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ユグドラシルの天啓  作者: hosiume
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二章 追撃。②

翌日、日が昇ったのとほぼ同時に目を覚ました。魔力の枯渇による気だるさはもう無い。部屋の隅に目を向けるとエースもすでに起きていた。


「よし、じゃあ行くか」


立ち上がって腕を上げ、背筋を伸ばす。ポキポキと小気味の良い音がした。外にでて周囲を見渡す。まだうっすらと暗い中、太陽が地上を照らそうと出てきているところだ。


グルードはエリシアの王都プレストにある。地図で今いる街と王都への距離を見る限りプレストまで二、三日はかかりそうだ。


当然馬車を頼む訳にはいかないため、自力で行くしかない。馬車が使えたとしても使わないけど。


「フィナ、魔法は大丈夫そうか?」


「うん、問題なさそうだよ」


「分かった。じゃあいつもの速さでいく」


言い終わるのと同時にエースが風魔法を使い、一気に加速した。廃墟街の屋根に飛び移り、北の方向に走っていく。私が気を失っていたのは一日だけだったが、なんとなく久しぶりに魔法を使ったように感じた。


一つ間違えば屋根を踏み抜いてしまいそうになるが、こういったことはもう慣れている。廃墟の中でも丈夫な部材を選んで足場にしていく。背の高い廃墟はほとんど無いため、見通しが良く街中が見えた。


グランザードを思い出して光景を照らし合わせるが、似ている部分はあまりない。都心から外れたこの街と比較しているのだから当然なのだが。


唯一目を奪うのは街の中心に存在する塔だ。


ほとんどの街にあるごく一般的なもので、教会として使用されているところがほとんどだ。毎日決まった時間に鐘がなって時間を知らせてくれる。


しかしやはりグランザードにあるものと比べると見劣りしてしまうが、それでも役割を果たすには十分だろう。


塔から目を離して前方を確認するとすでに街から外に出る関所が見えてきていた。


ここまで廃墟街が続いていたため遠慮なく屋根を渡ることができたが、そろそろ一般の民家が並ぶ地区に入りそうだ。王都のように明確に区分けはされていないため、大体の感覚で判断する。


「フィナ、降りよう」


「りょーかい」


エースの合図で2人同時に地面に降りた。暗い路地裏の目立たない位置。夜中に来たなら人相の悪い人間達が徘徊していそうな場所だった。


そこから徒歩で表通りに出る。くるりと見渡すとアーダントの地方都市と比べて、かなり寂れているような印象を受けた。一瞬目が奪われるくらいにはその様相はひどかった。はっと表通りに出たことを思い出し、ローブを一層深く被り顔を隠す。


少し怪しいがなにもしないより遥かにましだ。ギルド員ならローブをかぶることは多いし、一般人が全くかぶっていないというわけでもない。


この時間帯に人通りは少なく、目で確認できる限りでは四、五人ほどだ。街の関所はほとんどの場合、この時間からでも通行量は多い。


野宿していた商人や旅人が夜明けと同時に動き始めるからだ。街以外での野宿は非常に危険でみんなあまりしたがらない。


それならば前日のうちに街にたどり着けば良いのだが、そう易々と予定通りには進まないことも多い。


夜中に馬車を動かすよりも野宿して夜明けを待った方が安全なため、残り距離が短くてもの野宿するケースというのは珍しくない。そういった理由で視界に見えてきた関所はすでに通行人で賑わっていた。


