第7話 三人の重鎮
僕たちはオッゴの街並みを眺めながら、馬車に揺られている。目の前に広がっているのは、シアから話を聞いて想像していた以上の光景だ。巨大な駅舎まで木造だとは、思ってなかったよ。
中には木と一体化したような家や、屋根が緑で覆われているようなものまである。エルフは自然と共存している種族なんだっていうのが、家を見てるだけでも良くわかった。
「郊外に行くほど、変わった形の家が増えていくは面白いなぁ」
「リナリアも、あんな形のお家に住んでみたいの」
リナリアが指差してるのは、ズングリした丸い外壁に円錐の屋根が乗ってる家だ。ちょっとキノコみたいで可愛い。
「私たちみたいに、身を寄せ合って生活していくには、狭すぎる家ばかりね」
「寿命が長い分、親戚縁者が大勢になってしまいがちだからだよ。普段は個人でバラバラに暮らし、集まる時は施設を利用することが多いんだ」
シアの話だと百人を超えることも、ザラなんだって。それだけ多かったら、宿泊施設を貸し切りにできるよね。確かに個人の家で集まるのは大変すぎる。
エルフ族にありがちなハーレムの場合も、それぞれの家へ男性が通うんだとか。自分のところに来てもらうため、玄関に盛り塩を置いたりするのかな?
「だけど本当に女の人が多いよね」
「いまいち目の保養にはならないのが残念だぜ」
「ダイチはその……目移りとか、したり……しないか?」
「きれいな人が多すぎて、気後れしちゃうのはあるかな。でもすれ違うだけの人を、そんな目では見られないよ」
とにかく僕の周りにいる人たちが魅力的すぎて、他の人に気持ちを動かされたりしない。
男の理想を全て具現化したようなスズラン。
知的な面差しの中に、可愛らしさまで兼ね備えたシア。
背格好こそ子供と同じだけど、大人顔負けのクールビューティーな雰囲気をまとうアイリス。
天真爛漫な魅力だけでなく、何気ない仕草に色気を感じるカメリア。
全てが萌えで出来ている、現役アイドルのリナリア。
それに三人の使い魔たちからも親愛を向けられてるし、僕に懐いてくれてるアスフィーもいる。加えて今は、神様とも頻繁に会ってるしね。
「オッゴに来てそんなことが言える男性は、なかなかいませんよ。姉として誇らしいです」
「勝手に姉を名乗ると紛争が勃発しますから、気をつけてくださいね」
リナリアが歌を披露するということなので、当然マネージャーのデイジーさんも一緒だ。列車の中で同じやり取りを何度もしたから、すっかりパターン化してしまった。気取らずに話をしてくる人だし、ナーイアスさんと違って関係を迫ってこないので、すごく付き合いやすい。
「お兄ちゃんとデイジーさん、すっかり仲良しになってるの」
「妹を生暖かい目で見守る会の、会長と副会長ですから当然よ」
「いつそんな組織ができたんですか、無断で役員にしないで下さい。それに生暖かく見守るのは、やめたほうがいいです」
その視線はちょっとストーカーっぽいですよ。妹は愛でるものであって、つきまとうものじゃありません。
「そろそろ神樹様の聖域に入るぞ。会話は控えておいたほうがいいだろう」
窓から進行方向に視線を向けると、駅からでも見ることのできた大樹に、かなり近づいていた。ここからだと神樹が健康なのかそうでないのか、まだ判別できない。
シアの言葉で会話を切り上げ、僕たちは無言のまま到着を待つことにする。
◇◆◇
前を走っていた馬車から、ユーフォルビアさんとカクタス君が降り、警備員みたいな人と話し始めた。その人たちが詰め所のような場所へ入っていくと、入れ替わりで出てきたのは三人の年老いた男性だ。顔や手にこれだけ深いシワが刻まれたエルフ族って初めて見る。この人たちが長老会の重鎮なのかな。
「歌姫を連れてまいりました、長老様」
「ご苦労であった、ユーフォルビア」
「息子も連れて帰ったのだな」
「ご無沙汰しております、長老様方。大切な友人の役に立てればと、同行を願い出ました」
むちゃくちゃ助かってます、カクタス君!
