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ユグドラシルの天啓  作者: hosiume
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二章 追撃。③


どれくらい歩いただろうか。路地という路地をひたすら左右に曲がり続けた。中流区画からはすでに相当離れた筈だ。すでに自分たちがプレストのどの位置にいるのかは分からなくなっていた。


「まだ着かないのか?」


「モウチョットヨ」


このやり取りもすでに数回繰り返している。別に俺は自分のことをせっかちだとは思わないし、周囲から言われたこともない。そう言いたくなるくらいの距離と時間を歩き続けているということだ。


「今度コソ、モウチョットヨ」


「だといいんだけどな」


おれの考えていることを読み取ったのか、前を歩く女性――もとい、チャンは励ますように声をかけた。


「ツイタヨ」


返事をしてから本当にすぐだった。一軒の小さな、しかし辺りにある他の建築物と比較すれば比較的新しい、こじんまりとしたカフェの前でチャンは立ち止まった。


その風貌はデトラのギルド本部とよく似ていた。違いとしては店先に数個並んでいる椅子と机のセットが、その役割を果たすべく客を待っているということくらいだ。


そしてそのまま、入り口前にある階段を登り、俺たちを待つことなく中に入っていった。


「いこっか」


「ああ」


フィナが少し眉を曲げて、不安そうな笑顔を無理に浮かべながらも声をかけてくれた。短く返事を返して足を階段にかける。


ドアに手をかけ、ゆっくりと押す。半分くらいまで開けたところで身体を店内にいれ、フィナもそれに続いた。


「――ああ、協力してやるよ」


中に入った瞬間、真正面にあるカウンター席の奥に立つ男の声が聞こえた。


どうやら魔力結晶を使って誰かと話し終えたところのようだ。俺たちを一瞥するとカウンターから出てきて、いつのまにかカウンター席に座っていたチャンの横まできて立ち止まった。


「こんなに若いお客さんは久しぶりだな。はじめまして。私はスラック。スラック・エルスタだ」


低い、というわけではないがその声には男性特有の渋みがある。高い身長に服の上からでも体つきが引き締まっているのが分かる。綺麗に整えられた顎鬚を撫でながら、スラックと名乗った目の前の男は自己紹介をした。


店内をくるりと見渡す。今の時間はもうお昼を回った頃だろう。にも関わらず閑散としている店内に違和感を覚える。


一般的にこういった集会所の類は夜の方が賑わうのは当然なのだが、それでも一人も客が入っていないというのは普通ではない。


逸らしていた目をスラックの方に戻して口を開こうとしたが、見計らったようにスラックは口を再び開いた。


「アーダントのフォートで騎士団の一団、及びギルドデトラの自身らを除く序列上位者と戦闘。負傷しながらもなんとかエリシア南西の街、オリハへ逃げ切る。回復後、二日間かけて今いるプレストへ到着……か」


「な、なんで……」


その先は言葉にならなかった。ぞわりと、背筋が凍りつく。とんでもない大きな間違いを犯したときの感覚。全身のあらゆる器官が一斉に危険を告げてくる。隣でフィナが凍りついてるのが手に取るようにわかった。いつでも、どんなことにも、対応できるように腰に差しているソードに手をかけ、俺は身構えた。


「ようこそ、エース・スマイス君、フィナ・スマイス君」


全身から汗が吹き出し、たらりと頬から顎にかけて汗が流れたのが分かった。相手の目的、意図、計画、脳を総動員して考えを巡らせる。


「スラック!」


今までで押し黙っていたチャンがスラックを嗜めた。 俺たちを見ておもしろいものをみたような笑みを浮かべ、クククッとスラックが喉を鳴らす。


「いや、スマンスマン。悪気はないんだ。エース君、フィナ君、君達と話がしたい」


さきほどまで浮かべていた笑顔を少し崩して、微笑みながらスラックは言う。


「……話ですか」


「ああ、そうだ。話だ。君たちだってここで騒ぎを起こしたくないはずだ。私の話を聞く価値はあると思うのだがね」


構えた身体から警戒を解くことはない。自分達が置かれた状況はなにも変わっていないし、彼らが危険ではないという証明は依然まったくもって存在しない。そんな俺の様子を見て、頭を振るスラックがいよいよ本題を話し始めた。


