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ユグドラシルの天啓  作者: hosiume
9/14

四章 魔女。①


エリシア北西にある街、ビリアは観光都市として栄えている。大自然に囲まれた広大な平地という恵まれた地形を生かして経済が発展した。


北側と西側にそびえる山脈と、東側を流れる国を跨ぐ大きな川。これらが作り出す景色を求めて、街は今日も賑わっていた。


「では調査結果でめぼしいものはなかった……ということだな?」


エリシアの中ではプレストに次ぐ都市として街には多くの商店が立ち並んでいる。その中の一つの個室で俺たちは集まっていた。


「そうっす。申し訳ないっす……」


申し訳なさそうに頭を垂れるのはグルードの序列六位、ライトだ。朝に合流して、“魔女会”についての調査報告をスラックが受けている。


プレストからかかった日数は四日間。準備にもかなり時間がかかったため、俺たちがプレストに到着してからの日数で言えばすでに十日以上が経過していた。今回は俺とフィナだけでなく大所帯となったため、馬車での移動となった。


「責めてるわけじゃないさ。もとからダメ元だ」


コーヒーを片手にライトを慰めるスラックはそういいながらも少し残念そうだ。


「とにかくだ。明日から"魔女の森"の本格的な攻略を始める。メンバーは俺、チャン、レイ、メイ、ミーア、エース、フィナで行く」


名前を呼びながらそれぞれの顔を見てスラックが名を呼んでいった。今ここにいるのは十人。つまり三人は居残りとなる。


カミラは非戦闘員のため特に不満はなさそうなのだが、問題は残りの二人だ。


「頼むっす! 俺も連れてってください!」


「ライト、今回はダメだ」


懇願するライトに対してアリアは何も言わないが、じっとスラックの目を見つめている。アリアも付いて行きたいようだ。


「前情報が無い分、どれくらい危険なのかわからない」


スラックはライトとアリアの参加は認めないつもりだ。確かに“魔女”という不確定要素は十分に注意しなければならない。


まだ幼いカイトとアリアを連れて行くべきではないというのは間違っていないだろう。


ビリアまでの道中で聞いたが、ライトは活発で向上心が高いタイプらしい。あって間もないがなんとなく理解できた。


「……」


一方のアリアはじっとスラックを見て離さない。きっと普段のアリアならここまで執着しないだろう。しかし今回は理由がある。俺には理解できた。


「スラック、アリアは連れて行ってやってくれないか?」


俺の言葉にライトが真っ先に反応を示す。あって間もない俺に対して敵意の目を向けてくるあたり、好戦的なのかもしれないな。


その目はなんでアリアだけなんだと訴えていた。


「……なぜだ? 理由があるのか?」


「アーダントがどこまで掴んでいるのかは分からないが、アリアの兄が俺を追ってくる可能性が高いんだ」


スラック曰く、エリシアとアーダントの協力交渉はあまりうまく行っていないのが実情らしい。


捜索の協力、手配書の配布などは早い段階で話がついたらしいが、本腰を入れた協力については交渉が長引いているということだった。


アーダント側がどこまでの情報を掴んでいるのかは分からないが、依頼主がエリシアとの交渉が終わるのを待っているとは思えない。


居場所がバレているのであれば、真っ先に依頼を頼むのはフランクだと簡単に予想できる。


となれば、アリアにとってはチャンスだ。できればフランクとあって説得してほしいところだ。生きていることがわかっているのに、会えないのはあまりに残酷すぎる。


「そうだったのか……」


「アリア、スラックに話してなかったのか?」


「……準備とかフィナと話すの忙しくて時間がなかった」


後者は忙しいと言っていいんだろうか。話しながらも、ずっとこちらを睨みつけてきているライトにも助け舟を出すか迷った。


アリアだけ行くことになったとすれば彼は黙っていられないだろう。


「……わかった。二人とも連れて行こう」


それを察してかスラックが気を使い、ライトの同行も認める。