ユーフォルビアさんとの間に入ってくれたから、列車の中でも話をスムーズに進められたよ。無理やり僕たちのことを認めさせてるし、過去の黒歴史まで発掘しちゃってるからね。危うく気まずい旅になるところだった。
「なかなか面白い連中と付き合っておるの」
「もっ、申し訳ございません。私としては歌姫と付き人だけを考えていたのですが、ウーサンの土地神様がご降臨され、彼らを神使として扱うようにと……」
「よいよい、みなまで言うな」
ユーフォルビアさんの言葉を遮って、三人の長老が僕たちの方を見つめる。シワのせいで、ただ見てるだけなのか睨んでるのか、わかりにくい。でも、その視線がシアに向けられているのは確実だ。
「まさか斯様な者が、聖地に降り立つとは」
「エルフ族始まって以来の事例になるかもしれんの」
「我らの歴史は知っておるだろうに、この場によく来られたものだ」
シアの強い希望で姿を隠さず馬車から降りたけど、こうなってしまうのは仕方ないか。ユーフォルビアさんのときは、ついカッとなって睨みつけちゃったけど、この国で問題はおこしたくない。シアの覚悟が台無しになっちゃうからね。だから冷静に、冷静に……
「恐れながら長老様、この人たちは――」
「カクタスは黙っておれ」
「――ッ!? わ、わかりました」
「そこなハイエルフの子よ、名はなんという」
「初めまして長老様。私はオルテンシアと申します」
えっ!? いま長老の一人がシアのことをハイエルフって呼んだ。
「長老様はこの者がハイエルフだと、ご存知だったのですか!?」
「ユーフォルビアが知らぬのも無理はない。禁書を閲覧できるのは、長老会のみだからな」
「もっとも今は口伝になっておるがの」
あっ、エトワールさんが根こそぎ持ち出してるからですね。実はその本、僕たちも読んでしまいました。なんだかすいません、心の中で謝っておこう。
「オルテンシアよ。お主は禁書を手に入れ、無謀な賭けに挑んだのか?」
「いえ、私は変異種から呪いを受け、危うく命を落とすところでした。しかし仲間たちのおかげで、こうして生き延びることが出来ています。自分に新たなスキルが発現するまで、ハイエルフの存在は知りませんでした」
「スキル紋を見せてもらっても構わんか?」
「どうぞ、ご覧ください」
「「「おぉー」」」
シアが手袋を外して左手の甲を見せると、三人から驚きの声が上がる。
「その力、オルテンシアはどう使う」
「何より大切な仲間たちのため、そしてこの力を必要としてくれる人のために、使いたいと思っています」
「よかろう。ならばハイエルフについて知識を得た方法は、不問としよう。ただし、むやみに口外はせぬよう」
「種族の壁を乗り越えた者として、歓迎するぞオルテンシア」
「他の者たちもよく参ってくれたの。急き立てるようで心苦しいが、神樹様の力になっておくれ」
なんだか、あれよあれよといううちに、丸く収まってしまった。エルフ族ってもっと排他的で、頭の固い存在だと思ってたから、ビックリだ。もしかすると、この三人が特別なのかもしれない。そうした柔軟性を持っているから、種族をまとめる重鎮として、やっていけてるのかも。
とにかくこれで、心置きなく協力できる。
どこまでやれるかわからないけど、全力を尽くそう。
アプリコットが派遣してきたのだから意味のある人選なんだろうと、長老たちはわかっています。
(それだけ彼女の政治手腕が優れているのですが)
章の最後に出てきますが、この三人にも名前の設定があります。
ファーイ(率先して話す人)
ストアムール(語尾に〝の〟が付く人)
アドニス(言葉がきつめな人)
名前の由来は福寿草。
ファー イースト アムール アドニスです。