表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

129/237

閑話19 海水浴の舞台裏[後編]

 大地(だいち)に手を引かれながら思う存分水泳を楽しんだナーイアスは、アプリコットと一緒に波打ち際へ座り、カメリアたちが遊ぶ姿を眺めていた。



「こんなに楽しい時間を過ごしたのは、初めてかもしれません。なんだか土地に縛られた存在という立場を、忘れてしまいそうです」


「そういえばナーイアス殿は、どうして祭壇から出られるようになったのじゃ?」


「それはもちろん、人から精気を受け取れるようになったからですよ。学園のある島は祭壇の影響下ですし、学生たちの精気であふれていますから、その気になれば外を出歩くことも可能です。騒ぎになるのでやりませんけどね」


「なるほど、納得なのじゃ。ここなら婿殿の精気を補給できるから、自由に動き回れるわけじゃな」


「祭壇から離れた場所は消耗も激しいのですが、それを補って余りある精気を受け取れますから」



 地下に祭壇のある学園島は、全体が一種の聖域状態になっている。そのため、人の精気を糧にしながら外で活動することや、ある程度の力を行使することも可能だ。


 しかしそれ以外の場所へ行くなら、国内かつ大量の水がある区域という、制約に縛られてしまう。加えて祭壇の影響下にない場所には、長時間留まることが出来ない。ただし大地が近くにいるなら話は別で、祭壇内と遜色ない活動が可能になる。



「全ては婿殿のおかげというわけじゃ」


「このように素敵な島をダイチさんたちに与えてくださり、感謝していますよ」


「親父殿の静養に役立てばと、温泉のある島を確保しておったのじゃが、まさかこんなことになるとは思わなんだのじゃ」



 この島は温泉が湧いているという目玉があるものの、立地条件や面積という点が観光施設向きでなく、全く手つかずの状態で放置されていた。それをアプリコットが個人で買い上げ、人が暮らせるよう開発に着手。まだまだ手を入れられる部分は残っているが、生活していくには十分な状態に仕上がっている。


 唯一の欠点は、定期航路から外れているので、交通の便が悪いことだ。それは小型艇で解決できるし、大地たちなら転移で自由に移動できるため、全く問題にならない。



「夜にも催しがあると言っていましたが、アプリコットはなにか知ってますか?」


「詳しいことは聞いておらぬが、暗い場所で何度も魔法の練習をするから、騒ぎにならんよう根回しを頼まれとるのじゃ」


「ということは、夜にしか出来ない魔法ということですね。なんだか楽しみになってきました」


「婿殿には異世界の〝げーむ〟という遊びで得た知識があるようじゃからな、我らの想像もできんことをやってくれそうで楽しみなのじゃ」



 邪神と戦闘をする前、大地は自分の実力を見せるため、特級魔法を発動している。その余波で出来た巨大な水柱は、本島からも観測され大騒ぎになった。実は連絡便の運休が長引いたのも、それが原因だったのだ。


 アプリコットが邪神のせいにしたため事なきを得たが、大地は後から怒られてしまう。その反省を活かし、今回は事前に相談を持ちかけていた。


 ナーイアスとアプリコットがそんな話に花を咲かせていると、浮き輪で遊んでいたリナリアとスズランが海から戻ってくる。手を振りながら駆けてくるリナリアの髪が、太陽の光を受けてキラキラ輝く。



「婿殿と十分遊べたようじゃな、リナリア」


「お兄ちゃんと一緒に浮き輪につかまって、泳いだりしたの。すごく楽しかったの!」


「ナーイアス様とアプリコット様は、ご休憩中ですか?」


「えぇ、わたくしもダイチさんからたっぷり精気をいただきましたので、ここからみなさんの遊ぶ姿を見ていたところです」



 アプリコットと並んで座ったリナリアは、隣に腰掛けたスズランの腕にギュッと抱きついた。吸血族(バンダ)の血を受け継いでいるアプリコットは、一般的な人魚族の十倍を超える寿命がある。そのせいで体の成長が遅く、まだ二次性徴を迎えていない。