「ただし、二人とも戦闘になったときには参加させない。エース、お前が推薦したんだ。責任を持って二人を守れ」


面倒ではあるが妥当なラインだろう。引き受けない場合二人の同行は白紙になりそうだ。


「わかった」


「ライト、アリア、わかったな?」


「……仕方ないっすね」


スラックの条件に対してライトは口を尖らせながら返事をし、アリアは無言で首を縦に振った。


不本意ながらも同意したということは、ライト自身も“魔女の森”の危険性について少しは理解しているようだが心配だ。


「よし、ならお開きだ。日程はプレストで話した通りだ、明日まで一応自由だが、エースとフィナは外出しないように」


今いるこの店は一階がレストランとなり二階以降が宿舎になっている。プレストからの移動で疲労が溜まっていた俺としては、外出禁止は嬉しい。


「「とぉー!」」


一階から二階に上がる階段の途中で後ろから飛びついてきた二つの影を避けることなく、俺は階段に手をついた。


力の主の正体はレイとメイだった。グルードの序列三位と四位の彼らはアリアやライトよりも幼い。


にもかかわらず、序列三位と四位というのは才能を感じさせる。


もちろんアリアやライトの戦闘を見たことがないため、二人の実力はわからないが、フランクの妹であるアリアが弱いとも考えにくい。


そのアリアよりも序列が上となると二人の実力を見るのが楽しみだ。


「こーら、迷惑かけちゃだめでしょ!」


さらにその後ろから声をかけてきたのはミーアだ。後ろでまとめた茶色がかった髪が特徴的だ。


「「ええーいいじゃん!」」


俺の首に手をまわしながら二人が駄々をこねる。少し苦しいがほほえましいので何も言わずに静観してみる。


ミーアが襟首をつかみ、二人を俺から引きはがした。階段を登りきった先で、廊下にたたされた二人はそこでようやく大人しくなった。


「お二人ともごめんなさい。この子達、嬉しいみたいで」


深々と頭を下げるミーアになんとも言えない気持ちになる。彼女はいろいろ苦労していそうだ。


「全然大丈夫だよ」


全く関係ないはずのフィナが返事をする。実際大きな問題はないが、なんだか釈然としない。


「にーちゃんとねーちゃんすごく強いんでしょ? 勝負しようよ!」


「しようよ!」


一度大人しくなった二人がまた騒ぎ始める。この生意気な二人を相手してやりたい気持ちはあるが、残念ながらそれは難しい。


「また今度な」


俺の反応を見てレンとメイはお互いの顔を見合わせると、口元に手を当ててニヤニヤし始めた。


「あー負けるの怖いんだぁ」


よーし、冷静に、冷静にだ。ここで大人げない真似をしてはいけない。あくまで大人に徹しよう。


「僕たち強いからね。仕方ないよね」


「ねー」


耐えろ。耐えるんだ。


「やっぱりなぁー。デトラって言っても大したことないんだなぁ」


「だねー」


…………。


「じゃあ二人とも実戦はできないけどゲームで勝負しよっか」


俺の頭の中のなにかが切れようとしていたときだった。俺よりも先にフィナが動いてしまった。あ、これやばい。すごく良い笑顔だ。


「ゲーム!? やろう!」


「やろう!」


大喜びだった。無知というのは怖いもので、フィナの笑顔の意味を彼らは理解していない。


フィナがごそごそとローブの中のポケットを探り、三つの小さな玉を出してきた。


魔法玉(マジックボール)と呼ばれるアイテムだ。魔力を収納することができる魔法道具だが変換効率が非常に悪く、入れられる魔力量に対して込めなければいけない魔力の量は非常に多い。


そのため一般的な使い道は魔法学校での訓練に使われる。幼少期の魔力量と質の強化にはもってこいのアイテムだ。


「先に魔法玉(マジックボール)をいっぱいにできた方の勝ちでどう?」


「いいよ! 受けてたーつ!」


「受けてたーつ!」


たぶん勝負の内容はなんでもよかったのだろう。二つ返事で二人はフィナの提案を受け入れた。返事を聞いてすぐにフィナは魔法玉を二人にも渡す。嬉しそうに受け取って広げた手のひらの上に置いた。


