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第1話 初迷宮

 空気の膜みたいな不思議な感触がする入り口を通り抜けると、目に映る景色が一変した。



「これが迷宮……」


 ――リィィィィィーン



 頭の横に浮いている白い精霊から、少し心配するような気配が伝わってくる。


 身長十センチほどの人型をしたこの子には、スズランという名前をつけてあげた。突然この世界へ迷い込んだ時から、ずっと一緒にいてくれるかけがえのない存在だ。



「今日は奥の方まで行かないから大丈夫だよ」



 こちらを気遣うように近寄ってきたスズランの頭を撫でると、安心したのか肩の上にゆっくり降り立つ。



「どうだ? 初めて入った迷宮は」


「思ってたより明るくて驚きました」



 石造りの通路が奥の方へ伸び、所々に燭台のような突起物がついている。それが淡い光を放っているので、探索するのに支障のない明るさがあった。もっと暗くてジメジメした場所を想像していたから、ちょっと拍子抜けだ。



「ここに強いモンスターは出ないから、気楽に行こうぜ!」



 肩に手を置いて笑いかけてくれたのはヤーク。年齢は自分よりひとつ上の21歳。ちょっと口調は乱暴だけど、とても気さくで話しやすい人だ。彼の横には緑色をした、クリオネ型の中級精霊が浮いている。


 そして最初に声をかけてくれたのが、兄のアーク。落ち着いた感じの人で、年齢は23歳。彼が契約しているのは、スズランと同じ白い精霊。その子の進化度も、弟と同じクリオネ型の中級精霊だ。


 スズランは人型の上級精霊だけど、これはある人の協力で進化させることができた。


 二人は色々な国を回りながら、見聞を広めているらしい。どちらも年上だけど、偉ぶったところがなく、名前も呼び捨てでいいと言ってくれた。この世界で初めてできた、友人と呼べる人だ。



「迷宮初心者のダイチでも、このあたりなら安全に探索できる」


「その分ドロップアイテムはしょぼいが、今日は迷宮の雰囲気に慣れるのが目的だからな」



 この国には古代迷宮が存在する。石造りの迷路型をした内部構造で、隠し部屋や隠し通路があったり、宝箱なんかも出るらしい。


 他には雪と氷に覆われた氷原迷宮、海の底にある海底迷宮、溶岩が流れる火山迷宮、深い緑に覆われた自然迷宮、そして大陸最大規模を誇る中央大迷宮があり、それぞれの迷宮がある場所を中心として、国が作られているそうだ。


 まだアーワイチの国から出たことがないので、いずれ彼らみたいに世界中を旅してみたい。



◇◆◇



 ずっと一般依頼ばかりこなして日銭を稼いでたとき、旅の途中に立ち寄ったというアークとヤーク兄弟に声をかけられた。この世界ではハズレとして誰も見向きしない、白の精霊を連れている姿が目に止まり、興味を持ったらしい。


 アークも白い精霊と契約していたので意気投合し、一緒に食事をしたり同じ依頼を受けるようになった。そしてまだ迷宮に行ったことがないと話題にしたら、こうしてここへ連れてきてもらったのだ。


 二人とも他の迷宮で探索経験があるので、せっかくだから自分も体験してみることにした。少し怖い気持ちもあったけど、ファンタジーの世界に迷い込んでしまったからには、ここでしかできないことに挑戦してみたかったから。


 特別な力もないし、日本に住んでいたら戦闘経験なんてあるはずない。無片(スキルなし)でなんの技術も持たない人物を誘ってくれる探索者なんて、この二人くらいしかいないだろうし……


 緊張と高揚が同居したような気持ちを抱えながら、アークとヤーク兄弟の先導で通路を進んでいく。すると通路の向こうから、半透明のゼリーみたいな生き物が現れた。



「おっ、ブルースライムだぜ、兄貴」


「丁度いいからダイチに倒してもらうか」


「どうやって倒せばいいんですか?」



 目の前にいるスライムには、ゲームに出てくるような目や口なんかついてない。それにファンタジー物なんかで出てくる、核になるような部分も存在しなかった。まんじゅう形のグミが少しづつ形を変えながら、地面の上を転がっているような感じだ。



「強い衝撃を与えれば倒せるから、やってみるといい」


「こいつなら木の棒でも倒せるから、思いっきりぶん殴ってみな!」



 この世界にいるスライムも、ヒノキの棒で倒せるような存在らしい。街の装備品屋で買った棍棒を握りしめ、上から思いっきり叩く。わずかな反発が感じられたものの、棍棒はスライムを押しつぶして地面に当たる。腕に感じるしびれに耐えながらスライムを見ると、崩れた形が光の粒子になって、左腕に装備したリストバンドへ吸い込まれていった。



