第9話 レッツゴー!カメリア
先頭にカメリア、そして僕はリナリアを守るように立つ。いつの間にかスズランが精霊たちを連れて、リナリアの後ろに控えていた。
「姉として、リナリアの背中を支えます。だから安心して、歌に集中してください」
「もしもの時は私が結界でなんとかしてみよう。封印は無理でも、足止めくらいはできるはずだ」
「封印なら始祖様にお願いしてみてもいいわね。私が力を供給しながらだったら、なんとかなるんじゃないかしら」
スズランだけかと思ったら、みんなここに来ちゃったのか。だけど、これぞ頼れる仲間って感じがする。みんなありがとう、大好きだよ。
「さっきまで出てた虫、触ってもちょっとゾワってするくらいで、なんとも無かったんだ。多分あれも同じなんじゃないかな。ボクたちにはサクラの耐性があるし、きっと大丈夫だよ」
「カメリアはあんな気持ち悪いものを、よく触れるわね。調子が悪くなった時に、我慢してはダメよ」
「うん、全然平気。心配してくれてありがとう!」
「それなら足止めに集中できる。私はいつでも結界の再展開ができるようにしておこう」
そろそろ焦れてきたのか、妖虫が高度を下げ始めた。
「幻影を解くから、用意なさい」
「わかった!」
〈浄炎!!〉
カメリアの呪文に反応し、魔剣の刀身が白い炎に変わる。これは呪物を消し去ったイグニスさんの力を、一時的に借りるものだ。あの人が魔剣にとんでもない力を込めてくれたから、神威に近いものを再現できるようになった。だけどこれを発動したあとは、しばらく魔剣の顕現ができなくなってしまう。
「これで決めてくれよ、ご主人さま!」
「うん、絶対に倒すっ!」
幻影が解かれると同時に地上に降りてきた妖虫は、真っ直ぐこちらに突っ込んでくる。魔剣を大上段に構えたカメリアが向かっていき、妖虫の体長を超えるサイズになった白い炎の刃がきらめく。
――フオォォォォォーーーン
空気の震えるような音が辺りに響き、妖虫の突進が止まった。しばらくその形のまま静止していたけど、斬られた部分から黒い霧になってサラサラ崩れていく。それと同時にカメリアの魔剣も、光の粒子となって消えてしまう。
「カメリアちゃんやったの! やっぱり凄いの!!」
「リナリアもすごかったよ! ボクいっぱい元気が出たもん」
「みんなが守ってくれたおかげなの」
手を取り合って喜ぶ二人をまとめて抱きしめ、頭を撫でてあげる。妖怪のような存在まで斬ってしまえるなんて、さすがイグニスさんの力だ。今度はリナリアを連れて、お礼に行こう。
「すっ、凄いよみんな! でも、カメリア君の魔剣が……」
「あっ、心配しなくても大丈夫だよ。ボクの魔剣には[復元]って効果が付いてるから、明日には元に戻ってると思う」
「そうなのかい? 砕け散っても元に戻るなんて、凄い魔剣なんだね」
まあ火を司ってる土地神が、うっかり力を込めすぎましたので。武器の格付け的には神剣に近いんじゃないかな。黄泉の亡者を倒せる天之尾羽張とか、ヤマタノオロチを退治した天羽々斬みたいな。
「いやー、助かったよ。あの虫に色々吸われてて、大変だったんだ」
「うひょー! おっぱいきたぜー!!」
突然僕たちの近くに、深い緑色の髪をした女性が現れた。着ているのは白い布を巻き付けたような服だし、背の高さと胸の戦闘力がスズランと同じくらいだ。
「もしかして風を司ってる、オッゴの守り神ですか?」
「大せいかーい」
「やっぱり妖虫のせいで悪影響が出てましたか。とにかく無事で良かったです」
「あれ? 驚かないんだね。あっちの子たちは、地面にひれ伏しちゃってるのに」
視線の先を見ると、三人の長老とユーフォルビアさんは、地面の上に正座して頭を下げていた。それにしてもこの人、しゃべり方がすごく軽い。なんだか学生と話してるような気分になる。
