第21話 さすがはお兄ちゃんなの!
誤字報告ありがとうございました。
やっぱり悪魔が……(言い訳
地下にあるこの祭壇は、地底湖の中心に作られている。そして部屋を照らす光源は、湖の底から透過している青白い光だ。僕の提案した名前を土地神が受け入れてくれた瞬間、水底だけでなく地下空洞全体が眩しく光りだす。
「一体なにが起こったのであるか!?」
「いきなり光り始めたのじゃ」
「すごく明るいの」
僕らのやり取りを見てなかったバンダさんたちは、突然の変化に驚きながらこちらへ駆け寄ってきた。やがて光は収まり、地下空洞は元の明るさに戻る。しかしナーイアスさんの姿は、さっきまでと大きく違う。
髪の毛から、ゲームでよく見るパーティクルエフェクトが出てるけど、これって余剰精気?
「はぁ……身も心もとろけてしまいそう。この感覚、久しく忘れていました」
「もしかして精気を取り込む力が、元に戻ったんですか?」
「わたくしを目覚めさせるため、提供してくださった精気の損失分。そしてリナリアから今も溢れ出している余剰精気。それらが混ざり合って、今この祭壇は濃密な精気溜まりになっています。それが一気に流れ込んできました」
人の持つものから自然界の持つ精気に変換したけど、その過程で出た廃棄熱みたいなものが溜まってたんだろうか。
「あれ? 確かナーイアスさんって、自然界の精気しか取り込めなかったですよね」
「どうやら今のわたくしは、どちらも吸収できるようになっています」
「……それってハイブリットエンジンみたいな?」
「なにを言っているのかよくわかりませんが、これはダイチさんのおかげですね。お礼にキスしましょう」
「いやいや待って下さい。今も余剰精気がダダ漏れ状態じゃないですか。これ以上取り込んだって無駄でしょ」
「あら、残念」
可愛くウインクなんてしないで下さい。あなたは一応この国の守護者なんですよ。
「ダイチのやつ、すっかり土地神様に気に入られておるのである」
「さすがはお兄ちゃんなの!」
「しかも土地神様を名前で呼んでおったのじゃ」
「ダイチさんに名前をつけていただいたおかげで、人と自然どちらの精気も取り込める〝はいぶりっとえんじん〟というものに進化したのですよ。これからわたくしのことは、ナーイアスと呼んでいただけますか」
さっきはつい口走っちゃったけど、自分をハイブリットエンジンなんて言うのは、やめてもらえるとありがたいです。電気とガソリンで動く人になってしまうから!
「ある意味、想定の範囲内ね」
「やらかしてることは間違いないけどな」
「でも元気になったみたいだし、良かったんじゃないかなー」
「カメリアの言うことはもっともだが、近すぎるだろあの二人。神なのだから、もっと自重してほしいのだが……」
さっきからナーイアスさんは僕の斜め前に立って、こっちを見上げながらニコニコしてるんだよね。ちょっと前までは神々しくて威厳があったけど、今はすっかり普通の女性みたいになってる。ちゃんと神力みたいなの、残ってますか?
「何やらダイチさんが心配そうにわたくしを見ていますし、力の一部でも顕示したほうがいいみたいですね」
シアやアイリスにも時々言われるけど、僕って考えてることが態度に出やすいのかな。スズランは僕の感情とリンクしてるから、的確に見抜いてくるけど。
「ですがその前に……」
一旦言葉を切ったナーイアスさんが、僕から離れてバンダさんの近くに行く。
そして頭をスッと下げた。
「今までわたくしの存在維持に力を尽くしていただき、感謝いたします」
「眷属の不始末は、始祖である吾輩の責任なのである。こちらこそ迷惑をかけて、申し訳なかったのである」
「こうして新たな力を得ることが出来ましたから、その件についてはここまでにしましょう」
結界とナーイアスさんの維持に力を使わなくて良くなったし、これからはバンダさんの回復も早くなるはず。なにせこの人は、無茶ばかりしようとするから。しばらくは安静にして、ゆっくり養生してほしいよ。
「バンダの功績に報いるため、カトレアの復活に力を貸したいと思います」
「出来るのであるか!?」
「今この場にあふれている精気を使えば、結界石を溶かし、同時にカトレアの生命力を補充できますよ」
「是非やっていただきたいのである!」
バンダさんが自分の影から取り出したカトレアさんを祭壇の上に置くと、ナーイアスさんが近づいていき水晶に手を当てる。するとそこから氷を溶かすように、液体となって流れ落ちていく。
カトレアさんを覆っている結晶は、半永久的に存在し続けるほど、強固なものだと言っていた。それを溶かしてしまうんだから、神の持つ力って凄い。
