第22話 それならリナリアにお任せなの
第7章の最終話になります。
この世界に特級精霊は一人しかいないと思うけど、土地神と呼ばれるような人から見ても、不思議な存在に映るのかな。
「何者かと問われましても、ダイチ様にお仕えする特級精霊としか、お答えできません」
「生まれはどちらになりますの?」
「アーワイチにある森の中で意識が芽生えました。マスターがこの世界に迷い込まれた時、白の微精霊だった私と契約が成立していたのです。契約に至った経緯などは記憶に残っていません」
「それはなかなか興味深いですね」
これは僕の方からも話しておこう。もしかしたら、なにか情報をもらえるかもしれないし。
「出会ってすぐ名前をつけて、それからずっと一緒に生活していたんです。ですが上級精霊になって星も全て埋まった状態のスズランと僕は、迷宮内でモンスターの巣に閉じ込められました」
「そんな絶望的な状況の中、マスターは自分の身を盾にして、私を守ろうとしてくださいます。そして流れ出した血が私にかかった時、体の奥からとても熱いものがこみ上げてきました。それを制御しきれなかった私はマスターから離れ、モンスターの群れに力を解き放ったのです。その後マスターから呼び出してもらった時には、今の姿になっていました」
「なるほど、名付けと精気あふれるダイチさんの血ですか。そんな力を内包しているから、わたくし達と同格に感じられるのですね」
もしスズランがナーイアスさんと同じような存在だとしたら、さしずめ光の精ってところかな。僕をずっと支え続けてくれた、希望の光って感じだし。
「スズランは精霊ってことでいいんですよね?」
「えぇ。本人もそのように認識していますし、土地に縛られている様子はありませんので。これからも精霊としてダイチさんに仕えているのが、一番だと思います」
「もしかしてナーイアスさんって、この国を離れられないんですか?」
「そうなんですよー。色々と面倒な制約もあるし、自由に外へ遊びに行くこともできません。この国を影から支えるって役目に縛られた、暇を持て余すだけの悲しい引きこもりなんです」
ナーイアスさんが目頭を押さえながら、僕の足元に膝から崩れ落ちる。その柄付きハンカチ、一体どこから取り出したんです?
「僕で良ければ話し相手になりますから、元気だしてください」
「ホントですか!?」
「はい、時々遊びに来ますので」
「絶対ですよ、約束しましたからね。ついでにキスしてください」
「それはもののついでに、することじゃありません」
「ちぇー」
なんだかこの人、どんどんキャラ崩壊していってるよ。他の人と話す時は威厳たっぷりなのに、なんで僕の前だとポンコツになるかな。まあ、それだけ気を許してもらってると思うことにしよう。
◇◆◇
何度も念を押すナーイアスさんと別れ、全員で学園長室へ向かうことに。特級精霊については彼女も知らない様子だったし、今まで通りの関係を続けていけばいいだろう。越境人についても、偶発的な事象が生み出すものなので、帰還方法や記憶の一部がない理由もわからずじまいだ。土地神と言っても全知全能ではないし、そもそもナーイアスさんはずっと寝てたんだから仕方ない。
気を取り直して地上へ出てきたけど、今日は臨時休校らしく校舎のある敷地内には誰もいなかった。昨日のうちに連絡便は運行再開してるから、学生たちは寮で休んでるんだろう。大学の時は突然休講になったら損した気分だったけど、高校までは警報が出て休みになる日とか嬉しかったっけ。この世界の学生も同じなのかな。
「さて早速で悪いのじゃが、報酬の件で提案があるのじゃ」
「僕らとしては、浄化装置に使う特殊な人魚の鱗を定期供給してくれる、とかで構いませんよ」
「それならリナリアにお任せなの」
「そういえばリナリアは【水泳】【演奏】【歌唱】【浄水】の四片だったね」
「お兄ちゃん、リナリアのスキルわかるの?」
「うん、僕って繋がりを持った人のスキルが見えちゃうんだ。もし秘密にしておきたかったのならゴメンね」
「あとで言おうと思ってたから、知られても平気なの。でも他の人のスキルがわかるなんて、さすがはお兄ちゃんなの!」
あまり高額な報酬は困るなと思って予防線を張ってみたけど、リナリアが提供してくれる流れになってしまった。特殊な加工が必要とはいえ、原価がかからないのは助かる。
「歌姫の鱗なんてオークションが開かれるくらいの貴重品だよ。可愛い孫娘に愛されてるようで幸せ者だね、このこのー」
脇腹をツンツンしないでください、カトレアさん。くすぐったいです。
それにしてもやっぱり世界的なアイドルだけあって、ブランド物みたいな扱いになるのか。偽造やなりすましを防止するため、鑑別書付きで売ってそう。
「話を元に戻すのじゃが、報酬として島を一つもらってくれんか?」
「えっ!? 島をって一体……」
確かにこの国には大小様々な島があるけど、いきなりそれをやるとか言われても、どう反応していいか困る。シアたちも唖然としてるよ。
