第5話 強者のオーラ
雑踏の中からカローラを呼ぶ声が聞こえてきた。こちらに歩いてくるのは、黒いスーツを着た三十代くらいの男性だ。カローラのことを様呼びしてたし、執事とかそういった立場の人かな?
この人もブレスレットを付けてないけど、やっぱり家の方針なんだろう。富裕層の中には、外見優先や財力を誇示するためとか、様々な理由で付けない人たちがいる。
こちらを見つめる細い目は温和そうだけど、強者特有の迫力を感じるのは気のせいじゃないはず。金色のブレスレットを付けた、上級ランクの探索者と同じオーラが出てるよ、この人。
僕たちを見下ろす身長差があるから、百八十センチは軽く超えてるな。もしかして名前がセバスチャンとか、フィリップだったりしないだろうか。
男性は人を避けながらゆっくり近づいてきてるし、いきなり攻撃されたりはしないと思うけど……
「ロータス……どこにいたの?」
「申し訳ございません盟主様。店主との交渉に気を取られておりました」
さっきまで感情のこもった喋り方をしてたけど、今は会った直後の抑揚がない感じに戻ってる。こんな小さな子が急にかしこまるなんて、やっぱり礼儀作法や上下関係に厳しい家なのかな。ロータスって人の服装も、いかにもお金持ちって感じだし。
なるべく心象は悪くしたくないから、さっさと自己紹介してしまおう。
「初めまして、僕は中級探索者の大地と申します。カローラちゃんが一人で立っているのを発見して、危ないと思ったので保護者のかたを探す手伝いをしていました。隣の女性はパーティーメンバーのカメリアです」
「ボクが見つけて声をかけたんです。勝手に連れ回してごめんなさい」
「いえいえ、謝る必要はございません。盟主様を保護していただき、誠にありがとうございました」
こちらへ向き直ったロータスさんが、僕たちに頭を下げてくれる。話の分かる人で助かった。
「ご挨拶が遅れたこと、お詫びいたします。私は盟主様のお世話を任されている、ロータスと申す者です」
どうやらお店を見て回ってた時に、カローラが人の波に飲まれてしまったらしい。ロータスさんはお店の人と話をしてて、気づくのが遅れたそうだ。
保護者の人も見つかったし、もう抱っこしてなくても大丈夫だろう。
「家の人が見つかって良かったね。地面におろすけど、いいかな?」
「……わかった」
そんなに残念そうな声で言われると罪悪感が!
ずっとこのままってわけにもいかないし、名残惜しいのかもしれないけど我慢してね。だいぶ仲良くなれたところだったから、僕だって未練があるよ。
そんな気持ちを押し殺して、カローラを地面に立たせる。じっとこっちを見てるので、頭を撫でてあげよう。
すると無表情だった顔に、少しだけ感情が戻った。
「カローラちゃん、はい。せっかく取ったんだから、これも忘れちゃダメだよ」
「ありがとう」
的あてでもらった景品をカメリアから受け取り、カローラの顔がほころぶ。やっぱりお菓子って偉大だな。子供を幸せそうな顔に変えられるんだから。
「その袋と人形はどうされたのですか?」
「お店で遊んだら……お菓子くれた。人形は……二人に買って……もらった」
「大変申し訳ございません。こちらの代金はお支払いいたしますので」
「あっ、これは僕たちが勝手にやったことですから。それに人形は友だちになった記念の贈り物なので、お金はかまいませんよ」
そもそもカローラが持ってるのは、お店の人がサービスしてくれた分だしね。
「しかし……」
「ボクたちもカローラちゃんと遊べて楽しかったから、気にしないでもらえると嬉しいかな」
「……そこまでおっしゃるのなら」
渋々といった感じだけど、ロータスさんも納得してくれた。カローラが変に罪悪感を持ったりすると可哀想だから、押し問答にならなくて一安心だ。今日のことは楽しい思い出のまま終わるのが一番いい。
「じゃあ僕たちはそろそろ帰りますので」
「もう……行くの?」
「ごめんね。このあと待ち合わせがあって、どうしても行かないとダメなんだ」
「また……会える?」
「僕たちはゼーロンの迷宮にも挑戦しようと思ってるから、会う機会はきっとあるよ」
「その時はまた一緒に買い物しようね!」
迷宮探索だけでなくリナリアの付き添いで、ゼーロンに行くこともあるだろう。この大陸最大の都市だけど、富裕層の住む場所は大体決まっている。根無し草の探索者より、よっぽど見つけやすいはず。
