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第15話 そっちのほうが驚愕の事実じゃないか!

 シアの魔法で生み出された狼が、極寒の冷気を撒き散らしながら通路を進む。すると迷宮の壁や天井が、パキパキ音を立てながら凍りついていく。


 床が滑りやすくなるので、氷原迷宮で使った靴に履き替えた。リナリアは一般的な探索者用ブーツだけど、空を飛べるバンダさんとスズランに支えてもらってるから、大丈夫だろう。


 本来、水にまつわるモンスターが多いこの迷宮では、雷撃系の魔法が一番効果的だ。


 風魔法の上位属性である雷は、【魔術】のスキルを持ったエルフ族か、赤の上級精霊が持つ魔法スキルを育てきらないと発動できない。五片(クイン)だったカクタス君が、授業用に指定されたコースで満足できなかったのも、少しだけ理解できる。


 逆に水属性の魔法と親和性が高いので、普通なら上位属性の氷も効き目は薄くなってしまう。しかし圧倒的な力の差があれば別だ。なんたって相克関係になる火魔法で、蒸し焼きに出来るくらいだしね。


 〝小細工なんか必要ない、力こそ正義なのだよ!〟ってセリフは、こんな時のためにあるはず。



「カメリアは右側の生き残りをお願い」


「了解だよ!」



 大部分のモンスターは氷像と化しているけど、やはり強い個体は魔法に耐えて生き残っている。動けなくなったモンスターにとどめを刺しながら、襲いかかってくる生き残りをアスフィーで斬っていく。左にいるのはミノタウロスの頭がワニに変わったような、キラー・クロコダイルってモンスターだ。武器を左手に持ってるから、リザードマンの亜種なのかも。


 体表の大部分が硬そうな鱗で覆われてて、普通の武器だと致命傷を与えるのは難しそう。でも[切断]を持ってるアスフィーなら、なんとかなるかな……



「セイヤッ!!」



 ――ッボォォォォーウ



 喉を大きく膨らませたモンスターが咆哮を上げ、うつ伏せに倒れながら悶え狂う。筋肉質な見た目の手足だけど、ブラック・ミノタウロスより柔らかい。それに体が小さい分、一刀で足を斬り落とせた。



「あの剣は相当な業物(わざもの)であるな」


「あの意志ある道具インテリジェンス・デバイス下僕(げぼく)にかなり懐いてるもの。時々勝手に顕現するし、人の姿になってお風呂に入ったりするわよ」


「何であるか、それは! 幻想(ファンタズム)級でも聞いたことがないのである」


「下僕と愉快な仲間たちに関しては、常識を捨てたほうがいいと思うわ」



 その愉快な仲間たちには、アイリスも含まれてるんだからね。ちゃんとわかって言ってるのかな……



「よそ見をしていると危ないぞ、ダイチ」



 その時、僕の横をマナで出来た矢が通り過ぎていき、凍りついた水たまりに突き刺さった。僕の死角にいた魚型のモンスターが、シアの矢に撃ち抜かれて消えていく。どうやら凍結してない部分から、這い出てきたっぽい。



「ありがとうシア。助かったよ」



 つい二人の話に気を取られて、警戒が疎かになってた。ここは難易度の高い場所だから、もっと気を引き締めないと。


 それにしても、ノヴァさんとの修行で課題になってた気配の察知、なかなか上達しないな。モンスター特有の嫌な空気は感じるんだけど、方向や距離がうまくつかめないままだ。



「吾輩が苦労した場所を、こうもたやすく突破するとは、自信を無くしそうなのである」


「(ファイトッ!)」



 リナリアが両手をぐっと握りしめて、落ち込んだバンダさんを慰めてる。なんかすごく可愛くて癒やされる光景だよ。やっぱりアイドル活動をしてるから、誰かを元気づけるのが得意なのかも。


 そもそも土地神を襲って力をつけた同族を討ち倒して以降、バンダさんは全力を出せなくなっている。固有スキルの【霧化】や【操影】に大きな制限がある状態で、よくこんな場所まで来られたと思う。これが愛の力ってやつに違いない。


