二章 追撃。①
▽
王都グランザード。言わずもがなアーダントの中心地である。
北東の戦闘に騎士団が投入され、フォートが火の海になったという外号が発刊されたのはつい数日前だった。
これまで戦争に反対していた人々の不安や不満が一気に表面化し、加えて賛成派から反対派に鞍替えする者も少なくなかった。一般市民を巻き込む行為はいくらなんでもやりすぎだという反発は当然だった。町の各地ではデモ活動が起こっている。
つい数ヶ月前まででは考えられない光景。出来立ての政府に信頼なんて贅沢な物はあるはずがなかった。
そんな世間の出来事も騎士団には関係ない。我々軍人の担当すべきところではないのだ。
私――ハンズ・クライスは今日もフォート街での戦闘の後処理に追われていた。
目の前に山積みになっている書類を見てため息がでる。
朝からずっと作業しても減るどころか新たに運ばれてくる書類の数の方が多いため、むしろ増えていた。
「団長。追加です」
アーダント騎士団の副団長――エルバートが目前の書類の山をさらに高くする。
「あのなぁ……少しは手伝ってくれても良いんじゃないのか」
「それができるならとっくに私がやっていますよ」
断られると分かっていてもつい言いたくなってしまう。団長になってから、というよりは新政府ができてから何度も繰り返したやりとりだ。
「上がうるさいですからねぇ。
私も団長に任せっきりなのはどうかと思いますよ。いろんな意味で」
「どういうことだ?」
「いいえ、なんでもありません」
エルバートが何に不満があるのかはわからなかったがそんなことはどうでも良い。
エルバートに向けていた顔を書面に戻し、私はひたすらサインを書く作業に戻った。
作業に戻った数分後だった。団長室のドアが3回ノックされた。
「失礼します」
「入れ。どうした?」
「例の件の対象の情報です」
例の件。フォートで魔人二人を取り逃がしたという騎士団にとっては思い出したくもない出来事のことだ。
二人が魔人だということは公表されていないが、懸賞金がかけられ目撃情報を提供した者には賞金が出る。
この賞金のせいで最近騎士団は大忙しだ。入ってくる情報の信憑性は低い物が多い。
事件がいつどこで発生したのかといった情報が公開されていないからだ。
あくまで懸賞金がかかっただけ。
おかげで南西の街で見ただとか、近所に似たやつが引っ越してきたとかそんな物ばかりだった。
「またか……。ならなぜわざわざ報告に来たんだ?」
「それが、今回は目撃情報ではなく接触情報です。加えて証言の日時、場所、ともに奴らの考えられる行動範囲内です」
「ほう……」
これは期待が持てそうだ。それに書類の処理をしているより幾分か楽しめるだろう。
騎士団始まって以来の失態。あれだけの戦力を割いても倒せなかった強敵。
奴と再び戦いたい。剣を交えた時のことを思いだしそんな感情が湧いてくる。
「分かった。行こう」
私は椅子から立ち上がりエルバートと共に団長室を後にした。
騎士団が集まる北館の一階に移動する。団長室は三階にあるため行き来が面倒なのが気に入っていない。
向かう途中、三階の窓から訓練中の兵士達の姿が横目に入った。どうやら実戦形式の模擬戦を行っているようだ。その中でも目をひく試合があった。あれは――。
「頑張っているようだな……」
ぼそりと小声で呟く。自分でも頬が緩んだのがわかった。
螺旋階段を降り、尋問室まで移動する。部屋の前まで来ると遠慮なく扉を押し、中に入った。
部屋に入るなりその場にいる騎士団員達が敬礼する。私は一瞥してから、用意されていた椅子に座った。
見窄らしい格好の男が一人。体格の良い騎士団員に囲われ、中心で縮こまっていた。
「お前が情報提供者か。詳しく話を聞かせてもらおう」
身を少しだけ前に乗り出して男に声を掛ける。縮こまらせている身体が背中を丸めたことでさらに小さくなる。
それから男は細々と話し始める。
あの日フォートに商売で荷物を運ぼうとしていたこと、そしてそのときにエースと思われる人間にあったということ、脅されエリシアに運びこんだこと。
