第8話 お散歩デート
宿屋から出る時、カウンターにいたおばさんに、親指を立てながらウインクされた。思わず「昨夜はお楽しみでしたね」とかいう、定番のイベントが発生すると思ったよ!
スズランとサクラには隠れてもらってたのに、もしかしてバレてる? 部屋の壁はかなり厚くて、他の部屋から話し声とか聞こえたこと無いんだけど……
ともかく今は、スズランに満足してもらうことを優先しよう。人生初デートでどこまでできるか、高難易度ミッションへチャレンジだ!
「なんだか、こうして地面を歩くのは新鮮です」
「靴が合わないと思うんだけど、歩きにくくない?」
「そんなことありませんよマスター、足元から幸せが伝わってきます」
とりあえず僕が使ってたスニーカーで歩いてもらってるけど、なんだかスズランはとても幸せそうにしてる。靴を履かせてあげる時に触れた足は、スベスベですごく小さかった。ガラスの靴とか絶対に似合いそう。
僕の身長は百七十二センチだ。隣を歩くスズランの頭がちょうど視線のあたりに来るから、彼女の身長は百六十センチくらいだろうか。陽の光を浴びると、銀色の髪が一層きれいに見えるな。
この世界の人は種族によって髪の色が決まっていて、人族は黒とか茶色の人ばかり。おかげで僕の焦げ茶色の髪は、違和感なく溶け込んでいる。
魔人族は赤系の色で、獣人族はカラフルだ。緑とかピンク色を見た時は驚いた、まるでアニメキャラみたいだったよ。それから、酒場で弾き語りをしている人魚族の女性は、淡い水色だった。スズランの髪は光の当たり方で少し青っぽく見えるから、人魚族に思われてるのかもしれない。
「ねぇマスター。私たち凄く注目されてませんか?」
「スズランみたいな美人が歩いてるんだから、仕方ないと思うよ」
「うふふふふ……マスターに美人なんて言われると、照れてしまいます」
スズランが体をクネクネ動かしながらしがみついてくるので、僕の腕は温かくてまろやかなものに包み込まれてしまう。そんなにくっつかれると歩きにくくなるから、何かが起動する前に離れてほしい。
それより、イチャついてる僕たちを見て、舌打ちしながら睨んでる人がいるぞ。なんか酒場とか人気のない場所で出会ったら、「その女を俺によこしな」とか言いそうなタイプだ。殴られても大丈夫なように、サクラのスキルを【強堅】に極振りしてもらおう。痛いのは嫌なので!
◇◆◇
とりあえず服と靴を購入し、スズランの装いは一新された。かなり残念そうにしてたけど僕のスニーカーを脱いでもらって、足元は白いソックスとベーシュの柔らかい革でできた靴。上は白い長袖ブラウスに、グレーのジャンパースカートを組み合わせてみた。
圧倒的な質量を誇る胸部装甲がジャンパースカートに持ち上げられ、これまで以上に目を引く姿になっている。これはアレだ、いわゆる〝童貞を殺す服〟ってやつだ。店員の若い男性が死にかけてたし。……僕も危なかったけど。
ショルダーバックの紐を斜めにたすき掛けすると、更に凶悪な兵器が誕生するだろう。
「そういえば、その服を着たまま消えても大丈夫なの?」
「身につけたものは私の一部になるので、問題ありません」
それを聞いて安心した。もし服だけ残して消えたなんてことになれば、再出現した時に重大事案が発生してしまう。ちなみに手に持ってるだけとかはダメみたいで、僕と手を握っててもスズランだけ消えてしまうそうだ。でもアクセサリーとかなら大丈夫っぽいし、お金に余裕ができたら買ってあげたい。
「スズランはどんな格好でも似合うけど、本当にその服で良かった?」
「とても動きやすいですし、なんと言ってもマスターの選んでくれた服ですから。それに別の部分でお金がかかってしまいましたので……」
男の下着なんて多少大きくても紐で縛ってしまえばすむけど、女性用はそうもいかないからね。なにせスズランのまろやかさんは大きすぎて、量産品で合うサイズがなかった。その代わりちょっと凝ったデザインのものが買えたみたいだから、結果オーライといったところ。それなりの金額が飛んでいったけど、これは必要経費なのだよ、うん。
どんなのを選んだのか、僕は知らない。女性の店員さんしかいない場所に入っていくなんて、いくら精霊のスキルを受けてたとしても難易度が高すぎる。ゲームでよくある、ハードモードってやつだ。被ダメが二倍になったり、アイテムの値段が三倍だったり、逃走コマンドが失敗確定になったりして、その凶悪ぶりを体験したプレイヤーの目が点になるあれ。
「服も買い終わったし、次はなにか食べに行こうか」
「私は食べなくても平気な存在ですから、少しの間隠れていてもいいんですよ?」
「それは絶対にダメ、食事はみんなでするほうが楽しいから。できればサクラも呼んであげたいけど、さすがにあの姿は目立つから残念だなぁ……」
精霊は契約者から力を分けてもらってるけど、人の姿になったスズランは食事もできる。それなら食べることも楽しまないと絶対に損だ。クウネルアソブは人間の三大欲求だもんな。ちょっと違うか。
「こんな素敵な方にお仕えできて、私もサクラちゃんも幸せです」
「そうと決まったら、さっそく行こう!」
僕はスズランの手を取って走り出す。屋台巡りも楽しそうだし、オープンテラスのある喫茶店でもいい、スズランと一緒ならどんな食事でもごちそうになる。
◇◆◇
食事はスズランの希望もあり、屋台で買ったものを静かな場所で食べることにした。というか、スズランがとにかく目立ちすぎる。人の目が集中して落ち着かないということで、二人だけでゆっくり出来る場所に決定したってわけだ。
そのおかげでのんびり食事を楽しめたし、お互いのものを分け合いながら食べるという、学生カップルなら一度はやってみたい、お弁当の鉄板イベントも体験できた。
そのままお喋りしつつ食休みをしてたら、スズランが少しだけ席を外すとどこかに行ったけど、トイレかな? まあ女の子には色々あるだろうし、詮索するのはやめよう。
明日から十四月だ。初日が満月の夜なので、オルテンシアさんに会える。サクラが持ってる完全異常耐性スキル【遮断】を使えば、狂化の衝動を抑えられるとスズランは言っていた。
他人が契約している精霊の力を、どうやってオルテンシアさんに反映させるのか、僕はまだ知らない。その時になったら教えますと話してたし、無理に聞き出すようなことはしないと決めている。だってスズランはとてもいい子だし、僕のことを最優先に考えてくれるから、なにか理由があるんだろう。
昨日ひどい裏切りにあったばかりだけど、何があってもスズランのことは最後の瞬間まで信じる、それが契約主たる僕の誓いだ。
とにかくオルテンシアさんが自由になったら、一緒に活動しないか誘ってみよう。本当の異世界生活は明日から始まる、僕にはそんな予感がした――
宿屋のおばさんは、死にそうな顔で帰ってきた主人公を心配してただけです。別にバレてはいません(笑)
◇◆◇
退席中のスズランが何をしていたのかは閑話で判明しますので、お楽しみに!
※夕方から夜にかけて、もう一話投稿します。