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第19話 ハードルが高すぎますって!

中世ヨーロッパでは誤字脱字を悪魔の仕業と呼んでたそうですから、悪いのはみんなティティヴィラスですね!

誤字報告ありがとうございました。

 土地神の女性から、リナリアと繋がりを持つよう言われてしまった。出会ってまだ一日しか経ってないけど、僕の中では仲間と同じくらい特別な存在になってる。とはいえ関係を持ちたいというより、愛でていたいって気持ちのほうが、まだ強いんだよなぁ……



「えっと、僕じゃないとダメなんでしょうか?」


「はい、これは男女間で交わされる(ちぎり)の儀式ですので」


「僕が選ばれた理由を聞いていいですか?」


「まず一点は、あまり時間が残されていないことです。そして一番重要なのは本人の希望と、家族の同意を得られている点になります」



 魂の一部を失った状態というのは、いわば形が崩れたようなもの。これを放置しておくと、その状態で固定されてしまい、二度と元に戻らなくなる。そして時間的猶予はあと数日しかなく、早ければ早いほど予後の安定につながるらしい。


 人魚族にとって声というのはとても大切なもので、それを失うことは大きなストレスになってしまう。特にリナリアは歌うことが好きみたいだから、誰よりもつらい思いをしているはず。



「リナリアは僕なんかでいいの?」


「‘あなたじゃないと嫌’」



 家族でしっかり話し合って結論を出してくれたみたいだし、ここまで言われて躊躇なんかしてたら男がすたる。いま僕が生きてるのは違う世界なんだし、日本人の倫理観を引きずりすぎるのは、もうやめよう。


 シアを見ると大きくうなずいてくれたし、スズランはとても嬉しそうな顔だ。アイリスは普段と変わらない表情だけど、ここでヘタレな態度を見せたら、絶対に罵倒してくる。カメリアがツノを触りながらサムズ・アップしてくれたのは、自分の境遇と重ねてたからだろう。クロウはちょっと羨ましそうな表情をしてるかな。サクラたちは僕を応援するように、近くに来て飛び回ってくれた。



「ではアイリスに家まで転移してもらいますね」


「わざわざそんなことをせずとも、ここで執り行なえばいいのである。吾輩も愛しい孫娘の初めてを、見届けたいのである」


「我ら人魚族にとって大切なものを渡すのじゃからな。娘がダイチと結ばれる瞬間を、しっかり目に焼き付けるのじゃ」



 チョット待って!?

 人前でなんてハードルが高すぎますって!

 一体どんな羞恥プレイなんですか。



「さすがにそれは緊張してしまうというか……」



 だってほら、シアもなにか言いたげに睨んでるし、アイリスなんて呆れ返ってるじゃないか。あーもう、カメリアとクロウは期待に満ちた目をこっちに向けないで。いくらなんでも、そんなシーンは見せられないよ!


 って、リナリアが覚悟完了したような顔で、近づいてきたんだけど!?

 人魚族って人前でするのが普通なの?


 さすがに心の準備がまだ……

 いや、永遠に出来そうもないけどさ!



「(スッ)」



 思いつめたような顔をしたリナリアが、僕の前に来て両手をそっと差し出してきた。手のひらの上には、淡い水色をした小さな玉が乗っている。大きさはラムネ瓶に入ってるのと同じくらいかな。


 半透明な玉の中にうっすら浮かび上がってる模様は花のようだ。角度によっては、魚を上から見たときのシルエットに似てる。



「……これは何?」


「それは〝人魚の涙〟と呼ばれるものです」


「人魚族には特定の伴侶を作れん、呪いのようなものがかかっておるのじゃ。じゃが中には生涯誰かと添い遂げたいと思う者が出る。それを叶えるために一生に一度だけ使える救済手段なんじゃよ」



 これを受け入れれば、互いに生命力の交換が行われるとのこと。それが二人の間に、パスのようなものを作るみたい。繋がりってそういうことだったんだ。目の前でやれとか無茶振りしてくる理由が、やっとわかった。


 すごく緊張して損したじゃないか!

