?」
「気がついたな、ダイチ。よしファンガス、いったん引くぞ」
「了解です、ノヴァさん」
起き上がって声のする方を見ると、ファンガスさんが魔装の特殊能力を開放していた。黒い結晶状のシールドに、モンスターの触手がバシバシ当たってる。まだ倒されてないってことは、なにか理由があるんだろう。なにせここに集まってるメンバーは、世界最強といってもいい。
ノヴァさんの号令でその場を離れ、攻撃の届かない場所まで退避した。
◇◆◇
どうやら僕が気を失っていたのは、ほんの数分みたいだ。いくらメロンの【補強】で体が丈夫になっても、衝撃による意識消失までは防げない。気をつけないといけないってずっと思ってたけど、とっさの時はうまく対処できないものだな。
「カメリアに怪我がなくてよかった」
「ボクは魔人族だから、体を張って守らないといけなかったのに、ごめんねダイチ……ぐすっ」
「さすがに女の子を盾にして自分だけ助かろうなんて、男としてできないよ。大きな怪我もなかったんだし、もう泣き止んで」
まだ両目に涙をためているカメリアを抱きしめ、ゆっくり頭を撫でてあげる。気持ちが落ち着くように、少しだけツノも触ってあげよう。
「ダイチが壁に叩きつけられて動かなくなった時は血の気が引いた。もうあんな真似はやめてくれ」
「心配かけてごめんね、シア」
「飛び出したボクが悪いんだよ。だからダイチのこと、許してあげて」
とにかくカメリアが冷静になってくれてよかった。これも怪我の功名と言っていいのかな。
「剣の姿になって飛び出したアスフィーちゃんが、攻撃の軌道をずらしてくれたのですよ、マスター」
「そうだったんだ。軽い脳震盪ですんだのは、そのおかげだね。アスフィーは怪我とかしてない?」
「主様が無事ならいい。私は魔剣、あの程度なんともない」
『アスフィー殿は主君想いでござるな。その忠義心、拙者も見習わないといけないでござる』
気を失う直前にアスフィーの声が聞こえたけど、身を挺して僕を守ってくれたのか。こんな小さな子に体を張らせてしまったなんて、今回のことは反省点が多い。
バンダさんが仕立ててくれた神話級の服を着てなかったら、この程度じゃすまなかっただろう。もっとうまく立ち回っていかないと、この先安全にやっていけない気がする。
「クロウが帰ってきたみたいよ」
「クロウちゃん、お疲れ様なの」
「すまない、ご主人さま。あの野郎、見失っちまった」
「謝らなくていいよ、クロウ。それより体の調子とか悪くなってない?」
「あの野郎に近づこうとすると体が重くなったが、見失った後はいつもと変わらない調子に戻ってるぜ」
どうやらクロウは、走り去っていく黒ローブに気づかれないよう、後を追ってくれたみたい。だけど突然姿が消えたそうだ。スズランから生まれた精霊たちと同じように、あの黒い子も未知のスキルを持っているんだろう。次に会った時は、もっと慎重な対応をしないと……
「それであのモンスターですけど、倒すのは難しそうですか?」
「アレはどうやら魔法を吸収するみたいでね。私やオルテンシアが魔法を使うと、かえって元気になっちまうんだよ」
「結界魔法も吸収してしまうんだ。試しに全域を囲ってみたが、触手に侵食されて役に立たなかった」
「しかも再生能力がとんでもない。斬ったそばから触手を生やしてきやがる」
『なかなか厄介な相手でござるよ』
「どうやら奴さんは、あの場所から動くつもりがない感じだ。通路にピッタリ貼りつているから、避けて通るのは無理だな」
あのモンスターは斬られた触手を自分の体に吸収し、別の場所から生やしてくる。つまり傷口を焼いて再生を防ぐ手は、使えないってことだ。そして多数の触手で飽和攻撃を仕掛けてくるから、ノヴァさんでも本体を叩くことが出来ない。防御中のファンガスさんは動けないので、攻撃を防ぎながら近づくことも不可能。アイリスの【影縫】も新たに生えてくる触手を止められないし、現状では打つ手がないってことか。
使えそうな作戦は火薬を使った爆弾だけど、そんなものはすぐ用意できない。
さて、どうやって攻略しよう。
「あのモンスター、主様を傷つけた。絶対に許せない。だからスズラン、協力して」
「何をするのですか? アスフィーちゃん」
「いま主様と練習してる技、足りないものあった。それがスズラン」
あれはアスフィーと呼吸を合わせて、お互いの力をより引き出そうとする練習だ。今まで以上に剣の扱いがスムーズになるけど、まだノヴァさんの剣技には届かなかった。お互いにどこかしっくりと嵌まらない部分があったのは、ピースが一つ欠けていたからってこと?
「どうしてそんな事がわかったのか、教えてもらってもいいかな」
「主様が負けないよう、もっと強くなりたいと思った。そしたら頭に浮かんできた」
「マスターを守りたいという想いが強くなったのでしたら、きっと良い結果をもたらすはずです。アスフィーちゃんのやりたいように、してみましょう」
スズランがそう言うなら、僕に異存はない。三人で輪になって手をつなぎ、目を閉じて集中していく。すると二人の手から、鼓動のようなものが伝わってくる。それぞれに同期させるよう、意識をどんどん沈めていった。
頭の中に浮かんできた三つの波が徐々に整っていき、やがてぴったりと重なり合う。その瞬間、僕の中に温かいものが流れ込む。
――それが収まったとき、僕たち三人は一つの存在になっていた。
次回は第三者視点でお送りします。
「第8話 剣神」をお楽しみに!