「まずはそうだな……君達には感謝しているんだ」


突然なんの前振りもなく感謝すると言ってくるスラックに、俺は戸惑った。話の筋が全くわからない。彼との関わりは俺もフィナもないはずだ。


「感謝されるようなことをした覚えはない」


「そうだな、君たちに自覚はないだろうな。しかし私にはある。嘘じゃないぞ」


もったいぶる言い回しをするスラックに少し憤りを感じつつも、彼の話を待つ以外の手段がないのでおとなしく話し出すのを待つ。


「グルードギルド設立の阻止の依頼……覚えているか?」


次々と飛び出してくるスラックの予想外の言葉にもう動揺することもできない。状況が複雑すぎて考えるのすらめんどくさくなってきた。ここでグルードというワードがでてきるとは思ってもなかった。


「ああ、覚えている」


「いや、君たちがグルードから当分の生活資金を奪うためにプレストに来たことは知っているんだがね」


その言葉にチャンが我慢できずに吹き出した。なんなんだこの男は。完全にからかわれている。どうしようもできないのが煩わしい。俺の様子を伺ってスラックが再び口を開く。


「……冗談だ。そろそろ本気で怒られそうだからやめておこう。そうだな、こういえばわかりやすいか」


そこで一度言葉を切って、しかしスラックはすぐに続けた。


「俺が現グルードギルドマスター、スラック・エルスタだ。ようこそグルードへ」


これまでの経緯をピタリと言い当てられたことが衝撃的過ぎて、感覚が麻痺していた。驚くべき事実なのだが、すでにこれ以上動揺することはなかった。最初受けた衝撃が少しずつ落ち着き、冷静に話を聞ける状態くらいにはなってきている。


「何が目的だ。なぜ俺たちに接触した。感謝を言うためだけではないだろ」


「もちろんそうさ。感謝なんてついでのついでくらいだな。話の導入としては良い話だったろ?」


おどけた様子でスラックはそう言う。そして間をあけて、力を込めて険しい顔でこう言った。


「力が、力が必要なんだ。国を傾けるほどの、そうまさに――君たちのような存在のな」


「国を傾ける……」


その言葉の意味は重い。国というものがどれだけ強大か。傾けるという行為にどれだけの犠牲が必要か。無謀とも言える試みであり、デトラほど大きいギルドならまだしも、グリードのような一ギルドが行おうとしているのは普通ではない。せいぜい騎士団の一部を倒してそれでおしまいだ。


「立ち話もなんだ、座らないか?」


いつのまにか準備していたコーヒーをチャンが近くの丸いテーブルへ運ぶ。俺たちに選択肢はない。大人しく一番近かった椅子へ腰掛けた。


目の前に置かれたコーヒーから香ばしい匂いが漂ってくる。コーヒーの表面に映る自分の顔には心なしか疲労が見えた。


「エリシアの現状は良いとは言えない。お前たちもオリハを見たならわかるはずだ。重税、貧富の差、差別。今の王になってからは特にひどい」


基本的にどの国も王都以外の区域で区画分けは行っていない。アーダントならグランザード、エリシアならプレスト、ファントならエルフォートのみだ。そのため先の追撃戦のフォートや、逃げ延びた先だったオリハでは区画分けがされていない。


確かに王都から遠い都市とはいえ生活水準はかなり低かったように思う。


「それに個人的に今の国の役人達には借りがあってね」


これが本心。俺はそう思った。憎しみのこもった声だということがすぐにわかった。きっとその"借り"がスラックの原動力となっているのだろう。


「それで国を倒すために俺たちの力を借りたいと?」


「ああ、そういうことだ。もちろん君たちにも悪い話じゃない。俺たちに協力してくれるならギルドグルードは君たちの保護を約束しよう」


ためらうことなくスラックは肯定する。加えて俺たちにメリットを提示し、協力させやすいように条件を出してきた。


「エース……」


隣に座っているフィナが心配そうな表情を貼り付けて声をかけてくる。この提案に乗るべきかどうか。俺の中で答えは決まっていた。


「断る」


人間に裏切られ、殺されかけてまだ信頼するやつがいるだろうか。ましてやあったばかりで素性もわからず、人間性もまったくわからない。保護をするなんていう口だけの約束に一体なんの意味があるだろうか。仮に書面で契約し、約束したとしても魔人の俺たちに対して、その契約が守られる保証などどこにもない。


加えてすでに次の目標として、俺たちの抹殺を考えている依頼主を潰すという目標がある。こんなところでよく知りもしない国のために命を懸ける意味がない。こうしている間にもアーダントの追手は情報を集め、俺たちの居場所を突き止めようと躍起になっていることだろう。