「やった! 倒せたよ!!」


「初のモンスター討伐おめでとう、ダイチ」



 モンスターを倒すと光の粒子に変わり、それがリストバンドにある輝石(きせき)に溜まっていく。輝石は細長いバーになっていて、溜まった量に応じて光の帯が伸びる。この世界にあるお店では、ここに溜まった輝力(きりょく)で支払いなんかもできたりするのだ。


 なにせ輝力は、魔道具のエネルギー源。地下水を汲み上げるポンプや、料理に使うコンロなんかも、輝力をチャージしないと使えない。生活に必要なインフラの大部分を魔道具に頼っているので、それを支える輝力は通貨と同じ価値がある。


 もっとも、最弱モンスターであるスライム一匹倒したところで、輝石の光が全く伸びないのは仕方ないだろう。実感できるほどの変化が見たいなら、もっと強いモンスターを倒さないとダメみたいだし。



「ドロップは石ころか。まあ、こればっかりは仕方ない。この調子で、どんどん狩っていこうぜ!」


「宝石が出るまで頑張るよ」


「その意気だ、ダイチ」



 モンスターを倒すと、何かしらドロップ品がある。スライムのコモンドロップは石ころで、レアドロップは小さな宝石らしい。なかには装備品を落とすモンスターもいて、そうしたドロップ品には何かしら特別な効果があるそうだ。


 もっとも、その確率は数万分の一とか言われてるらしいけど……


 そんなレアドロップが出るまでスライムを倒すという宣言を聞き、アークとヤークの二人はニヤリと笑う。ビギナーズラックみたいな確率操作があればいいな、そんな事を考えながら三人で迷宮探索を再開した。



◇◆◇



 迷宮探索は順調に進んでいたけど、地図を見ながら歩いていたヤークが、急に立ち止まる。



「どうしたヤーク、なにか見つけたか?」


「ここが例の場所みたいだぜ、兄貴」



 目の前にある壁は、小部屋へ続く入り口が開いていた。中は何もない長方形の部屋だけど、特別な仕掛けでもあるんだろうか?



「見た感じは他の部屋と変わらないね」


「俺たちが掴んだ情報によると、ここには隠し通路へ繋がる扉が隠されてるらしいぜ」


「ホントなの!? ヤーク」



 ゲームでも隠し部屋とか発見すると嬉しかったけど、リアルでもすごくワクワクする! 一体この奥には、どんなお宝が眠ってるんだろう。


 しかし、この二人はよくそんな情報を知ってたな、さすが世界中を旅してる人はすごい。



「でも、迷宮のこんな場所にあったら、もう誰かに攻略されてるんじゃない?」


「実は隠し通路へ進むには特殊な条件があって、それを知らないとたどり着けないんだ」


「とにかく扉を開けてみよーぜ!」



 ヤークがペタペタと壁の石を触っていると、そのうちの一つが奥へと引き込まれていく。すると壁の一部がずれ、暗い空間が出現した。そこを覗き込みながら、少し離れて見ていた二人に声をかける。



「中は真っ暗だけど、ここが隠し通路?」


「いや、ここにあるギミックを解除しないと、本物の通路は開かないんだ」


「その方法を二人は知ってるの?」


「もちろん知ってるぜ。でなけりゃ、ここに案内なんかしねぇよ……」


「手伝えることがあったら、なんでもやるからね」


「ダイチなら、そう言ってくれると思ってた……」



 こちらに近づいてきた二人が、並んで目の前に立つ。しかし、その表情はいつもの笑顔とは違う。二人の目つきに薄ら寒いものを感じ、背筋を冷たい汗が流れ落ちる。



「ギミックの解除は、いたって簡単なんだぜ」


「ここに誰かを閉じ込めるだけなんだ」



 二人はそう言いながらこちらへ腕を伸ばし、僕の体を暗い空間へ突き飛ばした――


プロローグは全3話になります。

今日のお昼と夕方に投稿予定ですので、ぜひ最後までお読みください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「ギミックの解除は、いたって簡単なんだぜ」 「ここに誰かを閉じ込めるだけなんだ」 こういう落ちか。簡単に人を信用するものが馬鹿と言うことですね。生き延びた後は、騙されないように、したたかに…
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