閑話21 特級探索者ファンガス
今回はイノーニ国に所属する、特級探索者ファンガスの視点でお送りします。
(なんだこの子は、本当に魔人族なのか!?)
それが俺の第一印象だった。
十五のときに探索者の道を選び、これまで何度も魔人族とパーティーを組んだことがある。彼らは肉体強度が高い反面、動きに関しては人族に劣る程度しかない。
だがこの子は獣人族を超えているぞ!?
下手すると[獣王]に迫れるんじゃないか?
あんな体つきで激しく動き回るから、目のやり場に困るが今はどうでもいい。それより、やたら重い一撃が厄介だ。大盾の魔装があるのでギリギリ防げているが、このままでは押し負けてしまう。対人戦では使いたくないのだが、切り札を出すべきだろうか。
そんな事を考えながら繰り出される二本の剣をさばいていたら、あろうことか更にスピードを上げてきやがった。
「おい、待て! まだスピードが上がるのかよ!?」
「リナリアが応援してくれてるからね!」
「歌姫を連れてきたのは、そういうわけか」
そうは言ってみたものの、到底納得はできない。人魚族の【歌唱】スキルは、確かに身体能力を上げる効果がある。しかしそれは微々たるものだ。明らかに一段上のレベルに引き上げるとか、どう考えても異常だろ。薬を使ったふうでもないし、一体どうなってるんだよこいつらは……
〈絶対防御!〉
防衛技能に関して自信のある俺だったが、とうとう魔装の特殊能力を発動してしまった。黒い半透明の結晶を展開し、相手の攻撃を完全に阻む。
これは特級モンスターでも破ることの出来ない究極の壁。ノヴァさんの魔剣すら防いだ自慢の技だ。いくらその剣が業物でも、こいつを突破するのは不可能なはず。
相手もそれを悟ったらしく、距離をとって剣を鞘に収めた。意固地になって突っ込んでこないのは、なかなか見どころがある。若い探索者は相手との技量差を見極められず、無謀な攻撃を繰り返すやつが多いからな。
その点、この子は冷静だ。俺の防御を破るなんて大口をたたいていたが、よくある若気の至りというやつだから気にするな。俺に奥の手を出させたんだ、お前はよくやったよ。
……って、魔剣!?
おいおい、いくら大きな剣を取り出しても無駄だぞ。
さっきは出来るやつだと感心したが、やはりまだまだ若いか。これは先輩探索者として、後で一言注意してやらないとダメだな……
――ドゴォォォォォン!!
……え!? マジか。
おじさん、ちょっと泣いちゃいそう。
――…‥・‥…―――…‥・‥…――
俺の名前はファンガス。イノーニ国に所属する特級探索者だ。年齢は今年で三十四歳になる。身長が二メル近くあり、初対面の女子供に怖がられるのが切ない。いまだって俺の顔を見た人魚族の少女が、一緒にいる男の影へ隠れてしまった。
よく見るとあの子は歌姫じゃないか!
こんな間近でアイドルを見られるなんて、今日はなんてツイてるんだ。
それにしても、この場に来たってことは、探索者をやってるってことだよな?
確かに銀色の腕輪をしている。ノヴァさんとエトワールさんから話には聞いていたが、歌姫まで加入してるとか、なかなか面白い連中じゃないか。
今イノーニでは厄介な問題が発生中だ。そこで国の議会が大勇者ノヴァと、大賢者エトワールに助力を請おうと決定。するとその二人から、今回の依頼に参加させて欲しい人材がいるとの話が出る。ギルドの貴重な魔道具を使って連絡をしていたが、その次の日に彼らがやってきた。どうやってここまで来たんだ?
まあ伝説の二人が指名した連中だ、なにか特別な魔道具でも持ってるのかもしれない。難しいことを考えるのはやめよう。
それにしても若すぎる。リーダーの男は成人したてくらいじゃないか?
髪の毛を二か所で結んだ子供もいるし、男の背中にぶら下がってるのは幼女だぞ。まさか彼の子供というわけではないよな。俺はまだ独身だというのに、まったくもって羨ましい。
とりあえず簡単な自己紹介をすませ、模擬戦の名目で彼らの実力を確かめることに。国の依頼に特級探索者以外が絡むと、やたら細かいことを言い出す連中がいて面倒くさくてかなわん。
◇◆◇
そして俺はカメリアという魔人族の女性に負けた。
言い訳に聞こえるかもしれないが、初めから勝つつもりなんて無かったのだ。しかし自分の切り札を出した挙げ句、それを破られている。
あの魔剣、反則だろ!