 加えてこの通路に漂ってる、弱体化の瘴気が厄介だ。高い状態異常耐性を持った、吸血族の始祖にまで影響するのだから、かなり悪質なもののはず。現に今のバンダさんも顔色が悪くなって、うっすら汗をかいている。そんな環境を無視できる僕たちと比べるのは、無意味だと思うよ……



「おい、お前ら。早くこっちに来い! 行き止まりの部屋に、とんでもないもんがあるぞ」



 クロウの言葉で慌てて部屋に駆け込むと、モンスターの粘液で汚れた寝床のような場所があり、その横に透明な水晶の柱が立っていた。そしてその中には、祈りを捧げるような姿勢で固まっている、きれいな水色の髪をした女性が……



「カトレアッ! うおぉぉぉぉぉん、良かったのである。結界の(かなめ)は無事だったのである。いま吾輩が助けてやるのであるっ!!」



 興奮したバンダさんが、大声を上げながら水晶の柱にすがりつく。この中に眠ってるのが、バンダさんの妻と言っていたカトレアさんなのか。娘であるアプリコットさんの話だと、花嫁に選ばれてから百年くらい経ってるはず。でも目の前にいる女性は、十八歳くらいに見える容姿のままだ。この結晶の中で冷凍睡眠みたいな状態になってるのかな。



「それでバンダさん、リナリアの声と髪が元に戻らない件で、何はヒントはありますか?」


「そっ、そうであった。つい我を忘れていたのである。許してほしいのである、我が愛しの孫娘よ」


「‘おばあちゃんに会えて、私もうれしい’」



 喜んでる所に水を差すのは申し訳ないけど、ここに来た目的を果たさないとだめだ。その上で、水晶に閉じ込められているカトレアさんが無事蘇生できるなら、そんな嬉しいことはない。この場に来られなかったアプリコットさんも、喜んでくれるんじゃないかな。



◇◆◇



 残念ながらリナリアに関する手がかりは見つけられず、水晶柱だけ回収して地下の祭壇まで戻ることにした。初めて自分の母親を目にしたアプリコットさんは、なんとも形容しがたい表情をしている。


 なぜなら結界の維持に人柱が必要だったことは、カトレアさんの遺志で伝えていなかったからだ。それに彼女の肉体的時間が停止しているのなら、アプリコットさんにとって年下の母親になってしまう。だから再会を喜んでいいのか、事実の隠蔽を怒っていいのか、思考がグチャグチャになってる感じ。



「隠し事ばかりで、すまなんだのである」


「正直なところ母上殿の件に関しては、しばらく気持ちの整理が付きそうにないのじゃ。一旦保留にしておいて、まずはリナリアをなんとかしてやりたいのじゃ」



 カトレアさんが連れ去られた時、異変を察知したバンダさんが部屋にたどり着くと、もう取り返しのつかない事態になっていた。満身創痍のバンダさんに出来たことは、大切な存在から託された願いを聞き届け、未来の被害者を無くすことだけ。


 その結果生まれた結界は、例えバンダさんが万全の状態ですら入れないほど強力なもの。(かなめ)になったカトレアさんが、どういう状態になっているのか確かめる(すべ)はない。思い出すだけで苦いものがこみ上げてくると言っていたし、邪神の詳細や生贄の儀式について黙っていたバンダさんを、責めることなんてできないだろう。



「邪神自体が封じておったなら、倒されると同時に元に戻ったはずなのである。あ(やつ)の部屋にも封印石など無かったであるし、一筋縄ではいかないのである」



 とにかく花嫁が連れ去られる前に助け出せたのは、今回が初めてのケースになる。しかも地上に這い出してきた邪神が作戦を誤り、それに乗じた僕らが倒してしまった。ここから先の打開策は、何もかもが手探り状態だ。



「やはりその、なんだ……私のときと同じように、ダイチが持つ繋がりの力にかけてみるしか、ないのではないか?」


「あら、シアからそんなこと言いだすなんて珍しいわね。若くて可愛い子に、下僕を取られてもいいのかしら?」


「わっ、私とてダイチを独り占めしたいわけではない。現に皆との仲は認めているじゃないか。それに今日一日付き合ってみて、リナリアのことは非常に好ましく思っている」


「二人ともちょっと待って。そんなの僕たちが一方的に決めていいことじゃないから。この子にはまだ学生だし、芸能活動だってあるんだよ。もっとよく考えてあげなきゃ……」



 僕だって、こんなに健気でがんばり屋さんのリナリアが元に戻るなら、出来る限りのことをしてあげたいと思ってる。だけど、シアと同じように絆を結べるかと言われたら、どうしても戸惑ってしまう。やっぱりまだ日本人の感覚が抜けないし、相手の気持を無視するなんて嫌だからね。