「準備はいい?」


「「いいよ!」」


合図を待つ二人。どんなことでも初動は大切になるが、残念ながらフィナ相手には無意味だ。


「いくよ? スタート!」


フィナの掛け声と同時に一気に魔力を込めるレイとメイだったがすぐに中断されることとなる。


スタートの合図とほぼ同時のタイミングでフィナの手のひらの魔法玉はバリンという大きな音を立てて砕け散った。


それと同時に可視化できてしまっている魔力が溢れ出す。スモークと化した真っ白な魔力がゆっくりと地面に落ち、四散していった。


「…………」


レイ、メイ、ミーアは瞠目し、固まってしまっている。急に鳴った大きな音と魔法玉が割れたという事実がそうさせてしまったのだ。


魔法玉を割るなんてことは普通はあり得ない。どれほど魔力量が多くとも、質が良くとも割るために必要な魔力は非常に膨大なのだ。


さっきまでの威勢はまったくなくなり、一向に動く気配のない三人を放置して、フィナは満足そうに自室へ足を向けた。心なしか得意気だ。


少しのため息が無意識に漏れるが、俺もフィナについていく。


割り当てられた部屋は二階の一番階段に近い部屋だ。少しでも外部との接触を避けられるようにとスラックが計らってくれた。


「大人げないぞ」


部屋の扉を閉めて、フィナに声をかける。


「そんなこと言って。エースだってもうちょっとで手だしてたでしょ」


図星をつかれて言葉に詰まってしまった。そんな俺を見てフィナは満足そうに頷いている。確かにある意味では穏便な幕引きだった。


「まぁすっきりはしたけどさ」


「かわいいねあの二人」


部屋に備え付けられたベッドに腰かけて天井を仰ぎながらフィナは言う。たぶん俺と同じでデトラにいた頃に仲の良かったやつのことを思い出しているのだろう。


「まぁな」


「ニア、元気にしてるかな」


デトラで受付をしていた獣人の少女を思い出す。彼女がデトラで一番仲が良かった。弱気な性格だから少し心配だ。


「なんだかんだやってるよきっと」


部屋に設置されたもう一つのベッドにローブを脱いで寝転がる。四日間の移動の疲れがたまった体はすぐにでも休ませろと訴えていた。


「……寝るわ」


「うん。お疲れ様」


寝転がってすぐに襲ってきた睡魔に逆らうことなく、俺は夢の世界に旅立つのだった。


目の前に聳え立つ山々を麓から見る景色は壮観だ。


“魔女の森”が存在するブロン山。外観は魔力によるスモークが薄くかかっており、少し離れた場所になるともう先は見えない。


ズーア山脈に存在する最も大きな山で、連なる他の山々よりも文字通り頭一つ抜けている。


自然がもたらした多くの小川と豊かな木々、そして巨大な渓谷は魔力のスモークを伴って神秘的な領域へと昇華していた。


その東側に流れているルブト川は大陸でも有数の巨大河川だ。山脈からの山水を受け入れることによって作られ、プレストの近くを通りアーダントの西側に流れ込んでいる。


「問題なのは道がないことっす」


山頂を眺めながら唐突にライトが俺にそう言った。ビリアに着いた翌日、ブロン山の麓で“魔女会”攻略のための最終確認をしているところだ。


「進捗は?」


“魔女の森”攻略の手順はこうだった。まず、以前にエリシアが派遣した騎士団が攻略した際、ある程度の“道”を作ったらしい。


“魔女の森”であるということだけあって普段人が出入りしないブロン山には、山道が存在しない。


ただでさえ迷いやすい“魔女の森”を大人数で攻略するためには、目印としての役割や体力の温存などの面で見ても道が必要になるというわけだ。


エリシア騎士団もまず道を作ることから始めたらしい。今回の俺たちの攻略でそれを再利用させてもらうという魂胆だ。


事前にライトたちがビリアに乗り込んだのは情報収集よりも道の拡張、整備がメインの仕事だったらしい。


「頑張ったんすけどね。ほとんど成果は上がらなかったっす」


魔力のスモークによって魔力操作が困難な中で土魔法を継続して行使するのは難しかったのだろう。


加えてこの少人数で行うのは正直言って無理がある上に、未知数のこの森での作業は危険も伴う。騎士団がどれほどのものを作ったのか知らないが、規模によっては整備できただけでも良い方だろう。


