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ユグドラシルの天啓  作者: hosiume
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三章 邂逅。②


有力な情報が入った――エースたちとの戦いからちょうど一週間ほどたったときだった。久しぶりにラットに呼び出されたかと思えば、いよいよ騎士団はエースたちの足がかりを掴んだようだ。


場所はエリシアの首都プレスト。具体的な潜伏場所までは分からないらしいが信用できる情報らしく、騎士団からも派遣部隊が編成され、俺たちと同行することになっている。


逃走直後にオリハに逃げたという情報が入り、ハンズは俺に依頼を出したが結局、遂行されることはなかった。エリシアとの外交問題がまだ片付いていなかったのだろう。


今回の具体的なメンバーはまだわからないがそれもすぐにわかる。これから騎士団がフォートに所有している宿舎に集合し、顔合わせをする予定だ。俺は一足先に到着してまさに今待っている最中だ。


フォート追撃戦においてあれだけの数をかけても倒しきれなかったのだ。相当の実力者を集めなければ追い詰めることすら叶わないだろう。そもそもハンズの野郎がどこまで本気なのかも分からねぇ。


実力を目の前で見たあいつが今回集まる戦力だけで捕獲できると考えているようには思えない。いろいろ建前があるんだろうけどよ。


そうこう考えているうちに扉をノックする音が室内に響いた。扉が控え目に開いていき、少しずつ顔があらわになっていく。


中に入ってきたのは三名の騎士団員だ。風貌からして間違いないだろう。身に着けた重厚な鎧を軋ませながら、俺が座っている正面に三人並んで座った。


「フランク・ノーランで間違いないか?」


「ここに入ってきといて今更確認はねぇだろ」


話かけてきた大柄の男の質問に荒く答える。もともと騎士団嫌いだったのがフォートで市民を巻き込んだ件で悪化した。この男にその気がなくてもどうも高圧的な態度に見えてしまう。


そもそもこの部屋に俺がいることはこの建物に入ってきた時点で門兵にでも聞いているはずだ。それをわざわざ確認するのは兵隊特有の警戒心を満たすためのものだろうが、どいつもこいつも上から目線で言ってくるのが気に食わない。


……我ながら大人げないな。情けない。


話かけてきた男の表情が曇り、険悪な空気が流れる。しかし俺の真正面に座った若い男だけは気にせず言葉を続けた。


「魔人捕獲部隊第一班所属、ハイリ・クライスです。よろしくお願いします!」


まさに好青年といった感じの印象だ。元気のよい快活な挨拶ときりっとした笑顔をこちらに向けてながら、手を差し出してくる。


「クライスって……ハンズの息子か?」


「はい。騎士団長ハンズ・クライスは私の父になります」


まじかよ。父親譲りの金髪に、よく見れば確かに顔立ちに面影があるように思う。ハンズの息子ということは実力が気になるところだ。


出された手を握らずにしばらくすると少し苦笑しながら手をひっこめた。悪い奴ではなさそうだが、俺は初対面で他人を信用できるほどお人よしではないし、ハンズの息子という事実が若干の嫌悪感を生み出していた。


「失礼する」


沈黙が訪れようとしていた時に、コンコンとノック音が部屋に再び響きまたドアが開いた。その主は聞き覚えのある声だ。


「ようまた会ったな」


「……なぜここにいる」


眉をひそめてこちらを呆れた表情で見つめてくる主の正体は、予想通りシャドウだった。フォートでの戦闘中に挑んできたギルド【ファントム】の序列一位。


つい先日終戦協定が結ばれたことで今回の依頼の対象となったようだ。見せかけの戦争といわれていただけあって、終戦までの流れはあっという間だった。


いくら終戦協定を結んだとはいえ、シャドウがアーダントに協力するには早すぎる。エースたちが抜けた今、アーダントの上層部としてはなんとしても抱えておきたい人材なんだろうな。


「なんでってそりゃ呼ばれたからだろ」


不毛なやりとりであることはわかっているが、つい言い返してしまう。もちろんそういうことを聞いているわけではないということは分かっているが、からかいたくなる。シャドウとはそういうやつだ。


