プロローグ
歓声が湧く会場、その中央ステージの上に設置されたテーブルに、2人の少女が向かい合って座っていた。テーブルの上には、何枚かのカードが置かれている。その横には、大きなスクリーンがあり、何体か
のモンスターが映し出されていた。
「私のターン。ドロータイム、マナを3回復。そして、6マナを使い『エレメント・ドラグーン』をコール。」
片方の少女が、山札からカードを引き、1枚のカードをフィールドに置く。すると、スクリーンに虹色の輝きを持つドラゴンが現れた。
「そして、エレメント・ドラグーンのスキル発動。私のマナを任意の数消費し、自分の手札、墓場からエレメンタルユニットを消費したマナの分だけエクストラコールすることができる。私は、残りのマナ4をコストに、墓場から4体のエレメントユニットをエクストラコール!」
少女は、墓場に置かれたカードの中から、『フレアエレメンタル』、『アクアエレメンタル』、『ウインドエレメンタル』、『アースエレメンタル』を選び、フィールドにコールする。
「エレメント・ドラグーンは、自身のフィールド上に存在するエレメントユニットをコストに、コストにしたエレメントユニットの属性での攻撃が可能となる。
私は、フィールドに呼び出した4体のエレメンタルをコストに、各属性での4回の攻撃と、エレメンタルドラグーン自体の攻撃、計5回攻撃する。」
少女は、4枚のエレメンタルユニットを再び墓場に置き、エレメンタル・ドラグーンでの攻撃宣言をした。
そこで、もう一人の少女が口を開く。
「待ちな。あんたのユニットの攻撃宣言時、俺が設置しておいた罠が起動する。」
そして、自分のフィールドに置かれている裏側のカードを表に返す。
「『幻影の森』を起動。起動後、このカードはオブジェクトとなる。このカード、もしくはライフ1をコストに、相手の攻撃を無効にし、バトルタイムを終了させる。ライフをコストは3回しかできない。
このカードの効果で、エレメンタル・ドラグーンの攻撃を無効にし、あんたのバトルタイムは終了する。さ、どうする?」
スクリーンに、蜃気楼のような木々が出現し、エレメンタル・ドラグーンの攻撃を霞のように受け流す。少女は、悔しそうな顔をして、
「くっ、ターン終了よ。」
と、自分のターンが終わったことを宣言した。ターンはもう一人の少女に回る。
「俺のターン。ドロータイム、マナが3回復。さらに、オブジェクト『マナのあふれる泉』の効果で、さらにマナが3回復する。」
スクリーンには、神秘的な泉が映し出されている。
「さらに、手札から魔法を発動。」
そう言って、手札から1枚のカードをフィールドに出した。
「『妖精の呼び声』。このカードは、マナ3を消費し、自分の山札、墓場から、『エルフ族』『フェアリー族』ユニットを2体まで手札に加えることができる。この効果で、俺は山札から、『ハイエルフサモナー』と、『ホーリーエルフナイト・イリス』を手札に加える。」
もう一人の少女は、山札の中から、宣言したカードを選び、相手に見せてから手札に加える。
「さらに、フィールド魔法『古の森・エンシェントフォレスト』に乗っているフォレストカウンターを4個取り除き、手札から『ハイエルフサモナー』をコール。『ハイエルフサモナー』は、エルフ族ユニット、および、エルフと名の付くユニットのコールに必要なマナコストを3減らす効果がある。
よって、『ホーリーエルフナイト・イリス』を、7マナのところ、4マナでコール。」
手札から、2二枚のカードをフィールドに出した少女。スクリーンには、ローブを纏ったエルフと、騎士甲冑を纏ったエルフが現れる。
「っ!イリスって、幻のユニークユニットじゃないの!どこで手に入れたのよ!?」
もう一人の少女が出した騎士風のエルフのカードを見て、少女が大声を上げる。しかし、もう一人の少女はどこ吹く風で、
「どこでも何も、このカードは世に出てから今まで、ずっと俺のカードだよ。」
と、あきれたように言ってから、『ホーリーエルフナイト・イリス』の能力を発動させる。
「イリスの効果、このカードをコールした時、自身のフィールド上に存在するエルフの数だけ、相手フィールド上のユニットを破壊する。その後、破壊したユニットの数だけ、山札の上からカードを墓場に捨てる。俺のフィールド上のエルフは4体。よって破壊可能枚数は、4体だが、あんたのフィールドには『エレメンタル・ドラグーン』1体のみだな。よってそいつを破壊し、俺は山札から1枚捨てる。」
