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閑話15 リナリア

第8章の開始になります。

 私が迷宮の花嫁として選ばれてから数日たち、学園はいつもどおりの落ち着きを取り戻した。迷宮の裂け目からモンスターが現れた事件は、大きなニュースになったからみんな知ってる。でも私が花嫁に選ばれたことは、カクタスさん以外知らない。



「おはよう、リナリアちゃん」


「おはようなの」



 仲良しのお友達が、おはようの挨拶をしてくれたあと、私の顔をじっと見つめてきた。どうしたのかな、もしかしてソースがほっぺに付いてるとか? もしそうなら学園に行く前、お兄ちゃんにぎゅってハグしてもらったとき、服につけちゃったかも。


 あうー、どうしよう。お兄ちゃんたちはお母さんのお願いで、今日から迷宮の調査に行ってる。謝りたいけど、しばらく会えないよー。おじいちゃんでもアイリスちゃんの影には、入れないって言ってたし……



「なんか慌ててるみたいだけど、どうしたの?」


「リナリアの顔をじっと見てたから、なにか付いてたらどうしようって思ってたの」


「あっ、ちがうちがう、リナリアちゃんはいつもどおり可愛いよ。今日は一段と輝いてるから、ちょっとビックリしただけ!」


「そうそう、私も気になってたんだー。髪なんてキラキラしてるけど、洗髪剤(シャンプー)とか変えたの?」


「お肌もツヤツヤだし、表情がいつもの数割増しで明るく見えるよ」



 教室にいた女の子たちが、私の周りに集まってきちゃった。大勢に見られるのは慣れてるけど、やっぱり恥ずかしい。


 お兄ちゃんと私は人魚の涙で繋がってるから、抱きしめられると体の奥から温かくなっちゃう。そんな幸せに包まれた私は、髪の毛から光の粒子が出ちゃうの。土地神のお姉さん――お兄ちゃんがナーイアスって名前をつけてくれた人――によると、余剰精気っていうみたい。今朝はいっぱい甘えちゃったし、愛しい気持ちがあふれるのは仕方ないよね。



「えっと……えーっと、最近いっぱい元気をもらってるから、それでだと思うの」


「もしかして好きな人でも出来たの、リナリアちゃん」


「おーっと、歌姫禁断の恋かー? これはとくダネ情報だ」


「恋する乙女は美しくなれるってやつ?」


「白状しろ、リナ坊。隠すとためにならないぞぉー」



 普段からよく話す子たちが、私に詰め寄ってくる。みんな誤解してるけど、歌姫って恋愛禁止じゃないんだよ。人魚族は誰かと結ばれた男性を、別の人が好きになったりしないの。だから素敵な男の人がいると、争奪戦になっちゃう。そんな取り合いを歌姫はやっちゃダメだよっていう約束事を、恋愛禁止って言ってるだけ。



「リナちゃんが好きになるのって、どんな人だろう?」


「これまで浮いた話は、一つもありませんでしたからなぁ……」


「私たちとは比べ物にならないくらい、男の人と会ってるのにね」



 私たち歌姫は世界中を回って、大勢のお客さんと触れ合う。だけどみんなが好きになれるような人には、出会ったことがない。探索者の人は威圧感があって怖いし、お金を持ってる人にエッチな目で見られることもある。もちろん普通のファンもいっぱいいるけど、ときめいたことなんて一度もなかった。


 でもお兄ちゃんは違う。探索者なのに雰囲気が柔らかくて、話し方がとっても丁寧なの。それにモンスターの粘液でベトベトになって、すごく臭かった私を嫌な顔せず抱きしめてくれた。男の人とあんなに近づいて、ちっとも怖くなかったのは初めて。


 そのあと歌姫を見たことが無いって言われて、かなり驚いちゃった。きっとそんな人だから、自然体で接してくれたんだと思う。私のことを特別扱いしない心遣いが、何よりも嬉しかったんだよ。それに〝頑張れ〟とか〝応援してます〟って励まされることは多いけど、〝頑張ったね〟や〝えらかったよ〟って褒めてくれたのは、お兄ちゃんだけ。あのときは思わず泣いちゃったな……



