第8話 リナリアの唄
誤字報告ありがとうございました!
制作環境なんて飾りです、偉い人には(以下略
改めて神樹を間近で見ると、やはり大きい。幹は何人の大人が手を繋げるだろうってくらいの太さがある。なにせ見上げても、上の方は霞んでいてよくわからないくらいだ。
それくらい威風堂々とした大樹だけど、葉っぱは垂れ下がっていて元気がなかった。
「クロウ、ちょっと上の様子を見てきて」
「任せてくれ、ご主人さま!」
カメリアの肩から飛び立ったクロウが、一気に上昇して見えなくなる。
「上の方はここより元気がないみたいだよ。黄色くなってる葉っぱも見える」
「やっぱり病気なのかな」
「病気とは少し違うと思います、マスター」
精霊の持つ人とは違う感覚で、何かに気づいたんだろうか。花嫁事件の時も、邪神の出している黒い波動を、感じ取ったくらいだしな。
「もしかして何かに取り憑かれてるとか?」
「いえ、そこまで具体的なことはわかりません。以前もお話しましたが、私たち人と契約する精霊は、主となる方の気持ちに、とても敏感です」
「あ、うん。それが力になるんだよね」
「そうした気持ちの波動というものは、動物や植物も持っています。私たちはそれも僅かに感じられるのですが、この樹からはその波動が出ていないようなのです」
「つまり眠っているとか心が封印されてる、みたいな感じなのかな」
「人で言うそういった状態に、近いのではないかと思います」
長老たちに許可を得て、神樹に直接触ってみたけど、やっぱり何も感じられないみたい。戻ってきたクロウに聞いてみたら、植物の波動は微弱すぎて、自分にはわからないとのこと。
「もし眠ってるなら、リナリアの歌で起こしてあげるの」
「やはりまずは、それを試してみるしかないだろうな」
「そこの影から屋敷に送ってあげるから、準備なさい」
最初からその予定で来てるんだし、検証や考察はそれが終わってからでもいいか。とにかくリナリアに精気を渡して、元気いっぱい歌ってもらおう。
◇◆◇
影から戻ってきたリナリアは、余剰精気をきらめかせながら、外で待機していたメンバーのところに走っていく。フェスティバルの時は不意打ち気味にキスをしたけど、今回はお互いしっかり見つめ合ってだったので、かなり照れくさかった。
まあリナリアのはにかむ顔が見られたので、よしとしておこう。
誰の言葉か知らないけど、可愛いは正義だ。
「彼女の髪が光っているのは、どういうことだ? あんな状態で平気なのか?」
「えぇ、問題ないですよ。あれはリナリアの持つ歌の力が、溢れ出している状態ですから」
「リナリア君が歌姫の祭典に出場した時も、今と同じ姿だったのですよ、父上」
「あの時よりキラキラが強く出てますね」
だからデイジーさん、どうして僕の下半身を見るんですか。アイリスの影に入ってから、着替える程度の時間しか経ってないでしょ? 僕はそんなに早撃ちガンマンじゃありません。今日はキスしてすぐに出てきたから、今がピークの状態なだけです。
「効果は徐々に弱まっていきますから、とにかく歌の準備をお願いします」
「わかりました、お任せ下さい」
デイジーさんが自分の契約精霊に話しかけ、肩から吊り下げる楽器を受け取った。鍵盤ハーモニカを少し大きくしたようなサイズで、たしか音も似たような感じだったはず。付いているのは丸いボタンが半分ずれながら四段並ぶ、パソコンのキーボードみたいな配列をした鍵盤だけど。
今回は聖域内で歌うから、コンサートみたいにバックバンドを連れて来るのは不可能。そこでデイジーさんが演奏を担当し、リナリアが歌う形にした。なんでも、伴奏があると気持ちよく歌えるからとのこと。元歌姫の言うことだし、【歌唱】スキルのバフ効果が上がるのかもしれない。
「それじゃあ神樹さん、聞いてくださいなの」
両手を胸の前で組んで祈るようなポーズをしたリナリアが、デイジーさんの演奏に合わせ、よく通る声で歌いだす。マイクとかの音響装置を使ってないのに、塀で囲まれた聖域全体に響いてる感じがする。
「神樹様の葉が揺れだしとるの」
「さすがウーサン一の切れ者が、送り込んできただけはある」
「儂らまで元気が湧いてくるようだ」
リナリアの歌に反応しているのか、神樹からサワサワと葉擦れの音が聞こえてきた。そういえば日本でも、野菜に音楽を聞かせると味が変わるとか、観葉植物が健康になるとかあったっけ。
「おい! やばいぞ、ご主人さま。上からなんか飛んできやがる」
「うわっ、黒くて変な虫だ!」
「マスター。木の幹からも、なにか出てきます」
「こっちは黒い芋虫か。こんなのが取り付いてたなんて!」
リナリアの歌で神樹が活性化されて追い出されたのか、黒い昆虫がゾロゾロと這い出してくる。虫が湧いてたんなら元気がなくなるのも当然だ。
「なっ、何だ、コイツラは」
「虫はリナリア君に向かっているようだ、気をつけてくれダイチ君!」
「わかった! こっちは任せて」
