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閑話18 海水浴の舞台裏[前編]

 リナリアに誘われ一緒に駆けていくプラムを見送ったカクタスは、日よけ小屋へ入って椅子に腰掛ける。ニナが用意してくれた冷たい果実水を口に含む顔は、とても緊張していた。



「お名前は……確か、カクタスでしたね」


「はっ、はひ!?」



 斜向(はすむ)かいに座っているナーイアスから話しかけられ、思わず上ずった声を出してしまう。



「もしかして、わたくしのことが怖いのですか?」


「いっ……いえ、決してそのようなことはないのですが。貴女のような上位存在の方と、どう接すればよいのかわからなくて」


「気軽に接していただいて問題ありませんので、あまり(かしこ)まらなくても構いませんよ」



 カクタスが緊張してしまうのも無理からぬ事である。

 その理由は種族としての価値観が、大きく影響しているからだ。


 自分たちには優れた精神性が備わっているという、強い自尊心を持つ者がエルフ族には多い。それは魂のありようが妖精に近いため、他種族より階位が上になるという考えに基づいている。そして自然そのものを象徴する土地神は、最上位に君臨する存在と認識されていた。


 そんな人物が目の前に降臨したとなれば、いかに[賢聖(けんせい)]やエルフ族の重鎮といえども、平伏していたであろう。その姿を直視しながら話ができるカクタスは、まだ胆力があるといえる。



「この国に仇なすようなことをせぬ限り、ナーイアス殿は気分を害したりはせんのじゃ」


「自然と共存し、肉体より精神を重んじるエルフ族ですから、緊張してしまうのは仕方のないことでしょう。ですが私の存在など、そこにいるスズランとさほど変わりませんよ」


「特級精霊だと聞いていますが、スズランさんも神に近い力を有しているのですか?」


「いえ私は個人に恩恵を与える程度の力しか、持っていませんので。国そのものを守護できるナーイアス様とは、比べようもありません」


「あらあらスズラン、そんなに謙遜してはダメですよ」



 互いに微笑み合うナーイアスとスズランを、カクタスは呆然とした表情で見つめる。絶世の美女と言える二人に笑顔に、なんともいえない迫力を感じてしまったのだ。


 そしてスズランを従え、ナーイアスから慕われている大地(だいち)は、彼の中で(うやま)うべき人物へと変化していく。



「みんなの中心になっているダイチ君が、なんだか遠い存在に思えてきたよ」


「できればマスターとは、今までどおり接していただけないでしょうか」


「ただの下僕(げぼく)なのだし、尊敬しても損するだけよ」


「ダイチもそんなことは望んでいないだろうしな」



 周りにいる女性たちの態度を見て、カクタスは肩の力が抜けていった。土地神から一目置かれているスズラン、特殊な力を持つがゆえ人々に恐れられていた吸血族、より妖精に近い高みへ到達したハイエルフ、歴史に名を連ねるような逸材がこの場に揃っている。なんだか今更のことのように思え、彼の心に変化をもたらす。



「そうですね、私も彼とは仲良くしたいと思っていますから、気負わずに付き合っていくようにしましょう」



 その言葉を聞いたナーイアスたちの顔が、とても穏やかなほほ笑みに変化した。こうして将来〝エルフを背負(しょ)って立つ男〟と呼ばれるようになるカクタスは、大地やその仲間たちと友誼(ゆうぎ)を結んでいくことになる。


 未来の教科書に記載されることになる歴史は、ここから始まったのだ。



◇◆◇



 スキルや魔法、そして身体能力を駆使したビーチボールの打ち合いは、カメリアの圧勝で終わった。最後にモノを言ったのは、やはり体力だったのである。



「楽しかったね、バンダ君」


「これほど動き回ったのは、久方(ひさかた)ぶりなのである」


「こちらをお使い下さい、バンダ様、カトレア様」



 イチカから受け取ったタオルで汗を拭ったバンダとカトレアは、日よけ小屋の椅子に並んで腰を下ろす。



「……これ、どうぞ」


「ありがとうニナちゃん」


「アイリスの使い魔は、みな気が利くのである」



 ニナの出してくれた果実水を飲みながら、バンダは大地たちと海を楽しんでいる娘のアプリコット、そしてスズランたちと砂遊びをする孫のリナリアを、優しい眼差しで見守る。こんなに穏やかな気持になれる日が再び訪れたのは、奇跡のようなもの。それがバンダの感じている、素直な気持ちだ。


 もう二度と会えないと諦めていた。途切れることなく押し寄せる後悔が心を蝕み、自責の念に(さいな)まれ続ける生活は終わりにしよう。すべてを捨てて誰に知られることなく朽ちていくのが、自分にはお似合いだ。そう考えたのは、一度や二度じゃない。