まとめるとこんなところだった。この男が話していることは明らかに正しい。
エース達の容姿、人数、状態。話す情報すべてがピタリと一致していた。
すぐにエルバートに指示を出す。すぐにでも動き出して損はない。
ただ気になることが1つあった。
「おい、だがちょっと待て。それだと関所はどうやって抜けたんだ?」
「それが、オイラは何もしていないんです。そのまま関所を通れって言われたからそうしただけで……」
「荷台に乗せていたんだろう? 荷物の検査をどうやって通過した?」
「検査員はいつもより長めに荷台を調べていましたけど、何も言われず通されました」
あの日は検閲を厳しく行うよう通達されていた。にも関わらず検査に引っ駆らないということは通常であればありえない。
あの二人のことだ。まだなにか隠していても不思議ではない。
顎に手を当てながら考えるが答えはでない。諦めて顔をあげる。
「知っていることはそれで全てか?」
「は、はい、こんなもんです……」
「協力、感謝する」
椅子から立ち上がりすぐさま次の行動に移ろうとしたが目の前の男に引き止められた。
「あのぅ……賞金の方は……?」
恐る恐るといった表情だが、目の中は強欲に染まっていた。汚らしい目だ。気に食わないが私情を挟む場面ではない。
「これだけの情報だ、賞金は弾む。心配するな」
「ありがとうございますぅ!」
表情が一転し嬉しそうな顔になる。現金なやつだ。
「部隊の編成はどうなっている?」
いち早く部隊編成を話していたエルバートに状況を聞く。
「今回、龍族は使えません。戦力的にはデトラの奴らに頼らざるを得ませんね……」
はぁ、とため息が出る。情けない。騎士団ともあろう者達があんな奴らに頼らねばならにとは。
「俺はデトラに向かう。あの序列3位……ではなく1位に直接交渉になりそうだな」
エルバートの横を抜け、私は部屋を後にした。
足早に北館の裏口に周り、外に出る。
騎士達のレントホースが繋がれている中から自分の愛馬を見つけると、手綱を握り、跨った。
姿勢を正し、脇腹に蹴りを入れるとグランザードの街へと繰り出した。
城を囲うように存在する上流区画を抜け、市場や商店が多く立ち並ぶ中流区画に入る。
蜘蛛の巣のように作られた大通りは今日も人々で賑わっていた。
十分に確保された道幅も馬車がすれ違うにはぎりぎりだ。
歩道と車道の間の中途半端なところを通り、裏路地へと入る。
一転、別世界にきたかのように太陽の光は届かなくなる。
数多く存在するギルドの中で唯一、中流区画に存在するギルド。それがデトラだ。
中流区画の中でも最もスラム化が進み、ならず者達が徘徊する区域。そんな一角にギルドデトラの本部がある。
看板なんて贅沢な物は存在しない。ボロボロになった扉に狭い通路、外見は廃墟と言われても違和感はないだろう。
愛馬から降り、盗みの可能性など毎回心配になるがデトラの誰かしらが見張ってくれているらしい。
ボロボロの扉を奥に押す。力加減を間違えれば壊れてしまいそうだ。
中に入ると両脇にはまとめられた書類が大量に詰め込まれた大きな棚がある。その中央を歩き、入口の真正面にある受付に要件を告げた。
「アーダント騎士団団長、ハンズ・クライスだ。フランク・ノーランはいるか?」
「……フランク・ノーランはギルドマスター室にいます」
異常に聞き取りにくい声量で受付に座っているフードをかぶった少女が返答した。最初こそ戸惑ったがもう慣れたものだ。しかし今日は一層聞き取りづらいな。
受付に向かって右側に扉があり、それがギルドマスターの部屋となっている。木製の床に軍靴の踵がコツコツと音を立てた。
ノックなしに扉を開け中に入る。飛び込んできたのはラットの呆けた表情とフランクからのきつい視線だった。
「これはこれはハンズ様。今日はどういったご要件でしょう?」
突然の騎士団長の来訪にラットがお手本のような媚びを売ってくる。
