遺産相続
「六百億円ですか?」
「ええ」
「僕がもらっていいんですか?」
「既に坊っちゃんの名義に変更しております」
「あの、相続税とかは?」
「全て差し引いた金額です。あくまでキャッシュの話ですので、不動産や有価証券を併せると、二千億円ほどはあると思われますが、全てを把握できかねる状況でございます。申し訳ございません」
祖父の弁護士だった中原さんは、大学生の俺に深々と頭を下げた。
「すぐにお渡しすることはできませんが、必要でしたらお言いつけくださいませ」
「あ、はい」
「一先ず、クレジットカードをお渡しいたします。買い物は全てこちらのカードでお願いいたします」
「すいません。あ、でも現金の方がありがたいというか…」
「かしこまりました。差し当たりこちらをお持ちください」
中原さんは、金庫から封筒を取り出し、俺に両手で差し出した。
「明日中には、ご自宅に金庫を設置いたします。常駐する警備員も手配いたしますので、今日のところはご不便をおかけいたしますが、こちらでお願いします」
文庫本くらいの暑さのある封筒だった。俺は中を確認した。おそらく百万円の束が入っていた。俺は手が震えないように深呼吸を一つした。
「不十分でございましょうか?」
「いえ!全然、大丈夫です!」
「それと、こちらは、百葉銀行様からのご厚志でございます」
そう言って中原さんは、厚手の紙袋を手渡してきた。紙袋はずっしりと重く、中を覗くと長方形の箱にのしが貼っており、その上に封筒が入っていた。中には、頭取という肩書きの人物の直筆で、丁寧な手紙が入っていた。
「こちらの、胡蝶蘭ですが、私共でご自宅までお運びいたします」
さらに中原さんは、一メートルはありそうな花のアレンジメントを持ってきた。
「それは、どなたからですか?」
「こちらは神谷建設様でございますね」
その後も記念品の贈答式は結構続いた。俺は、百万円をどう使おうか考えていたが、とりあえず携帯ゲームに課金をすることと、今日の夕食を少し豪華にするくらいしか思い付かなかった。
「ちなみに本日の夕食のご予定はございますか?」
「いえ、特には」
「それでしたら、百葉銀行船橋駅前支店長の伊勢様より、ご会食のお誘いがございます。私もご一緒いたしますので、いかがでしょう」
「あ、はい。別にいいです」
そんな感じで、夕食の予定も決まっていた。