「いけそうか?」


「うん、大丈夫だよ」


今回は私に余裕があるため関所を抜けるのは私の役割だ。通行人が多いため、城壁は常に開いている。再び路地裏に入り、城門の外にある茂みが見える位置へと移動した。


そしてエースの手を握って魔力を身体中にこめる。


身体が光だし、次の瞬間には私とエースは城門の外の茂みにいた。


「よし、行こう」


エースが少しほっとした表情をする。なんだかんだ心配してくれているのだろうか。そのことをいうとまた不機嫌になりそうだ。やめておくことにしよう。


城門の外には検閲待ちの商人や旅人が列を作っている。私達は見つからないように城門から離れた。


ここからはひたすら移動になるが、通常の街道を通ってしまうと回り道となってしまうため、森を抜けることに決めている。


「普通に考えて王都に近づくほど手配書が出回っている可能性が高い。フィナも注意しておいてくれよ」


「りょーかい。わかってるよ」


返事を返すのと同時にエースが走り始める。すぐに街道を逸れて森へと入った。


「フィナ、邪魔な枝は俺が処理するから後ろからついてきてくれ!」


走っている最中とあってエースが大きめの声で私に伝える。


「分かった!」


前方にいるエースに聞こえるように私も習って声のボリュームを上げた。背の高い木々の中を前方に風魔法を発生させながらエースが走っていく。特に何か起こる訳でもなく順調だ。


エースのおかげで私の負担は少ない。このまま何もなくプレストに辿り付けると良いな。



「いやーしかしねぇ」


会議室に響く声はため息の混ざった気疲れするような声だった。円卓に配られた資料を各々が見ながら全員が浮かばない表情をしている。


「今回の件、どう説明されるのですかな? パダム殿」


肘を付きながら小太りの男がパダムと呼ばれた男にねっとりとした声で問いかけた。


「なにか問題でもあるのかね?」


鋭い眼光で小太りの男をパダムと呼ばれた男が睨みつける。


「……世間に知られていないから良いですけどね、騎士団はあなたの所有物じゃないんですよ。そこのところ、なにか勘違いされていませんかな?」


小太りの男も負けじと睨み返し、2人の間で視線によって牽制が行われる。


「なんにせよ、“パラディン”の連中だって黙っちゃいないんだ。パダム殿、今後の行動はなるべく隠密に進めることを進言致します」


今度は別の男がパダムに言葉を投げかけた。嫌味を含んだような声色はどこか挑発しているように聞こえる。


男はこの場にいる5人の中で最も若く見えた。


「フン、平民風情が生意気な……」


男の進言をパダムは一蹴する。聞く気はないようだ。


「今のは問題発言ですよパダム殿」


また別の男がパダムに注意をする。重苦しい空気が会議室に漂い、全員が言葉を話そうとしない。


「いやーしかしねぇ……」


円卓についていた肘を宙に浮かせ、背もたれに体重を預ける。小太りの男はため息を一つ吐いてそのまま再び黙った。


重苦しい空気を最初に破ったのはパダムだった。


「何度も言うが今回の件、貴様達は関係のないことだ」


「……騎士団まで動かしておいてさすがにそれは無理があるのでは?」


一触即発のピリピリとした空気があたりに漂い、お互いがそれぞれの出方を伺うような状況が続く。またしても静寂が訪れようとしていたとき、若い男が立ち上がった。


「そうかよ、まぁ勝手にしてくれ」


「お、おい」


「話しにならないですよ、時間の無駄だ」


会議室の出口へと歩き始める男を小太りの男が引き止めるが、止まる様子はなくそのまま扉をあけて出て行ってしまった。扉が大きな音を立てて締まるとその場の視線は再びパダムに集中する。


「……パダム殿。今回の件はこれ以上追求しませぬ。しかしこれ以上すればそれなりの責任問題になりますぞ? それでよろしいのですかな?」


「何度言えば分かる? お前たちには関係のないことだ」


頑ななパダムの態度に小太りの男はついに諦めた。ため息を吐き、首を左右に少し振ってはため息を吐く。


やりとりを見て残りのメンバーもぞろぞろと出口から退場していき、会議室にはパダム一人が残った。


円卓の上で組んでいた両手を解き、ため息を吐いて上を見上げる。綺麗な装飾のシャンデリアを見つめながら、パダムは強い力で円卓を叩いた。


「シリル様、良かったのですか?」


会議室を後にした若い男が出口で待機していた女性から質問を受ける。


「構わないさ、むしろ今やめられては困る」


女性が手を口元に当ててクスッと笑う。元王城の真っ赤な絨毯の上をしばらく歩くと男はクルリと振り返り、女性にこう付け加えた。


「やつにはするところまでしてもらわないとな」


彼のその口元は笑っていた。



私達が騎士団から逃げた街を出発してから二日が過ぎた。


予定のルートを変更したり、エリシアの騎士団の集団訓練に出くわしたりと多少の問題はあったが幸い騒ぎにはならずにやり過ごせている。おそらく今日でプレストに到着するだろう。


