第1話 そんな情報いらなかった
僕たちがウーサンにある島を報酬としてもらい、この国を活動拠点すると決めてから半月以上経過した。リナリアからもらった人魚の涙を受け入れ、二人の間に繋がりができた夜、やっぱり新しい精霊が生まれている。
薄紫色をした援護精霊で、他の子たちと同じように色にちなんで付けた名前はスミレ。誰かを癒やしたり助ける力に特化してるのは、リナリアの性質を受け継いだおかげだろう。
もちろん星五つの特級精霊だから、破格の効果を持ったスキルばかり。
快気:☆☆☆☆☆
再生:☆☆☆☆☆
探査:☆☆☆☆☆
解除:☆☆☆☆☆
[共感]
ひとつ目の【快気】は緑の精霊が持つ【回復】で治すことが不可能な、病気の治療を行えるスキルだ。
そして【再生】は部位欠損を治療できる。ただしこれには制約があり、いちど使うたびに星が一つ減っていく。つまりスズランの【分配】と合わせても、最大で十回分しかストックできない。使い所を見極めながら運用しないとダメだろう。
もちろん真っ先にカクタス君の治療を行い、その効果を確かめている。彼の勝手な行動で女生徒たちが危険な目にあったとはいえ、結果として国にプラスとなった。そのためオッゴ国への抗議はせず、カクタス君が厳重注意されただけで済んだ。これは怪我や後遺症を含め、全て元に戻ったことによる特例とのこと。
残りの【探査】は迷宮のマッピングスキル、そして【解除】は罠や危険物を無力化するスキルになる。迷宮の奥に行くと罠付きの宝箱があったり、危険なギミックのある通路も存在するらしいから、スミレの力は大きく役立ってくれるだろう。
エクストラスキルの【共感】は、マッピングの結果を視覚情報として渡す能力だ。要は脳に直接情報を流して、拡張現実みたいにマップを表示させるって言えばわかりやすいかな。精霊の影響下にあるメンバーにしか見えない半透明の地図が、空中に浮かんでる感じ。
自分の向いている方向に地図が回転するし、【探査】の星を上げていけば範囲が広がったり、敵や罠のマーカー表示もできるようになるみたい。攻略難易度に合わせて、他のスキルと協調しながら上げていこう。
◇◆◇
リナリアと交友を深めながら、生活に必要なものをアイリスの家に揃えたり、かなり散財してしまった。隠し通路で稼いだ分や、国の依頼で迷宮調査をした収入があるから、お財布的には痛くも痒くもないんだけどね。
約束通りナーイアスさんにも会いに行ったけど、やたらベタベタくっついてくるので大変だったよ。スキあらばキスしようとするし……
ホントにどれだけ人の温もりに飢えてたんだろう、この人は。
そんな忙しくも充実してる日々を過ごしていたけど、いよいよ島へ上陸できる日が来た。
―――――・―――――・―――――
僕たちが住むことになったのは、ウーサンに点在する島の中でも、かなり小さいものだ。クロウに乗って上空から眺めてみたけど、形のいびつなクロワッサンって感じかな。曲がった部分の内側が遠浅の砂浜なので、家族だけで海水浴も楽しめるだろう。
島には小さな港とそこから伸びる道路が整備され、防砂林の役目をしてる森の中に、整地された区画が数か所存在する。島の一番長い部分でも二キロ無いらしい。こじんまりしてるけど、今の住人は僕たちとバンダさん夫婦だけだから、間違いなく広すぎて持て余してしまう。
温泉は島の出っ張った部分にあり、どの区画からも行きやすくなっていた。その中で僕らが選んだのは、小さな家と広い庭のあるブロック。普段はアイリスが影に取り込んでる屋敷を使うので、元からある家はゲストハウスみたいに利用する予定だ。
「お家がパッと出てきて、びっくりしたの!」
「私の力を持ってすれば、これくらい造作も無いわ」
「おじいちゃんでも、できるの?」
「今の我輩には難しいであるな」
「ここでゆっくり養生して、力を取り戻していこうね、バンダ君」
カトレアさんがそばにいれば、もうバンダさんが無理をすることはないだろう。なにせこの二人って、アイリスが呆れるくらいラブラブだから……
少しだけ昔のバンダさんを教えてもらったけど、人を寄せ付けない孤高な感じだったんだって。今の姿からは想像できないよ。
「このような場所に居を構えることができるなど、思いもしませんでした」
「……庭でなにか育てたい」
「お嬢が作る影の中も住みやすいけど、やっぱり外はいいねー」
「管理する家が一つ増えちゃうけど、よろしくね」
使い魔の三人も、影の外で暮らす生活を楽しみにしてくれてる。山の上で生活してたときも、散歩や土いじりとか日向ぼっこなんか楽しんでたから、ここでものびのびと生活して欲しい。
「必要なものがあれば遠慮なく言うんだぞ、リナリア。ラムネの転移で本島までなら、すぐ行けるんだからな」
「うん、ありがとうなのシアちゃん。ツアーに行くとき使ってるのを全部持ってきたから、きっと大丈夫なの」
あー、それであんな大きな荷物だったのか。そういえばリョクに荷物を渡してたとき、リナリアのお願いを直接聞いてくれてたな。人魚の涙で僕と繋がった効果なのか、リナリアの人柄のおかげなのか、どっちだろう?
