閑話01 アークとヤーク
グロ注意。
二人の男が列車から降り、駅を抜けて街へ到着する。前を歩くのは兄のアーク、そして落ち着きなく視線をさまよわせながら、後ろをついてきたのは弟のヤーク。二人は北にあるドワーフ族が治める国[エヨン]から、アーワイチへとやって来た。
「さーって、この街にもカモになりそうなやつは居るかね~」
「どこにでもバカはいる、必ず見つかるさ」
アークとヤーク兄弟は言葉巧みに他人へ取り入り、金品を巻き上げる詐欺師だ。国を転々としながら詐欺行為を繰り返しているが、その相手は力のない一般人ばかりなため、指名手配すらされていない小悪党である。そんな二人に黒いローブを着た人物が近寄り声をかけた。
「あなた達、列車の中でも面白い話をしてたわね」
「誰だ、てめぇ!?」
「そんなに警戒しなくていいわよ。私はちょっとした儲け話を持ってきただけだから、あなた達をどうこうしようって気なんかないわ」
黒いローブを着た女は、少しだけフードの縁を持ち上げると、その整った容姿でニコリと笑う。
「ヒューッ! すげぇ美人じゃねぇか。話はベッドの上でしねぇか?」
「あいにく私は忙しいの。聞く気がないなら話を他に持っていくけど、どうする?」
「俺たちは仕事にリスクを犯さない、それが保証されるなら情報を聞こう」
「スライムしか出ない迷宮の上層で、隠し部屋を探索する簡単なお仕事よ」
それを聞いたアークとヤークは、女の話を聞くと決める。そして隠し扉を開くために必要な、生贄のことを知るのだった。
◇◆◇
「へへっ、なんかチョロそうな仕事だな」
「誰かを騙して部屋へ閉じ込めるんだ、俺たちに向いている仕事なのは間違いない」
「そうと決まれば騙しやすそうなヤツを探さないとな」
そんな相談をしながら歩く二人の横を、白い上級精霊を連れた男が通り過ぎる。それは街にある図書館から出てきた大地だった。
「なぁ、今の見たか兄貴」
「白い精霊を連れてたな」
「しかも上級精霊だったぜ」
「役立たずの精霊に上級進化石を使うヤツなんて初めて見たな」
「あいつぜってーバカだぜ。それも世間知らずの大バカだ」
その場で相談をしはじめた二人は、今回のターゲットを大地にすると決定。数日かけてこっそり後をつけ、何かを必死に調べていることや、迷宮に興味があるという情報を掴む。そして白の精霊と契約し直したアークは、図書館で本を読んでいた大地に話しかけた。
「ちょっとかまわないかな?」
「あっ、はい。何か用ですか?」
「君って白い上級精霊を連れてるだろ。俺も同じ精霊と契約してるんだ、よければ話を聞かせてもらえないかと思って」
「兄貴以外で白い精霊を連れてるヤツなんて初めて見たから驚いたぜ」
「ホントですね! 僕と同じ白い精霊を、中級に進化させてあげてるんですね」
アークの横に浮かんでいる、クリオネ型の白い精霊を確認した大地の顔がパッと輝く。それを見たアークとヤークの二人は、内心で〝喰い付いた〟とほくそ笑むのだった。
◇◆◇
「色々興味深い話が聞けて有意義だったよ」
「ダイチは本当に精霊を大切にしてるんだな、ちょっと感動したぜ」
「ずっと一緒に暮らしてきたから、なんだかもう家族のように思えちゃって」
「普通の人は精霊を使い捨ての道具のように扱うけど、君の考えは素晴らしいと思う。ダイチとはいい友人になれる気がするよ、君さえ良ければまた会ってくれないか?」
「はい、お二人の話は面白いですし、またお会いしたいです」
「俺たちはこの宿に泊まってるんだ、ダイチが調べている事について、協力できることがあるかもしれない。この街にはしばらく滞在する予定だから、暇があったらいつでも訪ねてきてくれ」
アークから宿の住所が書かれたメモを受け取った大地は、何度もお辞儀をしながら図書館を後にする。その後ろ姿を見つめる二人の顔は、暗い笑みが浮かんでいた。
「やべー、あいつ天然の大バカだ。笑いを堪えるのに苦労したぜ」
「精霊を家族と思ってるとは、愚かすぎて反吐が出る」
「コイツラなんて消耗品みたいなもんなのによ。よりにもよって役立たずに上級進化石使うとか、正気の沙汰じゃねぇな」
「とにかくあいつの情報をもっと引き出して、迷宮に誘い出したらおさらばだ。それまでボロを出すなよ、ヤーク」
「おうよ! 笑わねぇようにだけ気をつけるぜ」
こうして大地とコンタクトを取った二人は、偶然を装って同じ依頼を受けたり、自分たちの宿へ呼んで交流を深めていく。そして大地が田舎から出てきたこと、天涯孤独の身で親戚や縁者が一人もいない、そんな個人情報を集めていった。
身寄りのない人間が突然消えたところで、騒ぎになる可能性はない。そう確信した二人は大地を迷宮へと誘い、隠し部屋に閉じ込めるのだった。
―――――・―――――・―――――
隠し通路を攻略した翌日、別の扉を開く鍵を手に入れたアークとヤークは、迷宮の入口へ続く道を歩いていた。迷宮にはいくつか入り口があり、二人が向かっているのは人があまり来ない場所にある。
「鍵も手に入ったし、いよいよお宝とご対面だな、兄貴」
「もしレア物のアイテムなら、あの女に渡さず持ち逃げすることも考えておけ」
「それはいいんだけどよぉ兄貴、チョロい仕事のわりに無駄な日数がかかってるし、追加報酬とか欲しいぜ」
