第8話 山登りはショートカットで
エヨンへ来た僕たちは、クロウに乗って山頂へと向かっている。ここの土地神は火山の火口に祀られているそうだ。入山規制は無いらしく、道の険しさや暑さに耐えられるなら、いつ行っても構わない。例のごとく、何があっても自己責任だと、この国のギルドで言われたけどね。
なんでも鍛冶をやってるドワーフ族が、自分の作品を奉納しに山頂へ行くらしい。そこにいる土地神に品質を認められると、鍛冶ギルドにある銘板へ名前が刻まれる。三枚ある銘板は[工匠][名匠][巨匠]というランクがあり、職人たちは頂点を目指して修行を積んでいく。一番上の[巨匠]は、この国全体でも十人いないそうだ。
ウーサンと同じく武力を持たない国だけど、優秀な武具とドワーフ族しか作れない魔道具のおかげで、他国の干渉を受けることがない。この大陸にある六つの国は、武力や技術そして物資や情報で、うまく均衡を保ってるんだな……
クロウの背中でそんな事を考えていると、山頂がどんどん近づいてきた。
「ほんとにクロウがいてくれて助かるよ」
「けっ、ダイチに褒められても嬉しかねえぜ。それよりこの先に待ってるおっぱいだ。期待していいんだろうな?」
四人の土地神はみんな女性だと言ってたので、きっと全員がナーイアスさんに匹敵するスタイルの持ち主だろう。クロウのテンションが爆上がりするのもわかる。
「次に会う方も、マスターがお名前を付けて差し上げるのでしょうか」
「うん、一応ナーイアスさんにも頼まれてるけど、本人が希望すればね」
「不埒なことを求められたら、きっぱり断らないとダメだぞ」
「わかってるよ、シア。土地神と深い関係になろうなんて、思ってないから安心して」
「まあ、名前をつけてる時点で無駄だと思うけれどね」
「今度は何がおこるか楽しみだなー」
あんまり変な期待しないでよ、カメリア。ナーイアスさんの場合は能力の一部を失ってたせいで、特別な進化をしたかもしれないんだし。
その辺りの因果関係を確かめたいから、あの人も〝実験〟とか口走ってたんだろう。さすがに嫌がらせってことはないと思うけど、なにせ二人は火と水だから変に裏がありそうで怖い。
「とにかくお願いを聞いてもらわないとダメだから、向こうの要求には出来るだけ応えてあげられるよう、頑張ってみる」
「属性も真逆と言っていいほど違うし、真面目な性格であることを祈ろう」
こうしてエヨンへ来たのは、邪念が取り付いていた呪物を破壊してもらうため。水の力は命を育んだり、癒やしたりするのに向いてるから、何かを壊すのは苦手らしい。それにあの朽ちた短剣には、結界石の時みたいな干渉もできないそうだ。
なのでバンダさんとナーイアスさんに、邪気を寄せ付けない効果を持つ布を作ってもらい、先日それがやっと完成。あくまでも一時的なものなので、僕たちは急いで土地神に会いに来たってわけ。
「そろそろ山頂だぜ。着陸するからしっかり掴まっとけ」
山頂は大きなカルデラになっていて、白い噴煙が中心付近から上がっていた。ここ数百年は噴火の記録がないけど、立派な活火山ってことだ。きっとその辺りの管理も、土地神がやってるんだろう。
平らになった火口には、神殿や祭壇みたいなものは見当たらない。武具を奉納する時に、収めるような場所があると思ったんだけど……
「土地神ってどこに住んでるんだろう?」
「洞窟のような入り口も見当たらないな」
「ねぇ、みんな。ちょっと地面が揺れてない?」
カメリアの言葉で意識を集中してみると、体を通して音が伝わってくるような感じがする。これは揺れているというより、地鳴りに近いのかもしれない。まさか噴火したりしないよね?
『この場にドワーフ族以外が来るとは珍しい。武器の奉納が目的ではなさそうだな。観光目的で訪れるとは考えられんし、一体なにをしに来たのか答えよ』
足元から突然声が聞こえてきた。山全体から響いてくるような、重くて低い声だ。音に合わせてビリビリと地面が震えてるから、本当に山が喋ってるのかも。ナーイアスさんと同じ背格好を想像してたけど、もしかすると大きな勘違いをしてたんじゃないだろうか。
「僕の名前は大地といいます。今日はお願いがあって、ここまで来ました」
「下僕のことを自由にこき使っていいから、話を聞いてほしいわね」
僕だけに負担を強いるのは、やめてほしい。
みんなで頑張ったほうが、いい結果に結びつくんじゃないかな……
「突然訪れて不躾なお願いをするのは心苦しいが、私たちに力を貸してもらえないだろうか」
『吸血族にハイエルフ、それに精霊獣まで訪ねてくるとはな……』
「おっぱいを守り、おっぱいを救う。おっぱいの救護精霊クロウとは、俺様のことだぜ!」
「この子はボクと契約してるんだ」
いつからクロウはそんな精霊になったんだよ。もしかしてスズランやサクラたちに〝○護精霊〟って肩書が付いてて、羨ましかったの?
でもさすが土地神だ、ハイエルフの存在もちゃんと知っていた。ナーイアスさんもそうだったけど、この人も相当長い年月を生きてきてるんだろう。
『精霊獣が人に仕えるとは珍しい。それに魔人族の女、お前は魔剣持ちだな?』
「うん、よくわかったね。ボクが契約してるのはこれだよ」
ここの土地神は、魔剣を持ってることまで感知できるのか。匠人の認定に関与してるだけあって、やっぱり武具に関することは敏感なんだな。それだけの慧眼を備えてるなら、ドワーフ族に敬われるのもわかるというもの。
『それにダイチと名乗ったそこの男、お前は剣紋を持っているのか』
「天穿地裂の剣アトモスフィアが決めた。異論は認めない」
『ほう……自らの意思で顕現し、擬態まで身につけるとは』
やっぱり鍛冶の国を守護してるだけあって、アスフィーに興味津々みたい。なにせこの子は、バンダさんですら見たこと無いくらいレアな存在だし、興味を惹かれるのも良くわかる。そんな人物に感心されて嬉しかったのか、アスフィーがドヤ顔で背中にぶら下がってきた。可愛いから頭を撫でてあげよう。
『その隣に立つ女はなんだ? 邪悪な気配はしていないが、ありえないほどの力を内包しているぞ』
「私はダイチ様に仕える、特級精霊のスズランと申します」
『精霊を統べる者とは違うのか?』
「マスターの大きな愛で、白の微精霊から進化したのが今の姿です。そのような存在ではありません」
この世界にも大精霊みたいな、伝承とか神話があるのかな。そんなタイトルの本は見たこと無いし、ナーイアスさんからも聞かなかった。シアですら知らないみたいだから、人のあいだでは別の存在として伝わってるんだろうか。もしなにか知ってそうなら、この声の主に聞いてみてもいいな……
『先程、我に頼み事とか抜かしていたな』
「はい。今の僕たちではどうしようもな物があって、それを処分するために力を貸していただけないかと」
『そのような願い事に、耳を貸す義理はないのだが……。面白いものを見せてもらった礼だ。我を楽しませることができれば、話くらいは聞いてやろう』
「えっと、どうすればいいんでしょうか?」
『簡単なことだ。我に〝参った〟と言わせてみろ』
その途端、地面の揺れが激しくなり、噴煙の上がっていた部分が大きく裂ける。そこから現れたのは、真っ赤な体をしたドラゴンだった。
異世界の知識でドラゴン攻略。
次回「ちょっとした実験です」をお楽しみに!