「今日はフランク個人への依頼で来た。ラット、お前は出ていてくれ」
「か、かしこまりました」
少し嫌そうな表情をした後にラットはそそくさと部屋を出ていく。
扉が閉まり完全にラットの姿が見えなくなったのを確認し、私はフランクの正面に腰を下ろした。
ソファーの背もたれに片腕をかけ、こちらを睨みつけてくる。どうやら機嫌が悪いらしい。
「なんのようだ」
意外なことにフランクから口を開いた。早く帰ってくれということを暗に行っているのだろうか。
「まぁそう睨むな。例の魔人達の居場所が分かったぞ」
「……そうかよ。で? 俺になんの用だ」
エース達のことを聞いてもっと驚くかと思ったが意外と反応が薄いな。それともそういう振りをしているだけなのか。
少しだけ冷やかしてやろうかと思ったがやめだ。本当に機嫌が悪いらしい。手短に済まそう。
「魔人が逃げたのはエリシアだ。
騎士団も調査はするが如何せん動きにくくてな。お前に捜索依頼を出したい」
真剣な表情を作り、手を股の間で組んで若干身体を乗り出す。
少しの間フランクは天井を見上げて何かを考えているようだったが、すぐに閉じていた目を開け、こちらに向き直った。
「依頼は受けても良い。だが条件がある」
「なんだ?」
「今回の件、最初から仕組まれていたんだろう? お前はどこまで知っている?」
「……なんのことだ」
「とぼけるのはやめろ。ラットの言動、下水道の状況、あんなものを見れば誰だって分かる。
まぁあんたに聞くよりもラットから聞き出すのが一番なんだがな。ついさっきもはぐらかされたところだ」
フランクの目つきが厳しくなりこちらを睨む目には一層力が入っていた。作戦の内容を話す訳にはいかない。
「お前がそれを知って、どうするんだ?」
しかしこいつそんなことを気にしているのか。一方的に睨まれていたが今度は目に力をいれ、こちらから睨み返す。
「ああ?」
「知ったところでお前の行動は変わるのか?
すでにお前は一度あの魔人達を斬ったんだぞ? 今更過去の仲間に同情でもしたか。
仮に作戦の内容がお前の気に入らないものだったとして、お前はどうするんだ」
「なっ……お、俺は!」
「それにアーダントから特別に出した報酬をお前、もう受け取っているだろ。まさか単なる報酬だとは思っていないだろうな? 意味を良く考えろ」
フォートでの戦闘の後にデトラには特別に報酬を出した。つまりはそういうことだ。
最初からデトラに依頼した作戦は戦争の援護などではない。ファントが出した裏切りの依頼もすべて仕組まれたものだ。
序列一位と二位の抹殺、これがアーダントからデトラに出された依頼だったのだ。
私も詳しくは知らされていない。なぜあの魔人達が殺されようとしているのか、その理由は分からない。
だがそんなことはどうだって良い。任務を忠実にこなすことが私の使命なのだから。
「ラットからも再三言われているはずだ。他言するな、と。それでもまだ聞きたいか?」
ここまで言うとフランクは黙り込んだ。それを確認して胸ポケットに入れていた契約書を取り出す。
「詳しい情報と報酬、いつも通りここに書いてある。目を通しておいてくれ」
テーブルの上を滑らせてフランクの目の前まで紙は滑っていった。納得していない、そんな目だ。
きっとこいつは自分を被害者だと思っているのだろうな。
起こっていることが自分が思っていた未来と違った。ただそれだけのことだと言うのに。
ソファーから立ち上がり項垂れるフランクを横目に、扉を開け外に出た。
受付の横で椅子に座りコーヒーを飲んでいたラットがすぐに反応する。
「もう、終わったんで?」
「ああ、こっちは終わった。ラット、お前エリシアの捜査に使えそうな知り合いはいないか?」
「エ、エリシアですかい? いるにはいるんですが……」
そこまで言うとラットは口ごもった。あまり仲の良い知り合いではなさそうだな。
「信用はできるのか?」
「ええ、まぁそりゃあ、仕事に関しては問題ないと思いますが……」
「ならそれで良い。そいつにも捜査依頼を出したい。お前から連絡をとって私まで繋いでくれ。いいな?」