やがて全てが溶けてなくなり、支えを失ったカトレアさんが倒れ込む。それをバンダさんが、そっと抱きとめた。リナリアとナーイアスさんの髪から出ていた光の粒子も無くなってるから、ここにあった力をすべて使い切ったのかもしれないな。
「どうですかダイチさん、安心できました?」
「はい、やっぱりナーイアスさんの力って凄いです」
「そうでしょう、そうでしょう。ご褒美をくれてもいいのですよ?」
そう言いながら目をつぶって背伸びしてきたけど、ちょっとは場の空気を読んで下さい。すぐ近くでバンダさん一家が、心配そうにカトレアさんを介抱してるんだから。真横でピンクの波動を撒き散らすとか、いくらなんでもやったらダメでしょ。
「えっと、これで我慢して下さい」
「なでなでですか。ちょっと残念ですが、これはこれでいいものですね」
少し不満そうにしてたけど、撫で続けてるうちに表情がとろけてきた。今度からキスを迫られた時は、この手でかわそう。あっ、シアも後でやってあげるし、カメリアも寝る前に撫でてあげるからね。
「うっ……う~ん」
「気がついたであるか、カトレア」
「……あれ? ここ、は?」
「母上殿! 良かったのじゃ……」
「おばあちゃんの目が覚めて嬉しいの」
どうやらカトレアさんが目覚めたみたい。ナーイアスさんが蘇らせてくれたんだから、後遺症はないと思う。だけど眠ってる間に百年以上経過してるし、時間の変化を受け入れられるか心配だ。僕たちも出来る限りのサポートをしてあげないと……
◇◆◇
結界の要になってからの出来事や、昨日あった事件を話していったけど、カトレアさんはとても柔軟な思考の持ち主だった。突然大きくなった娘のアプリコットさん、そして養子である孫のリナリア。どちらとも長年連れ添ってきた家族のように、打ち解けている。
「まさか邪神を倒しちゃうなんて、びっくりだよ」
「相手を弱体化させることに特化していたので、影響を受けない僕たちはその時点で有利だったんです。そして魔法や物理攻撃に対する強力な耐性は、それを上回る力をぶつけてなんとか倒したって感じです」
「誰も成し得なかった偉業を達成してるのに、反応が薄いぞキミは」
「自ら迷宮を出てしまったことや、複数の個体になって力を分散させたこととか、戦略ミスにつけ込むことが出来ただけですから。僕としては運の要素が大きかったかなって思ってます」
「探索者のくせに控えめだなぁ。まあ、そんなところが人魚族に好かれる理由かもね。お姉さんもキミのこと、気に入ったよ!」
確かに戸籍上の年齢は上だけど、カトレアさんの肉体って十八歳の状態で、止まってたじゃないですか。それを考慮すると僕のほうが年上になるんだから、お姉さんぶられたら複雑な気分になってしまう。
「浮気はいかんであるぞ、カトレア」
「心配しなくてもいいよ、バンダ君。私は若い子に興味ないもん。彼だってあと三十年くらい経たないと、恋愛の対象にはならないかな」
枯れ専だったよカトレアさんって!
どうりでイケオジなバンダさんに一目惚れするわけだ……
「ともかくキミたちは人魚族にとっての英雄だよ。しかもダイチ君は人魚の涙を受け取ってる。この国でハーレムだって作れちゃうゾ」
「やっ! お兄ちゃんは誰にも渡さないの」
「僕にはもう大切な家族がいますから、手当り次第女性に手を出すなんてしませんよ」
抱きついてきたリナリアの頭をそっと撫でる。今ですらハーレムパーティーなんて思われてるのに、この国で人魚族を何人も侍らせたりすると、いつ後ろから刺されるか分かったもんじゃない。
「うん、うん。やっぱりこんな人じゃないと、人魚の涙なんて渡さないもんね。さすがは私の孫娘だ、人を見る目がすごくあるよ」
「母上殿が言ったとおり、お主たちはこの国の英雄じゃ。種族の因縁を断ち切ってくれたどころか、土地神様まで救ってくれておる。国として報酬も出さねばいかんし、学園長室まで来てもらえんじゃろうか」
「その前に少しだけ時間を下さいませんか?」
みんなで祭壇から移動する流れになったところで、ナーイアスさんから待ったがかかった。
「それは構いませんが、どうされたんです?」
「少し確認したいことがあるだけです。お時間は取らせませんので」
そう言ったナーイアスさんがスズランの前に立つ。こうして並んでると身長も同じくらいだし、まろやかな部分もいい勝負してるな。クロウが挟まれたそうにガン見してるよ。
「えっとお名前は確か……スズランでしたね」
「はい、そのとおりです、ナーイアス様」
「あなた、いったい何者ですか?」
――ナーイアスさんの口から出たのは、そんな質問だった。
次回で第7章が終了です。
ナーイアスの問いにスズランは……
そして国家元首である学園長の提示する報酬とは。
第22話「それならリナリアにお任せなの」をお楽しみに!