第1話 再びイノーニへ
第10章がスタートします。
過去の話でヒントは出ていますし、章タイトルの○に入る文字はお察しで(笑)
ラムネが作ってくれた転移門を抜けると、少し薄暗い場所に出る。ここは僕たちがよく利用していた、イノーニにある橋の下だ。同じ南部に位置する国でも、ウーサンより北側になるので気温は全く違う。それに首都がある辺りも、氷原迷宮の影響下に入ってるから、かなり涼しい。
「列車に揺られなくてもいいのは、すごく楽なの!」
「マスターとのんびり旅ができないのは、少し残念です」
転移のスキルが星四になってから、かなりの距離をショートカットできるようになった。もう一つ上げれば、ウーサンからアーワイチやエヨンのような、対角線上の都市も移動できるようになるだろう。確かにスズランの言うとおり、転移でポンポン移動してたら、旅の楽しみがなくなっちゃうよな。
「今度、ゼーロンの周りにある都市をぐるっと廻る旅とかしてみたいね」
「壁があるだけで、楽しめるような要素はないと思うのだけど?」
エヨンへ行ったときに通ったケーキュウとコトもそうだけど、ゼーロンの周りって五角形の壁で囲まれてる。そして線路が敷設されてるのは、壁の外側に沿ってだ。その時はたまたま壁の反対側だったけど、基本的に席や個室は駅員さんにお任せだからなぁ……
なんでも、大氾濫のときにモンスターが分散して大変だったので、同じような事態に対処できるように作ったらしい。中央大迷宮をすっぽり囲む大きさがあるって話だから、総延長はとんでもないだろう。
「ボク、壁の上を走りながら、列車と競争してみたいかも」
「水の上を走れるカメリアちゃんなら、列車に勝てそうな気がするの」
「途中で体力がなくなっても、放置して先に行くわよ。それでもいいなら挑戦してみなさい」
「あうー。持久力のことを全然考えてなかった。やっぱりやめておくよ」
「その時は俺様が運んでやるから安心しな、ご主人さま」
まあクロウは新幹線並みのスピードが出るし、飛ぶのに体力は関係ないから余裕で勝てるかな。大きくなったクロウが人を乗せて列車を追いかけてたら、大騒ぎになるだろうけどね。
橋の下を出た僕たちは、そんな事を話しながら探索者ギルドへ向かう。
オッゴから帰ったあと、ずっとウーサンの迷宮で活動を続けていた。リナリアがパーティーに加入したことで、連携の見直しをしておこうという話になったからだ。あのときはアイリスの幻影で対処できたけど、同じ手が通じる相手は限られている。
とにかく僕は、スミレの表示してくれるマップ情報を常に意識しつつ、後衛を守りながら臨機応変に対処しないといけない。
なんて口で言うのは簡単なんだけど、これがなかなか実践できないんだよ。マップに気を取られて迷宮の壁に剣を突き刺しちゃったときは、アスフィーにかなり怒られた。それに危うく同士討ちしそうになったことも……
でもこれは魔法と剣でオールレンジに対応できる、僕に一番向いている役目だ。なので学園が休みの日や、単位習得に必要のない授業時間を利用して、何度も迷宮へ潜った。
そのおかげもあり、なんとか形になってきた頃には、リナリアが中級探索者に昇格している。学園の生徒で中級探索者は、カクタス君と獣人族の男子しかいなかったので、かなり目立っちゃったみたい。
そもそも人魚族で探索者を生業にしてる人は少ないからね。だけどリナリアが与えてくれるバフ効果は、僕たちパーティにとっての生命線になり得る。なにせ彼女の歌は、精霊たちのスキルにも効果を及ぼす。妖虫と戦ったときに今まで以上の力が出せたのは、リナリアのおかげだ。
「そろそろ探索者ギルドにつくぞ。エトワール様の依頼だし、気を引き締めていこう」
実は昨日、探索者ギルド経由で僕たちに伝言が届いた。大勇者と大賢者の二人が、僕たちの手を借りたいとのこと。どうやらそれを聞いたシアの、【占術】スキルが反応したらしい。早く行ったほうがいいと予感めいたものが湧いてきたので、次の日に転移で移動することにしたってわけ。ちょうどリナリアが長期休みに入るから、タイミングも良かったし。
少し緊張しながら扉をくぐると、中にいた探索者の視線が集中する。
「おい、あれって……」
「間違いない。迷宮の中にいた鳥を捕まえて、使役しちまった連中だ」
あー、クロウを仲間にした時って、かなり目立っちゃったからなぁ……
それにみんなの視線を集めてる場所が、僕にもわかる。
「おい、なんで歌姫がこんなところに」
「見ろよ、中級探索者の腕輪をしてるぜ」
「ってことは、あのパーティーに所属してんのか?」
これまではスズランとカメリアの二人だったけど、今はリナリアにも向けられてるみたい。厳つい人が多いし、ちょっと怖がってるじゃないか。本人たちはただ見てるだけなんだろうけど、僕の大切な妹を威嚇するのはやめてください。
そんな時、ギルドの奥から脳天気な声が聞こえてきた。
「あっ、ダイチの兄貴じゃないっすか! ご無沙汰してます!!」
ちょっと歪んだ鼻筋の男性が、手を振りながら駆け寄ってくる。この人はオレ・ダ・ヨオレ……じゃなかった、僕に三回も絡んできた人だ。以前とはキャラ変わっちゃってるけど、いったい何があったの?
