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ユグドラシルの天啓  作者: hosiume
3/14

一章 逃亡。③


「フィナ。大丈夫か?」


「うん。まだまだいけるよ」


その言葉を聞いて安心する。瞬間移動の魔法は魔力を大量に使うからだ。


通常の人間達に比べて魔力量が多い魔人であったとしても、その消費量は少ないとは言えない。


移動距離が短かったため、そこまで心配はしていないがこれからのことを考えるとあまり頻繁に使うわけにもいかないだろう。


「エースどうするの? このまま逃げてもまたすぐ追っ手が……」


このまま目的地を決めずに逃げても相手が国となるとすぐに次の追っ手が来るだろう。


なんとか追っ手が来られないようにするしかない。


「エリシアに逃げよう」


アーダントとファントは東西に接している国だ。その両国を覆うようにして北側にある国、それがエリシアだ。


今俺達がいるフォートと呼ばれる街はエリシアとファントに接している。つまり最も北東にある街だ。エリシアに行くためには関所があり、もちろん俺達を通してはくれないだろう。


しかし、一度国外に逃げられてしまえば一気に楽になる。


アーダントとしても簡単にエリシア国内に騎士団を派遣することはできないからだ。


「一度北側にある森に入って巻こう。それからなんとかして抜けるぞ」


下水道の出口が見えた。下水道内まで他の騎士団員やデトラのメンバーが来ていないことを見ると間違いなく待ち伏せされているだろう。


太陽の光が眩しい。しばらく暗いところにいたせいか目がチカチカする。


丘を登ってラットの部屋で見せられた地図を思い出し、方角を確認した。


出口を出て右側にはフォートの城壁。正面から左側にかかっては背の低い建物が並んでいる。


「いたぞ! 構え!」


街側の丘の麓から声が届く。騎士団の別の隊に見つかったらしい。


「街に入ろう。あいつらも攻撃しづらいだろう」


町の住民を巻き込むことに抵抗はあるが、自分達の命にはかえられない。


街からこの下水道までに道らしい道は存在しない。背の高い雑草が生い茂り、泥に近い足場で歩きにくい。


騎士団は丘を囲うように配置されていた。


その一点を騎士団からの攻撃を牽制しつつ、なんとか切り開いていく。さっきまで戦っていた部隊と比べるとかなり楽だ。


数は多いが使ってくる魔法は魔力が十分込められていないものも多く、なんとなくだが実践慣れしていない者もいるように感じる。


しかしそれでも彼らの役目は十分に果たしていた。


「らぁ!」


「くそっ!」


後方からの斬撃。下水道の部隊が追いついてきた。フランクを筆頭に後方からは騎士団の魔法部隊が援護してくる。


「エース! 捕まって!」


再びフィナが移動魔法を発動する。さすがにこれだけの数にフランク、ハンズを同時に相手するのは厳しい。


フィナの咄嗟の判断は間違っていないだろう。


身体が光りだし、少し宙に浮いたかと思うと次の瞬間にはフランクの目の前から消えていた。


「そう遠くはない! 捜せ!」


副団長が叫ぶと騎士団員は周囲に散らばっていった。しかし俺は一目散に街への最短距離を疾走する。


デトラのメンバーもそれに続く。この状況でエース達が逃げる方向は街しかないと考えていた。


雑草のせいで姿は見失ったが騎士団が残りの可能性を潰してくれているため、今の段階で見失うという心配はないだろう。


雑草をかき分け少しずつ前進する。ようやく終わりが見え、石造りの大通りが姿を現した。


戦争中ではあるものの、街は賑わいを見せている。


今いる位置は街のはずれのため人通りは少ないが、街の中心の市場の方にはかなりの人混みが見えた。


これではエース達を捜すことは困難だ。


一瞬焦ったが、その心配は杞憂に終わった。


「いたぞ!」


後ろにいた一人が声を上げ、方向を指す。


エース達は民家の屋根を伝って逃げていた。この後に及んでも一般人への被害を出さないという考えだろうか。


すでに距離は開いてはいるが今エース達を止める存在はいない。つまり俺達は独力で追いつかなければならない。