土地神が鍛えたとか、なんだよそれ。こちとら防御一筋で特級探索者まで上り詰めたんだぞ。それを一撃で壊しやがって。本気で泣くぞ、このやろう。
……おっと、いい歳して取り乱してしまった。
とにかくダイチという男も、なかなか筋がいい。あのノヴァさんに構えを取らせるだけでも大したもんだ。その辺にいる中級探索者だと、棒立ちのまま片手で倒しちまうからな。
もっとも、背中にぶら下がっていた幼女が魔剣だったことは、一番の驚きだったが。
明確な意思を持って話すクラウドですら珍しいのに、アスフィーと呼ばれていた魔剣はとんでもない存在だ。人の姿になって勝手に歩き回ったり眠ったり、自由すぎるだろ。ありゃどう見たって、その辺にいるガキンチョと同じだぞ。着ている服は珍妙だがな。
準備もろくにせず迷宮へ行こうとしたり、防寒対策は不要と言い放ったり、意味不明すぎて俺には理解できん。本当に何なんだよ、こいつらは。遠足に行くわけじゃないってこと、わかってるのか?
◇◆◇
なんて思っていた時期が俺にもあった。
「うおー、特級探索者なんか辞めて、ダイチたちとパーティーを組みたい」
「あまり飲みすぎるなよ、ファンガス」
「いや、だってノヴァさん。俺たちいま迷宮を攻略中なんですよ? それがなんで風呂に入って、出来たてのうまい飯を食って、食後に酒まで飲んでられるんですか」
「家を二軒取り込んでるとか、アイリスちゃんの力がまた上がってるね」
迷宮の暗い場所へ連れて行かれたので、いったい何をするのかと思ったら、目の前の風景が突然変わる。これまで体験したことのない現象に混乱しながら辺りを見ると、そこにあったのは大きな屋敷と小さな家だ。小さいといっても二階建てで、食堂やリビングまで完備してあった。
今いる場所はアイリスという少女の影の中にあり、外から切り離された空間らしい。おかげでモンスターに怯えることなく、酒を飲んだり眠ったり出来るわけだ。
「吸血族なんて、おとぎ話の存在だと思ってましたよ」
「基本的に表へ出てこない種族だしね。アイリスちゃんみたいに活動的なのは、かなりレアケースさ」
「なにせあの形で、力だけなら吸血族の始祖を超えてるからな」
「吸血族の始祖っていえばアレですよね、一人で国を滅ぼせる存在だとか……」
始祖に逆らった一族が一人残らず殺されたとか、彼らを討伐しようとした国が一夜で滅んだとか、そんな話を昔読んだ覚えがある。悪いことをすると月のない夜に吸血族が血を吸いに来るなんて、子供の頃に言われた気もするな。
「あいつらの着ている服のことを聞いただろ?」
「確か[保護・耐傷・修繕・自浄]が付与されてるとかでしたっけ。魔装でもないのに神話級とかとんでもないですよ、あれ」
「吸血族の始祖が服を作ると、秘宝級以上の効果がつくらしいよ」
「マジですか」
迷宮へ入る際、あまりに軽装なので俺は心配になった。しかし彼らから返ってきた答えが、店売りの防具より遥かに高性能だから大丈夫、という答えだ。実際にその言葉が間違ってないことは、迷宮内でも確認している。
そんな物を作り出せる始祖以上の力を、アイリスという少女は持っているのか。この空間を維持し続けるには、それだけ膨大な力が必要ということだろう。幻の種族と呼ばれるだけあり、とんでもパワーすぎて想像もできない。
氷原エリアで彼らの精霊が使ってくれた暖房といい、今日一日で今までの常識が音を立てて崩れていった。特級精霊という人と変わらない存在、そしてその彼女が生み出した特殊な精霊。歌姫であるリナリアが奏でる強力なバフ効果。驚きすぎて疲れた俺にとどめを刺すごとく、連れてこられた場所がこの家と環境だ。
他の特級探索者に声をかけなかったのが、よくわかかる。これは国家の上級議員を兼任している、俺にしか話せないだろう。まったくウーサン国は、とんでもない人材を取り込んだな。
唯一救いなのは、彼らの人柄がとても好ましいことだ。今日一日付き合っただけでも十分理解できた。そうでなければ、目の前で酒を酌み交わしている伝説の二人が、他人を頼ったりしないはず。
俺も彼らと友好な関係を築いていきたい。
力になれることがあったら、なんでも協力しよう。
好感度を上げていけば、きっと何かいいことがある。
「はぁ……俺もニナちゃんみたいな嫁がほしい」
俺の名前はファンガス。イノーニ国に所属する特級探索者だ。年齢は今年で三十四歳になる。嫁を絶賛募集中なので、よろしく頼む。
次回、いよいよ問題のエリアへ。
そしてそこには……