今日も夜明けと同時に森の洞窟を出発し、森の中を駆けている。


天気はあいにくの雨。といってもローブと魔法があればそれほど気にならない。足元にまで魔法を使うため消耗は激しいのだが。


「ん?」


エースがなにか見つけたような仕草を見せ、比較的太い枝の上で止まった。


私もそれに習ってエースの後ろで止まる。


「フィナ、あれ」


森の中でも大きく開けた木々の少ない場所をエースが左手で指差す。


目を向けてみるが私にはなにも見えない。どういうことだろうか。


「なにもないよ?」


「ちょっと見てよう」


エースに見えて私に見えないということはおそらくあの場所に魔力を感じたのだろう。移動中ずっと使ってくれてたのかな。


しばらく待っていると地面に本当に僅かだが、突起が出来始めた。


目を凝らしてみてみるが未だなにが起きているのか全くわからない。


「……手だ」


「えっ?」


一言だけ言ってエースはまた突起に集中する。


手、といったのだろうか。私も目線を突起に戻し、もう一度良く見る。


「ほんとだ……」


小さな手、といっても小さな子供の手のサイズくらいはありそうだ。


手が完全に出てくると、今度は腕が見え始める。雨のせいではっきりとは見えないが、色は暗い緑色だ。


腕は異常に細く、骨に皮がついただけのような見た目で気持ちが悪い。


腕が出てきたあとはあっという間に全身を現した。手を器用に使い、体を引っ張りだす。


地面がぬかるんでいたこともあり、比較的容易に抜けられたようだ。


「なんだあれ……」


姿形は一見人間に見えなくもないが、尖った耳に異常に細い手足、そしてギョロッとした黄色の目に黒緑の体は明らかに異質なものだった。


地面から出てきたそいつは焦点のあっていない目で虚空を見つめていたが、しばらくするとなにかを思い出したように立ち上がる。


「フィナ、耳を塞げ!」


「えっ!?」


次の瞬間、周囲にとてつもない高音の奇声がこだました。


エースに言われて咄嗟に耳を塞いだが、それでもうるさい。


叫び声はそれほど長くなく、すぐに雨音のみの静かな森が戻ってきた。


「まずい、こっちに来るぞ!」


小さな体がこちらに向かって歩いてきているのが見える。エースがすぐさま移動し、私もそれに続く。


まさかこちらに気づいたのだろうか? それともたまたまこちらに向かっているのか。


歩く速度や雰囲気から推測するとおそらく後者だが、油断はできない。


「しまっ……」


焦って移動したせいで僅かだが枝を揺らしてしまった。ガサリと音を立てた葉っぱが数枚ひらりと地面に落ちる。


木で身体を隠してバレていないか確認する。


きょろきょろと音の正体を調べるようにあたりを見渡してはいるが、どうやらこちらには気づいていないようだ。


ほっと胸をなでおろしたその時。


「ガァ!」


低いうねり声と共に、私達が来た方向からなにかが飛んできた。


「フィナ!」


エースが私よりも一瞬早く反応し、腰から剣を抜く。


ちらりと横目に入ったそいつは鋭い爪に黒緑の肌、尖った耳。今木の下にいるやつと同じ特徴を持っていた。


振りかざされた手が振り下ろされるが、エースが私の後ろに回り込み、裏市場で買った剣で爪を受け止めた。


甲高い音が響き、エースの顔が曇ると同時に驚愕の表情へと変わる。


「うお!?」


不安定な足場のせいで力が入らないのか、エースがバランスを崩し、襲ってきたそいつと一緒にそのまま落下した。


私もすぐに剣を抜き、木から飛び降りる。


魔法を使ってしまってはエースを巻き込んでしまう可能性があり、簡単には使えない。


とりあえず距離を作るのが最優先だと思った。抜いた剣は使わずに左足に魔力をこめる。


風魔法で足を無理やり動かし、エースに飛びかかっているそいつの脇腹に思いっきり蹴りをいれた。


小さな呻き声を上げて吹き飛ぶ。何度か地面を跳ねた後、木にぶつかって止まった。


「フィナ! 逃げるぞ!」


