第10話 神樹のお礼
後ろから僕にハグされたリナリアが、きれいな歌声を辺りに響かせる。こんなに密着した状態で歌えるのが嬉しいのか、さっきより声に感情がこもってるみたいだ。その影響を受けたらしい神樹が、光りだしてしまう。
発光現象はすぐ収まったけど、こちらへ向かって神樹の枝が伸びてきた。そして僕の目の前で、ピタリと止まる。
「あの……これって」
「多分お礼がしたいんだと思うよ」
「リナリアでなく、僕にですか?」
「この子の歌に乗ってるのは、君の力なんだよね。神樹はそれをわかってるんじゃないかな」
こうして行動を起こせるくらい、明確な意識を持ってるのは驚きだ。でもみんな頑張ってくれたから、それをちゃんと伝えたい。
「元気になって良かったね。もう妖虫を封印する必要はなくなったから、安心していいよ」
伸びてきた枝をそっと撫でると、僕の頬に葉っぱをこすり付けてきた。ちゃんとこっちの言葉が、わかってるんだなぁ……
「神樹様にも好かれるとは、ダイチは相変わらずだな」
「お兄ちゃんモテモテなの!」
「前に二人でデートした時も、お店の人が飼ってる犬に懐かれてたよね」
「猫だけは拾ってくるなよ。あいつらは俺様の天敵だからな!」
「何か拾ってくる時は、主人である私の許可をちゃんと取りなさい。いいわね」
「野良の精霊を拾ってこられたら、私も一緒にお世話しますので」
リナリアの歌が終わったので、みんなが近くに集まってくる。子供じゃないんだし、こっそり動物を飼ったりしないって。というか、野良の精霊っているの? そんなの見たことないんだけど……
それはさておき、人の言葉がわかってる感じだし、みんなのことを紹介しよう。
「この子が妖虫を倒してくれたカメリアと、契約精霊獣のクロウ。僕の前にいるのは歌で力を与えてくれたリナリア」
「浄化の炎を使ったから、もう大丈夫だと思うよ!」
「俺様のご主人さまが、超頑張ったんだぜ!」
「お兄ちゃんの力を歌で届けてあげたの。元気になってくれて嬉しいの」
「この人が結界で周囲の被害を最小限にしてくれたオルテンシア。みんなはシアって呼んでるよ」
「初めまして神樹様。私はオルテンシアと申します。神樹様のお力になれたこと、この国に生まれた者として、光栄に思います」
「こっちは炎の幻影でリナリアたちを守ってくれたアイリス。隣りにいるのが僕たちに特別な力を与えてくれる、特級精霊のスズランとその子供たち」
「あなたも火は苦手そうだけど、今回のことは大目に見てもらえると嬉しいわね」
「初めまして神樹様、特級精霊のスズランと申します。今の神樹様からは、とても心地よい波動が感じられます。お元気になられたようで何よりです」
一人ひとりの前に枝を伸ばし、お辞儀するように上下に動かしていたけど、また僕の前に戻ってきた。そして手を包むこむように枝を巻きつけ、なにか渡してくれる。
「えっと、これは木の実かな?」
僕の手の中にあったのは、クルミのような形をした、緑色の小さな実だ。サイズ的には、ちょっと大きな梅干しの種くらいかな。これで赤かったら、見ただけで口の中が酸っぱくなってきそう。
「凄いね君たち。それって神樹の種だよ。私も見るのは二回目かな」
「そんなに貴重なものなんですか?」
「なにせ神樹の種を譲り受けたエルフの賢者が、ここに植えて建国したんだよ。国の起源に関わるくらいの貴重品だね」
なんてこった! レアアイテムなんてレベルじゃなかったよ!!