「奥のほうの整備は手を付けてないっす。とりあえずできるところまではやりましたけど」


「それで十分だ。さて……」


皆と同じく山頂を見上げていたスラックが振り返る。


「わかっていると思うが十分注意を払ってくれ。指示は一つだけだ。絶対に死ぬな」


ついにここまで来てしまった。難攻不落の“魔女の森”を目の前にし、不安ながらも楽しみにしている自分もいる。


大量の屍を積み上げ続けている“魔女の森”を攻略し、魔法道具[マジックアイテム]を入手できればこれ以上ない恩をスラックに売れるだろう。


損得で考えたくはないが今後のことを考えるとそうも言ってられない。


スラック曰く親父の引き渡しはまだ先になるとのことだったが、エリシアとアーダントとの交渉がいつまでも長引いてくれる保証はない。


むしろいずれは必ず話がまとまるだろう。つまり“魔女会”の攻略は急務だ。


「うっす!」


「「はーい!」」


レイとメイ、ライトだけが元気の良い返事をする。他の皆は無言で頷いた。


それを確認したスラックが踵を返し、いよいよ“魔女の森”の攻略が始まるのだった。



「次はビリアか……」


思わずため息が出る。プレストまでの道のりは騎士団の二人が抜けたあとは順調に進んだ。


だがここに来て、ハンズから次の指令が来てしまう。


“プレストからビリアに移動した。早急に追跡を続行しろ”


こっちはもう四日もフルで移動し続けている。いくら俺やシャドウでも疲れが溜まってきていた。


ただ驚いたのはハイリの魔力量が想像以上に多かったことだ。魔力の質やコントロールは未熟だが、魔力量においては俺やシャドウよりもおそらく多い。


ハイリは変換効率が悪いためすぐにバテてしまうが、回復も早かった。


不幸中の幸いと言えるのか怪しいところだが、今いる位置はプレストから直接ビリアに向かうよりは近い。


「ハイリ、シャドウそこまでだ」


魔法なしで模擬戦をしていた二人がピタリと止まる。もちろん旅の最中に模擬刀などあるはずもなく、真剣で打ち合っていたが二人とも上手く躱していた。


そうこの二人、疲れが溜まってきているこの状態で稽古をしている。しかも今に始まったことではなく、ケインたち騎士団の二人が抜けた後ずっとこの調子だ。


いつのまにか毎晩夕暮れから夜にかけては稽古の時間になっていた。俺を巻き込まなければとやかく言うつもりはないのだが、二人して参加しろと言ってくるもんだから手に負えない。


なんとか今日まで逃げ切ってきたが、そろそろ襲われそうな勢いだ。


「エースたちがビリアに移動した。目的地変更だ」


「ビリアですか?」


ビリアという単語を聞いてハイリは眉を潜めた。真っ先に思い浮かぶのは観光地という印象だが、まさかそれが目的ではないだろう。


単純に逃走経路として選んだだけなのか、別に目的があるのか。俺が考えてわかるはずもないが気になるところだ。


「何が目的かはハンズも知らないらしい。まあ移動したとわかっただけ良い方だろ」


「まさか“魔女会”ですかね?」


まさかという表情でハイリが言う。……“魔女会”か。あいつらならやりかねないかもな。


「……可能性はなくはない」


「まさか。いくらやつらでも無理だろう。あそこの魔女たちは全員がパラディン級と聞くぞ」


たしかに無謀に感じるが、フォートでの戦いでもまだ実力を隠している印象だったことを思い出す。魔女たちも厄介ごとを持ち込まれたくないはずだが、仲間に引き込まないとも限らない。


それくらいエースたちは規格外だ。


シャドウもハイリもそれを知らない。まさかと思うことが当然のことのように起こりうる。


「とにかくだ。万が一のことにならないためにも明日からも急ぐぞ」


二人とも無言で頷く。疲れているなんて言っている場合じゃなさそうだな。


「それはそうとフランク・ノーラン」


少し離れていたはずのシャドウがいつの間にか近くまできていた。しかもにじり寄ってきているような気がする。


「おい、どうした」


「そろそろ私と戦え」


じりじりと顔を近づけてくるシャドウから逃げるようにのけ反る。しかし追従するように俺の動きに合わせて距離を詰めてくる。ちょっと顔が怖い。


そう、フォートの時もそうだったがこいつは戦闘狂なのだ。序列戦をところかまわず要求してくる。今回は依頼ということもあってかなり我慢していたのだろうが、いよいよ限界がきたのか。