「ふむ……そうか。しかし、ここで今から君たちを捕まえようとしてもいいんだぞ?」


がっかりする様子もなく、想定していたように頷く。そして今度は脅しか。


「構わない。そっちがその気ならこっちも受けてやる。得体のしれない連中に協力するよりよっぽどましだ」


クククッとさっきもしたように、スラックは目を瞑りながら喉を鳴らした。彼の癖だろうか。


「人間も愚かなことをしたものだな」


一言ぽつりとそれだけ呟いて再び押し黙る。数秒の静寂の後。口を開いたのはまたしてもスラックだった。


「いいだろう。君たちが俺に協力する十分な理由を教えてやる」


一つ大きく息を吐き、覚悟を決めたようにスラックは続けた。


「君たちの父親――カイト・スマイスはまだ生きている」


とんでもない言葉だった。すでに死んでいる者への侮辱。放たれた言葉の意味を理解したと同時にふつふつと心の奥から怒りが沸いてくる。そしてその感情に呼応するように、体が反応し口を開きかけたが、それは実行される前に遮られる。


「ふざけないで!」


ガタリと音を立てた椅子と同時に、フィナの叫び声が静けさを保っていた室内に響く。こんな風にフィナが明確な怒りの感情を表に出すのは珍しい。それだけフィナと親父は仲が良かった。親父はフィナを溺愛していたし、フィナもまた親父のことを愛していた。叫んだ声には、怒り以外にも悲しみの感情も混ざっていたように思えた。


そんなフィナの様子をじっと見つめるスラック。フィナが肩で息をしているなか、少し落ち着いたと判断したところで再び口を開いた。


「『いつかきっとみんなが仲良く暮らせる時代がくる』」


その言葉に俺もフィナも瞠目するしかなかった。普段家にいなかった親父が、時々帰ってきたときに俺たちに必ず言った言葉。関わりがなければ知りようのない言葉。


ただただ呆然とする俺たちは、時間の流れに任せてスラックの言葉を待つことしかできなかった。


「カイトの口癖だった。といっても俺は彼に三回しか会ったことがないのだがね。それでも事あるごとに言っていたのを覚えている。そしてひと月前に急に俺の前に現れた」


言い終えるとスラックは空になったカップを持ち上げ、カウンター席の方に歩を進める。テーブルの上にある容器を傾けて、コーヒーを継ぎ足した。


「そして、だ。つい一日前だ、例の魔人が捕まったとプレスト中に噂が走ったのは。最初は耳を疑ったがね。事情を聞いて察しがついた」


ため息交じりに話しながら、スラックはおもむろにテーブルの上に置いていた一枚の紙を持ち、俺たちの前に滑らせる。


「君たちの手配書だ。ご丁寧に似顔絵も付いてる。エース君、君をこの目で見るまで信じられなかったがね、たしかに君とカイトはよく似ている」


十年前を最後に親父の姿は見ていないが、成長にあわせて俺の顔は確かに似てきていた。手配書に描かれた似顔絵は、そっくりとまでは言わないが特徴を的確に捉えていて良い出来といえるだろう。


「魔人の魔力の質がどれくらいのものなのか俺にはわからないが、すさまじいのだろうな。俺が最後にあったときのカイトの顔と今の君の顔、俺でさえ大差ないと思ってしまう」


質の高い魔力は老化を防ぐ。すでに周知されている魔力の性質だ。それ故に目の前にいるスラックの大体の年齢でさえわからないのだ。十歳や二十歳の差はその個体が持つ魔力の質によって簡単に埋められてしまう。


「死んだはずの魔人がアーダントにいるのが見つかれば騒ぎになると思ってエリシアに来たのか、それとも全く違う別の理由があったのか。


あいつのことだ、エリシアに来てからも人間とよく交流していたのだろうな。そこにその手配書だ。通報されたとしてもなんら不思議はない」


もし――もし本当に親父が生きているのなら。そんな考えが頭をよぎる。そんなわけない、生きているならなぜ俺たちに会いに来てくれなかったのか。両親がいなくなったとき俺とフィナがどれだけ不安だったか。