「確かアンダーケンさんでしたね」
「名前を覚えていてくれるなんて光栄っす!」
「えっと……お兄ちゃんのお知り合いなの?」
いきなり近づいてくるから、リナリアが手をキュッと握ってきた。彼が契約してるのは、耐性系のスキルを持った青の中級精霊だ。リョクのように荷物を持ってくれないので、武器や防具を含めてフル装備してる。そうした姿は、どうしても威圧感が出てしまう。
「アーワイチで活動してた時に色々あってね。一応、顔見知り程度の知り合いだよ」
「つれないこと言わないでくださいよ! 俺と兄貴の仲じゃないっすか!」
いやいや、いつに間にそんな仲になったんですか。名前を知ったのすら、受付嬢経由なのに。それに出会いは最悪だったでしょ。
「それより歌姫まで連れちゃって、さすが兄貴っすね。俺リナリアちゃんの、大ファンなんっすよ」
「あっ、ありがとうなの」
「リナリアは僕の大切な妹だから、あまり怖がらせないでくださいね」
人魚族って平均身長が百五十センチ台なので、他種族の男性はどうしても見下ろす視線になる。特にリナリアは同年代と比べて背が低いから、余計に恐怖を感じてしまうだろう。なので周りの野次馬にも届くように、あたりを見回しながら言ってみた。
周囲から「妹ってどういうことだ?」なんて声が聞こえるけど、人魚の涙について説明する気はない。周囲を納得させるのに、一番効果的な方法があるからね。
「大丈夫ですよリナリア。マスターがそばに居てくださったら、なにも心配はいりません。それに私もついています、安心してください」
「お姉ちゃんに抱きしめてもらえると、すごく気持ちが落ち着くの」
「「「「「なんて、うらやま……尊いシーンなんだっ!!」」」」」
二人の身長差だと、ちょうどいい場所に顔が埋まってしまう。スズランの落ち着く香りって、あの辺りが一番強いんだけど、やっぱり母性?
こうやってスズランが姉として振る舞ってくれるから、人魚族の妹がいても違和感がなくなる。僕の意図を読んで即座に行動してくれるのは、さすがだよ!
「救世主のみなさーん、お待ちしていました」
今度はフロア主任の受付嬢が来てくれた。なんだかいつ来てもいいように待機したって顔をしてるけど、僕たちが転移で移動できることは知らないはず。ギルド間で利用できる特別な通信は輝力の消費が激しいから、気軽に使えないって言ってたし……
「お久しぶりです。今日ここに来ること、知ってたんですか?」
「いえ、エトワール様に言われて様子を見に来たんですが、本当に来られてたのでびっくりしました。そんな事がわかるなんて、さすが大賢者様ですよね!」
あの人も【占術】のスキルを持ってるし、その辺りで予感めいたものを感じたのかも。なにせ僕たちの力については、一番の理解者だから。
珍しいものや新しいものが大好きで、ちょっと暴走してしまうこともある。そうした好奇心旺盛な性格が、あの豊富な知識量に繋がってるのは確かだ。新しく生まれたスミレのことも、また根掘り葉掘り聞いてきそう。今のうちに覚悟を決めておくか。
「エトワール様のことだ、きっとこうなることを予想していたんだろう。とにかく会って話をしてみよう」
「面倒なことになりそうだけど、せいぜい恩を売ってあげましょうか」
「今度こそパイタッチしてやるぜ!」
「久しぶりにノヴァさんに会えるの楽しみだなー」
「アスフィーちゃんをくれた人に会えるの、楽しみなの」
「暑苦しい。けど、悪い人じゃない」
「大賢者や大勇者に呼ばれてたなんて、さすが兄貴たちっすね!」
それにしても態度が豹変したアンダーケンさんのこと、どうして誰も突っ込まないのかな。なんかそこに存在しないように扱われてるのは、ちょっと不憫すぎる。きっと気にしたら負け、みたいに思ってるんだろう。僕もこのままスルーしてしまうか。思い当たるフシはあるけど、なんか面倒になってきたし!
「急ぎの用事って感じですし、とりあえず二人のいる場所に案内してください」
やたら僕のことを持ち上げてくるアンダーケンさんと別れ、受付嬢にギルドの奥へ連れて行ってもらった。そこには重厚な観音開きの扉があり、ちょっと圧倒されてしまう。それもそのはず、ギルドで一番大きな会議室らしい。
扉を開けてもらって中にはいると、ノヴァさんとエトワールさんの他に、がっしりとした体つきの男性がいた。見るからに探索者っていう身なりをしてるけど、一体誰なんだろう……
アンダードッグ氏ふたたびw
会議室にいたもう一人の男とは。
次回、「第2話 カメリアvs特級探索者」をお楽しみに!