「ま、そりゃ普通に考えてエースたちを追っかけるのに適任が他にいないだろ。ただ噂でパラディンの連中が動くって話も聞くけどな」


騎士団の連中を横目で見ながらそう話した。パラディン――国内で戦闘において最強を表す勲章だ。一応は騎士団所属という扱いで、騎士団員から選定され序列をつける。ギルドの序列制度もここから真似をしたものだ。


そのパラディンが動く、というのはかなりの大事であり、そのあり余った力を管理するのは難しい。そのため通常の騎士団への依頼を彼らがこなすことはなく、本当の意味で国を脅かすと判断された問題が起こった時のみ動く。


唯一の例外がハンズだ。騎士団長であると同時にパラディン序列三位のやつは、普段から騎士団の統率のために依頼を受けている。


しかし、もし今回ハンズ以外のパラディンへの正式な依頼が出された場合、アーダントという国そのものが魔人を排除すると宣言することになる。


騎士団を動かしている時点でかなりの大物が依頼を出していることは簡単に予測できていたが、パラディンを動かすともなればまた話が違ってくる。ハンズの野郎が口を割らないわけだ。


「……我々にはなにも知らされていない」


「そりゃそうだろ。下っ端にそんな大事な話するはずがない」


かなり怒ってるのが伝わってくる。我ながらここまで協調性がないのも珍しい。


「やめておけ。これから一緒に行動するんだ、仲良くしろとはいわないがせめて問題は起こすな」


なんだか母親のようなことをシャドウが言ってくる。適当に生返事をして流す。たしかに言う通りなので、反論もしない。


「失礼。紹介が遅れた。私はシャドウ・レニーだ。よろしく頼む」


ほほ笑みながら騎士団の三人と握手を交わしていく。今回の任務はなかなかに居場所がなさそうだ。まぁ自業自得だし、後悔もしてない。


「さっそくいろいろ決めていきたいんだが、構わないか?」


シャドウが先導し話を進めようとする。騎士団の三人組は拒む事なく、首肯した。残念ながら俺には参加する気はない。


「あとで日程だけ教えてくれ。ちょっと出てくるわ」


「あっ、おい!」


シャドウが俺を引き止めるが、それだけいってその先は聞かずに扉をくぐり外に出た。宿舎は二階建てになっており、一階のロビーで外出することを告げ、室外に出る。


すぐに中央通りに沿って歩き始める。道を挟んで多くの商店が並んでいた場所だが、今は見る影もない。ここはエースたちと戦闘した通りだ。くるときにも思ったが、戦闘による被害は予想通り非常に大きかった。


特に龍族の火属性魔法による被害が一番大きく、龍族に対しては住民からのヘイトが溜まっている。街の職人たちが総動員され、建築が進んでいた。


中央通りをしばらく歩くと広場に出る。ここはエースたちが長距離の瞬間移動の魔法を使った場所。思い出すのがエースの腹を切ったことと、フィナが使った魔法が綺麗だったことってのはなかなかに辛いものがある。


よく見れば俺がエースを切った時の血の跡がまだ残っていた。黒く滲んだその陰を目の前にし、薄れていた罪悪感が蘇る。仲間――だったのかはわからないが、長い付き合いだったことも確かだ。それにエースのことも気に入っていた。


だが俺にも譲れないものはある。仕方なかった。そう思って割り切るしかない。あのときの判断は間違っていなかったと思う。


「フランク……? おう、やっぱフランクじゃねーか!」


物思いにふけっていたところに後ろから名前を呼ばれた。デジャヴ。さっきのシャドウのときは声の主がすぐにわかった。そして今回も同様だ。


「バートさん、こっちにきてたんですね」


「ああ、さすがにこの規模の被害だとこっちの組合だけじゃ賄いきれないようでな。直接発注を受けたよ」


普段から俺が装備を注文しているレイン商会の商人だ。どのギルドも序列上位のものは大概個人契約を結ぶ。グランザードで最も大きいレイン商会はさまざまなものを手広く扱っている。今回の復旧作業にもお呼びがかかったらしい。


「そっちはエースたちの件か?」


ガタイの良い体格から発せられる野太い声に、口元に蓄えられた大量のヒゲ。そしてピカリと光る頭をさすりながらこちらの用件を聞いてくる。


まさに絵に描いたような職人姿だが、これでも彼はレイン商会の幹部の商人だ。


「ええ、そうです」


「……そうか、まあそんな辛そうな顔するな。気追い込むことでもないぞ」


「えっ?」


そう言われてとっさに顔に手が行く。そんなに辛そうな表情をしていたつもりはなかったし、実際辛いとも感じていない。エースたちとのことに限らず、ギルドのメンバーが突然いなくなることは茶飯事だ。