まあ一般庶民との付き合いを拒否されたら、別の手段を考えてみよう。こうしてこの場にいるんだから、歌姫のコンサートに招待って手もあるし。
「何もお礼ができないままというのは心苦しいのですが、盟主様をお連れしないといけませんので」
「こちらこそ、お引き止めして申し訳ありません」
「それじゃあ、またねカローラちゃん」
「……さよなら」
ロータスさんに急かされたカローラが、人混みの向こうへ消えていく。何度も振り返ってたのは、心残りがある証拠だろう。僕とカメリアは二人が見えなくなるまで、手を振りながら見送った。
◇◆◇
家へ帰る前に、もう少しだけカメリアと店を回る。いくつかカローラと食べちゃったので、お土産を買い足すためだ。それにカメリアとのデートも、中途半端なままで終わりたくない。
「カローラちゃんともっと遊びたかったなぁ~」
「迎えに来たロータスさんも急いでたみたいだし、なにか用事があったのかもしれないね」
「そういえば、あの人ちょっと怖くなかった?」
「確かに普通の人とは違う迫力? みたいなのがあったよ」
言葉遣いも丁寧だし、凄んだりもされてない。だけど糸のように細い目には、緊張感みたいなものがあった。ああいうのを目力っていうのかな。
「お金持ちの家っぽかったし、カローラちゃんの護衛だったりして?」
「僕もそうじゃないかと思ってたんだ」
「ボクたちに害意が無いって、わかってもらえて良かったよ。いきなり襲われたら手加減できないもん」
そっちの心配するのは、カメリアならではといったところか。実際素手でも強いからね、この子は。市販の武器程度だと怪我すら負わないし、獣人族を超える身体能力は伊達じゃない。
その点でいえば僕も同様だ。体を動かすセンスが劣る分、やりすぎてしまいそう。それに僕が危険な状況になるとアスフィーが出てきちゃうし、スズランも駆けつけてくるはず。その場が大騒ぎになっちゃうよ。
「だけど護衛をやってるなら、どうして精霊を連れてなかったんだろう」
手には白い手袋をはめてたから、スキルの数はわからない。髪は黒に近い茶色だったので、まず間違いなく人族だろう。もしボディーガードのように戦闘を想定してるなら、攻撃系の赤か防御系の青と契約するのが一般的だ。
カローラも精霊と契約してなかったし、この辺りも家庭の方針かな。
「ボクが見た限り、効果付きのアクセサリーも付けてないみたいだったよ」
「そうだ、もしかすると高レベルの契約武具を持ってたりして」
「あっ、そっか。アスフィーみたいな武器があったら、それだけで驚異になっちゃうもんね」
それが精霊と契約しない理由にはならないけど、どちらにせよロータスさんは怒らせないほうがいい人物なのは間違いない。近くにいるだけで張り詰めた空気になってたから、かなりの手練ってことだろう。大勇者のノヴァさんほど鋭敏でない僕ですら、そうした印象を持ってしまったほどだし……
三人で遊んでた時は楽しそうだったカローラが、ロータスさんと再会したら人形のようになってしまった。それは彼がまとってる空気の影響を受けたからも。
「部外者の僕が口を挟むことじゃないけど、カローラちゃんにはもっとのびのび暮らしてほしいな」
「笑うと可愛いんだから、ボクもダイチの意見に賛成だよ」
「なにか力になれることがあればいいんだけど……」
「えへへっ。ダイチのそんな優しいとこ、ボク大好き!」
そう言ったカメリアが、僕の腕を一層強く抱きしめる。まろやかなものに包まれた部分から、幸せが広がってくる。そのおかげで、カローラの境遇を想像して落ち込んでいた気持ちが、みるみる晴れていく。やっぱりこの子って、スズランやリナリアとは別のベクトルを持った癒やしだなぁ……
余計なお世話なのはわかってるし、僕が勝手に不幸な少女って決めつけてるだけかもしれない。だけど小さな子が笑顔で暮らせるのって、一番幸せなことだと思ってる。少なくとも僕はみんなで笑い合える、明るい家庭を目指して頑張ろう。
頭の片隅でそんな事を考えながら、カメリアとのデートを楽しんだ。
いよいよコンサートが開幕。
そして何故か新魔法が生まれる(笑)
「第6話 ヒントはどこにでも眠っている」をお楽しみに!