神樹に取り付いてるくらいだし、回復されると困るのだろう。とにかくリナリアとデイジーさんの安全が第一。そして昆虫たちを外へ逃さないようにしないと。
「みんな出てきて!」
僕の声で五人の精霊たちが一斉に姿を表す。
「サクラとメロンはスキルを最大発動。ラムネはリナリアのそばにいて、危ない時は転移で逃げてくれる? スミレはスズランと組んで、怪我の治療をお願い。ミカンは一緒に来て」
「私はこの一帯に結界を張ろう。少し時間を稼いでくれ!」
さすがシア。僕のやりたいことを先読みしてくれる。
「リナリア、それにデイジー。今から幻影を出すけど、驚いて歌を止めてはダメよ」
二人がうなずいたのを合図に、アイリスの幻影が発動した。
「しょせん昆虫ね。幻の火を見て怖気づくなんて滑稽だわ」
やっぱり火が苦手なのか。でもここで火魔法を使うのは、やめたほうがいいだろう。なにせ火事になったら大変だ。
「せーの、それーっ!!」
「こいつら、モンスターと違うくせに実体がないぞ」
「でも剣で斬ったら消えるから、このままやっつけるよ」
「おうよ! 一匹も逃さないように、俺様が上空から見張っててやる」
モンスターを倒すと光の粒子になって消えるけど、この黒い虫は霧みたいに消えていく。正体は何かわからないけど、物理攻撃が通るなら戦術の幅は広がる。
「アスフィー!」
『今日もいっぱい食べる』
こちらに向かってきた一匹をアスフィーで斬ってみたけど、ほとんど手応えを感じない。よくよく考えれば、中型犬くらいの昆虫が、誰にも知られることなく神樹に取り付いてるなんて不可能だ。幹から現れる時も、滲み出してるって感じだし。
『これ、あんまり美味しくない』
「お腹とか壊したりしない?」
『多分、大丈夫。でも今度、口直しさせて』
「うん、また迷宮に行こうね」
ちょっと可哀想だけど、今日は我慢してもらおう。
とにかく今は斬って斬って、斬りまくるしかない。
◇◆◇
どれだけの数を倒したのかわからないけど、徐々に虫の現れるペースが落ちてきた。
〈エアロ・キャノン〉
空気で出来た大砲の弾が、空から降りてきた羽虫をまとめて薙ぎ払う。
「すまない、ダイチ君。助かったよ」
「そろそろ打ち止めだと思う。もうちょっと頑張ろう」
さすがにカクタス君とユーフォルビアさんも、お疲れ気味だ。集中力が切れてきたのか、二人とも魔言の失敗が増えてきた。リナリアの強力なバフ効果がまだ続いてるから、三人の長老たちも頑張ってくれてる。だけど、このままってわけにはいかないだろう。
「みんな気をつけろ! 大将っぽいのが出てきたぞ」
クロウの声がした方を見ると、巨大な羽を広げた蝶みたいな昆虫が、神樹の周りをぐるぐる飛んでいた。いや、あれは蝶じゃなくて蛾だな。怪獣映画に出てくるモンスターみたい。目玉の模様がついた灰色の羽は、十メートルってところだろうか。触覚や大きな目、それに黒い体毛の生えた体が気持ち悪い。
「弓程度では全くダメージを受けてる様子がないぞ」
「魔法も試してみるよ」
〈ウインド・ブーメラン〉
風の刃が弧を描きながら飛んでいくが、蛾の体は一瞬ブレただけで元に戻る。どこかに核みたいなものでもあるのかな。体を真っ二つにしても、全く様子に変化がない。
「さすがラスボスね。今は騙されてくれてるけど、幻影に体当たりでもされると厄介よ」
「あれはおそらく妖虫……」
その時、長老の一人がボソッと呟いた。正体がわかれば倒す手立てが見つかるかも。
「それは一体どういったものなんでしょう」
「太古に存在した妖と言われておるの」
「神樹様が封じていると伝承にあったが、まさか真実だったとは」
神樹が弱ったから出てきてしまったのか、あるいは妖虫が活性化して神樹が弱っていったのか。どちらにせよ、こいつは倒すしかない。
「弱点とか退治する方法とか、ご存知ありませんか?」
「あれは人の手に負えるものではない、神樹様でも封印するのがやっとの代物だ。この国の歴史も、ここまでかもしれんな」
「そんな簡単に諦めないでくださいよ。本当に何も手は残されてないんですか?」
「魔法や物理攻撃は一切通用しないと、伝承では語られている。あれはこの世とは別の理で生きている、いわば怪異のような存在。そこに干渉できるのであれば、あるいは……」
それだ!
「カメリア。アレを使ってみようか」
「エヨンで教えてもらった技だよね」
「もうあの一匹しか残ってないし、やってくれる?」
「わかった!」
リナリアとカメリア以外を全員避難させ、サクラの【避魔】をカンストしてもらう。もし倒せなかったら、目の前に火の壁を出して、時間を稼ぐつもりだ。
まさかこんな怪物が出てくるなんて思わなかったけど、やれることは全部やってみよう。
デイジーの使っている楽器はショルダーキーボードに、アコーデオンのベースボタンがついたような感じです。
次回、カメリアの使う奥の手とは?
「第9話 レッツゴー!カメリア」をお楽しみに!
(ドーマンセーマン ドーマンセーマン)