「いや、しかし国からの依頼となるとどうなるか……」
相変わらず歯切れの悪い口調でラットは話す。なるほど、そういうことか。
「構わん。金は出す。魔力結晶を使っての会話ぐらいまでならこぎつけられるだろう?」
顎を手でこねながら頭をひねっているがいつものことだ。こいつならなんとかするだろう。
「頼んだぞ」
そう言い残し、出口まで歩を進める。やらなければならないことは山積みだ。
億劫な気持ちになりながら私は扉を引いた――。
▽
随分長いこと暗い世界にいた気がする。意識が覚醒して外界の情報が次々と入ってくる。重たい瞼を持ち上げると、そこには見慣れた顔が心配そうな顔で待っていた。
「フィナ。大丈夫か?」
まだはっきりと覚醒していない頭で意識を失う前の記憶を思い起こす。
「あーそっか。運んでくれたんだね」
騎士団とデトラからなんとか逃げ切りエリシアへの関所を抜けたことを思い出した。いつ気を失ったのかは覚えていないが馬車の荷車から抜け出したところまでは正確に覚えている。
エースが無事だったことにほっと胸をなでおろし、今寝ている部屋を見渡した。木製のボロボロの床に、今にも吹き飛びそうな壁。部屋にあるのは私が寝ているこれまたボロボロなソファーと小さなテーブルだけ。
おそらくどこかの廃墟だろう。
周囲を見渡してから視線をエースに戻すと、ちょうど顔の高さにあったエースの腹部に目が向かう。フランクに斬られた腹部には包帯が巻かれていた。
「エースの怪我は大丈夫なの?」
「あのぐらいじゃ死なないさ。一応もう治ってる。いつものことだ。切り口が綺麗すぎてびびったけどな」
人間より優れた存在――とされている魔人は治癒能力も人間より高い。ことあるごとに怪我をするが、どれほど深くても死なない限りは二、三日で治ってしまう。
これまで大抵はラットの無茶な注文が原因だったのだが。
「……それももう終わり、か」
「いずれこういうことになるのはわかってたんだ。気にするな」
そういうエースの目元には涙の跡がくっきり残っていた。グランザードで仲良くしてくれていた店の店主の顔や地域の子供たちの顔を思い出す。そして私達の父のことも。
『いつかきっとみんなが仲良く暮らせる時代がくる』
普段家にいなかった父が、帰ってくるたびに私達にそう言っていたことは今でもよく覚えている。残念ながらその儚い夢は叶う気配がない。
私達魔人が人間の社会に統合されてからもう十年ほど経つ。統合されたときに起こした事件が原因で結局、統合は失敗に終わった。人間と共存することに反発した一部の魔人達が人間を殺したのだ。
国が秘密裏に進めていた統合計画はご破産。統合の責任者であったアーダント国王アレス様の尽力によって、世間に知られることはなかったが、一度深くできた溝を埋めることは不可能だった。
結果、国がとったのは保護という名の施設での隔離。そして戦力としての利用。もともと魔人は人数が少ない。ある者は寿命を全うし、ある者は反発して人間に殺され、またある者は姿を消した。
数年で数は激減、今も生きているのは本当にごく少数だろう。もしかするともう私達が最後の生き残りなのかもしれない。当時幼かった私達に自らの意思で選択する権利はなく、デトラで依頼をこなしながら静かに暮らしていた。
あるとき、私たちはかなり長い期間の任務を受ける。その任務中に私達の親が流行りの病で死んだ。そのとき施設にはもう他の魔人は残っていなかった。とうとう二人になった私たちを国は人間社会に放りだした。たった二人の魔人であれば大きな問題にはならないと判断したのだろう。
予算がもったいないだとか、気味が悪いだとか、理由はいろいろあったらしい。行くあてなどあるはずもなく、残された道はデトラで引き続きお金を稼ぐ以外になかった。
様々な思惑が国の役人達の間であるのだろう。今回私達が殺されそうになったのは魔人を生かしているだけで不愉快に思う人間がいよいよ我慢できなくなったということだろうか。