「意外か?」


「ええ……そんな風には感じていませんよ」


はぁ、とバートさんが一息吐く。そしてゆっくりと宥めるように話し始めた。


「エースたちより長い付き合いのやつは今ギルドにいるか?」


「いや、いませんね。強いて言えばラットぐらいです」


「じゃあ今のデトラにお前より強いやつは?」


「いないですよ」


「そうだろうな」


そしていくつか問答を繰り返す。なんだか尋問を受けている気分だ。全てが終わったところでまた一息吐き、バートさんは結論を話す。


「エースを斬ったことは聞いてる。でもそれだけじゃない。なんだかんだお前はエースとフィナを頼っていたんだ。これまで生きてきてお前より強いやつが何人いた? そしてそのうちの何人が無条件で味方だと言えた? その依り代がなくなったんだ。そりゃ不安にもなるし、辛いだろ」


言われてみて確かにそうかもしれないと思ってしまった。エースたちとは特別仲が良かったわけではない。しかし、ギルドという制約がある以上は敵になるはずもなかった。


生まれてきてから今まで俺より強いと感じた人間は少ない。片手で十分数えられるくらいだ。その中でもエースとフィナはとびぬけていた。序列戦で戦った時、これが本物か、と思ったものだ。


両親が死んでもう十数年が経つ。それからだったか、人に頼るのを辞めたのは。両親という盾を失ったときに都合よく表れたエースたちを無意識のうちに新しい盾にしていたのかもしれない。


デトラほどの大きいギルドになるとそれなりに大きな会合や会議に招宴されることは珍しくない。これまではそのほとんどをラットとエースたちで参加していたが、今後は俺に回ってくるだろう。


肉体的にも精神的にも今後、俺の負担は増え、人付き合いも多くなる。そういった面倒なことから目を背けていたが、バートさんの言葉でこのことを自覚させられた。


俺の中で渦巻いていた罪悪感とプレッシャーが重なり、結果『辛そうな表情』が生まれてしまったのだと思う。


「……困ってることがあったらなんでも相談してくれや。力になるぜ」


黙りこんでしまった俺を気遣って優しい言葉を投げかけてくれるバートさんに感謝した。照れくさそうに言うあたりが実に彼らしい。


「ありがとうございます」


忘れずにお礼を伝えると、じゃあなと一言だけ残してバートさんは人込みの中に消えていった。少しだけすっきりしたような気がする。ファントでの一件以降こうしてギルド内のことを話せる機会がなかった。


翌日。早朝にフォートを出発した。予定としてはエースたちの逃走経路を予想して、それを辿るということだ。


プレスト付近にいることはわかっているが、情報が入ってからすでに二日経っていることを考えるとまだプレストにいるとは考えにくい。


来た道を引き返すということも有り得なくはない話なので、上層部はこういう結論に至ったようだ。


というわけでエースたちが逃げたであろうエリシアの街オリハに向かい、そこからプレストに行く予定だ。どのみち直接プレストに行くにしても、山越えをしなければならないため、そこまで距離に差はない。


