第10話 新しい関係
第1章の最終話になります。
スズランとの儀式を選んだオルテンシアさんを残し、僕は一人で小屋を出る。残念だったとか思ってないからね!
でも、女同士で一体どんなことをするんだろう……
『どうしても脱がないとダメなのか?』
『はい。私と直接触れ合って、繋がりを作らないといけませんので』
『くっ……まるで凶器のようだぞ、それは』
『オルテンシア様も形が綺麗で、お美しいですよ』
うわー、なんか聞いてはいけないセリフが、家の中から漏れてくる。このままだとまずい、一旦この場を離れよう。戦略的撤退だ!
◇◆◇
無心で畑の雑草を毟っていたら、小屋の扉が開いてスズランに呼ばれた。どうやら儀式は無事終了したらしい。しかしスズランの肌、またツヤッツヤになってるな。オルテンシアさんが衰弱してないといいんだけど……
「あの、体調はどうですか?」
「あぁ、スズランとサクラのおかげで、すこぶる調子がいいよ。体の中にあった淀みのような感覚が、綺麗サッパリ消えている」
少し疲れのようなものが見えるけど、こちらに向けてくれた笑顔は、今までで最高に可愛かった。きっと今の表情が、オルテンシアさん本来の素顔なんだろう。
「それからダイチには、お礼を言わないといけないな。本当にありがとう、ダイチは命の恩人だ」
「いえ僕の方こそ、オルテンシアさんには助けられてますから。もし森の中で見つけてくれなかったら、今ごろどこかで命を落としていたかもしれません」
なんたってスズランが身を挺して僕を守ってくれたから、今もこうして生きていられるんだ。そのスズランが上級精霊になれたのは、目の前にいるオルテンシアさんのおかげ。当座の生活資金も宝石を売ったお金だったし、こっちこそ感謝してもしきれない。
「それから私のことはシアと呼んでくれ。敬語も不要だ」
「わかったよ、シア。こんな感じでいいかな?」
「問題ない、それで頼む。私の方も、これからはダイチと呼ばせてもらうよ」
そういえばシアって、僕のことをずっと君って呼んでたな。略称で呼んでもいいって言ってくれたり、なんだか二人の距離が一気に縮まった気がする。
「狂化の効果は完全に消えたんだよね?」
「これを見てくれるか」
これまでずっとはめていた手袋を外し、シアが左手の甲を見せてくれた。そこには花びらの模様が四枚ある。今まで教えてもらえなかったけど、シアって四片のスキル持ちだったのか。三片でも珍しいみたいだから、その上ってかなり凄いぞ!
「えっと【魔術】【薬術】【知術】【占術】って書いてるね。……って、あれ? 他人のスキルって見えないはずじゃ」
「やはりダイチにも見えるようだな」
「これってどういうこと?」
「私を通じてマスターとシア様がつながっていますので、スキルの情報が共有されたんです」
「それって僕もシアのスキルを使えるってことかな?」
「これは種族の持つスキルだから、ダイチには使えないはずだ」
うーん、それはちょっと残念。
どうやら以前のシアは三片スキル持ちで、【魔術】【薬術】【知術】が発現していたらしい。呪いを受けた後は、それが【狂化】【封印】【停滞】に上書きされた。だが負の効果はサクラの持つ耐性スキルで消え去り、既存の三つに加えて新たに発現したのが【占術】というわけだ。
「凄いよシア! 魔法のこととか興味あるし、こんど教えてね」
「もちろんダイチの願いなら、どんな事でも協力する」
「あっ、これからの事も話しとか無いと。もしシアさえ良ければ、パーティーを組んで一緒に活動したいんだけど、ダメかな?」
「それはこちらからお願いしたいくらいだが、ダークエルフの私と一緒だとダイチにも迷惑を掛けると思う。それでもいいのか?」
「そんなの気にしないから平気だよ。一緒に活動して願いが叶う宝を見つけられたら、シアが元の姿に戻れるよう頼もうね」
「まったく、君って男は……」
瞳をうるませたシアが、僕の胸に飛び込んできた。こうして触れ合うのは初めてだけど、細くてとても華奢な体だ。こんな細腕で僕を投げ飛ばしたんだから、狂化の衝動って本当に恐ろしい。でもこれからは、そんな不安に怯えなくてすむ。まだまだ力のない僕だけど、大切なものを守れる男になろう。
◇◆◇
「……みっともないところを見せてしまったな」
「嬉しくてこうなったんだから平気、平気」
つい子供に接する感じでポンポンと頭に軽く触れてみたけど、シアは全く嫌がる素振りを見せない。喋り方はちょっと背伸びをしてる感じなのに、すごく庇護欲を刺激する雰囲気が不思議だ。これがエルフ族の魅力なんだろうか?