 僕の苦悩は一体なんだったんだよ、全くもう……



「ではバンダさんもカトレアさんから、これをもらってるんですね」


「吾輩が瀕死だった時、飲ませてもらったのである。回復を早めるためと言っておったが、吾輩も詳細は知らなんだのである」



 人魚の涙で繋がった者同士は、触れ合ったりすることで力のやり取りが行われるらしい。バンダさんが満身創痍で邪神の部屋にたどり着いた際、カトレアさんから別れのキスをされている。その時に髪の色と声が戻ったのは、それが理由になってるみたいだ。


 ということは僕もこれを飲み込めば、同じことが起きるはず。



「最後に一つだけ確認してもいいですか?」


「はい、なんでしょう」


「この儀式で発生する制約について、特にリナリアが受けるものは全て教えて下さい」


「(!!!)」


「承知いたしました」



 これってツノが折れた魔神族に施す、血の繋がりに近いものだと思う。あの儀式では繋がりを受けた側は従属の(かせ)をはめられ、繋がりを与えた側は精霊との再契約ができなくなる。恐らくこれにも、同じようなことがあるはずだ。それを確認せず進めるなんて出来ない。あとから聞いて後悔するなんて、絶対に嫌だからね。



「リナリアは本当に良い人物を選んだのじゃ」


「さすが愛しの孫娘である」



 土地神やアプリコットさんの説明によると、この世界では人魚族の伴侶に選ばれることが、男の夢みたいになってるそうだ。性に関して奔放な種族とはいえ好みは激しく、いちど関係を持った人物とは二度と付き合ったりしない。しかも人魚族全員が、関わりを持とうとしなくなるんだって。種の多様性を保つ本能みたいなものだろうけど、なにかマーキングでもしてるのかな。


 ところが人魚の涙を受け入れた男性は、その制約が無くなってしまう。それが目当てで、強引に入手しようとする人もいるらしい。もっとも、そうした人物は人魚族の持つ情報ネットワークで共有され、不幸な結末を迎える羽目に……


 だけど正直このメリット、僕には必要ないかも。


 そして人魚族側のデメリットに、精霊との契約ができなくなる点がある。でもリナリアに関しては、心配しなくてもいいだろう。僕との繋がりを持つと、スズランやその子どもたちが、手を貸してくれるしね。


 更にこの儀式が成功すれば、恐らく最後の一人が生まれるはず。どんな子になるかわからないけど、間違いなくリナリアを助ける存在になる。だって健気で一生懸命な性格を、引き継いでるはずだから。


 他にも細かいデメリットはあるけど、ラムネの【転移】を伸ばせば会う時間を増やせるし、ツアーのときは僕たちが付き合ってもいい。僕の力で不幸な出来事を解決できるなら、喜んで儀式をしよう。



「魂の輝きを、僕が取り戻してあげるね」


「(こくん)」



 リナリアから受け取った人魚の涙を、光に透かしてみる。この中に現れる模様って、一人ひとり違うそうだ。この可愛らしい花の形、ずっと忘れないようにしよう……


 しっかり目に焼き付けてから、人魚の涙を口の中に放り込む。手に持った感じはガラス玉みたいだったけど、口の中で溶けてしまった。少し清涼感のある液体が喉の奥へ流れ込むと、固唾を飲んで見守っていたリナリアに変化が訪れる。


 髪の毛が根本から光り、それが毛先へと移動していく。光が通り過ぎたあとの髪は、明るく晴れた空のような、輝く水色に変化していた。


 同時に左手の甲が光だし、薄くなっていたスキル紋が元に戻る。しかも三片(トリプル)から四片(クワッド)へ増えているみたい。


 すべての変化が終わり、僕を見上げるリナリアがにっこり微笑む。



「声が元に戻ったの。ありがとうなの、お兄ちゃん」






 ――初めて聞いたリナリアの声は、舌っ足らずでとても可愛らしかった。


リナリアとは姫金魚草のことです。

人魚の涙に浮かんだ模様は、あの花の形をイメージしています。


声を取り戻したリナリアが、みんなをメロメロに。

そして土地神の暴走が始まる……

次回「記念にいかがでしょうか」をお楽しみに。

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