「魔人の噂は外で少し聞けばすぐに事実かどうかわかるだろう。俺を疑うなら聞いてくればいい」


何か言いたそうな顔の俺を見て察したのか、スラックはおどけてそういった。


「カイトはおそらくアーダントまで護送される。それを君たちたちがどうするかは自由だが……アーダントの魔人の扱いについては俺よりも君たちの方が詳しいだろう」


十年前すでに少数になり、国から厄介払いされたことに加えフォートの一件のこと考えるとその扱いは良いものにはならないだろう。


「何も信用しろとは言わない。だがもし協力してくれるなら、目標は同じだ。俺個人としてもカイトには借りがある。君たちがその気ならサポートもしよう。もちろんさっき言った身柄の保護も約束しよう」


再び提示される提案が今度は魅力的なものに聞こえてしまった。俺としては、そして当然フィナも同じ意見だと思う。親父をこのままにするわけにはいかない。スラックの言っていることが真実であるかどうかはまだわからないが、彼の言う通り、事実かどうかは確認すればすぐわかることだ。


そんな簡単にばれてしまう嘘を吐く理由は彼にはないだろう。


「一か月前、親父はなんであんたに会いに来たんだ?」


「さあな。死んだと聞いていたからな、俺もかなり驚いた。特に何も言われなかったさ。たわいもない近況報告をしたくらいだ。元気にしてるか、とか今は何してるんだとかな。そしてすぐに去った。ただ一つ、去り際にやることがあるとは言っていたな」


やること――そのために親父はプレストまできていたのだろうか。どちらにせよ今考えてわかることではない。目的も含めて本人に聞くほかに、知る方法はない。


「……協力しよう。だが信用はしない。いつでもお前たちを殺せることを忘れるな」


今俺はどんな顔をしているのだろうか。自分でも感情がよくわからない。利害関係の一致。俺たち二人だけでもカイトを助けることは可能かもしれないが、協力者がいたほうが当然確立はあがる。


スラックのことは当然まだ信用できないが、親父とも少しとはいえ交流があるようだしこの件に関して言えば、協力者としてはこの上ない条件かもしれない。俺たちのここに来るまでの動向を常に把握していた情報収集能力にも期待ができる。


「ああ、今はそれで構わないさ」


立ったままテーブルに体を預けていたスラックが俺に歩み寄り、手を前に差し出してきた。


「これくらいはいいだろ? 最低限の礼儀ってもんだ」


協力すると決めたのにもかかわらず、差し出された手を握っても良いのか迷った。もちろんすべての人間が俺たちのことを利用したり殺そうとしたりしてこないことは理解している。グランザードで仲の良かったみんなはきっと俺たちのことを心配してくれているだろう。少なくとも俺はそう思っている。


しかし目の前にいる人間は別なのだ。俺たちを利用し、最終的には拘束され引き渡される、そんな最悪のシナリオも考えられるのだ。もちろんそれを許す気はないが、状況が今より悪化する可能性は高い。


もしスラック達を殺して逃げた場合、一般的な世論までもが魔人排除の動きになってしまう。フォートの時のように戦場で殺すのとはわけが違う。現状ではまだ一部の賞金稼ぎや、依頼を受けたギルド、そして一部の騎士団くらいしか動いていない。


不安や恐怖。それがすべての民間人の畏怖の念を掻き立てる。これは非常に厄介だ。


一度は断ったという事実がなおさらに判断を鈍らせる。


「エース」


そんな俺の心中を察してか、フィナが隣から声をかけてきた。先ほどまでとは違った決意が宿った目。驚いた。フィナが自分の意見を強く出すことは珍しい。珍しいというかこれほど押してくることは10年前の一件があってからは初めてかもしれない。


その決意に満ちた目に、背中を押される。気づけば俺は椅子から立ち上がってスラックの右手を握っていた。


「よろしく頼むよ」


「よろしく……お願いします」


スラックはなんというか魅力的な人間だと感じた。人を惹きつける何か、そういうものを持っている。少し話しただけだが、今のところ悪い印象はない。


そんな印象が原因か、俺の口からは自然と敬語が出ていた。


「おいおい、そんな畏まらないでくれよ」


そんな俺の口調を聞いてスラックは困ったような苦笑いを浮かべる。 信用しないと言っておきながら、多少なりとも心を開こうとしてしまっている自分の心に俺はふと気づいてしまった。