魔法の質、種類、量。悔しいがどれをとってもデトラのメンバーではエース達には及ばないことは十分わかっている。


すぐさま後を追いかけ始める。風魔法を使って民家の屋根に昇り、一気に加速した。


他の騎士団達はあてにならない。すでに距離が空いているため、後ろから追いかけてきたのではほぼ間違いなく追いつけないだろう。


残った戦力は俺達とおそらくまだいるであろう騎士団の別働隊だ。


どちらにせよ期待はできない。ここにいるメンバーだけで捕まえるくらいの気概で向かわなければ勝つことはできないだろう。


「おい! あれを見ろ!」


今度はメンバーの別の一人が城壁の方向を指す。


「こりゃ頼もしいな……」


その光景を見た瞬間、顔が引きつった。さっきまでデトラが相手にしていた龍族の部隊がこっちに向かってきていた。


今俺達は城壁と平行に移動している。南から北に向かって逃げるエースたち、そしてそれを追撃する俺たち。それを東側から強襲する形だ。


当然エース達も気づいているだろう。しかし、龍族ならば追いつけないことはない。スピードは互角といったところだ。


が、そんなことなど龍族達は気にする様子もない。


次の瞬間には龍族達とそれに乗っている騎士達の魔法がエース達に向かって飛んでいく。


圧倒的な数の暴力で無理やり足止めをする。エース達が避けた魔法は民家に当たり、瞬く間に周囲を火の海へと変えた。


悲鳴や怒声が辺りを包む。騎士団の行動とは思えない。街人からは龍族が街を襲っているように見えるだろう。


「おい! いくらなんでもやりすぎだ!」


「やつらの捕獲が最優先だ。貴様達もさっさと魔法を使え」


「なんだとぉ……!」


騎士団の横暴を見て怒りが込み上げてくる。普段から気に食わないと思っていたがこういう現場を直接見ると余計に嫌悪感が湧いてくる。


「おい、やめとけって……」


「っち」


肩に掛けられた手を荒く払って、逃げるようにエース達の方に再び向かう。


龍族の攻撃を見たエース達はすでに屋根から降り、石道を走っていた。


龍族の魔法で少しは足止めできたものの、俺達との距離はすでにかなり離れている。


「一旦回り込んで挟み込むぞ」


すでに騎士団の部隊の一部がエース達と交戦している。挟み撃ちにできれば一本取れるかもしれない。


「左から回り込む。いくぞ」


メンバー全員に聞こえるように指示しをだし、屋根を降りる。


横目で確認するとエース達は広場で龍族と対面している。


視界が取られているため不意打ちにはできないかもしれないが、それでも真正面から行くよりははるかにましだろう。


民家と民家の路地を使い、凄まじいスピードで距離を詰めていく。


そしていよいよエース達の背後に回り込む。


剣を鞘から出し、俺は構えを取った。


ここまでで直接攻撃のタイミングが少なかったが、今回は間違いなくエース達に何らかのダメージを与えられるはずだ。


ギルドメンバーでも俺のこの魔法を知っているものは本当に極少数。


本心を正直に言えばエースとフィナには逃げ切ってほしい。別に仲が悪かったわけじゃない、と俺は思っている。だがこんなときに考えることじゃないが、エースに技が通じるか試してみたかった。これが最後のチャンスになるかもしれないから――。


「絶斬――」


俺は小声で呟くように魔法名を唱えた。


路地から飛び出したと同時に後方から魔法を撃っていたフィナに対して斬りかかる。まだフィナは気づいていない。


「フィナ!」


いち早く気づいたのはエースだった。俺が出せる本気の加速に対して、近くにいたギルドメンバーより、もしかしたらその場にいた誰よりも速い反応だったかもしれない。


フィナを後方に押し、間に割って入ってくる。思惑通りだった。この状況は俺にとって最も好ましい。


そしてエースの剣と俺の剣が触れた瞬間。


「――っ!?」


ありえない。そんな表情だった。エース達との序列戦でも見せていない俺の固有魔法ユニークスキル。絶対切断の斬撃をエースは剣で受けようとしたのだ。エースのソードは真っ二つに、なんの抵抗もなく割れていく。


(よし!)