もう一人の少女が宣言すると、スクリーンに映し出された『エレメンタル・ドラグーン』が苦しそうにしながら消滅していく。そして彼女は、山札の上から1枚のカードを墓場に捨てる。
「お、このカードは。あ~あ、これで勝負はついちまったな。」
少女は、今捨てたカードを見てつまらなさそうに言う。
「は?私のライフはまだ7残っているのよ。あんたのユニットの攻撃でも、3ライフは残るわよ。」
「俺が今捨てたカード、『苦渋の突撃』は、山札からカード効果で墓場に直接送られた時、マナ消費なしで発動できる魔法だ。手札をすべて捨て、捨てた枚数1枚につき、このターン、自身のユニットの攻撃回数を1増やすことができる。俺の手札は3枚、よってこのターンの俺のユニットの攻撃回数は合計7回。俺の勝ちだ。」
そう言って、少女は全ユニットでの攻撃を宣言し、もう一人の少女にそれを止める手立てはなかった。
「とどめだ。イリスで直接攻撃。『妖精剣舞・フルール・ペンタグラム』」
攻撃名を宣言し、少女の最後のライフを奪ったことにより、もう一人の少女の勝利が確定した。
「ゲーム終了!優勝は、エルフデッキの使い手、隷遵 歩選手!!」
司会の高らかな宣言で、この大会の優勝者の名が会場中に響き渡った。
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「はぁ、まだまだだな。」
トロフィーを持って、会場から出た歩は、空を見上げてつぶやいていた。空気は澄んでいて、彼女のつぶやきも空に消えていく。
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歩は小学生に上がったころ、両親を亡くしていた。そのあとは、施設に預けられて育った。その施設も上等なところではなく、職員からの暴力、性的虐待なども横行するような施設で、それでも彼女は、自分と仲間を守るために立ち向かっていた。
そんな時、歩は一つのカードゲーム『ウォー・オブ・ディストピア』と出会った。いくつもの種族のユニットや、魔法、罠など、様々なカードを組み合わせて戦うそのゲームは、一瞬で彼女の心をわしづかみした。そして、一つの大会に出場すると、まさかの優勝をかっさらってきてしまった。
その大会が、大手企業がスポンサーを務める大会だったらしく、優勝賞金は莫大だった。歩は、その賞金で施設から仲間と一緒に独立し、仲間たちは学校に通いながらアルバイト、歩は、全国、世界中の大会に出場し、賞金を生活費として稼いでいた。そして、いくつもの大会での優勝を掻っ攫った彼女に対して、このゲームを開発したゲームデザイナーが主催する大会に彼女を招待する。そして、その大会でも優勝し、歩は、全世界が認める初代最強のプレイヤーとなり、その時にイリスを含む数枚のユニークカードを獲得している。
だが、歩はそれでも各大会に出場し続けた。ユニークカードは強力で、歩は連戦連勝を刻み続けた。
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だが、決して彼女に平穏な日常と言うのは訪れることはなかった。
毎日のように現れるマスコミ。彼女の境遇をあおるように放送し、悲劇のヒロインに仕立て上げようとする。そして、その名前を引き込んでうまい汁を吸おうとしている下心を隠すつもりもない。
彼女の強さを狙うゲーム実業団。彼女の強さによって成績の奮わなくなったチームが、こぞって彼女を自身の陣営に引き込もうと躍起になった。だが、彼女は一貫してソロを貫いた。
「大人は信用できない。」
施設での経験が、彼女の心に硬く厚い殻をつくりだしてしまっていた。
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「ただいまぁ。」
都内に建っているとあるマンション。一階が丸々1フロアになっている超高級マンションに歩は帰ってきた。
「あ、お帰り~、歩。」
その彼女を出迎えてくれたのは、同じ施設から一緒に独立した紗宮 胡桃ーさみや くるみーだった。胡桃は歩と同い年で、歩と一緒に苦難を乗り越えてきた一番の親友だった。今は、都内の高校に通いながら、アルバイトをして生活を助けてくれている。