 母娘の身長が逆転した頃から、リナリアはスキンシップが伴う行為を、ためらうようになってしまう。母の体質については、十分理解していたつもりでいた。でも体格の差が大きくなるにつれ、自分ばかり成長して申し訳ない気になったから……


 そこに現れたのがスズランだ。人魚族に近い青みがかった銀髪、そして自分を包み込んでくれた大きくて柔らかい彼女に、姉という存在を重ねてしまった。


 そして大地とつながりを持ったことを契機に、二人の妹として振る舞っていこうと決意。スズラン自身も最初は戸惑っていたが、今ではすっかり妹のように可愛がっている。優しい笑みを浮かべながら、リナリアの頭を撫でている姿を見れば、実の姉妹と感じる者も多いだろう。



「体を動かすのは慣れましたか? リナリア」


「うん、もう大丈夫なの、お姉ちゃん。だからメロンちゃんも、遠慮なくスキルを発動してほしいの」



 その言葉を聞いて、メロンがリナリアの胸に飛び込んでいく。すると他の精霊たちも、一斉に甘えだした。



「やーん、みんなくすぐったいの」


「リナリアの泳ぎがとても速くなっていて、驚いたのじゃ」


「やっとお母さんに追いつけるようになったの」


「こうして子供が成長していく姿を見るのは、嬉しいものじゃな」



 百歳を超えるアプリコットは五片(クイン)のスキルを持ち、それぞれの熟練度もかなり高い。その気になれば歌姫として、センターを張れる実力があったりするのだ。もちろん十八歳までという年齢制限を、自ら破るつもりはないが……


 そして一番実力を伸ばしているものが、下半身を魚の姿に変える【水泳】スキルである。学園の生徒たちを水の事故から守るため、鍛錬を怠らなかったのだから当然の結果と言えよう。



「スズランの生み出す精霊は、本当にすごいですね。見て下さい、カメリアが水の上を走ってますよ」


「やっぱりカメリアちゃんはカッコイイの!」


「あの動きは獣人族を超えとるな、学園の実技教員に欲しいくらいじゃ」



 海の方に飛んでいったフライングディスクを、全速力で走っていたカメリアが水上でキャッチ。片方の足が沈む前に、もう片方の足を前に出せば水上を走れる理論を実践していた。


 そして捕獲した獲物を見せつけるように手を振りながら、海の中へ沈んでいく。



「マスターもカメリア様も、とても楽しそうです」


「ダイチさんのそばにいる子たちは、みな幸せそうに笑いますね」


「ナーイアス殿もその一人じゃな」


「もちろんそうです。あの人はわたくしに忘れられない思い出を、次々与えてくださいますから……」



 大地を見つめるナーイアスの目は、とても眩しいものを見るように細められている。スズランはそんな彼女の姿を、聖母のような微笑みを浮かべて見守るのだった。



◇◆◇



 明るい街中(まちなか)ならともかく、この世界の住人は暗くなってから外に出る者は少ない。事前に詳しい話を聞いていなかったプラムは、夜の海岸へ行こうと誘われ少し怖くなっていた。


 しかし大地が作り出した花火の魔法を見て、そんな気持ちは吹き飛んでしまう。



「こんな魔法を作れるなんて凄いね、カクタスくん」


「ああ。ダイチ君は魔法に関して、天才的なセンスを持っているね」


「でも、あんなに連射して大丈夫なのかな?」



 魔法に慣れてきた大地は、調子に乗って花火の乱れ打ちをやっている。上空にいくつも丸い花が咲き、辺りにパンパンと乾いた音が鳴り響く。これだけ連射しても煙で視界が悪くなったりしないのは、魔法で作る花火のいいところだ。



「彼やオルテンシアさんが作る、〝あるふぁべっと〟という魔紋(まもん)は、マナの消費がかなり少ないらしい。それにミカンちゃんといったかな、あの精霊も相当な力を秘めてるんだと思うよ」