前情報なしの完璧な不意打ち。これで終わりだと確信した。


しかし剣が折れてから体に届くまでのその一瞬。そのごくわずかな時間で、エースが驚愕の表情と共に身体を無理やり捻り、なんとか急所を避けようとする。


しかし避けきるには至らない。俺の剣はエースの下腹部を容赦なく切り裂く。が、浅い。


「なんつー反応速度だよ……。あんな状態から躱したのはお前が初めてだぜ」


この魔法は前情報があれば対策が可能だ。


当然対策したところで厄介なことに変わりはないが、戦闘のスタイルによっては互角に戦うことだってできる。


実際、これまで戦ってきた敵の中にはすぐさま対応し、対策を講じる者もいた。だがこの状況で、視界が広いとはいえ、完璧と言って良いほどの不意打ちを成功させたにも関わらず、しかも初見でエースは躱した。


それもフィナを守った上でだ。


やはり強い。格が違う。


「エース!」


フィナが聞いたことのない声を出す。半分悲鳴のような叫びだ。


そんなフィナを気にする様子もなくエースは風魔法を使うとフィナを抱え、すぐさま俺達との距離を取った。


速い。これまで見てきた中でも間違いなく最高速だ。エースが明確な怪我を負っていることなんてほとんど見たことがない。そのエースに傷を負わせただけなのに、自分がなんとなく誇らしくなっているのが情けない。しかし、そんな状況でエースはいままで見てきた中で最高速で動いて見せた。本当に底が見えねぇなこいつは。


そのままエースたちは広場から伸びている一本の道に入ったかと思うと、今度は民家の屋根に登った。


騎士団の部隊が魔法で追撃する。よく見れば龍族の何体かは重傷を負っていた。数十体いる龍族達でも勝てないのか。


「ここで良い!」


さっきの悲鳴を最後に黙りこんでいたフィナが突然大声を上げた。それと同時にエース達が光に包まれ始める。


「撃て! また逃げられるぞ!」


フィナの目には涙が溜まっていた。エースの出血は相変わらず止まっていない。


今の状況であの瞬間移動はおそらく身体になんのダメージも負わない訳ではないだろう。


龍族が次々に魔法を撃つが、そのすべてを剣を持たないエースが撃ち落としていた。


まさに全力だろう。加えてフィナの魔法はこれまでの比にならないくらい発動までの時間が長い上に、光も強い。長いといってもほんの二、三秒。そのわずかな時間の後、魔法は発動した。


龍族以外の騎士団とデトラのメンバーはもれなく目を瞑ってしまっていた。


「なんでも良い! とにかく逃がすな!」


めちゃくちゃな方向に騎士団員達が魔法を撃つ。


薄目をあけて見てみると、エース達の方向に向かっているものもあれば、龍族の魔法を邪魔する物もある。


炎、水、風、雷、土、あらゆる魔法が飛び交うが、エースは一つたりともフィナに当てさせなかった。


エース達がふわりと浮き上がり、光の中に姿を消していく。


さっきまでの移動とは異なり一瞬で消える訳ではなく、身体の端から徐々に見えなくなっていった。


二人の全身が見えなくなると同時に光も消え、残った魔力の粒子がまるで雪が降るかのように辺りに拡散する。行き場を失った白い魔力たちは時間とともに地中に溶けていく。


周囲には静寂が訪れる。龍族の魔法が止まり、乱雑に撃たれていた騎士団員達の魔法もピタリと止まった。


もはや神秘的とも言えたその光景にそこにいる全員が見とれていた。


「……捜せ! 早くしろ!」


騎士団の部隊のリーダーが指示を出したのを皮切りに騎士団員達が慌てて動きだす。


「フランク。俺達も……」


メンバーの一人が言いかけたがそれを遮る。


「いや、無駄だ」


さっきまでの移動とは明らかに規模が違う。


瞬間移動の前にエースが屋根に登ったということは俺の“移動は視界内でしか行えない”という推測はおそらく正しい。


つまり空中から見渡せるすべての範囲に移動した可能性があるということになる。


たとえエースがあれだけの傷を負っていたとしても今からばらばらの方向に追って捕まえられる相手ではない。返り討ちにされるのが見え透いている。


つまり無駄な労力ということだ。


「帰るぞ」


メンバーに声を掛け、火の海となったフォートの街を眺めながら俺達は帰路についた。



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