第2話 カメリアvs特級探索者
大きな会議室なので他にも人がいるかと思ったけど、部屋の中には三人の姿しかない。がっしりした体つきの男性も気になるけど、まずは挨拶をしよう。
「お久しぶりです、ノヴァさん、エトワールさん」
「久しぶりだね、坊や。小耳に挟んだんだけど、探索者活動がんばってるみたいじゃないかい」
「パーティーメンバーも増やしたんだな! 俺の名前はノヴァっていうんだ、よろしくな。ついこの間、百三十一歳になったところだ」
「リナリアって言いますなの。もうじき十七歳になるの。よろしくおねがいしますなの」
ノヴァさんのことは事前に伝えていたので、リナリアは臆することなく自分の名前を告げる。しっかり心構えさえ出来てれば、なんだかんだで度胸があるからね、この子は。それくらいの胆力がないと、人前で歌ったり出来ないだろう。
みんなも挨拶を済ませていき、残るはもう一人いる男性だ。よく見るとこの人、黒いブレスレットをしている。ということは、恐らくイノーニに所属する特級探索者。大勇者と大賢者に加えて、そんな人までこの場にいるってことは、まず間違いなく迷宮絡みだな。
オッゴでは迷宮内を漂ってるエーテルに不純物が混ざり、それを吸い上げていた神樹に悪影響を及ぼしている。あれと似たようなことが、ここにある氷原迷宮でもおきてるんだろうか……
「それと、こいつの名前はファンガス。見ての通り、この国の特級探索者ってやつだ。防御に関しては、この俺も敵わない」
「ノヴァさんから事前に聞いていたが、本当に若い連中ばかりだな」
「あら。見た目で判断すると、痛い目をみるわよ」
「そんなバカな真似はしないから安心してくれ」
僕たちを興味深そうに見てるけど、侮蔑の視線は感じられない。単に力があるだけでは、特級探索者になれないって聞いている。この人も強いだけでなく、あらゆる面で優れてるんだろう。
「俺も〝守護神〟だの〝鉄壁〟だの二つ名を持っちゃいるが、さすがに足手まといを守り切る自信はない。ちょっと試させてもらってもいいか?」
「あぁ、俺もちょっとアスフィーと斬りあってみたいしな。どうだ、ダイチ。少し付き合ってくれないか?」
「挑戦なら受ける。魔剣相手でも、手加減しない」
アスフィーは[切断]の付与をもってるから、たとえ相手が魔剣でも傷つけることは可能だ。ノヴァさんがこうやって挑んでくるんだから、きっと新しい武器を手に入れたに違いない。どんな武器なんだろう、ちょっと楽しみだな。
「えっと、模擬戦みたいなことをすればいいんですか?」
「前にやった訓練の延長みたいなもんだ。お前らの腕がなまってないか確かめてやる」
「それならファンガスさんの相手はボクがやるよ。どんな防御だって崩してみせるからね!」
「そいつは面白いじゃないか。ギルドの訓練場を借りるから、その自信を証明してくれ」
カメリアも乗り気だし、模擬戦をやってみるか。僕もどれくらい力が伸びてるか、ノヴァさん相手に確かめてみたいし……
とにもかくにも、こちらの技量を示せってことは、それだけ厄介な依頼のはず。
訓練以外でノヴァさんの剣技や、エトワールさんの魔法を見たことがない。それに特級探索者と一緒に活動できるなんて、滅多にないチャンス。自分たちの実力を伸ばすためにも、今回の依頼は絶好の機会だ。二人に納得してもらえるような戦いをしよう。
◇◆◇
特級探索者や大勇者が申請しただけあり、ギルドの裏手にある訓練場を貸し切りにできた。壁に囲まれた円形の闘技場って感じの場所には、噂を聞きつけた探索者が見学に来てる。スタンド席みたいな場所に、ギルド職員やアンダーケンさんの姿も見えるな。
「まずは俺からだ。いつでもいいからかかってきな」
ファンガスさんが何もない虚空から、二メートルくらいある大型の盾を取り出す。彼が契約しているのは青の中級精霊だから、あの盾は魔装だ。
「まずはスピード勝負からいくね!」
「目にもの見せてやれ、ご主人さま」