そしてすぐさま訂正する。


「ああ、そうだな……そうさせてもらう」


聞きたいことは山ほどあるが今日はもうこれ以上は難しそうだ。精神的な疲労が限界に来ていた。これ以上聞かされても記憶残りそうにない。


「改めて、ようこそグルードへ」


そう締めくくり、スラックは踵を返してカウンター席の向こう側、キッチン側に入っていく。奥にある両開きの間仕切りをくぐりながら、振り返って一言チャンに声をかけた。


「チャン頼むぞ」


スラックの言葉にチャンが首肯する。


「コッチヨ」


椅子に掛けていたチャンが立ち上がり、誘導してくれる。木製の扉の奥は本格的なキッチンとなっていた。魔法による火や水を制御してくれる魔法道具[マジックアイテム]がいたるところで見られた。


その厨房の奥――入り口から見れば対角の位置にさらに扉が設置されている。扉が開いていることからおそらくスラックはこの中に行ったのだろう。


扉の正面まで来たとき俺は違和感を覚えた。


「階段……?」


扉の奥に部屋はなく、そのまま下に伸びる階段が設置されていた。その中は暗く、ところどころに魔法道具[マジックアイテム]による明かりがついているのは見えるものの、階段が伸びた先にあるはずの終点は見えない。


「イクヨ」


先を行くチャンの合図で止めていた歩を再び進める。丸まった天井に人が二人並ぶとギリギリ通れないくらいの幅。コツンコツンとチャンが履いているヒールが石造りの階段と綺麗な音を奏でていた。終始無言を貫く俺たちが、一分ほど歩いたところでようやく階段の下に広がる空間が露になる。


「これって……」


後ろを歩いていたフィナが瞠目しながら呟く。その空間の床以外が金属で覆われ、階段の中と同様に円形の天井が地下の空間を支えていた。一見密閉されきった場所に見えるが、換気用のダクトと思われる小さな小窓がところどころに散見される。


階段を降り切った場所からまっすぐに伸びる三十メートルほどの通路の左右に四つずつ、計八個の扉が設置されていた。


スラックはすでに左奥にある扉を開け、中に入っていく姿が見える。あとを追うチャンのさらにそのあとを俺たちも付いていく。金属に覆われたその空間の中で、扉と床だけは木製なため異質なものに見えてしまう。


中に入ると部屋の中央には大きなテーブルと八つの椅子。部屋を囲うように置かれた本棚にはぎっしりと紙が詰まっていた。今部屋の一番奥の椅子にスラックが腰掛け、そしてテーブルを囲うように左右に一人ずつ女性が座っていた。スラックの後ろ側には大きな黒板があり、いろいろと書かれている。視線を一斉に受ける中、最初に口を開いたのは俺たちから見て右側に座る女性だった。


「賭けには勝ったってことでいいのかい?」


俺たちに向けていた顔をスラックの方に向け尋ねる。振り向きざまに頭の後ろで一つに結んだ髪が左右に揺れる。


「まぁそういうことになるな」


そしてもう一方の、俺から見て左側に座る女性――もとい女の子もまた俺たちの顔かに焦点を合わせて逸らそうとしない。黒い瞳に黒い髪、そしてその顔立ちには見覚えがあった。


「……フランク?」


「……!」


終始無言、そして沈黙を貫いていた彼女に動揺の表情が浮かんだ。反応を見るにやはり関係のない話ではないらしい。


「スラック……今日はこの人たちと話させてほしい」


じっとスラックの方を見つめる少女には強い決意が見えた。


「いやな、アリア、今後のことも話さないとだな……」


「明日にすればいい」


間髪いれずに返答する少女――アリアにスラックは笑みを引き攣らせる。


「スラック、あきらめな。こうなったらアリアは聞きやしないよ」


「……そうだな」


ため息交じりに肯定するスラック。彼も気苦労が多そうだ。


「こっち」


いつの間にか椅子から離れてアリアは俺の隣に立っていた。俺の羽織っているローブの腕の辺りをちょこんと摘み、弱く引っ張っている。身長はフィナと同じくらいだろうか、年齢は俺たちより少し下くらいに見えた。


俺の袖を引っ張ったまま、出口である扉の方へ誘導される。一応スラックの方を一瞥したが止めるようなそぶりはなかったので、そのままアリアとフィナと部屋を出た。出てすぐ正面にある部屋の扉をアリアがあけ、中に入る。


簡素な寝具が左右の壁際に一つずつ並び、部屋の右奥には洗面台が壁に埋め込まれる形で設置されている。全体的には殺風景ではあるもののきちんと整理された部屋は生活するには快適な空間だと感じた。