「あー、これは完全に恋する乙女の顔ですな」


「なんか心ここにあらずって感じだよね」


「リナっちが好きになった人、こんど紹介してよ」



 お兄ちゃんのことで頭が一杯になってたけど、友達の一言で現実に引き戻される。

 えっ!? 紹介なんてできないよ。みんな私より元気で明るくて、魅力的な子ばっかりなんだもん。



「お兄ちゃんはリナリアだけのお兄ちゃんだからダメなのー!」



 私とお兄ちゃんは魂で繋がってるから、誰も入り込む余地なんて無いんだから。お兄ちゃんたちと家族になれる人しか、手を出しちゃダメなんだよ。



「お兄ちゃんですと!?」


「恋人でなく兄君(あにぎみ)とは、驚愕の事実でありますぞ」


「人魚族に男の兄弟ができた経緯を詳しく!」


「姉の旦那という線がワンチャン」


「でもリナリアちゃんって一人っ子だよ」


「「「「「謎は深まるばかりである」」」」」



 うわ~ん、ついお兄ちゃんって言っちゃったよー

 どうしよう、みんながギラギラした目で私を見てる。助けてカメリアちゃん、クロウちゃん!!



◇◆◇



 あのあと、すぐ授業が始まって、お兄ちゃんの件はうやむやになった。休み時間になったら、また聞かれるかもしれないけど……



「――と、このように証明できるわけです。ではそれを踏まえた上で、次に書かれた図式の場合は、どう変化するでしょう。カクタス君、わかりますか?」


「はい、その場合は一つ目の作用に影響された――」



 先生に当てられたカクタスさんが、左手で教科書を持ちながら答えている。あの日プラムちゃんを逃した直後、カクタスさんはモンスターから攻撃を受けた。舌で左手を絡め取られたあと、奥の部屋へ投げ飛ばされたので、誰もどんな怪我をしたか知らない。みんなはモンスターの臭いで気絶しちゃったし、私もすぐ連れ去られたから……


 それが二度と元の状態に戻らないって聞いたときは驚いた。だけど今はご飯を食べたり運動したり、以前と同じように生活できてる。今のカクタスさんを見て、そんな大怪我をしてたなんて信じる人は、ひとりもいないと思う。


 それが出来たのは、私とお兄ちゃんの絆で誕生した精霊が、頑張ってくれたから。


 スミレちゃんと出会えたのは、私のお姉ちゃんになってくれたスズランさんが、持ってる力のおかげ。薄紫色をしたその子は、私にすごく懐いている。人魚の涙をお兄ちゃんに捧げた私は、もう精霊と契約できない。だけど私の子供みたいな精霊が生まれて、泣きたくなるほど嬉しかった。


 ……実はちょっと泣いちゃったけど。


 でも仕方ないよね、これって奇跡みたいなことだもん。しかもスミレちゃんって、すごい力を持ってる。病気を治したり、失った体を再生できるとかビックリだよ。他にも地図を作る力や、危ない罠を解除することもできちゃう。


 なにせお兄ちゃんたちと出会ってから、信じられないことが次々おきてる。私を励ましてくれたり、お風呂で優しく抱きしめてくれたお姉ちゃんが、特級精霊だったことは一番の驚きだったけどね。すごく柔らかくて安心できたから、またやってもらおっと。


 それはともかくスミレちゃんが生まれた日、私とお兄ちゃんはカクタスさんのお見舞いに行った――




――…‥・‥…―――…‥・‥…――




 世界中を旅する私たち歌姫は、ウーサンへ帰ってきたらまず医療施設で検査を受ける。なんでも風土病とかにかかってないか、調べるんだって。いつもお世話になってる場所だけど、こうしてお見舞いで訪れたのは初めて。


 受付で部屋番号を聞き、ノックをして返事を待つ。熱は下がったって聞いてたけど、大丈夫かな。そんな心配をしてたら、中から入っていいと声がする。


 病室のドアを開けると、カクタスさんはベッドに座って、外の景色をボーッと眺めていた。



「こんにちは、カクタス君」


「ダイチ君も来てくれたのか、わざわざすまないね」


「もう起き上がって平気なの?」


「心配してくれてありがとう、リナリア君。髪と声が元に戻ったようで何よりだよ」



 私に笑いかけようとしてくれてるみたいだけど、カクタスさんは全然笑顔になってない。シアちゃんの作った薬や、リョクちゃんがやってくれた治療、そしてニナちゃんの手当は完璧だったって、ここで働いてる人たちは言ってた。それでもこれ以上の回復はできないって聞いて、落ちこんでるんだよね。