 そんな辛い毎日を百年以上耐えられたのは、娘であるアプリコットと孫のリナリアがいたおかげ。上下関係で支配する眷属ではない、初めて手にした家族という繋がり。それを知ってしまったバンダは、生きる姿勢をガラリと変えてしまう。だから彼の家族愛は、誰よりも重い。



「私いますごく幸せだよ、バンダ君」



 物思いに(ふけ)るバンダを見て、カトレアはそっと自分の身を寄せる。



「吾輩もなのである、カトレア。いい家族と眷属に恵まれた、おかげであるな」


「ねぇ、どうしてアイリスちゃんみたいに小さな子を、眷属にしたの?」



 カトレアの問いかけを聞いたバンダは、アスフィーと一緒に水面で寝転ぶアイリスを見つめた。彼女が使役する使い魔は徐々に自我を発達させ、今や人と変わらないほどの理知(りち)を獲得している。忠実なしもべでもあり、保護者のような一面を持つイチカたちには、彼女の過去を知ってもらった方がいいだろう。そう判断したバンダはアイリスから視線を外し、本人には内緒だと前置きして語りだす。



「アイリスは優秀すぎるがゆえ、血縁者から(うと)まれ家を追い出された娘なのである」



 アイリスが生まれた家の当主は女癖が悪く、何人もの(めかけ)を囲っていた。唯一の救いは商才があったこと。一代で財を成した彼には大勢の子供がおり、そのうちの一人がアイリスだ。


 彼女は幼い頃から聡明で、礼儀作法をしっかり身につけ、読み書き計算をそつなくこなす。他人を思いやる心にも()けていたため、次期当主は彼女で決まりだと噂されるほどだった。


 しかし当主の男性が、あっさりとその人生を閉じてしまった事で、状況は一変。妾の子供に跡を継がせたくないと企む一派が共謀し、アイリスの食事に毒薬を混ぜ徐々に弱らせていく。そして病気療養のためと理由をつけ、人里離れた場所にある屋敷へ幽閉した。


 そこでバンダと出会い、それまでの人生を捨て、眷属として生きることを選んだのだ。



「アイリスは自分の身におきたことを理解しておった。吾輩と出会ったときには、世の中に絶望しておったのである。毒に侵された体ではもう長く生きられない、せめて安らかに死んでいきたい。もし生まれ変われるなら、信頼できる家族に囲まれて、心穏やかに生活したい。そんな願いを吾輩に打ち明けたのである」


「それでバンダ君は、眷属になることを提案したんだね」


「あの子があまりに不憫だったであるからな」



 バンダが直接眷属にした[純血]と呼ばれる第一世代は全員女性だが、こうした過去を持つ者が多い。無理やり眷属にしないのは、彼のこだわりであり優しさでもある。



「そんな人生なんか捨てて、バンダ様の眷属になって正解だよ!」


「……家族にそんな仕打ちを受けるなんて、悲しすぎる」


「それにしても、その一族には(いきどお)りを感じます。もしどこかでその子孫を目にしたら、自分を抑えられる自信がありません」



 ミツバはぷりぷりと怒りはじめ、ニナは目に涙を浮かべていた。そしてイチカに至っては、全身から殺気があふれ出す。使い魔たちのそんな姿を見て、バンダは改めて人格の発達ぶりに驚く。本来なら個性など持たない使い魔という存在、そして自由気ままに行動する意志ある道具インテリジェンス・デバイスアモスフィア(アスフィー)


 彼女たちが人と同じように振る舞えるのは、間違いなく大地の影響だろう。でなければスズランという精霊は生まれてこない。そんな結論に落ち着いたバンダは、これからも彼らを見守り続けようと決めた。



「もちろんアイリスちゃんを()めた連中、バンダ君ならそのまま放置とかしてないよね?」


「当然である。子孫など一人も残っておらぬゆえ、安心するといいのである」


「それでしたら溜飲を下げることが出来ます」


「……あの、お母さんってどうなったんですか?」


「非常に残念であるが、アイリスと同様に存在を消されていたのである。吾輩が容赦しなかったのは、それも原因であるよ」


「そんなことがあったなんて、お嬢には話せないよね。でも今は理想の家族に囲まれてるし、使い魔が三人もついてるんだから、目いっぱい幸せになってもらおうよ」



 ガッツポーズをしたミツバの宣言に、イチカとニナはうなづき返す。より深まった絆を感じ、三人に打ち明けたのは正解だったと、バンダは安堵する。


 その瞳に映るのは、大地の引っ張る浮き輪に掴まったアイリスが、笑顔を浮かべながら遊ぶ姿だった。


 始祖の力で、眷属になる前の記憶は消されています。

 アイリスがこの事を知る日は、訪れるのでしょうか……?

 言葉遣いや態度は長い人生の間で変化しましたが、根っこの部分は変わっていません。それがアイリスという人物です。


 次回はナーイアスとアプリコットの語らい、そしてプラムとカクタスが……

 明日更新予定なのでお楽しみに!

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