「ただいま、胡桃。朱里は?また株?」
「そうよ。まぁ、私たちも助かるからありがたいけど、少しは外の空気を吸って欲しいわ。」
二人は一緒に住んでいる住人の話をする。
朱里。フルネームは、和島 朱里ーわじま あかりー。彼女も歩、胡桃と同い年の少女で、同じ施設から独立した一人だ。彼女は株取り引きの才能があり、仲間たちが稼いできたお金を何倍にも増やしている。彼女たちが高級マンションに住んでいられるのは、彼女の存在があるからでもあった。
「そうだな。このマンションに住めるのは、あいつのおかげってところあるからな。あんまり強くは言えないよな。んで、奴らは?」
「みんなアルバイトだよ。若葉と麗華はコンビニ、桜と詩音は飲食店、リオンとフーカはガソリンスタンドだったかな。私は今日はお休み。みんなのご飯用意してたよ。」
胡桃が挙げた名前は、全員施設から独立したメンバーだった。みんな、歩と同じような境遇で、施設にいた頃はお互いに励まし合っていた。今では、全員で生きていくために、必死に頑張っている。
「みんな、頑張りすぎでしょ。俺と朱里の稼ぎがあればある程度は生きていけるのに。もっと勉強を頑張って欲しいよ。俺が言えたことじゃないけどさ。」
歩は最初の大会で優勝した後、皆の生活が軌道に乗るまでは、様々な大会に出場するため、学校を中退していた。
「ほんとね。貴女、勉強どころか、学校にも行ってないもの。で、今日も勝ったの?」
「当然。」
歩は、今日手に入れたトロフィーを見せる。
「流石歩ね。確か、今回の大会は、今年の全国1位を決める大会だったんでしょ。すごいじゃない。これでなん連覇?」
「この大会なら3連覇だな。他も合わせたら今年で10連目だ。」
歩は、壁際に作られているガラスケースを見る。そこには年毎に分けられた棚があり、今年の棚には9個のトロフィーが飾られている。他の棚はどれも軽く50は越えているが...。
「でも、まだまだだよ。俺にカードを教えてくれた人には、まだ遠く及ばないよ。それに、俺にはカードしかないから、他の生き方わかんねぇしな。」
歩はトロフィーを見ながらつぶやき、リビングのソファーに座る。
「もう、またそんなこと言って。大丈夫よ、歩は私が養なうから。」
いつものやりとりなのだろう。胡桃は、やれやれといった表情で歩のとなりに座る。
「いやいや、今のままなら胡桃を養うのは俺だな。」
「そんな事ないもーん。将来は弁護士だからね。皆を守りながら、歩を養うのも余裕だよ。」
二人が、談笑していると、玄関のドアが開く音がして、ガヤガヤしながらリビングに向かって来た。
「ただいま~、って、歩帰ってきてんじゃん。お帰り~!」
1番最初に入ってきたのは、背が低くボーイッシュな少女一リオン・カーナル一、それに続いて金髪で深窓の令嬢の雰囲気のある一フーカ・フラン一、黒髪ロングで大和撫子な見た目の一加細井 若葉ー、黒髪でショートカットなクラス委員タイプのー本間 麗華ー、背が低いが身長に合わず、胸が大きいー道長 桜ー、逆にスラッとしたスレンダーなー井上 詩音一、と歩や胡桃と一緒に暮らしているメンバーが全員帰って来た。
「おー、皆久しぶりだな。元気だったか?」
全員の顔を見た歩が、皆に声をかける。
「えぇ、変わらず元気よ。1人外に出てこない子がいるけどね。」
歩の言葉に若葉が答える。歩も苦笑しながら、
「仕方ないさ。あいつのおかげでここに住めてるもんだしな。」
と返す。
「ところで歩さん?今回は勝ちましたの?」
と、次はフーカがたずねる。
「当たり前だ。ほら、これ。」
と皆に見えるようにトロフィーを見せる。それを見て全員称賛の言葉を送る。
「はーい、そろそろ皆、テーブルについて。夕ご飯にしましょ。誰か朱里を呼んできて。今日くらいは出てきて一緒に食べましょう。」
胡桃の言葉に、歩が動き、他のメンバーは荷物を片付けに向かった。
「おーい、朱里。俺だ、歩だ。今日帰ってきたんだ。久しぶりに一緒にメシを食おうぜ。」
歩がドアの前で声をかける。するとしばらくしてドアガ開き上下ジャージで、眠むたそうな顔をした少女が出てきて、
「ん、歩、お久。」
とだけ言ってリビングに向っていった。
「たく、あいつも相変わらずだな。愛想ねぇなぁ。愛想のいいあいつも想像出来んけど。」
と、小さくため息をつくとリビングに戻っていった。