現在、風魔法を全員が使い疾っているわけだが、予想通りとても遅い。シャドウとハイリはともかく騎士団の残りの二人が付いてこられてない。


仕方なく速度を合わせてはいるが、これではプレストに着くまでどこほどかかることやら分かったものではない。


予想外だったのはハイリが相当な実力者だということだ。ハンズの息子ということで期待はしていたが、予想以上にできる。


年齢はおそらく年下だろうが、俺とシャドウの速さにギリギリではあるが食らいついてきていた。俺とシャドウについてこられている時点で及第点だ。


「なぁ、もうちょっと速度上げていいか?」


いくらなんでも遅すぎると思い、一旦止まって振り返り、例の二人に声をかけた。遅れて止まった二人は肩で息をしている。


ハンズの野郎は監視役としてこの二人を付けたのだろうが、実力が足りなさすぎる。


「ま、待ってくれ……す、すこし休憩しないか……?」


「はぁ……」


でかいため息がためらうことなく口から漏れた。騎士団の平均的なレベルは知らないが、この依頼を受けている時点で中堅以上ではあるだろう。情けないな。


「ここまでできるとは思ってなかったぞ」


木にもたれかかり、こちらも疲れた表情のハイリに、給水用の魔法飴(マジックドロップ)を渡す。魔法で水を固めて作られた飲み物だ。


「精一杯ですよ」


苦笑いしながらハイリが答える。そうはいいつつも、まだ余裕が感じられた。


「お前、もう鎧はいらないんじゃないのか?」


通常、魔法の練度が一定以上に達すると鎧は必要なものではなくなる。理由は簡単で、魔法による防御が鎧よりも効率的になるからだ。その結果、動きが制限されてしまう鎧は邪魔なものでしかなくなる。


無論、防御力だけなら魔法と併用した方が高い上、保険にもなるが脱ぎたがるものがほとんどだ。


「騎士団員ですからね。脱ぎたくても脱げませんし、僕は脱ぎたくないです」


話の前半は理解できるが、騎士団の規則がなくても脱がないとハイリは言う。


「なぜだ?」


「僕は騎士に憧れてるからです」


恥ずかしげもなく、キラキラした笑顔でそう話すハイリにどこか懐かしいものを感じた。昔母さんにおとぎ話を聞かされたとき、同じようなことを考えたことを思い出し頰が緩む。


ハンズの息子なら仕方ないか。小さい頃からハンズを見て育ち、おそらくは師でもあるのだろう。


「……笑わないでくださいよ」


俺が笑ったのが馬鹿にされたと思ったのか、困り顔で今度は恥ずかしそうにハイリがたしなめてくる。


「いや、別に馬鹿にしたわけじゃない。ハンズの影響か?」


「無いといえば嘘になります。最初はそうでした。……でも今は違う。はっきり自分の意志で強くなりたい、父のようになりたいと思っています」


「そうか……すごいよ、お前」


つい、本音が出てしまう。はっと気づくがもう遅い。ハイリの纏う雰囲気に流されてしまった。デトラに入ってから長らく忘れていた純粋な気持ち。みな最初はヒーローに憧れ、そうなりたいと願うものだ。


それが年を重ねるごとに変わっていく。俺もその例に漏れることなく、いつのまにかヒーローを目指すのをやめた。意外だったのかハイリは瞠目し、固まっていた。


ただそれも一瞬だけ。すぐに表情を崩し、右手を前に差し出してきた。


「今なら、どうですか?」


昨日は無視したが、今なら握れそうだ。差し出された手に嫌悪感はなかった。


「いいぜ」


ハイリの笑みに釣られて自分の頬が緩むのを感じた。普段の俺なら気持ち悪がるが、この好青年のまっすぐな気持ちにあてられて今は気持ちがいい。ためらうことなく俺はハイリの手を握った。


「改めてよろしくな」


「ありがとうございます。こちらこそお願いします」


さてそろそろ時間だろう。あの二人組はまだ休みたがるだろうが、言うことを聞いていたのでは今日中にオリハに着くことは無理だろう。プレストまでは急いでいかなければならない。


「行くぞ」


その場にいる全員に聞こえるように声をかけ、一団は再びオリハへの道のりを進み始めた。


結局この日にオリハの関所をくぐることはできなかった。これなら馬車でも使った方が速かったが、いっても仕方ない。


つまり野宿ということになるわけだが、サポーターを雇うこともしてなければ、必要なものも揃ってないため、かなり簡素なものになる。


洞窟があれば楽だったが、あいにく周辺には見当たらない。木がひらけた場所で火を焚き、暖を取っているところだ。


「ええ、ですからまだオリハにはついておりません。……ええ、そうです」


隣では騎士団の一人が魔力結晶を使ってハンズに報告していた。昨日も宿舎で報告していたようだが、普通に考えて内容は隠すべきだと思う。断片的な情報でもある程度内容は推測できた。


「おい、ちょっと変われ」


半ば強引に魔力結晶を奪い取り、目の前に持ってくる。会話していたやつが睨みつけてくる気がしたが気にしない。中には特殊な液体が入っており、魔力と反応して綺麗な青色を帯びている。フォートの時にラットから渡されたものよりも一回り大きく、高価なものだ。