兆候はあった。ハイリとの打ち合いに手加減がなくなってきていたことだ。


「あのな、今無駄な魔力使ってる余裕なんてないんだ。断る」


「何を言う。魔力なんぞ一日寝れば全快しているだろう」


痛いとこを突かれた。確かに一日寝れば魔力は回復する。カラカラになるまで使ったとしても、一日寝れば問題ない。


問題なのは身体的な疲労だ。シャドウにとっての序列戦は言ってしまえば生きがいみたいなものだ。疲れるとかそういう次元ではないのだろう。


しかし俺は違う。できることならしたくない。理由は簡単、疲れる上に金にならないからだ。


「もししないというなら……私はここで降りるぞ」


「……正気か? お前の意思で国からの依頼を降りられるとは思えないんだが」


とんでもないことを言い始めたなこいつ。正直ここでシャドウに抜けられるのはめちゃくちゃきつい。エースたちに追いつけたとしても捕獲できる可能性がなくなると言ってもいい。


そんなことになるのは困る。降りたら降りたでシャドウが困ることも十分分かってはいるが、こいつの場合強行しかねないのが怖いところだ。


沈黙がしばらく続く。……ここは折れておくか。


「はぁ……一戦だけだぞ」


「よし。そうこなくてはな」


本当にこいつもこりないやつだ。腰をかけていた岩から立ち上がって、シャドウと一定の距離を取った。


腰に下げた剣を引き抜きだらりと腕を下げ、剣先を地面に向ける。ハイリに怒られるかもしれないが、型や構えから無縁の俺にとってはこれが一番しっくりきていた。


「一戦だけだからな!」


シャドウに念を押す。前例があるからな、ここはしっかり言っておかないと後々面倒になる。


「わかっている。行くぞ!」


そういうとシャドウは風魔法をかけ、真っ直ぐに駆けてきた。どんな戦闘でも近接戦闘を得意とするものにとっては最も多い初動だ。


スピードだけならシャドウは俺よりも速い。抜かれたのはいつだったか。そんなことを思い出しながら、繰り出された剣撃を受け止める。


エースのように目で追えないスピードじゃないため、対処は簡単にできる。まぁそんなやつがゴロゴロいたらたまったものじゃない。


攻撃の手を緩めないシャドウに対してどう倒してやろうか思考する。どちらかといえばシャドウは剣術重視の戦い方だ。得意とする風魔法以外は俺にとってそれほど脅威ではない。


「ふっ!」


スピードを生かして後ろに回り込んだシャドウが容赦なく首元を狙った斬撃を放ってくる。すでに風魔法が付与された剣を受けるわけには行かず、上体を後ろに傾けてなんとか躱した。


こちらも負けじと火属性を付与する。バランスを崩したとみたシャドウが追撃しにくるが、今度は受け止めた。


魔法の練度は俺の方が上だ。ぶつかり合った剣はケインの時と違い、拮抗しているようにみえるが実際は少しずつ俺が押している。


シャドウの剣にまとっている魔法が少しずつ弱まり、耐えきれずに後ろに飛び退る。


このチャンスを逃すわけにはいかない。剣を握っていない左手から炎魔法を放ちながら距離を詰める。一発だけではなく同時に三発。並行詠唱と呼ばれる技術で、三つの魔法を操るのは非常に難易度が高い。エースたち以外になら遅れはとらない。


「っく」


辛そうに魔法を捌くシャドウに剣で追撃をかける。二つ目の魔法までは捌ききるが、三つ目をシャドウは被弾してしまった。剣での追い打ちは何とか防ぐも、後方へ大きく飛ばされる。


さすがというべきか、致命傷は避けていた。というか依頼に支障が出るような大きなけがをされるのは困る。


そうはいいつつも手加減をするつもりなど少しもない。少し油断すれば何があるかわからないからだ。シャドウに大陸内の序列を譲るわけにはいかない。


序列とは、言ってしまえばブランドのようなものなのだ。信用性の担保になるため仕事がしやすくなる。名指しで依頼がくることも珍しくない。一つ落ちたところで支障が出るわけではないが、これはプライドだ。