「元々親父殿に渡そうと思っておったのじゃが、知ってのとおり祭壇から離れられなんだので、誰も住んでおらんのじゃ」
「吸血族の管理する自治区にと言われておったのである」
「あら、それは素敵じゃない」
「少し噂を集めさせてもらったのじゃが、お主は吸血族が安心して暮らせる場所を、欲しておるのではないか?」
「えぇ、そのとおりよ」
「ここならば国を挙げて保護してやれるのじゃ」
さすが世界中から情報を集めてる国だ。店の中や通りを歩きながらする会話みたいな断片情報でも、大量に集めると何かしらの結論を導き出せるってことかな。
「かなり魅力的な話だけれど、全員が了承しないと受けられないわよ」
「それはもちろんじゃ。我らの持つ武器は情報じゃからな。お主たちの役に立つものを、いくつか開示するのじゃ」
アプリコットさんは、次にカメリアの方へ視線を向けた。
「お主はアーワイチにある、小さな村の生き残りじゃな?」
「うん、そうだよ」
「そこを襲ったモンスターに関する手がかりなのじゃが、関わっとる可能性が高いのは〝迷宮解放同盟〟と呼ばれておる組織じゃ」
「それが村にモンスターをおびき寄せたの!?」
厳しい顔つきになったカメリアの手を、スズランが優しく包み込んでいる。ずっと探し続けていた仇の手がかりだ、冷静ではいられないだろう。
「その組織は世界の混沌を、望んでおるらしいのじゃ。モンスターが跋扈する世の中を作るため、地上の迷宮化を企んどるようじゃ」
確かにそんなことが目的なら、迷宮の裂け目以外でモンスターを外に出しかねない。なんの目的でカメリアの村を襲ったのか知らないけど、組織的な関与があったなんて……
「それどこにあるの? ボクが行ってあの男だけでも倒してくる!」
「申し訳ないのじゃが、組織の実体については大部分が不明なのじゃ。今わかっとるのは、名前と目的くらいなんじゃよ」
どうやらかなり巧妙に人の目を逃れながら、活動を続けているようだ。この国ですら尻尾をつかめないんだから、全員が知らなかったのも無理はないか。まだ各国の連携も取れてない状態なので、うっかり口外しないようにしないと。
他にはシアを襲った三人組についても情報を持っていた。人魚の涙を渡すように脅したり、かなり悪評が立ってたみたい。そしてゼーロンでは、臨時パーティーに誘ったエルフ族を実力不足だと、非難する行為を繰り返している。その情報をオッゴに流し、国から正式な抗議文を出させたそうだ。
シアを斬った件も突き止めて、殺人未遂としてすでに逮捕されたらしい。違法薬物を購入したことも暴露され、探索者資格は剥奪されているし、今ごろ強制労働させられてるとのこと。あれから一切関わってなかったけど、そんな事になってたんだな。まあ、彼らがどんな運命を辿ろうが、僕たちにはもう関係ないけど……
「この国を拠点にしてもらえるのなら、情報も渡しやすいのじゃ。報酬として考えてもらえんじゃろうか」
さすがに僕が越境人ということまでは掴んでなかったけど、そうした情報も希望すれば集めてくれるみたい。
「リナリアと一緒に過ごせる時間が増えるし、ナーイアスさんにも会いやすくなるから、僕はいいと思うな」
「私と同じ肌をした者が多いこの国は出歩きやすいし、アイリスの望みが叶うのだから反対する理由はない」
「ボクも迷宮解放同盟について、もっと知りたいから賛成だよ」
「おっぱいの国に定住とか素晴らしいじゃないか! 俺様も大賛成だ」
一応これでも無害なんですよ、バンダさん。だから再封印したそうに構えるのは、やめてください。カメリアが泣いちゃいますので。
「聞くまでもないと思うのだけど、スズランはどうかしら?」
「私の居場所はマスターの隣ですから、どんな場所でも構いません。マスターさえいてくだされば、私は幸せになれます」
「お兄ちゃんとお姉ちゃん、ラブラブなの」
「わっ、私とダイチだってラブラブだぞ」
あー、もう、頬を染めながら張り合うシアは可愛いな。カトレアさんがニヤニヤしながらこっちを見てるけど、気にせずシアの頭を撫でてあげよう。
「イチャイチャするのは帰ってからになさい。ともかくここを拠点にするってことで、話はまとまったわ」
「お主たちのように、力のあるものが居着いてくれるのは、ありがたいのじゃ。すでに屋敷なども一通り建てておるが、整備が終わるまで上陸は待って欲しいのじゃ。温泉のある島じゃから、住心地も良いと思うのじゃ」
「温泉あるの!?」
アイリスのおかげで毎日お風呂に入れる生活をしてるけど、温泉はやっぱり別格だからね。そんな島があるなんて、ウーサンって素晴らしい国だ。スズランがとてもいい笑顔でこっちを見てるけど、今は気にしないでおこう。
こうして僕たちはウーサン国の住人になった。
次回はおなじみの幕間をはさみ、第8章はリナリアの閑話からスタートです。
学園生活に戻ったリナリアが、うっかり主人公のことを……
第8章は温泉やコンサート、そして二人目の土地神と盛りだくさんでお送りしますので、お楽しみに!