「これからどうするー?」
なるべく何時も通り。心がけて口を開いてみたが声色に不安が混じっているように感じる。
「そうだな……このまま逃げ続けても良いんだが騎士団まで出てきたからな。たぶん俺達を殺すまで諦めないだろう」
ソファーに腰掛け、曲げていた膝を伸ばしエースが立ち上がる。
「俺たちが生き延びるためにはもう依頼主を潰すしかない」
逃げ続けることができないのなら元を断つ。シンプルな判断だ。だがすごく難しく、危険な賭けでもある。
いくら私たちでも一国を相手に戦うことは難しいだろう。実際、強力な戦力が集結していたとことと、全力ではなかったことを差し引いても、騎士団の一部を相手にしただけでもこの有様だ。
依頼の規模から考えても相当な権力者が依頼主だろう。私達の2人だけではまず不可能だ。
「何か作戦でもあるの?」
「龍族と交渉しよう。うまく行く保証はないがやってみる価値はあると思う」
「龍族?」
突拍子のないエースの言葉に思わず首を傾げる。
「騎士団が連れていた龍族達、たぶんだけど魔法で操られていた」
戦場に龍族が現れたことに疑問は感じていたが、てっきり人間達と交渉でもしたのかと思っていた。一般に認知されている中で、魔物の中でも唯一知能を持つ種族が龍族だ。
プライドが高く人間を嫌っていることで有名だが、危害を加えない限り基本的に襲って来ることはない。人間が度々手を出しては返り討ちにされている。ただ過去に人間に手を貸した前例が一つだけあるのだ。詳しいことは分かっていない。
大勢の人間がその光景を見ていたにも関わらず、なぜ人間に手を貸したのかという部分については謎のままなのだ。今回も特殊な何かがあったのかと思ったがエース曰く、そうではなさそうだ。
「はっきりとは見えなかったけど頭部に魔法がかけられていたんだ。たぶん誰かの固有魔法だ」
魔人の中でもエースは特殊な存在だ。魔力を見る固有魔法を持っている。通常、魔力は少量では視認することが不可能だ。
一定以上の大量の魔力が一度に放出されることで初めて見ることができる。噂によると人間達の間でもときどき産まれてくるらしく、デトラでも噂で何度か聞いたことがあった。
「こっちから交渉しに行こう。フィナ、正確な位置は覚えているか?」
小さいころに一度だけ、おじいちゃんに連れて行ってもらったときのことを思い出す。
王都グランザードの城壁からはるか西にある深い渓谷。数多く存在する龍族の中でも希少な空を飛ぶ龍族、加えて特徴的な赤い体は今でも鮮明に覚えている。
「たぶん大丈夫だと思うけど……でもアーダントに戻るのは危険じゃない?」
「ああ……たしかに危険だ。でも今のところ他の方法が思いつかないし、当分は龍族との交渉を目標にして行動しよう」
アーダントを相手するのであれば助力は不可欠。なんの目的も無しにただ逃げるよりは良いだろう。他に良い案もない。私はエースの提案に乗ることにした。
「とにかくしばらくはお金が必要だ。依頼主を突き止めるためにも生活するためにもな。……といっても普通に働くのは無理だから、ちょっと嫌な感じになるかもな」
私の表情を見て察したのかエースが今後の予定について話しだした。すでに手配書が出回っているという推測から、普通に外にでて働くということはできない。
さすがにまだエリシア全体に伝わってはいないだろうが、よそ者が急に現れたとなれば怪しまれてしまう。ここに長い期間滞在するのも危険だろう。
「まぁ、こころあたりがないわけでもない」
少し訝しげな表情をエースが浮かべる。
「“グルード”って覚えてるか?」
グルード。はっきり覚えている。半年くらい前にデトラにきた依頼で私達が担当した。エリシアのある人物を殺して欲しい、そんな依頼だった。
当時エリシアで新たに作られようとしていたギルドがグルードだ。新しいギルドができると既存のギルドの仕事が減ってしまう。そういった心理からこの手の依頼は多く、そのときもあっさり終わったことを思い出した。
