第4話 夏の風物詩
浅瀬で鬼ごっこをしたり、フライングディスクを使ってキャッチボールしたり、この世界に来て初めての海水浴を目一杯楽しむことができた。いくつかのグループに分けて温泉を堪能し、夕食をすませたあとに再び海岸へ。
「ねえ、リナリアちゃん。こんなに暗くなってから海に行くなんて、いったい何をするの?」
「えっとね、お兄ちゃんがなにかやってくれるみたいなの。見てからのお楽しみって言ってたから、リナリアも詳しいことはわからないの」
「大丈夫なんだよね?」
「お兄ちゃんはいつもリナリアを幸せな気持ちにしてくれる人だから、なにも心配はいらないの。プラムちゃんもきっと同じ気持ちになれると思うの!」
リナリアの信頼が重い!
だけど色々頑張ったから、きっと楽しんでもらえるはず。何度も試行錯誤を繰り返したおかげで、満足いくものに仕上がってるから。
「しかし、なんの変哲もない棒に光が付与できるなんて、驚きました」
「ダイチの発案だが、なかなか面白いだろ?」
「えぇ、私たちが学んでいた魔法は一体なんだったのか、考えさせられますね」
「こればかりは、よほど運が良くないと会得できないからな。だから君はまず自分の出来ることに、まっすぐ取り組んでいくべきだと思う。その上で壁を突破するための道を探すべきだ。そうした経験を積んでいけば、きっと迷宮も応えてくれる。大賢者エトワール様がそうであったように……」
「はい。一度は学園卒業すら諦めた身ですが、生まれ変わった気持ちで頑張ってみます」
なんだかカクタス君の目標が、シアみたいな魔法の使い手になってる感じ。彼が勉学に取り組む姿勢を変化させたのは、容易に到達できないゴールが出来たからだろう。二人のやり取りを見てるアプリコットさんも、なんだか嬉しそうな顔をしてる。
「ダイチー。あっちでナーイアスさんが待ってるよ!」
「どんな暗闇でも、おっぱいだけは見逃さないぜ」
もう少しで防砂林を抜けるという場所まで来たとき、一足先に海岸へ来ていたナーイアスさんを見つけてくれた。今日の月はかなり欠けてるけど、真っ先に気づくのはクロウが持ってる【夜目】スキルのおかげだ。そういえばついこの間、星が四になったとか言ってたっけ。
「お待ちしてましたよ、皆さん」
「すいません、ちょっと遅くなりました」
「なかなか来ていただけないので、これは新しい愛情表現ではないかと、心配になっていたところです。お詫びにキスして下さい」
「そのまま放置しておけば、新しい扉を開けたかもしれませんね。もちろんキスはお預けです」
「ダイチさんの塩対応、なんだか快感になってきそう……」
エムっけに目覚めたりしたら大変だし、なでなでくらいはしてあげよう。今日の温泉は男女別れて利用したので、乱入できなくて寂しかったのかな。いつもより甘えてくる感じが強い。
ラムネが発動してくれている照明と、シアの付与してくれた明かりが優しく周囲を照らす海辺で、ナーイアスさんの頭をしばらく撫で続ける。次第に顔がとろけてきたし、髪の毛もちょっとキラキラしてきた。
「あんなふうに髪がキラキラしてるのって、ラストステージのリナリアちゃんと同じだね」
「お兄ちゃんがナーイアスさんに、いっぱい元気をあげてる証拠なの」
「ダイチ君には、そんな力があるのかい?」
「下僕の血を糧にしている私が、始祖様を超えられるほどなのよ。それだけ濃厚な精気を持ってるってことね。一種の特異体質みたいなものと考えておきなさい」
「そうでなければ使い魔である私たちが、こうして皆様とお話など出来なかったでしょう」
「……おかげで毎日が、充実してる」
「温泉に入ったり海水浴したり、すごく楽しいよね!」
今日はイチカたちも目一杯楽しんでくれたみたいで何よりだ。お弁当の用意とかゲストハウスの準備で頑張ってもらってるし、今からやるイベントを思う存分堪能してほしい。
余剰精気が出はじめたナーイアスさんから離れ、波打ち際の方まで移動する。頑張って練習した夏の風物詩を、今からみんなに披露しよう。
◇◆◇
年中泳げるほどの気温があるウーサンだけど、日本の夏みたいに蒸し暑くない。空気が比較的乾燥しているので、風さえ吹けばかなり体感温度が下がる。サンダル履きの素足が波で濡れて、ちょっと寒いくらいだ。
見学しているみんなとの距離が十分あいたので、僕は天に向かって右手を伸ばす。
〈ファイア・ワークス〉
