第4話 イノーニの異変
訓練場から引き上げ、ギルドの奥にある会議室へ戻ってきた。今度はイノーニのギルド長も一緒だ。
ちょっと気の弱そうな感じがする五十歳代に見える男性だけど、かなりやり手とのこと。この人がギルドのトップに就いてから、組織の風通しが良くなったらしい。
「エトワール様はもう少し自重してください。ギルドの予算だって無限じゃないんですよ」
「いやー、あんなふうにやり合える相手なんて、オルテンシア以外にいなくてね。ついハメを外しちまったよ」
「さすがにドラゴンはやりすぎた、反省している」
イグニスさんが変身した姿を正確に再現してたから、かなりの大迫力だったしね。何人か地面に座り込んでしまった人がいたくらいだ。落ち込んでるシアもかわいいし、頭を撫でてあげよう。
「俺の防御を突破できるほどの実力があるんだ、彼らを参加させるということで構いませんね?」
「ああ、ノヴァ様とエトワール様も認めてらっしゃるし、ファンガスが問題ないと判断したのなら、私の方から何も言うことはない」
「今回の依頼って、やっぱり国から出されたものなんですよね?」
「その通りだ。君たちの身分はウーサンの首長が保証してくれているから、参加してもらうことに問題はないんだよ。ただし、機密保持契約は結んでもらうことになる」
やっぱり国としてデリケートな問題が発生してたか……
「試すような真似をして、すまなかったな。大勇者と大賢者の二人はともかく、まだ無名の君たちに参加してもらうには、色々な柵があってな」
「頭を上げてくださいファンガスさん。皆さんが受けに回って、僕たちの力を引き出そうとしてくれてたのは、わかってますから」
エトワールさんは、かなり本気で立ち向かってきてたけどね!
見た目は知的で妖艶な女性だけど、変に子供っぽいところがあるからな。好奇心を優先させて、周りの被害を考えないところとかさ。山での修行中も、何度か痛い目にあったよ……
「それなら何を依頼したいのか、話してもらうわよ。いつまでも理由がわからないままじゃ、落ち着かないわ」
「実は……ある地点の迷宮が急に成長しだしたんだ」
「確か迷宮の成長って、モンスターを間引けば止まるんですよね?」
ノヴァさんとエトワールさんが住んでる山も一部が迷宮化してて、時々モンスターを間引いている。僕もその討伐に、つきあわされた。卒業試験と称して。
「以前お前らがやったように、適当に数を減らせば迷宮化は止まる。一匹残らず倒し切ると、迷宮を押し戻すなんてことも可能だ」
「それで何とかなるのなら、私たちを呼ぶ理由はないわよね。一体どういうことかしら」
「実はね、迷宮が伸びている場所に近づくと、精霊たちが怯えるらしいんだよ。私は緑の精霊だから最悪なんとでもなるけど、亭主やファンガスは青だからね。スキルが発動しなかったりすると、死活問題なのさ」
「なるほど、その原因を私に探ってほしいというわけですね」
スズランならなにか違和感があっても、言葉で伝えられるもんな。確かに僕たちにしか出来ない依頼だ。
「そしてもう一点、厄介な問題が発生している。これから私が話すことを、口外しないと約束してほしい」
ギルド長が僕たちに深刻な顔を向けてきた。全員でうなずくと、話の続きを語ってくれる。
「迷宮の伸びた先が問題でな。土地神様を奉る祭壇のある洞窟へ、繋がってしまった。そこも迷宮化が進行中なので、土地神様が今どうされているのか不明なんだ」
「それって大変じゃないですか。迷宮を支配しているのは別の神ですから、両者は相容れない存在のはずです。お互いに干渉できない相手がぶつかると、なにが起こるかわかりませんよ」
「坊やは神様についても勉強してたのかい? そんなことを知ってるのは、一部の高位神官くらいだよ」
「あ、いえ。神様本人と頻繁に会ってますから」
「マスターが温泉に入っていると、必ずその場にご降臨されますね」
部屋の中にいる四人が唖然としてしまった。温泉のことは別に伝えなくても良かったんだよ、スズラン。土地神と混浴してるなんて、経緯を知らない人にはインパクトが強すぎるからさ。
仕方ないので、こちらの話も他言無用だと約束してもらい、三人の土地神について伝えておく。ウーサンとオッゴは国を揺るがす問題だったけど、土地神の名付けで得た新たな力に関する部分は、話しても大丈夫だろう。
「なるほどな。こいつらに頼もうっていうエトワールの予感は、あらゆる意味で正しかったってわけだ」
「私の【占術】スキルも急いで向かえと告げてきましたが、エトワール様も同じだったのでしょう」
「他の土地神のように新たな力を得られたなら、自力で迷宮を押し戻すことが可能になるかもしれません」
「それなら最初に土地神のいるところに行く?」
「四人目のおっぱいが待ってるぜ!」
「それが迷宮化の際に洞窟の入口がふさがってな、俺とクラウドでも斬れなかった」
つまり地道に中を攻略していくしかないってことか。
「それなら予想される敵の強さや行程、それと迷宮のタイプなんかを分かる範囲で教えて下さい。大抵のものは揃ってますので、問題なさそうならすぐ出発しましょう」
「待ってくれ、間違いなく迷宮内で泊まることになる。この人数だと相当の物資を準備しないとダメだ。今日中に出発とか、どう考えても無理だぞ」
「あー、ファンガス。その点は心配いらない、こいつら特別だからな。必要なのは武器と防具、それにポーション類くらいだ」
「防寒対策も不要よ。動きやすい装備を用意しておきなさい」
「なあノヴァさん。俺には何がなんだか、さっぱり理解できないんですが……」
「まあ実際に体験してみたらわかる。とにかく打ち合わせを始めるぞ。ダイチの言う通り時間がないからな」
こうして、神域の迷宮化を防ぐための会議が始まった。
そこで因縁の出会いが待っていることに、気づかないまま――
次回は別視点でお送りします。
「閑話21 特級探索者ファンガス」をお楽しみに!