上位にいるものとして立場を守るため。そして金のため。


勝負を決めようと俺はさらに追い打ちをかけていく。こうなってしまってはシャドウの得意とする風魔法は生かしにくい。守りよりも攻めに特化している風魔法では、ここからの攻撃は防げないだろう。


致命傷にはならないように、しかし序列戦を終わらせられるように。さっきと同じように炎属性の攻撃を三発放つ。威力はすべて中級程度。俺の剣も加えて四つの攻撃がシャドウに向かう。


もらった。いまだに体勢を整えられていないシャドウにこれだけの攻撃を防ぐことはできない。そう確信した。確信してしまった。


先に着弾した魔法が土煙をまき散らす。シャドウに剣を突き付けるために距離を詰めるが、違和感に気づいた。


「――っ」


煙の中に一瞬見えた光沢。すさまじいスピードで煙を貫くその物体は、俺の顔面に向かってきていた。前進する勢いを殺し、顔を傾けることでギリギリでかわすが、頬に生暖かい何かが伝うのが分かる。


そして次の瞬間には煙の中からシャドウの姿が現れた。全身に風魔法を纏い、さっきまであったはずの砂塵はすでに四散している。


そして間を開けることなくとびかかってくる。さっきまでと違う。また一段階スピードが上がっていた。まさに猛攻だった。


息もできないようなスピードで次々と乱撃が襲ってくる。それでもまだ目には見えるスピードだが、捌くだけで反撃する暇が一切ない。加えて全身にまとった風魔法の一部が刃となって襲ってくる。これは防ぎようがない。


ダメージこそ大きくないが、着実に傷は増え消耗させられていく。そしてついにそのときは訪れた。乱撃の一つを完全には防ぎきれずに俺はバランスを崩してしまった。


この機会を逃してくれるシャドウではない。ここぞとばかりに全身にまとっていた風魔法を剣に注ぎ込み、突きを放ってくる。


これはまずい。まともに受ければただでは済まないだろう。かといって見たところ上級以上の付与が必要そうだ。しかし詠唱している時間はない。


最短で発動でき、かつシャドウの魔法を打ち消せる魔法。俺に残された選択肢は一つしかなかった。


「絶斬」


小さく呟く。一瞬のうちに真っ黒に染め上がった刀身が相変わらず美しい。付与でしか使えない俺の固有魔法(ユニークスキル)、絶対切断の魔法がシャドウの突きを防ぐ。


固有魔法(ユニークスキル)には人によって様々な特徴がでるが、共通した特徴として“発動時間の短さ”がある。


その人物が持つ生来の素質を反映させるといわれている固有魔法(ユニークスキル)はその人物が最も構築しやすい術式と言われ、発動が容易なのだ。


そしてついにシャドウの魔法と触れる。瞬間、シャドウの風魔法が“溶けた”。まとっていた魔法がなくなり、剣同士が接触するが接触音はならない。


触れたところから順に“溶けていく”。瞠目するシャドウの顔が見え、なんとか剣を引こうとしているのもわかるが風魔法を使って行った突進の推進力を制御する魔力はもう残されていないらしい。


そのままこちらに倒れこむような形で頭から突っ込んでくる。ほんの少しの距離を残してなんとかシャドウはその場に止まった。


止まったといっても、残されたわずかな刀身を支えに片膝をつき、ほとんど地面に伏している状態だ。


体制を崩していた俺も立ち上がり、シャドウの目の前に立つ。剣先をちょうど眉間の位置にくるようにシャドウに向ける。


「終わりだ」


剣先を向けられたシャドウにもう戦意はなかった。こいつなんて顔してるんだ。そう笑っていた。確かにシャドウは笑っていたのだ。


「お前の本気は引き出せたのか?」


そう聞いては来るがその顔はすでに答えが分かっているようだった。おそらく戦っている最中の俺の表情を見てなんとなくは察したのだろう。実際俺は最大の隠し玉を出してしまった。