『フランク・ノーランか?』


「ああ、そうだ。一つ頼みがあるんだがいいか?」


「聞くだけは聞いてやる」


「騎士団の二人を外してくれ。足手まといだ」


俺の言葉に二人が驚き、顔をゆがめた。彼ら自身騎士団としてプライドを持ち、また騎士団内ではそこそこの実力者なのだろう。この任務に就いてから俺に傷付けられ続けているプライドがそろそろ限界なのかもしれない。


『…………』


俺の頼みに対してハンズは何も答えない。いや答えられないのかもしれない。


「そもそもなんでこの二人を付けた? 実力不足だとわからなかったのか?」


『上からの命令だ。二人にはそのまま任務を遂行させろ』


「この二人がいたんじゃエースたちに追いつくことすら無理だぞ? まぁ、俺は金さえもらえればなんでもいいけどよ」


『…………』


ハンズが再び押し黙る。しばらくして渋々といった感じで話始める。


『わかった。今夜中に報告だけはしよう。結果は明日の朝、連絡する。ケインに変われ。報告を続けさせろ』


その言葉に真っ先に反応したのはさっきまでハンズと会話していた騎士団の一人――ケインと呼ばれた大男だった。


「もう、我慢ならん……フランク・ノーラン、私と戦え!」


激昂したケインが腰に差した剣を抜き、刃先をこちらに向けてきた。こうなるかもしれないとは思ってはいたが、これはこれでありがたい。むしろかなり我慢したほうだろう。さんざん馬鹿にされてきたやつに負ければ嫌でも納得してくれるはずだ。


そうすれば自ら外れると言い出してくれるかもしれない。


「勝てると思ってんのか? ただそんなもん向けられちゃしょうがねぇな」


対抗して俺もソードを手に取った。もう一押しだ。鞘からソードを抜いてソードは地面に置き、鞘のほうをもってケインに向ける。


「ほら、こないのか?」


「ふ、ふざけるな!」


「おい、やめろ!」


「ケイン隊長!」


今の状態ではどんな安い挑発でも乗ってくれるだろう。シャドウとハイリの静止を振り切って、ケインは気持ちを乗せるように大振りで切りかかってくる。


鞘といっても金属で作られているため簡単には壊れない。繰り出される剣撃を適当に流していく。


騎士団員のほとんどは魔法よりも剣を得意とし、どちらかといえば接近戦を好むものが多い。ケインも例にもれず、魔法よりも剣が得意なようだ。


しかし実戦においては魔法の有用性は高く、これは騎士団の弱点となっている。魔導士団が存在し、剣と魔法を分けている時点でナンセンスだ。


「……はぁ、はぁ。な、なぜ攻撃してこない」


先が見えず、ケインは剣を止める。一日の疲れもあってか、かなり辛そうに肩で息をしていた。


「このままやってれば自滅してくれそうだからな。敵から一度も攻撃されずに敗北なんて屈辱的だろ?」


なんだかすごく悪役のようなことを言っているような気もするがこの際どうでもいい。このままだと追いつくことすらできないとハンズに言ったのは本心だ。


依頼の報酬は前金も受け取ってはいるが、当然成功報酬がメインとなる。今回みたいな賞金まで出ている依頼の金額は他のものの比ではない。ターゲットに接触すらできませんでした、では全く報酬がでないだろう。


「殺してやる……。殺してやるぞ!」


明確な殺意を宣告し、再びこちらに駆けてきた。ここまで風魔法以外の魔法は使っていなかったケインだが、今度は違うらしい。


「ファイア!」


詠唱から繰り出された火属性魔法を剣に込める。完成したのは炎を纏う炎剣だ。


「へぇ……なかなかの魔力操作だな」


それなりの術者でなければ武器への魔法付与はできない。剣の形状上、魔法道具マジックアイテムとは違い、魔力をためておく機構を内部に作ることはできないからだ。


よって術者自身が自分でコントロールしなければならなくなり、魔力操作が大切になる。剣という媒体はあるため、瞬間的な付与自体はそれほど難しいことではないが、持続させるためにはかなりの練習が必要だ。