そういったと同時にエースはプレストへのルートを駆け出した。私もすぐ後を追いかける。


いままで見たことのない生き物、それも一匹だけではなかった。


状況から見てさっきの小さい方は生まれたばかりといったところだ。


そして大きい方が親、あるいは仲間だということは明らか。


つまり他にもいると考えたほうが自然だ。多いのか少ないのかは分からないが、とにかく危険だ。


加えて人がいないとはいえ、私達がなにかしたという痕跡はなるべく残したくない。


「エース、大丈夫だった?」


「ああ、なんともないさ。でも、思ったより力が強かったんだ。あの体格であんなに強いとは思わなかったから木から落ちてしまった」


剣は抜いたまま、今度はエースと並走する。


木に登っておいた方が良いかもしれない、そうエースに伝えようとしたが伝えることはできなかった。


「ガァ!」


再びあの黒緑の体が目に入ってくる。進行方向の右の茂みから飛び出し、エースに襲いかかった。


「くそ! フィナ、仕方ない、やるぞ!」


「おっけー」


返事を返しきる前に私の右手は飛び出してきたやつに風魔法を放っていた。


「囲まれてる! 注意しろ!」


飛び出してきた一匹を吹き飛ばしたのを皮切りに、左右の茂みから大量の仲間達が現れた。


それぞれが本能のまま、襲いかかってきているといった感じだ。


彼らの間で連携が取られているということはなかった。


「フィナ! 固有魔法は使うなよ!」


「わかってるよー!」


お互いが別の敵と戦いながら話す余裕はあった。


騎士団とデトラを相手にした後ではどうも手応えを感じられない。


雨のせいで炎の魔法は効果的ではないため、土、風、水をメインに氷の属性も交えながら倒していく。


「なにあれ……?」


順調に相手の死体が増え続ける中、倒した敵の死体に異変があった。


斬った場所から端に向かって、サラサラと黒い砂のようなものに変化していく。


最終的に体すべてが砂のようなものに変わり、跡形もなく消えた。


不自然なことに雨が降っているにも関わらず、その砂は宙に舞い上がってしばらくすると見えなくなった。


それも一匹だけではなくすべての死体が砂のように変化していく。


やけに不気味なその光景に背筋が寒くなった。その現象そのものは決して見苦しいものではない。むしろ綺麗だった。少しだけ可視化したときの魔力にも似ていた。


ただ、なんというか。生物として本能的な嫌悪感を掻き立てられるようなそんな感覚だった。


そしてついに最後の一匹となる。一匹になっても戦意を失うことはなく、最後はあっけなくエースが切り捨てた。


雨の音のみが戦場に残り、静寂が訪れる。本来あるはずの数十体の死体はそこにはなく、血の跡などの戦闘の痕跡すらない。


「なんなんだこいつら……」


剣を鞘にしまいながらエースがポツリと呟いた。


「とにかく急ごうよ。また来たら面倒だし」


「……ああ、そうだな」


襲ってきたものの正体が気になるところではあるが、あまり時間がないのも事実だ。数時間や数日で、"彼ら"の正体を突き止めることができるとは思えなかった。


気づけば,未だに降り続く雨はさっきよりも少しだけ弱くなっていた。


「行こう」


エースが風魔法を使い木に登る。


思いもしない不気味な出来事が起きた戦場だった場所を一瞥し、私も後を追った。


その後は特に変わったことはなく、順調に進んだ。


森を抜け、平野を駆け、いよいよプレストの城壁が見えてくる。


ここまでの道中で街によることはなかったため、固有魔法[ユニークスキル]を使うのは2日ぶりだ。


いつもどおり茂みから壁の中の移動できそうな場所を視界にいれ、身体に魔力を流した。


瞬間。一瞬の浮遊感の後に、視界に移る景色は変わっていた。光が収まったのを確認してエースが歩き出す。


「とりあえず今日は夜までは情報収集だな。以前の依頼からだいたいの目星はついてるけど、"グルード"の正確な位置もまだわからないし。もし見つられたら夜まで待って襲撃だ。」