「えっと土地神に会うのは、あなたで三人目ですので」
「そういえばさっきの力、あれって火の守護者が使ってるのだよね。もしかして関係者?」
「関係者っていうか、友だちみたいな感じ? このあいだ会いに行ったら、ボクの魔剣を強化してくれたんだ」
「へー……。あの子の力って私と相性悪いんだけど、今回ばかりは助かったよ。ありがとね」
風って火の勢いを増幅したり、延焼させたりする。あっちが優位属性になるだけあって、やっぱりちょっと苦手みたいだ。
「それよりさ。さっきの歌、もう一度聞かせてよ! あんなに効果が高い歌とか、普通はありえない。おかげで神樹が一時的に力を取り戻したし、なにか秘密でもあるの?」
「あれはお兄ちゃんにもらった元気を、リナリアの歌に乗せているの」
「元気って、いわゆる人の精気だよね」
「僕とリナリアは人魚の涙でつながってますから、精気のやり取りができます。それを受け取ったリナリアが歌うと、【歌唱】のスキル効果が増幅するんです」
「へー、面白いねきみたち」
あの虫が出てきたのは、歌で神樹が活性化したからっぽい。そんな効果を目の当たりにしたせいで、興味深そうにこっちを見る土地神の目は、リナリアにロックオン中だ。これは歌ってあげないと収まらないだろうな……
「お兄ちゃん。歌ってあげたいから、後ろからギュってしてもらっていい?」
「うん、いいよ」
リナリアの後ろに立って、抱きかかえるように両腕を前で組むと、そこに自分の手を重ねてきた。はにかみながら見上げてくる姿が、とても可愛い。
今日のリナリアは、どんな状況になっても臆することなく、ずっと歌い続けてくれてる。この子の歌がなかったら、みんな途中で息切れしてたんじゃないだろうか。僕たちはメロンの【強壮】スキルがあるけど、エルフの五人はその恩恵を受けてない。妖虫の本体が出てくるまで力になってくれたのは、間違いなくこの子のおかげだ。
「それで精気のやり取りができるの?」
「ギュってしてもらったり頭を撫でてもらうと、お兄ちゃんの元気がいっぱい貰えるの」
「あっ、なんか髪の毛がキラキラしてきたよ」
「余剰精気が可視化されると、こんなふうに光るんです」
「それじゃあ、歌いますなの」
僕の腕に抱かれながら、リナリアは明るい曲調の歌を紡ぎ出す。やっぱり歌は、こうして落ち着いて聞くのがいい。それにアカペラでも上手だな、この子は。こんな間近で歌を聞くことが出来て、僕は幸せだよ。
取り憑いていた妖虫がいなくなったからだろう、神樹もさっきより葉っぱがざわめいている。
……っていうか、ちょっと揺れ過ぎじゃないかな?
それに葉っぱが光りだしたんだけど!?
「これ、大丈夫なんですか?」
「う~ん、多分平気じゃないかな。神樹も喜んでるみたいだし」
葉っぱの光ってる部分が徐々に上の方に伸びていき、神樹の幹まで白く輝き出す。その状態が沈静化したあとには、キラキラと光を反射する葉が生い茂る姿に変わっていた。
「おーい、上の方で黄色くなってたのも治ってるぜ」
「さすがマスターとリナリアの力です」
「これで丸く収まったってところかしらね」
「あれだけ派手に光ったのだ、大騒ぎになると思うがな」
「それはあっちのおじいちゃんたちに、なんとかしてもらえばいいんじゃないかな」
「ご主人さまの言うとおりだぜ。俺様たちはやるだけやったんだから、あとは丸投げしても文句はねえはずだ」
ここの警備をしてた人が戦闘に参加してなかったのも、外の騒ぎを抑える為みたいだったし、そのまま頑張ってもらおう。
みんなでそんな話をしていたら、一本の枝が僕たちの方に伸びてきた。
次回、土地神に名付けをする主人公。
すると……
第10話「神樹のお礼」をお楽しみに!