もしかすると、精霊と契約できなくなったリナリアのことを、リョクが気遣ってくれてるのかもしれない。
「片付けが終わったら温泉行こうね! ボク楽しみにしてたんだ」
「俺様の夢が叶うとか、最高だぜ!」
色々抵抗してみたんだけど、混浴の流れは止められなかった。まさかアイリスまで賛成に回るとは思わなかったよ。そうなると使い魔の三人も反対するわけないし、スズランは最初からノリノリだ。クロウは言わずもがなで、カメリアはそんなこと気にするタイプじゃない。
シアは僕を監視するとか言いつつ、実は楽しみにしてるって態度に出てた。とどめはリナリアに「お兄ちゃんと一緒に入りたいの」と言われて、首を縦に振るしか無かったのである。僕は孤独な戦士なのさー
◇◆◇
なんて落ち込んでたけど、やっぱり温泉に来るとテンションが上がる。なにせ目の前に広がるのは、天然かけ流しの岩風呂!
湯船は百人が一度に入れるくらい広いし、海を眺めながら入浴できるロケーションが最高だ。
かけ湯をしてゆっくり体をお湯に沈めたあと、全身の力を抜いて背中を岩に預ける。
「あー、やっぱり温泉はいいなー。命の洗濯とは、よく言ったものだよー」
「体だけでなく、そんなものまで綺麗になるんですか?」
「温泉に入ると色々なものがお湯に溶けていく気がして、悩みや疲れが吹き飛ぶんですー」
「確かにこうして近くにいると、ダイチさんから溶け出した精気が、わたくしの中に流れ込んできます」
へー、そんなものまで溶け出すのか。やっぱり温泉って凄いな!
「……じゃなくて、なんでナーイアスさんがここにいるんですか!!」
「わたくしを仲間外れにして、みんなで楽しむなんてズルいです。寂しいので来ちゃいましたっ☆」
なに〝てへっ〟みたいな顔してるんです。いきなり隣に現れたけど、転移とか出来たんですか? 聞いてませんよそんなこと。さすが土地神ですねっ!
「いきなり現れると、びっくりするじゃないですか。それにどうしたんです、その湯浴み着」
「これはバンダにお願いして、こっそり作ってもらいました。皆さんが着ているのと同じ[防臭]と[抗菌]が付いてるんですよ。どうでしょう、似合ってますか?」
おぉ、バンダさん手縫いの湯浴み着だったのか。アイリスが元から着てた服も秘宝級だったけど、バンダさんが作る服は必ず何かしらの効果がつく。まさかあのゴスロリドレスが、ハンドメイドだとは思わなかった。さすが吸血族の始祖、その能力も半端ない。
「とても似合ってて、すごくきれいですよ」
「うふふふふふ。そう言っていただけると、ここまで来たかいがありますね」
透けるような白い肌と茶色のコントラストが、大変素晴らしいと思います。それにスズランと同等の質量を持ったまろやかさんが、水面から顔をのぞかせてる。浮くんだな、おっぱいって……
いやいやいやいや、そんな所に目を奪われてる場合じゃない。全裸で乱入してこなかった点は褒めてもいいけど、この人は自分の魅力に自覚がなさすぎる。
「あの、できればもう少し離れてもらえません?」
「どうしてですか、離れたらダイチさんの成分が薄くなってしまいます」
僕は出汁の素じゃありませんよ!?
「下着をつけてない女性が近くにいると、ドキドキしてしまうので……」
「あら、そうしたものは普段から身につけてませんけど?」
そんな情報いらなかったー!
じゃあ祭壇でくっついてきたときも、上に服を羽織ってただけだったのか。近いうちに本島まで連れて行って、下着を買ってもらおう。最優先事項だ。
「そっ、それにもうすぐみんなが来るので、見られたら大変です」
「わたくしとダイチさんの仲です、いいじゃありませんか」
よくない、全然よくないです。水って電気をよく通すんですからね。あなたも巻き込まれるし、僕だってただじゃすみません。
「あーっ! お兄ちゃん、またナーイアスさんとくっついてるの」
「なんだと! 俺様の見てないところでそんなことしやがって、ズルいぞダイチ!!」
あちゃー、遅かった。
脱衣場になってる小屋から、みんながぞろぞろと出てきてしまう。男女別になってないから、着替えの早い僕が先に使わせてもらったんだけど、もう準備ができたのか。まあ服を脱いで肩紐で吊るす、パイプ状の湯浴み着をかぶるだけだし、時間なんてそんなにかからないよね。
だけどリナリア、濡れた場所で走ったら危ないよ。それに揺れてる、ポヨンポヨン跳ねてるから!
「私たちは紳士協定を結んでいるというのに、抜け駆けとは不届き千万。今回ばかりは神といえども許せん、温泉の藻屑にしてくれる……」
落ち着いてシア、話せばわかる。
だから世界樹の杖を顕現させちゃダメーーーーー
次回は温泉編の後編です。
お楽しみに!