「少しだけ話しても大丈夫?」


「あぁ、構わないよ。二人とも、そこにある椅子を使ってくれたまえ」



 お兄ちゃんが背もたれのない丸い椅子を持ってきてくれたので、二人でベッドの横に座らせてもらう。こうして肩が触れ合いそうなほど近くに座ってると、腕にギュってしがみつきたくなる。でも目の前にカクタスさんがいるし、我慢しなきゃ。



「えっと、その左腕のことなんだけど。オッゴの国で完治させることって、できるのかな?」


「いくらエルフ族の作る薬が優れていると言っても、さすがにこの状態の腕を治療するのは不可能だよ」



 カクタスさんのお父さんは[賢聖(けんせい)]だから、なにか特別な方法があるかもしれないって、シアちゃんが言っていた。だけどやっぱり無理みたい。



「そっか、それなら仕方ないね……」


「今回のことは私がまねいた結果だよ。君が落ち込む必要なんて無い。ウーサンからも抗議文が届くだろうし、私は責任をとって学園を去るつもりだ」


「それはダメなの! せっかくここまで頑張ったんだから、ちゃんと卒業するほうがいいの」


「しかしこんな状態では、授業もまともに受けられない。それにこんな惨めな姿をさらすなんて、私には耐えられないよ……」


「大丈夫なの。リナリアに任せてほしいの」


「いくらリナリア君の歌が優れているといっても、失った腕は元に戻らないはずさ」


「リナリアには無理だけど、スミレちゃんならできるの」



 私の呼びかけに応えてくれたスミレちゃんが、目の前に現れる。そのままそっと抱き寄せると、胸に顔をこすり付けながら甘え始めた。くすぐったいけどやっぱり可愛い。



「紫色の精霊!? ……確か以前はいなかったよね?」


「これは僕とリナリアの絆で生まれた、新しい精霊なんだ」


「二人の間にできた、愛の結晶なの!」



 えへへへ~、言っちゃった。お兄ちゃんはちょっと恥ずかしそうにしてるけど、一度でいいから言ってみたかったんだ!



「回数制限があるんだけど、この子は【再生】のスキルを持ってるんだ。それを使えばカクタス君の腕も、元に戻るはずだよ」


「かっ、回数制限のある貴重な治療をこの私に……」


「みんなを元気にするのが、リナリアの望みなの。それを叶えるために、スミレちゃんが生まれてくれたの。だからカクタスさんも元気にしたいの」


「……っ……。ありがとう、リナリア君、ダイチ君。この恩は一生かかってでも返す。どうかこの腕を元に戻して欲しい」



 目に涙を浮かべたカクタスさんが、私たちに頭を下げてくれる。スミレちゃんにお願いすると、短くなってしまった部分が白く光って伸びていく。その光が消えたあとには、傷ひとつない綺麗な腕が現れた。


 ――元気になって笑ってくれるのが一番の恩返しだから、もう十分だよカクタスさん。




――…‥・‥…―――…‥・‥…――




 カクタスさんは教室の前に貼っている図式に、完璧な答えを記入したみたい。先生にすごく褒められてる。そして自分の席に戻って来るとき、少しだけ目が合う。軽く微笑んでくれた顔は、とっても晴れやかだ。


 あの日からカクタスさんは、先生を困らせることが無くなった。突然の変化にみんなは戸惑ってたけど、私だけが理由を知ってる。それは全部、お兄ちゃんたちと出会えたおかげ。


 邪神がいなくなって、この国は救われた。それを百年以上封印してたおばあちゃんも蘇ったし、おじいちゃんの力は少しずつ回復してる。ナーイアスさんも元気になったけど、お兄ちゃんにちょっかいかけるのは、やめてほしいな。


 お母さんはちょっと忙しそうだけど、すごく充実してるって言ってた。それから、お兄ちゃんの子供が生めるように、早く成長したいって言ってたかな。妹ができたら私も一緒にお世話するから、頑張ってねお母さん。


 教室の窓から外を見ると、海の向こうに小さな島が見える。あそこが、これからお兄ちゃんたちの住む場所。学園がお休みの日に合わせて入居する予定だから、もう二日分の外泊許可を取っちゃった。みんなで温泉に入ったり、お兄ちゃんやお姉ちゃんと同じベッドで寝たり、ずっと出来なかったことを全部やっちゃおう。




 早くその日にならないかなー


次回は温泉回。

お楽しみに!

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