「りょーかい」


森での戦闘のことを考えるとすぐにでも休んでしまいたいところだが、それは叶わない。


すでに出回っているであろう手配書のこともあるが、日中にグルードを襲って騒ぎになればそれだけでダメだ。


ひとまず森で狩った馬や熊の肉を売りに行く。保存は氷魔法でしているためかなり鮮度が保たれており、氷魔法得意とする者はこういった狩りを生業とする者が多い。


ほとんど一文無しの今の状況では本当にどこにもいけないため、二人はそれなりの量をあらかじめ狩っていた。


店の主人が一つ一つ吟味していき、肉のみではなく、皮や骨など余すことなく買取は行われる。結果として買取額はそれなりの金額になった。


「ありがとう」


小袋に入った金貨を受け取り、一言礼をいって外に出た。


「これからどうする?」


「うーん、そうだなぁ……」


左手を顎にあてエースが思案する。


「ねぇ、スラムにある集会所とかでどう?」


中流区画にある人が集まる場所はすでに手配書が出回っている可能性を考えると基本的に危険だろう。


ならば屋外の広場や、市場などが一番情報収集をしやすそうだが、これもまた危険な割に見返りが期待できない。


スラム街なら多少怪しい服装だったとしても皆気にしない。


「そうだな、そうするか。良い場所があれば良いんだが……」


「探せばあるでしょ」


どこのスラムにも情報があつまる集会所と呼ばれる場所が存在する。


集会所と銘を打ってはいるが実態は喫茶店や酒場だ。


もともと中流区画には集会所という娯楽施設が集まった場所があり、それを真似てわかりやすく集会所と呼んでいる。


看板などは存在しないため、長い期間住んでいないと意外と知らないことも多く、今日この街にきたばかりの私達が見つけられる保証はない。


中流区画を抜け、下流区画へと入る。グランザードの下流区画と同じで境界線には門があり、名ばかりの門番がいる。万が一、下流区画の問題が中流区画に流れ込んだときの市民への言い訳のために彼らは立たされている。


特に出入りを禁止されているわけではない。特に中流区画から下流区画に行くのは引き止められもしない。すんなりと通ることができた。


本当に別世界に来たような変わり様だ。


周囲の街並みを見渡しながら、歩を進める。背の低いボロボロの木造家屋が並ぶなか、ちらほらと商店があり賑わいを見せている。


その様相はグランザードのデトラ本部周辺の様子と大差なかった。貧しいながらに賑わいを見せ、しかし中流区画とは雰囲気は全く違う。


少し裏路地に入れば、すぐに下流区画特有の凶悪な性質が簡単にみられるだろう。


足元の石道にはゴミが散乱し、血の跡も珍しくない。


目的の集会所はなかなか見つからない。そもそも下流区画にはそういった店は少ないのだ。理由は客層の悪さ。人が集まるとどうしても問題が起こる。中流区画ならまだしも、血の気多い連中が集まる下流区画では問題ごとの発生頻度が非常に高い。


つまり長続きしない。開店から三日で店が吹き飛んだなんて話も聞いたことがあるくらいだ。


以前"グリード"設立阻止のため足を運んだことがあるとはいえ、やはり見つけるのには時間がかかりそうだ。


フィナがそんなことを考えていたその時。


「ヘイ、兄チャン姉チャン。モシカシテ集会所ヲ探シテルノカ?」


きつく訛った口調で後ろから声をかけられた。


振り返ると片目を髪で隠した黒の長髪の女性が、腰に右手をあてて立っていた。目じりに施された紫色の化粧が特徴的でその風貌は私に蛇を連想させた。


服装を見てどこの国のものだったか頭をひねる。少なくともこの国のものでもアーダントのものでもない。そう確か――。


「東国ノ出身ヨ」


まじまじとつま先から頭の先まで見ていた私に気づいたのか、その女性はそう答えた。アーダント、ファント、そして今いるエリシアが存在する大陸から見て、海を隔てて東にある大陸。東国はその大陸にあるうちの一国だ。