ケインはしっかりと持続させることに成功している。だが残念ながら、それは俺の得意分野だ。


詠唱はせずにケインの魔法より少しだけ強めに、鞘に炎を纏わせる。魔法が付与された武器は攻撃力が桁違いに上昇するため、さすがになにもしない状態で受けるわけにはいかない。


お互いの武器がぶつかり合い、金属音が周囲に響き渡った。


今度は流さずに受け止めた。そして次の瞬間には鞘と接触した部分が融解し、それに気づいたケインはとっさに剣から手を離す。


手を離したのを確認すると俺はケインの左側にでて、腹部に鎧の上から風魔法を纏った蹴りを入れた。


その場に踏ん張ることは叶わず、宙に浮いた体は力に逆らえずに後方に吹き飛ばされる。そして木にぶつかったところでようやく止まった。


「足手まといの理由がわかったか? ……聞こえてないか」


剣を拾い上げ鞘に戻しながら話しかけるがどうやら既に意識はないらしい。


「……すごい」


ぼそりと呟いたハイリの声が耳に届き、少し誇らしい。


地面に置いていた魔力結晶を拾い上げるとまだ液体は魔力と反応して蠢いていた。使用中のサインだ。


「報告頼むぜ」


『……分かった』


最後まで納得していなさそうなハンズだったが、ここまですれば嫌でも外さざるを得ないだろう。


大方ハイリのことを気にかけて渋っているのだろうが、依頼の遂行のためとなれば従ってくれるはずだ。


「お前もやるか?」


これまで傍観を決め込んでいたもう一人に問いかける。返事は容易に想像できたが、聞かないわけにもいかない。


「……いや、遠慮しておこう」


予想通り引いてくれた。今日一日ケインよりも遅れていたことから、おそらくこの男はケインよりも弱い。目の前でケインが倒されるのを見せつけられて挑む気にはならないだろう。


腰に取り付けたカバンのポケットから魔法飴を取り出し、一つ口に入れる。


こうして日暮れのちょっとした宴は幕を閉じたのだった。



石を基調に造られたその建造物は近くに来れば来るほど、その存在感を強めていった。目の前まで来ると天辺を見ることが叶わない程度には高く、見上げていると首が痛くなりそうだ。


