第3話 カメリアとデート
リナリアが初めてお泊り会をした翌週、本島ではイベントが始まろうとしていた。総勢二十四名の歌姫たちが一堂に会する、この国でしか見られない催しだ。年に一回だけという希少性も相まって、会場周辺は朝から人でごった返してる。
野外にある広いイベントスペースには屋台や露店が並んでいて、日本の縁日に迷い込んだ気分になってしまう。地球には存在しない種族が大勢いるけどね。
フェスティバル会場に近い場所では、お揃いの色や柄のバンダナを巻いた集団同士が、言い争いをしてたりする。きっと推しの子を主張しあってるんだろう。
そういえば色付きの棒を腰にぶら下げてたり、うちわとよく似たものを手に持ってる人もいた。どこの世界でもアイドルの応援グッズって同じなんだなぁ……
家虎やパンパパンヒューみたいな、応援の仕方もあったりして?
「ねぇねぇダイチ、あっちで見たことないお菓子が売ってるよ」
「あれは棒つきのアメかな、美味しそうだし買ってみようか」
カメリアと二人で屋台に近づくと、フルーツの香りが漂ってきくる。どうやら小さな果物を串に刺し、表面を甘いシロップでコーティングしてるっぽい。これは日本にもあった、りんご飴に近いお菓子だな。
二種類の果物と好きな色のシロップを選べるみたいなので、それぞれ違うものにしてみた。ブレスレットの輝力で支払いを済ませ、再び腕を組んで歩き出す。
みんなも誘ってみたけど、アイリスは人の多い場所に行きたくないと言い、シアもにぎやかな場所は疲れるからと辞退。スズランは自分が行けば人に囲まれてしまうと留守番を決め、使い魔の三人も自宅組の世話をしたいから不参加になった。
リナリアはフェスティバルの準備があるので、今ごろリハーサルをしてると思う。そもそもこの場に歌姫が現れたりすると、ファンが押し寄せてパニックになりかねない。
そんな訳で、僕とカメリアの二人だけでデートしてる。クロウは「リナリアの護衛に行ってくるぜ」とか言ってたから、間違いなく歌姫やスタッフの女性たちを見て、鼻の下を伸ばしてるはず。
「そっちのも食べさせて」
「うん、いいよ」
「ボクのも一口あげるね」
カメリアが差し出してくれた赤いシロップのアメを一口かじると、口の中いっぱいに甘酸っぱい味が広がった。僕が買った方は桃みたいな果物だったけど、こっちは味や食感がリンゴに近い。やっぱり暖かい地方は、美味しい果物が豊富だ。
「カメリアの方は爽やかな味がして美味しいよ」
「ダイチのはすごく甘いし、交互に食べたら丁度いいかも」
そんな会話を交わしつつ、お互いのアメを食べあいながら広場を歩く。お菓子に負けないくらい甘い空気を漂わせてるから、近くにいる人が口から砂を吐きそうになってるなぁ……
今日のカメリアはタンクトップにショートパンツで、素足にサンダル履きっていうラフな格好だ。健康的な魅力がこれでもかってくらい出てるし、目立ってしまうのは仕方ない。薄着のせいで、組んだ腕から伝わってくるまろやかな感触が、いつもよりダイレクトだよ。
「ダイチはこんな催しとか見に行ったことあるの?」
「映像では見たことあるけど、実際に足を運ぶのは初めてだよ」
「みんなも行ったことないって言ってたし、なんだかドキドキしてきた」
「今日は特等席で見られるから、一緒に楽しもうね」
「えへへっ、ダイチと一緒に初体験できるなんて、ボク幸せだよ」
両手でギュッとしがみついてきたカメリアの頭を撫でると、南国の日差しに負けない明るく輝いた笑顔をみせてくれる。近くにいた人が〝初体験〟って言葉に反応してるけど、フェスティバルを見ることですからね。僕たちは健全なおつきあいをしてます!
今日は学園長でありながら、国の代表者でもあるアプリコットさんの計らいで、関係者席を用意してもらった。ステージからもよく見える場所だから、精一杯の応援してあげよう。
これからどこに行こうかとか、みんなへのお土産を相談しながら歩いていく。その時カメリアが何かを発見したらしく、僕の腕を強めに引いた。
「あの子、迷子じゃないかな?」
カメリアが指差す方を見ると、黒いワンピースを来た小学生くらいの少女が、一人でぽつんと立ち尽くしている。その子の辺りを見てみたけど、保護者らしき人は近くにいないみたい。これだけ人が大勢いる場所に、小さな子供が一人で出てくるなんて考えられないし、親と離れてしまったのかも。
「ボクちょっと話してみる!」
「あっ、僕も行くよ」
二人で近づいていくと、不思議そうな目つきでこちらを見てくる。きれいに切り揃えられた真っ黒の髪もそうだけど、深くて黒い色をした瞳が綺麗だな。身長はアスフィーより少し高いくらいだから、日本だと小学校の低学年ってとこか。どんな事情があるにせよ、こんな場所に一人で立ってたら危ない。
「ねぇ、こんな所でどうしたの? お父さんやお母さんとはぐれちゃった?」
しゃがんで目線を合わせたカメリアが話しかけたけど、少女は不思議そうにこっちを見ているだけだ。怖がってる感じとは違うみたいだから、僕も話しかけてみよう。
「こんな所に一人でいると危ないよ。よかったら住んでる場所まで送ってあげようか」
「……誰?」
「あっ、急に話しかけてごめんね。僕の名前は大地っていうんだ」
「ボクは魔人族のカメリア。よろしくね!」
右手を差し出してみたけど、女の子はキョトンとしてる。この年齢の子に握手とか、まだ早かったかな。
「君の名前を教えてもらっていい?」
「名前?」
「うん、なんて呼んだらいいのかな」
「みんなには……カローラって言われてる」
「カローラちゃんだね」
知らない人に話しかけられて緊張してるからだろう、受け答えがとてもぎこちない。なにか打ち解けられる方法ってないかな……
「ねぇ、カローラちゃん。これ食べる?」
「なに? ……これ」
「甘くて美味しいお菓子なんだけど、いろんな形のがあるんだ」
「……かわいい」
カメリアが差し出してくれたのは、露店で買ったグミっぽいお菓子だ。果物や動物の形をしたものが、何種類も袋詰めされてる。袋の中をキラキラとした表情で見てるし、一気に緊張もほぐれたみたい。やっぱり子供にお菓子って、すごく効果的だな。
「どう、美味しい?」
「こんなの……初めて食べた。でも……ちょっと可哀想」
「動物の形したのとか、可愛いもんね」
小さな子が嬉しそうにしてる姿は、やっぱり癒やされる。街で見たことのない珍しいお菓子だったけど、気に入ってもらえてよかった。この様子だったらスムーズに話ができそうだし、僕たちで保護者のところへ連れて行ってあげよう。
出会ってしまった主人公たち。
次回「第4話 保護者を探せ!」をお楽しみに!