 そもそも、こんな話を祖父や母親の前でしちゃダメでしょ……



「さっきからお主たちは、何を議論しておるのである」


「私たちにもわかるように説明してほしいのじゃ」


「(こくこく)」



 あっ、そうか。魔法や能力のことは明かしてるけど、その辺りの経緯をさっぱり説明してなかったよ。十六歳の女の子がいるんだし、オブラートに包みながら話してみよう。



◇◆◇



「改めて説明されると、とんでもない事であるな」


「さっきは詳細を言わなかったけど、私が五片(クイン)になった訳や始祖様を復活できたこと、納得してもらえたかしら」


「吾輩はアイリスが学生の血を大量摂取したのではないかと、思っていたのである。それが一人の男によってもたらされたとは、驚愕の事実であるぞ」



 血にまつわる話だったので、バンダさんの興味をかなり惹いたみたい。アプリコットさんが愕然としてたのは、僕が異世界人だからかな。恐らくそんな情報は掴んでなかったんだろう。


 反面リナリアは、すごくキラキラとした目で僕たちを見てる。とにかく荒唐無稽な話だったから、創作物みたいに感じてくれたのかも。この世界にも英雄が出てくるのとか、ファンタジーっぽい恋愛小説があるし、そんな物語が好きなのかもしれないな。



「一応最終手段として、いま言った方法も残されていると、覚えておいて下さい。そうすれば希望を見失わないですむと思いますし」


「最終手段などとケチくさいことを言わず、今すぐ実践しても良いのである」


「えっ!? ちょっと待って下さい。いいんですか、可愛い孫娘が出会ったばかりの男と……」


「互いに同意の上なら、私も反対はせんのじゃ」


「アプリコットさんまで、なにを言い出すんですか……」



 って、リナリアも頬を染めてクネクネしたしたけど、一体どういうこと?



「リナリアも嫌がっておらんようじゃし、躊躇する理由は存在せんのじゃ。今なら私もセットで付いてくるが、どうじゃ?」


「抱き合わせ販売みたいに言わないでくださいよ!」


「ダイチの血を受け継いだ子が生まれるなら、我が一族は安泰なのである」


「優秀な血を取り込むのが、我ら人魚族の本懐じゃからな」


「僕は種馬じゃないんだけど……」



 この人たちの倫理観って、どうなってるのさ!

 ちょっと奔放すぎやしませんか?


 さすがにこの状況を見て、シアの機嫌も傾いてきちゃったよ。親子丼とかしないからね、僕はそこまで無節操じゃないって。



「私はこの国の代表者じゃからな、必ず幸せにしてやるのじゃ」


「愛しの娘がここまで言っておるのである。よもや拒否などしないであるな」



 アプリコットさんて、ウーサンの国家元首だったの!?

 そっちのほうが驚愕の事実じゃないか!



「遠慮は無用じゃ婿殿(むこどの)、今夜の予定は入っておらぬからな」


「吾輩の私室を使ってよいであるぞ」



 待って、待って。事後処理でむちゃくちゃ忙しいはずですよ、あなたは。そもそも身長が百四十センチくらいしかないんだし、いくらなんでも無理でしょ。寿命が長い分、成長速度も十分の一くらいになってる感じですし。


 あれ? シアは世界樹の杖を取り出して、なにするつもりなのかな。人に魔法を撃ったら犯罪だって知ってるよね。ノヴァさんとエトワールさんのマネをしなくてもいいんだよ。お願いだから、電撃だけは……




 みんな面白そうに傍観してるだけだし、僕の味方が一人もいないじゃないか。


 ――誰か、助けて。


次回、アイリスに異変が。

第16話「マッチョにだけは気をつけてね」をお願いマッスル!

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