会食
「百葉銀行船橋支店長の伊勢と申します。神谷一樹様、本日はお時間をいただきまして誠にありがとうございます」
伊勢は俺のグラスに両手でビールを注いだ。時刻は夜の七時。俺は急きょ決まったこの接待を甘受することにしていた。ほいほい断って、常識のないガキだと思われたら嫌だからだ。市川にある老舗の和食の店だった。ビールを飲み、しばらくは創作料理を楽しんだり、伊勢の歓待を受けていた。伊勢は俺の現況を気にしてくれたり、色々な話をしてくれた。
しかし、三十分ほど経った頃から、伊勢は百葉銀行の将来性の高さを語り始めた。それは、オリンピック特需やIT企業への投資といった内容で、大学生の俺が聞いてもやや古めかしいと思える内容のものだった。俺は同席した中原さんとともに適当な相づちをしながら聞いた。伊勢は最後に、今後ともご愛顧いただきたいという旨を遠回しに伝えてきた。
「僕の預金は百葉銀行さんにあるんですか?」
すると、中原さんが答えるよりも早く伊勢はこう言った。
「神谷様の預金だけではなく、神谷グループ様ご傘下の企業様にもお取引をいただいております」
中原さんの方を見ると、無言で頷いていた。俺は、伊勢の話の中で気になった点を聞いてみることにした。
「さっき、オリンピック特需とIT関連だとおっしゃいましたが、オリンピック特需のあとはどうなりますか?」
「と、申しますと?」
「いえ、単純な疑問なんです。オリンピックが終わったら経済がどん詰まりになると言われていますが、もしそうなったら、その後はどういう経営をされるんですか?」
「オリンピックはあくまで弊社の短期目標です。中、長期的にはIT産業に力を入れていく所存でございます」
「そうなんですか。でも、ITバブルはもう終わったって大学で習いました」
「いえ、長期的に見たらITはやはり強いですよ。省庁でもどんどんIT化が進んでいますので」
伊勢は隙のない喋り方で、今度はIT分野の未来について語り始めた。俺はもう何も言わなかった。濃いビールを飲みながら、伊勢の話に耳を傾けた。
会食はきっちり一時間で終わった。帰りしなに、伊勢は俺の女の好みとこの後の予定を聞いてきたが、俺はさっきのIT関連の話がどうにも気になり、伊勢の誘いを断った。伊勢は家まで送ると言ってきたが、俺はそれも固辞して、京成本線に乗り、海神駅まで帰って来た。