"塔の教会"――大陸を代表する宗教で歴史は長い。アーダントにいたころの知り合いにもたくさん入信者はいたが、あまり良いイメージはない。


たいていは精神的に追い詰められた結果に入信した者が多く、人格者といえるような人間は限られているからだ。


といっても俺の偏見だが。接する機会のあるほとんどは下流区画の人間だったため、偏りがあったのかもしれない。


目の前にある階段を上って、開放された両開きの巨大な扉をくぐり、中に入る。ガラスで装飾された窓や、規則正しく綺麗に並べられた椅子が空間の厳かさを醸し出していた。


そしてなによりも目につくのは、目の前にある女性が大きな蔓のような樹木を抱えた造形の巨大な像。女神像と呼ばれる"塔の教会"のシンボルだ。


女神像の前ではかなりの数の信者たちが礼拝に来ており、両手を握りしめる形で目を閉じ、膝を床に付け、祈っていた。


その横に佇む一人の女性がいた。いわゆる修道女(シスター)と呼ばれる人だろうか。俺が入り口付近で立ち尽くしてるのを見つけ、こちらに寄って来る。


「いかがです? あなたもこちらに来ませんか?」


相手を包み込みあらゆることを許してしまうようなとても優しい声色だった。整った顔に淑やかなふるまいがそれに拍車をかける。


そしてその美貌に思わず見とれてしまう。何も返事をせず立ち尽くす俺を不信に思ったのか、修道女はまた声をかけてくる。


「なにやらお疲れのご様子ですね。良かったら少しお話しませんか?」


「……えっと、じゃあお願いします」


誘導されるがままに、並べられた長椅子の最後列に腰かけ隣り合う形で座わる。またもや沈黙が二人の間に流れるが、修道女は笑顔のままじっとこちらを見つめていた。


「自己紹介がまだでしたね。私はマリアと申します。お名前を伺っても?」


「えーと、クラークといいます」


これまでは事あるごとに親父の名前を偽名で使っていたが、もうそういうわけにいかない。捕まった事で名前が公表されている可能性があるため、別の名前を使った。


「ここへは旅かなにかで来られたのですか?」


「ええ、そんなところです」


適当に受け答えるがあまり長くは話したくない。どこかでボロがでそうだ。マリアさんが俺の顔をじっと見つめてくる。とても恥ずかしい。


「何か迷われていますね」


「……そうかもしれません」


協会という場所がなぜ支持されるのか少し理由がわかった気がする。彼女たちの笑顔は穏やかで、なにもかも話したくなるような雰囲気を纏っていた。


もしかしたら目の前にいるマリアさんが特殊なのかもしれないが、教会の雰囲気も合わさって何を話しても許してもらえそうな気がしてくるのだ。


「なるほど、話しにくいお話なのですね」


少しの核心を突いてくる言葉に、瞠目しかけるがなんとか我慢する。


「なぜそう思うんですか?」


聞き返すとマリアは申し訳なさそうな表情を作って答えてくれる。


「それだけはぐらかされれば分かります。ここにいらっしゃる方は皆そうですから。それに長い間こういうことをしていますから、なんとなくわかるものなのですよ」


目を伏せて話すマリアはこれまでのことを回顧しているようだ。たしかに教会に来る人が悩みがないなんてことはありえないだろう。


「自分の選択に自信が持てない……そんなところですか?」


マリアさんは悩み事がなんなのか詮索してこなかった。きっとこれまでの経験を踏まえてそうした方が良い結果に繋がると知っているからだ。


「その通りです」


「そうですか」


たった一言、それだけだった。何かアドバイスが貰えるだろうと期待していた自分がいて、拍子抜けしてしまう。


「それだけですか?」


そして気づけば言葉として出ていた。誰かに肯定して欲しい、そんな気持ちに気付いてしまう。心の片隅に追いやっていた不安が、態度として出てしまっていた。


俺の反応を予想していたかのように、クスッと口元に手を当ててマリアさんはまた優しく笑う。


「私たちの役目はなんだと思いますか?」


“宗教の役割”とはなんだろう。信者が何を求めているのかを考えるが、行き着いたのは今の自分が何を求めているかを答えることだった。


「役目……なんでしょう。“導くこと”ですか?」


俺の答えに対して、マリアさんはゆっくりと首を横に振る。どうやら間違っているらしい。


「いいえ。私たちの役目は“許すこと”です」


「……なるほど。言われてみればその通りですね」


これから起こる事への助言なら占い師にでも任せればいい。協会の役割は結果に対する許しを請うものに対して許しを与える事だ。


つまり協会の役目は“共感による自責の軽減”といったところか。


そう思うと自分勝手な行動だったな。俺がここにいるのは場違いだ。


「俺がここに来たのは間違いでしたね」


少し考えれば分かることだったのに、自分の甘い気持ちに従って行動してしまったのが少し恥ずかしい。


「いいえ、そんなことはありません。選択肢が増えたんです。全て終わった後に必要でしたらまたいらしてください」


ここに来たのは間違いじゃなかったと、マリアさんは否定してくれる。自分の心が温かくなるのを感じて、予想以上に弱っていたことを自覚した。


フォートからここまで色々あったせいだろう。


「……ありがとうございます。失礼します」


お礼を言って立ち上がり出口に向かおうとするが、俺の袖を引っ張る力によって阻止される。


当然その力の主はマリアさんだった。


「……仕事上そういった助言はしておりません。なので今から言うことは私の独り言です」


そこまで言って一旦区切り、俺の後ろに並ぶ形でマリアさんも立ち上がる。そして袖をつかんでいた手でそのまま下に辿り、俺の右手を掴んだ。


「大丈夫です。あなたの信じた道を進みなさい」


その力強い言葉に救われたような気分になる。今までどこに潜んでいたのかもわからない根拠のない自信と、強い意志が湧き出てくる。


改めて彼女の持つ力とは絶大なものなのだと感じ、心の中で感謝した。


「……」


マリアさんの顔を見れなかった。見てしまえばまた縋ってしまいそうで。ずっとマリアさんに甘えてしまいそうで。


無言のまま、再び歩を進める。今度は後ろから引っ張られることはない。お互い無言のまま、俺は教会の扉をくぐった。


外に出て市場で買った指輪をポケットから出す。それぞれの指にはめてみる。ピッタリ一致したのは左手の小指だった。

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