クロウの応援を受けたカメリアが、腰の剣を二本抜き一気にファンガスさんへ迫る。しかしその攻撃は、湾曲した盾の表面で、きれいに受け流された。盾から重量を全く感じないのは、魔操についている[軽捷]って効果のおかげだろう。
「いつ見てもファンガスさんの盾さばきは惚れ惚れするな」
「あんな大きな盾を体の一部みたいに動かせるのは、ファンガスさんだけだぜ」
「だがあの子は本当に魔人族なのか?」
「ありゃ猫人族の速さを超えてるぞ」
今日のカメリアは、いきなりトップスピードだな。メロンの身体強化って常時発動してるわけじゃないから、最近まではオンにしても馴染むまで少し時間が必要だった。だけどリナリアと何度も迷宮に入ったおかげで、タイムラグ無しで全力を出せるようになっている。
それにまだまだ速くなるんだよ。
「お願いできる? リナリア」
「うん、頑張って応援するの!」
見学者から死角になる場所へ移動し、リナリアのおでこに軽くキスすると、髪の毛がキラキラと輝き出す。そして可憐な唇から紡がれた歌が精霊に届き、カメリアの動きが更に良くなった。
「おい、待て! まだスピードが上がるのかよ!?」
「リナリアが応援してくれてるからね!」
「歌姫を連れてきたのは、そういうわけか」
ファンガスさんだけでなく、見学に来ていた探索者たちも驚いている。訓練場全体に歌声が届くと、全員にバフ効果が乗ってしまうけど、そばにいる精霊たちに聞かせた場合は別だ。その恩恵は繋がりのある僕たちにしか作用しない。
「こいつは俺でも捌ききれん」
〈絶対防御!〉
「あれはファンガスさんの奥の手!」
「対人戦で絶対防御を使ったのは初めてじゃないか?」
「凄いぞ、あの魔人族の子!!」
呪文を唱えたファンガスさんの周囲が、黒い壁で覆われた。もしかすると魔装の特殊効果かも。材質的にはダイヤモンドみたいに、硬い結晶って感じかな。カメリアの剣が当たると甲高い音が周囲に鳴り響く。
彼女も普通の剣では太刀打ちできないと判断したらしい。二本の剣を腰の鞘に戻し、魔剣を顕現させた。
「いくよー! そーれっ!!」
――ドゴォォォォォン!!
「まじかよ……この防壁はジャイアント・ゴーレムの突進を止めたこともあるんだぞ」
「ボクの魔剣に壊せないものはないからね!」
「さすがだぜ、ご主人さま」
「いやー、まいったまいった。さすがにこれを破られたんじゃ俺の負けだ」
その瞬間、訓練場が一気に沸く。最後は魔剣の性能に頼ったけど、特級探索者に奥の手を使わせるまで追い込んだんだ。力を示すには十分だろう。
「俺の渡した魔剣って、あんなに強かったか?」
「その辺ちょっと特別な事情があるんですが、後でちゃんと説明します」
「まあいい。それより次は俺たちだな」
「わかりました。頑張ろうね、アスフィー」
「任せて、主様」
剣に変わったアスフィーがふわりと浮き上がり、僕の手の中に収まる。ウーサンで暮らすようになってから、この子の顕現している時間が圧倒的に増えた。頻繁に迷宮へ潜るようになってからは、一日中姿を見せていることも多い。気を抜くとすぐ寝てしまうけど、お腹が空くことは減ったそうだ。
そうやって触れ合う時間が増えるにしたがい、どんどん僕の手に馴染んできてる気がする。
「隣りにいた子供、剣に変わったぞ!?」
「あれは意志ある道具……か?」
「人の姿になれる剣なんて聞いたことねぇ」
「子供を連れてたのは、兄貴の趣味じゃなかったんっすね!」
え!? もしかしてそんな風に見られてたの?
この子は巫女幼女じゃないんです、剣なんですよ! 一緒にお風呂に入ったり、僕の腕枕で寝たりするけど、栄養はモンスターなんです!
「外野は放っておけ、ダイチ。それより俺の新しい武器を紹介してやる」
そう言ったノヴァさんの手に、一本の剣が顕現する。
『拙者、クラウドと申す者。ノヴァ殿に仕える武士でござる』
それは大太刀の姿をした意志ある道具だった――
新キャラ(?)登場。
次回「大勇者vs大地」をお楽しみに!