近年の航海術の発展によって渡航の危険度は年々減少していると聞いたことがある。それでも他の大陸からの移住者は、まだまだ珍しい存在であることには間違いはないのだが。


「その通りですけど……よくわかりましたね」


女性の問いにエースが答える。


「コンナトコロデ見ナイ顔ノ二人組ガキョロキョロシテタラ簡単ニワカルヨ。キット旅ヲシテイテ、コノ街ノ情報ガ欲シインダロウッテネ」


フードを深く被っていたにも関わらず、そして後方から見ていたはずの私たちのことを"見ない顔"と彼女は断言した。危険だ。下流区域に危険ではない人物がいるかどうか怪しいところではあるが、その中でも彼女は注意深く関わらなければならない人物だ。


ふとエースの横顔を見る。フード越しのため表情は見えないが、少なくとも動揺し、警戒しているのが分かる。


「ンー、ソンナニ警戒シナイデホシイネ。敵意ハナイヨ。タブンネ。集会所、連レテッテアゲルヨ」


途中の言葉が不穏極まりないが、こちらとしても集会所についての有力な情報がない。当然、本音を言えば彼女の助力はありがたい話でもある。問題はリスクとリターンが見合っているかという一点だ。


「ドウスルノ? 来ルノ? 来ナイノ?」


元から細い吊目をさらに薄めて、彼女は不敵な笑みを浮かべた。


再びエースを一瞥する。迷っている、そんな風に感じた。リスクは高い、しかしリターンも大きいかもしれない。グルードの情報以外にも大きな収穫を得られるかもしれない。半分ギャンブルではあるものの、これ以上ないチャンスとも言える。当然、私たちのことをすでに手配書で知っていて誘っている可能性も高い。


魔力を見る目。エースの持つ特殊な目ははただ魔力の流れが見えるだけではない。エース曰く、見る対象によって魔力の色が変わるらしい。色によってその人物がどういった人柄なのか、ある程度わかるといっていた。


そのエースが迷っているということは色は良いとは言えないのだろう。しかし即座に断らないところを見ると、それほど悪くもないのか。こればっかりは本人にしかわからない。


「はぁ……」


エースが大きくため息を一つ吐いた。どうやら結論がでたようだ。


「……もとより集会所にはいく予定だったんだ。連れってってくれ」


答えは前進。リスクとリターンが見合っているという判断だった。ここで集会所にいかないという判断をする場合、私達に残された情報収集の手段は少ない。色んな要素を検証して出した結果なのだろう。


「アイヤ、ワカッタヨ。コッチネ」


そういうと私達二人を通り過ぎて、すたすたと歩き始める。艶めかしい服装から顕わになる足が、通行人の下品な視線を集めていた。


「良かったの?」


前を歩く女性を気にしながらエースに真意を聞く。


「良くはない。けど、リターンも大きいと思った」


とエース。女性にも聞こえるくらいの音量で普通に話す。……もう少し気にしてほしいなぁ。


「ソンナ心配スルコトナイヨ。悪イヨウニハナラナイヨ。……タブンネ」


顔をほんの少しだけ後ろに向け、ぼそりと零す。最後の一言のせいで全く信憑性がない。私としてはエースを信じる他ない。


「アアソウダ」


ちらりとこちらを見たまま彼女は話を続けた。


「マダ名前ヲ聞イテナカッタネ。イイカイ?」


一瞬エースが言葉につまるが、すぐに返した。


「カイト・ノーランだ」


名前を聞いて一瞬固まってしまったが、怪しまれないようすぐに私も偽名を名乗る。ごめんフランク、家名借りるね。


「エリカ・ノーランです」


「アイヤ、兄弟ダッタノネ」


少しだけ驚いた表情を見せてからすぐに表情を戻した。


「チャン・リーシン、ヨロシクネ」


最後に自身の自己紹介をして彼女は再び歩を進め始めるのだった――。

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