どうりでエルフの重鎮たちやユーフォルビアさんが、オロオロと視線をさまよわせているわけだ。こんな物があると、オッゴの国が割れかねない。
「せっかく神樹がくれたものですし、僕たちで管理する方がいいみたいですね」
「君たちには野心がないっていうか、邪気が感じられないんだよ。だから神樹も、それを渡してくれたんだと思う。そもそも君たち以外が植えても、芽なんて出ないんじゃないかな」
「それならイルカ島に植えて、自治区を象徴する樹にすればいいわね。ニナなら上手く育てられるんじゃないかしら」
「私や他のエルフ族が持つと、そこに権力が集中してしまうからな。一番カドの立たない方策は、それだろう」
あっ、なんかアイリスがすごく嬉しそうにしてる。なにせ建国の礎になった樹だもんね。吸血族のシンボルみたいな感じに思えるのかもしれない。
とにかく、とても素敵な報酬をもらってしまった。お礼を兼ねて神樹の枝を撫でると、お辞儀のような動作をして、元の場所へ戻っていく。
「いやー、とても珍しいものが見られて、私も大満足だよ。そ・れ・に……こーんな可愛い子が、目の前で歌を披露してくれるなんてさ!」
「あうー……お胸でギュってされると、息ができなくなるの~」
「ちくしょー、羨ましすぎだぜ、リナリア」
風の守護者に抱きかかえられたリナリアが、大きな胸の中でジタバタもがいてる。この人も下着はつけてないだろうから、ダイレクトに柔らかさが……って、痛いよシア。ごめんなさい、あまり見ないようにします。
「あ~ん、この小動物みたいな愛らしさ。存在自体が罪ね! ねぇねぇリナリアちゃん、私の妹にならない?」
「リナリアにはスズランお姉ちゃんがいるから、遠慮しますなの」
「スズランっていうと、あの大精霊っぽい子かー。う~ん、結構いい勝負できると思うんだけど、脱いでみる?」
ちょっと待って、どこの勝負ですか!
それにスズランは大精霊じゃありませんよ。それに近い力を持ってるかもしれないけど……
「あのー、そろそろ離してほしいの……」
「残念だけど仕方ないなぁー。リナリアちゃんがいれば、虫に吸われた力もすぐ取り戻せそうなんだけどなぁー。離れちゃったら、お腹が空いて倒れそうだなぁー。このままだとリナリアちゃんを、食べちゃいそうだなぁー」
「それならお兄ちゃんに名前をつけてもらえばいいと思うの。ウーサンにいる土地神さんも、それで元気になったの」
「えっ、なにそれ!? すごく興味あるんだけど!」
今回の名付けもスムーズにいきそう。ナイスだよ、リナリア!
これまでの経緯を簡単に説明すると、面白そうだからやってみて欲しいってことになった。
「空気の精を意味する、エアリアルという名前を考えていたんですが、いかがでしょう?」
「響きもきれいだし、風だけじゃなくてもっと大きなものを表してるのがいいね! うんうん、エアリアルか。それに決めたよ。今日から私はエアリアルって名乗ることにする」
その瞬間、エアリアルさんの髪が光って長くなっていく。それが収まると、肩にかかるくらいだった髪が、みぞおちの辺りまで伸びていた。柔らかいナチュラルソバージュのまま長くなってるので、髪が扇状に広がってかなりボリューミーだ。
「あの、見た目だけでなく、なにか変わりました?」
「おぉぉぉ……!? これは……うん、間違いない。神樹の作り出す[オド]を、髪から取り込めるようになってるよ。しかもこれ、陽の光を使って精気に変換してるっぽい」
なんと、光合成できるようになったのか、この人は。髪も深い緑だし、納得の変化といえるだろう。
「元気になれそうで良かったの!」
「いやー、凄い凄い! まさか自分に身にこんな事が起きるなんて思わなかった」
「エアリアルさんが力を取り戻せば、この国のためにもなるので良かったです」
「ホント、色々ありがと。君たちは私の友人として、いつでも歓迎する。時間があるときは、遠慮なくここへ遊びに来ていいからね」
「コンサートで来たときは、必ず寄らせてもらうの」
「素直な子は大好きだぞ! ご褒美に私が食べてあげよう」
「リナリアを食べるのは遠慮してほしいの……」
いくらなんでもリナリアのこと好きすぎでしょ。やっぱりこの人にも残念な部分があった。しかも目尻がだらしなく下がって、鼻息は荒い。あれは絶対にエッチな意味で食べるってことだ。女の子同士のキャッキャウフフな関係は大好物だけど、ガッツリ肉食系は胸焼けしそうなので勘弁です。
そもそもリナリアは僕とスズランの妹ですからね。そう簡単に渡しませんよ。
ともかくこれで、ここに来た目的をすべて達成できた。弱ってた神樹は元気になったし、土地神の力も上昇している。あとは怯えながら状況を見守るしか無かった、エルフ族の人たちにどう納得してもらうかだよな……
ちょっと気が重い。
次回で第9章の本編が終了です。
その後、閑話を一つと幕間をはさみ、第10章へと進みます。