序列戦で使ったのはいつぶりだろうか。エースとフィナの時はあまりの実力差に出す気にもならなかったが、久しぶりに全力で戦うっていうのも悪くはないな。


「バカいうな。まだまだだ」


ここではい全力でした、なんて言えるはずもない。ばれているとわかってはいてもこう言っておくべきだ。そういいながら剣を納めてシャドウに手を伸ばした。特にためらうこともなく握り返してきたのですぐに引っ張って立ち上がらせる。


「おっと」


立ち上がったと思ったシャドウがバランスをとれずにふらついた。咄嗟に支えてまた立たせようとするが、うまくいかない。


「すまないな。完全に魔力切れだ」


「そりゃそうだろな」


最後に見せたシャドウの魔法。あれは想像通り相当に燃費が悪いようだ。上級の魔法を継続的に使い続け、コントロールし続ける。しかも魔法単体だけではなく、剣も併用しながらとなれば、負担はすさまじいいだろう。


まさに諸刃の剣だ。風魔法が防御に向いていないことを考えた末にたどり着いたシャドウなりの回答なのだろう。しかしその威力も俺に切り札を出させるほど絶大だ。一つの手札として数えて問題ないだろう。


「だ、大丈夫ですか?」


ふらついたシャドウを見て鎧を揺らしながらハイリが駆け寄ってくる。


「今日はもう休むぞ」


ハイリが何か言いたそうに俺の顔を見ていた。なんとなく内容が予想できてしまったので先手を打つ。言いかけていた言葉を飲み込むハイリに少しだけ申し訳なく思ってしまったが、俺ももう休みたい。俺の言葉を聞いてあからさまにハイリの表情が暗くなった。……少しくらいはいいか。


「この依頼が終わったあとならいつでもデトラにこい。相手してやるよ」


本当に初日を考えるとずいぶんと打ち解けたもんだ。自分から出た言葉が自分でも意外だったが、不思議とこいつの前だと嫌にはならない。


そしてまたしてもあからさまにハイリの表情が明るくなる。


「はい! 必ず行きます!」


元気のいい返事をして、肩を貸していた俺からシャドウを引き受けて寝床へと運んで行った。残された俺は戦いの跡を見て少し後悔する。


川の側にあった開けていた平地だったが、周辺の木々は燃え、シャドウの魔法で地面はえぐり取られている。幸い川岸ということもあって木々は燃え広がることなく鎮火してはいるが、見る人が見れば怒られそうだ。


強かった。率直な感想だ。正直なところ心のどこかでは舐めていた。負けることはないだろうと。今までのシャドウなら土煙の中からの不意打ちなんてしてこなかっただろう。


俺の魔法を利用することを咄嗟に思いついたのか最初から考えていたのかはわからないが、確かな成長だ。俺もうかうかしてられないな。戦いの反省点を洗い出しながらハイリの後を追う。


追いついたころにはもうシャドウは寝ていた。一瞬の間だが、シャドウの疲労を考えると当然かもしれない。丸一日の移動の後にハイリと模擬戦を行い、魔力がなくなるまで俺と戦ったのだ。ハードにもほどがある。


かくいう俺ももう限界だった。魔力はまだ残っていたが連日の疲労に、序列戦の追い打ちはなかなかに効いた。急造の寝床に入ってすぐに、俺も眠りに落ちたのだった。


翌日。昨日の宣言通り、ビリアへと進路を変えた。今日も景色の変わらない退屈な移動になりそうだ。


「日数はどれくらいかかりそうなんだ?」


すっかり復活したシャドウが聞いてくる。どうやらエリシアの地理はあまり知らないらしい。


「大体三日くらいだ。俺も慣れた道じゃないからわからねぇけどな」


「また魔人たちに逃げられないといいんですけどね……」


確かにビリアから移動したとなればまた進路を変更しなければならない。エースたちの移動速度を考えればこちらが追いつくことは難しいだろう。エースたちだけで移動していればだが。


「ビリアにいった目的が分かれば楽なんだけどな。こればっかりは運次第だ」


同伴者がいてかつエースたちが見捨てることのできない存在。都合の良い考えではあるが今はそれを願うしかない。――急いだほうがいい。そう思った俺は少しだけ速度を上げるのだった。

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