「実は結局作られたらしいんだ。ボスは俺達が殺したけど、代わりにボスになったやつが周りを懐柔したらしい」
全く知らなかった。新しいギルドができるのは珍しいことだ。少しくらいニュースになっても良いはずなのに不思議だ。それとも私が無関心すぎるだけなのか。
「知らなくても無理はないさ。俺だってつい最近知ったんだ」
「それでグルードをどうするの?」
「つい最近できたギルドで認知度は低い上に、もし襲撃や強盗なんかがあっても他のギルドの仕業に見せやすい。
民家を狙ってエリシアの騎士団が動いても面倒だ。それに民家よりもお金は集まってはいるだろうからな。
少しだけ資金を分けてもらおう」
至って真面目な表情でエースが言う。
「……あんまり気が進まないね」
「この際仕方ないさ。もしかしたら殺さないといけないことにもなるかもしれないけどな」
寂しそうな悲しそうな声でエースは呟くと、部屋の隅に置いてあった焦げ茶色のローブをこっちに放り投げてきた。
「とりあえずすぐに要る物を買っておこう。今はまだいいけどそのうち本当に行動しづらくなる」
そういうとさっさと外に出て行ってしまう。もう少し心配してくれてもいいのに。エースにばれないようにため息を吐いて私も立ち上がった。身体の調子も問題はなさそうだ。
魔力切れで意識を失っていただけだから当然といえば当然か。強いて言うなら少し気だるいくらいだ。
ぼろぼろの押戸を開けて、周囲の確認を忘れずに外に出る。時刻はちょうど日が暮れたぐらいだろうか。どうやら街外れにある廃墟街らしい。この建物に劣らず、周囲の建物もほとんどが廃墟のようで、ぼろぼろの壁に割れて床に散らばっているガラスが見える。
外には、こういった廃墟街特有の雰囲気になじんだ人間たちがちらほらと出歩いていた。興味深そうな視線が刺さるが、向こうも手を出すような真似はしない。
スラムの日常だ。落ちた人間が日々入ってくる。彼らにとっては見飽きた光景だろう。
「一応注意しとけよ。来た直後は結構大変だったんだからな」
どうやらエースのおかげで彼らにとっての品定めはすでに終わっているようだ。どちらかといえば警戒されているということになる。
「はいはい、感謝してるよ」
ローブで顔が見えないようにしながらエースに適当に返す。少し不機嫌な表情になった気がした。クスッと少し笑うと、今度はあからさまに口を尖らせてこっちを睨みつけてくる。可愛いなぁもう。
「ほら、早くいこ?」
「……わかったよ」
並ぶ廃墟を抜け、スラムの中でも比較的人間が集まる場所に出た。どの国のスラムでも裏市場と呼ばれる場所がある。この手の市場はこの時間帯からが稼ぎ時だ。
歩きながら見渡すと、奴隷、薬物、武器、いろいろと売られていた。どんな国に行ってもよく売られているような品揃えだ。あたりは異様な雰囲気に包まれており、上流区画に住むものが足を踏み入れようものなら、すぐに餌食になるだろう。
その中でも比較的日用品が売られている一角で私達は立ち止まる。日用品といっても色々と訳ありの商品ばかりで、格安のものから異常に値段の高いものまで様々だ。
「これと、これと……」
エースが品物を選ぶ中、私も必要な物を選んでいく。移動中に必要な保存食や布。あ、おもしろそうだし、これも買っておこう。ただあまり量は買えない。持っているお金にも限度が……。
「そういえばお金どうするの?」
店主に聞こえないようにこっそりと耳打ちで聞いてみる。
「ちゃんと払うさ。あの商人から少し奪っといた」
あの商人の正体が誰なのか分からないがおそらく逃げるときに奪ったのだろう。深く追求はしない。会計を済ませて帰路につく。
道中は行きと同じでまとわりつく視線はまだあった。エースも私も気にすることはなく無事、廃墟まで戻れた。
行動は明日起こすことになり、今私は唯一あるソファーに寝転がっている。エースに使えといったのだが押し切られてしまった。
傷はエースの方が深かったのだからエースが使うべきなのに。
納得できずに、少しふてくされながら私は眠りについた。