身長はスズランより数センチ低いだけだから、決して子供みたいな人ではない。その長い耳さえ気にしなければ、海外から来た留学生って感じで高校に通えそう。きっと人気が出るだろうなぁ……
僕は一人っ子だったはずだけど、妹ができたらこんな感じなのかも。いや、シアのほうがはるかに年上なんだけどね。でも、今まで感じていた儚げで神秘的な雰囲気が消え、可愛くて守ってあげたくなる女の子になった。
シアのこんな顔を見られたのは、スズランとずっと仲良くしてきたおかげだ。白い精霊を連れてると、心配されたり笑われたりしたけど、ずっと一緒にいて良かった。道を歩いてた時に親子連れから、「お母さーん、あのひと白い精霊つれてるー」「しっ! 見ちゃいけません!」とか言われたこともあったよ。マンガの登場人物になった気分を味わえたね!
そんなことが何度もあったせいで、同じ白い精霊をつれて話しかけてきた、アークとヤーク兄弟を信用しちゃったんだけど……
もっとも、あの時の出来事があったから、スズランは特級精霊になれた。慎重さや疑念が足りなかったり、色々反省すべき点も多かったけど、いわゆる結果オーライってやつだ。これからもポジティブに生きていこう、それが僕の取り柄なんだから。
「一緒に活動するならシアも街に引っ越したほうがいいと思うけど、ここの荷物とかどうする?」
「それは私の精霊が運べるから問題ないが、こんな姿のエルフを泊めてくれる宿があるかどうか……」
「僕がずっと使ってるところなら問題ないと思う、そこのおばさんって無口だけどすごくいい人だし」
仲介ギルドで紹介してもらった[静かな湖畔]は、人族のおばさんが経営する宿だ。ちなみに近くに湖はないし、目覚ましにカッコウが鳴いたりもしない。一階は食堂になってて、夜はけっこう騒がしいし宿泊客も多い。でも床や壁が厚いおかげで静かに休むことが出来るから、ずっと利用させてもらってる。
そこを切り盛りしているのは、あまり喋らない代わりにボディーランゲージで会話を成立させる、すごい人だ。微笑み大百科(仮)で見かけた記憶があるけど、あれが肉体言語ってやつなのかな?
こっちの暦で二ヶ月すごしてきたから、あの宿がすごくいい所だってのはわかっている。シアのことだって、何も言わずに泊めてくれるだろう。
「そういえばダイチとスズランはどうしてる、やはり別の部屋を借りているのか?」
「私は部屋につくまで姿を隠していますから、マスターと一緒に暮らしてますし、同じベッドで眠ってますよ」
「いっ、いくらスズランが精霊とはいえ、男女が同衾するなど、ふしだらだ!」
「ですが精霊たるもの、マスターのお側に控えているのが当たり前ですし、離れてなんて暮らせません」
「ぐぬぬぬぬ……こうなったら私も同じ部屋に泊まって、二人がただれた生活をしないよう監視するっ」
頬を染めながら捲したてるシアも可愛いなぁ……
だけどシアって、ちょっと潔癖症なところがある。きっと恥ずかしがり屋なんだろう。そんな彼女が男の僕と同じ部屋で暮らすとか大丈夫かな。それに僕だってスズラン一人でも一杯一杯なのに、もうひとり女の子が増えたら理性が持つか不安だ。
「本当に同じ部屋でいいの?」
「いや、その、なんだ……わ、私を愛称で呼んでいいと許したのだ。それは私にとって、家族の証みたいなもの。だから大丈夫だ。ダイチのことは信じてるからな」
そっか……シアって愛称には、そんな想いが込められてたのか。その気持を裏切らないようにしないと。同じ部屋なら宿泊代金も安くなるし、今はそっちのメリットだけ考えよう。
「そんな大切な名前で呼ばせてくれてありがとう、シア」
ついつい嬉しくなって、隣りに座ってるシアの頭を、またなでてしまった。真っ白なストレートヘアがサラサラで、すごくさわり心地がいい。
「マスターとシア様がそうして仲良くしていれば、新たな精霊が生まれるかもしれませんね」
「【新生】の解放条件って、僕が誰かと仲良くすることなの?」
「それは私にもわかりませんが、もしお二人が重なり合いたいと思った時は、遠慮なく言ってください。私とサクラちゃんは、いつでも隠れますので」
「なっ……破廉恥な行為は禁止だぁーーーーっ!」
結構いい雰囲気だったのに、色々ともう台無しだよ!!
閑話を2話挟んで、第2章へ。
彼らたち最大の問題が解消(ご都合主義w)
夕方投稿予定の閑話第一弾は、主人公を陥れたアークとヤークサイドの話。
はたして兄弟の運命は? お楽しみに!