「座って」


部屋の奥に置かれた丸机の近くにある二つの椅子に座るよう促される。俺たちが座ったのを確認してアリアはベッドに腰かけた。


「フランク・ノーランを知ってるの?」


焦るように。彼女は尋ねてきた。普段無口なのであろう彼女がここまで気になること。そして容姿が似ていることから、事態の予想は簡単につく。


「……知ってる。よく、知ってるよ。デトラの序列三位……いやもう一位か。ずっと同じギルドにいた」


「どんな人だった?」


「どんな……か。よく俺たちにちょっかいをかけてきて嫌味を言ってきてた。鬱陶しいとは思ってたけど、悪い奴じゃなかった……と思う。依頼も何回も一緒にこなしたさ。そして確かに、君に似ていたよ。……君はフランクの妹なのか?」


歯切れの悪い自分の答えに少し嫌気がさしたが、仕方ない。内容は彼女が欲しい情報だっただろう。彼女とフランクとのとの共通点を示す。そして俺は核心を聞いた。


「私は……フランクは私の兄。小さいころに生き別れてきりどこにいるかわからなかった。でも最近アーダントで強いギルドにいるって聞いてたけど、本当に兄なのかわからないの……死んだと思ってたから」


つい先ほど俺たちもしたばかりの体験を目の前の少女がしている。妙な親近感が沸き、不思議な感覚になる。


「図々しいのはわかってるけど、なにか証拠になるようなものは持ってない?」


普段はきっとこんなにも話さないのだろう。縋るようにアリアは聞いてくる。


「証拠か……」


困った。フランクがアリアの兄であるという証拠。デトラからは特に何も持ってきていない。今身に着けているものはほどんどが、オリハで買い揃えたものだ。アリアの言う証拠になるものは残念ながら持ち合わせていない。


そこまで考えてふと思いついた。


「証拠になるかはわからないけど……フランクに切られた傷口ならあるぞ」


四日前フォートで切られた傷はすでに治ってはいるが、傷跡は残っていた。固有魔法[ユニークスキル]で切られた傷口。アリアが判別できるかはわからないがこれ以外に可能性のあるものはない。


ローブを脱ぎ、服をまくる。若干隆起した傷跡は通常のものとは違い、綺麗な一直線になって真横に伸びている。その特徴的な傷口は見る者が見れば、その違いを確かに確認できるものだった。


そして俺の傷口を見たアリアは瞠目し、固まってしまう。


「お兄ちゃんの魔法だ……」


そして次の瞬間にはその綺麗な黒色の瞳から涙がこぼれる。嗚咽しながら涙を流すアリアをフィナが抱きしめた。声を殺して号泣する少女を俺は見守ることしかできずにいた。


それからどれくらい時間が経っただろうか。ずっと泣き続けていたアリアがようやく落ち着き、俺の方に向き直った。


「エースさん、お腹の傷のこと謝ります。本当にすみませんでした」


そしてペコリと深々と頭を下げた。ショートヘアの黒髪がたらりとたれる。


「もし次フランクにあった時、あいつが敵対してくるなら俺ももう手加減できない。殺すことになるだろう。そのことだけわかってくれ」


少し残酷だが、これも仕方ない。これは俺だけじゃなく、俺たちに協力しているグルードだって同じことだ。もしフランクが目的の達成のための邪魔になるのであれば戦わざるを得なくなるだろう。


「わかってます。そのときは私が説得してみせます」


そこにさきほどまでの泣き顔はもうなくなっていた。決意に満ちあふれた顔、目標を持った目だった。


「だから……自分勝手なんですけど、もっとお兄ちゃんの話聞かせてください」


優しい笑顔でにっこりとほほ笑むアリアは最初に抱いた暗い印象の少女とは別人に見えた。


そんな彼女を見て、フィナも釣られたかのようにほほ笑む。


そして時間は過ぎていく。裏切られた過去の仲間の話をするのはやはり、少しつらいものがあるが、しかしギルドとはそんなものなのだ。過去を振り返ればギルドのために理不尽な犠牲になったものは少なくない。フランクは仕事をしたまでなのだ。そのことを俺もフィナもわかっていた。


しかし、しかしそれでもやはり二度と信頼関係を築くことは難しい。そもそも信頼関係というほどの仲ではなかったのかもしれないが。


ただそういったしがらみは置いておいて、今ある事実は目の前にいる今の自分と似た境遇の少女が、屈託のない満面の笑みを浮かべている。そのことだけで俺はただ嬉しかったのだ。

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