手のひらから火の玉が打ち上がり、上空で弾けて丸く広がった。
「ふわぁー……。きれいだね、リナリアちゃん」
「こんな魔法初めて見たの! さすがはお兄ちゃんなの!!」
「じょ、上空で分裂する火魔法。しかも遅延発動で形状まで変化させるなんて……」
カクタス君が呆然と眺めてるけど、これは遅延発動でなく極小の火魔法を塊にして、上空に打ち出してるだけなんだよ。
多数の銃弾をばらまく魔法が顕著だけど、発現した疑似物質は微妙な角度の差で、時間の経過するとともに広がっていく。しかも一度に打ち出す銃弾の数を増やせば増やすほど、広がり始めるまでの遅延が大きくなる。つまり弾数と飛距離を上手く調整すれば、着弾後に破裂するような爆裂魔法を作ることも可能だ。
花火の場合は殺傷力なんて不要だから、極小サイズの火の玉を多数発現させればいい。あとは中心から外に向かう方向性を与えておけば、上空に打ち上がったあと勝手に広がっていくってわけ。
この法則を発見するのと最適な数と大きさの調整に、すごく時間がかかってしまった。なにせ最初にやってみたら、ただの照明弾になっちゃったからね。塊を大きくしすぎて飛ぶ速度が遅くなったり、数を増やしすぎて射程距離の限界で消えてしまったり、色々苦労したよ……
「これはすごいですね、ダイチさん。わたくしも長くこの世界に存在していますが、このような魔法を見るのは初めてです」
「これが花火という魔法か。あとで私にも教えてくれ」
「うん、もちろんいいよ。実物を見たらイメージもしやすいし、シアならすぐにマスターできると思う」
みんなにも好評なようで良かった。こっそり頑張ったかいがあるってものだ。根気よく付き合ってくれたミカン、何回も人のこない場所へ転移してくれたラムネ、そしてずっと秘密にしてくれていたスズラン、応援してくれたサクラやメロンとスミレにも感謝しないと……
◇◆◇
何発も打ち上げているうちに慣れてきて、スターマインみたいに連射したり出来るようになった。魔法を何度も使うと熟練度が上がるって言われてるけど、きっとこれがそうなんだろう。次はナイアガラや水中花火みたいなのも挑戦してみたい。
ただ魔法で作る花火は、実物に比べて軽い音しか出ないのが欠点だ。まあ火薬を爆発させてるわけじゃないから、仕方ないんだけど。もしこれを解決する手段を思いつけば、非殺傷の音響兵器とか作れるかも。
「やはり数と大きさを明確にイメージするのが難しい」
「僕もそれはかなり苦労したんだ」
みんなには一足先に帰ってもらい、シアと二人きりで魔法の練習をしている。花火のイメージが薄れないうちに、なんて理由を言ってみたけど、お互いに夜のデートを楽しみたかっただけだ。昼間はシアだけと遊ぶなんて出来なかったしね。
「しかしダイチの手にかかると、魔法の可能性が無限に広がっていくな」
「異世界の知識もあるけど、僕のイメージを懸命に再現してくれようとする、ミカンのおかげだよ」
「ダイチの言葉を借りると、精霊を通じてこの世界を支配している魔法システムに情報を伝える……だったか」
「僕の勝手な想像だけど、大きく外してはないと思うんだ。そうじゃなかったら、形のある魔法なんて生み出せないからね」
まだ魔言と英語の関連性については謎だけど、イメージが形になるっていう柔軟性に関する部分は正解だと思う。でなければ生き物を模した魔法が発動したりしない。
「私がこうして魔法を操れるのも、ハイエルフがより妖精に近い存在だからというわけだ」
「多分だけどハイエルフに発現する【魔導】のスキルは、そのやり取りをサポートしてくれてるんじゃないかな」
「まったくダイチのおかげで、魔法を使うのが楽しくてたまらないよ」
「シアの場合は直接イメージを伝えられるから、いろんな形の花火を作れるようになると思う」
「それならもう少し練習していくか」
「うん、いつまででも付き合うから、気のすむまで頑張ってみて」
「それならリナリアにやっているあれで、私にも元気を分けてくれ」
月明かりの下でもわかるくらい頬を染めたシアが、潤んだ瞳で僕を見上げてきた。
僕たちは月をバックに口づけを交わし、花火の練習を続けていく。そして丸い花火は完璧にマスターし、簡単な形も作れるようになるのだった。やっぱり僕のシアってすごいや!
次回から閑話が2話続きます。
まずはカクタスの話と、始祖から語られるアイリスの過去。
お楽しみに!