「間抜けの歓心を得るのに余計な経費も使ったから、請求してみるか」
「一回でいいからあの体、味見させてくんねぇかなー」
そんな話をしながら歩く二人に、音もなく人影が近づく。銀色の髪は陽光を浴びながら輝き、嫌でも目立つ二つの膨らみが視線を釘付けにする。それは自分の存在意義を奪おうとした二人を見つけ、氷のような笑みを浮かべたスズランであった。
「少し道をお尋ねしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「こんな場所をアンタみたいな美人が歩いてたら危険だぜ、良ければ俺たちが送ってやろうか?」
「家の者を待たせておりますので、それには及びません」
スズランは氷点下の微笑みを向けているが、滅多にお目にかかれないような容姿を前に、二人の男は全く気づかない。特にヤークは鼻の下を大きく伸ばしている。
そして話を終えたスズランが二人から離れ、後ろを振り返りながら小さくつぶやく。
「精霊は人が可愛いから力を貸すんです、愛想が尽きることもあるんですよ――」
その声は誰にも聞かれることなく、空へと溶けていった。
◇◆◇
迷宮に入ったアークとヤークだったが、話題はずっとスズランのことだ。
「あんな上玉、初めて見たぜ」
「髪の色を見た限り人魚族だろうが、アイツの容姿は今の歌姫を越えていたな」
「歌姫は全員ガキだけどよ、さっきの女はちょうど食べごろだぜ」
「人魚族であの身長は珍しい、今まで知られていなかったのが不思議なくらいだ」
【歌唱】のスキルを持った人魚族は人気があり、あらゆる国で活動している。その中でも〝歌姫〟と呼ばれる者たちは、ツアーで各国を回るほど有名な存在だ。
人魚族には女性しかおらず、子孫を残す際には他種族と交わらなければいけない。容姿が整った者ばかりなので、男たちにとって格好の話題になる。他人に取り入る際の鉄板ネタなこともあり、二人とも熱心に情報を集めていた。
「なぁ兄貴、次はウーサンに行ってみねぇか?」
「人魚どもに貢がせて、好き放題味わい尽くすのも面白そうだな。考えておこう」
「そうと決まれば、とっととお宝を拝みに行こうぜ!」
手に入れた鍵を使って隠し部屋に入った二人だったが、いつもより慎重さを欠いていたため、周囲への警戒がおろそかになってしまう。入ってきた扉が突然閉まり、部屋の奥から現れたのはイノシシに似た鼻を持ち、二本の牙を口から生やした、身長二メルを大きく超えるオークだ。
「チッ! 罠かよ、ついてねぇ」
「落ち着けヤーク。変異種のようだが、ただのオークだ」
くすんだ緑や茶色の体表と違い、現れたオークの肌はローズレッドだった。オーク系モンスターの力は強いが動きが鈍いため、アークとヤークでも時間をかければ簡単に倒せる。隣に浮かぶ緑の中級精霊に向かい、ヤークは命令を出す。
「俺の剣と盾を出しな」
しかし、収納スキルを持った緑の精霊はなんの反応も示さない。
「てめぇ、聞こえてねえのか。俺の剣と盾を出せ、つってんだよ!」
「何をやってるんだ、ヤーク」
「わかんねぇけど、こいつが俺の言うことを聞きやがらねぇ」
「仕方ないな、俺がやろう。おい〈火の玉〉だ」
アークは契約し直した赤の中級精霊に魔法発動を命令したが、やはりなんの反応も示さなかった。焦った二人は何度も怒鳴り、精霊を掴んで壁に叩きつけようとする。途切れることなく罵声を浴びせられ、ひどい扱いを受けた精霊は、ついに二人の前から消えてしまう。
「なっ、なんで契約破棄してねぇのに消えちまうんだ!?」
「わからん、とにかく今は逃げ――」
パニック状態に陥った二人は、ローズレッド・オークが間近に迫っていることを忘れ、その大きな腕で締め上げられてしまう。間近に迫る顔は興奮し、よだれを垂らしながら獲物を見つめている。くさい息と醜悪な顔から視線をそらした二人は、腰布の一部が起立していることに気づいてしまった。
「まっ……まさか、こいつ」
「そんな変異種がいるなんて、聞いたことがないぞ!?」
「あっ、兄貴ぃー、もうだめだぁ」
「ヤーーーク!!」
腕の中でもがく二人は、なすすべなく部屋の奥へと連れて行かれる。そこには瓜二つのローズレッド・オークが待ち構えており、捕らえられた獲物を見たとたん興奮しだす。
――ウホッ!
「「ア゛ッーーーーー!」」
薄暗い場所から勝利の雄叫びが聞こえた直後、二人の絶叫が部屋に響き渡るのだった――
―――――・―――――・―――――
ローズレッド・オークが立ち去った部屋に、黒いローブを着た女が入ってくる。周りの状況を確認したあと、壁の一部を押し込み隠し棚を開いた。
「うわぁー、なんか悲惨ね。それにひどい臭い……」
中に入っていた蓋付きの小さな壷をポケットにしまうと、顔をしかめながら部屋の奥を一瞥し、すぐ視線をそらす。
「まあ小悪党にはお似合いの末路かしら。目的のものは手に入ったから、あなた達の犠牲は無駄じゃなかったわ。じゃあね」
そう言い残して部屋から出ていく黒ローブの女。
――その横には漆黒の中級精霊が浮かんでいた。
具体的な描写はしてませんので、何があったかはご想像におまかせします。
次回の閑話はオルテンシアサイドの話です。
一体スズランとどんな儀式をしたのか、その一端に迫ります。