「確かスズランさんが生んだ精霊だっけ?」


「彼女が精霊を生み出すことが出来る存在なんて、いまだに信じられないよ。リナリア君と並んでる姿なんて、姉妹にしか見えないからね」


「あの……カクタスくんはやっぱり、あんな大人な感じの人が好き?」


「あれほど完璧な女性と付き合ってる自分の姿なんて、なんだか想像ができないよ。それに今は、振り向いてもらいたい人がいるんだ」


「あっ……そう、なんだ……」



 淡い光に照らされたプラムの顔が、少し寂しそうな表情に変わる。もしかすると彼が気になってる人は、同じエルフ族のオルテンシアではないか。そう考えてしまった彼女は、胸の奥にチクリと痛みが走った。花火に集中していたカクタスは、そんな彼女の変化に気づかない。



「プラム君はどうなんだい? やっぱりダイチ君みたいな人に、惹かれたりするものかい?」


「すごく優しくて人当たりもいいし、リナリアちゃんが好きになるのも、当然かなって思う。だけど私も今は気になる人がいるんだ……」


「そっ、そうだったのか。もしかして今日誘ったのは、迷惑だったりしてないかな」


「そんなことないよ! みんなと遊ぶことが出来てすごく楽しかったし、こんな素敵な光景をカクタス君と見られたんだもん」



 いつもの控えめな話し方とは違う口調に、カクタスは少し驚いてしまう。そしてお互いの視線が絡み合い、二人は慌てて目をそらす。甘酸っぱい雰囲気を敏感に感じ取ったカトレアが、他のメンバーを連れてその場からそっと離れていった。



「「あの」」


「……あー、んんっ。プラム君からどうぞ」


「えっと……今日はどうして私を誘ってくれたの? いつも一緒にいる子や、他の歌姫もみんないたのに」


「ここにいる人たちは、みんな特殊な力を持ってるから、信用の出来ない人を連れてきたくなかったのが、理由の一つだね」


「他には?」


「実習授業の時に犯した失敗で、みんなの態度がよそよそしくなってしまったんだ。そんな中、プラム君だけが以前と同じように話をしてくれた。私はそれがとても嬉しかったんだよ」


「だってカクタスくんは私たちのことを、ちゃんと考えてくれていたし。それにあの時も、私を逃がそうとして怪我を……」



 花嫁事件の時にカクタスのグループが規定のコースを外れ、他の探索者に助けられたことは全生徒が知っている。中にはモンスターが迷宮外に出てきたのは、カクタスが原因だという者までいた。そして尊大な態度が鳴りを潜め、授業態度も真面目になったカクタスを見て、取り巻きだった女性たちは距離をとるようになってしまう。


 そんな彼に今までと変わらない態度で接してくれたのが、リナリアとプラムの二人だ。その影響もあって、学園内での立場も徐々に回復している。



「私はプラム君の存在に救われた。あのとき君を逃がすことが出来て、本当に良かったと思っている。もし同じようなことがあれば、君だけは全力で守り抜く」


「……あの、それって」


「私が振り向いて欲しい相手、それはキミだよプラム君」



 カクタスは真剣な眼差しでプラムを見つめた。そしてプラムも頬を真っ赤に染めながら、目を逸らすことなくカクタスを見つめ返す。


 ここでしか見られない幻想的な光景をバックに、お互いの距離が縮まっていく。そんな二人を祝福するように、ひときわ大きな花火が打ち上がる。


 そして大輪の花に照らされたシルエットは、一つに重なり合っていた。






 この日から二人は交際を始め、プラムは卒業と歌姫引退を期に、人魚の涙をカクタスに捧げる。しかしカクタスは他の人魚族を(めと)らず、プラム一人に愛情を向け続けたという……






―――――・―――――・―――――






 海水浴から数日後、学園長室に一人のエルフ族が入ってくる。



「わざわざ[賢聖(けんせい)]が訪ねてくるなど、一体どういうことなのじゃ、ユーフォルビア殿」


「我が国に歌姫を派遣して欲しい」



 ――新たな事件の始まりであった。


めでたく結ばれた二人ですが、彼の父(ユーフォルビア)に思わぬ効果を発揮します(笑)

次回から始まる神樹編をお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