表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユグドラシルの天啓  作者: hosiume
2/14

一章 逃亡。②

口から血を吐き、全体重を俺にかけてくる。剣を引き抜くと、支えを失った死体は地面に倒れた。


「部隊長は死んだ。お前たちはまだやるのか?」


死体から目を残った部隊に戻そうとしたとき、すでに敵の部隊の一人が俺の目の前で剣を振りかぶっているところだった。


「エース!」


フィナが俺の名前を叫ぶ。すぐさま剣を構え、相手の上段からの攻撃を横に受け流す。どうやら諦めるつもりはないらしい。


ふと違和感を覚えた。斬りかかってきた隊員は部隊長の死に対してあまりにも冷静だったからだ。


焦った感情、怒りの感情、そういったものが感じられない。


そう、まるで部隊長が死ぬことがわかっていたような。そういった反応。


もちろん俺の勘だ。証拠はない。とにかく対応が先。あとで聞き出せば済む話だ。


「全員俺の後ろまで下がれ!」


相手に降伏の意思がないなら仕方ない。味方にも負傷者が出ている。全員まとめて片付けよう。


俺に斬りかかってきた相手を風魔法で強制的に敵部隊がまとまっている位置まで吹き飛ばす。


味方が全員範囲外にはいったことを確認して、俺は左手に魔力を集中させた。


「フレイムストライク!」


下水道内が一気に明るくなり、高熱を発する炎で埋め尽くされる。敵部隊に向かって炎は迫り瞬く間に敵の部隊は炎に飲まれた。


敵部隊の何人かが水魔法をつかったのが僅かに見えたがどうやら効果はほとんどなかったらしい。


数名の水魔法を使った者を除いて絶命していた。水魔法を使った者でも今は気を失っている。


そのうちの一人を水魔法と雷魔法で無理やり起こした。呻き声を上げ苦しそうにしているがそんなことは気にしていられない。


「おい、お前たちの目的はなんだ?」


「うう……」


一応剣は構えたまま、敵の兵士に向けている状態で目的を聞き出す。しかし意識はあるものの、話すことは難しそうだ。


辺りには人肉の焼けた臭いが漂い、鼻を突く。あまり長居はできないだろう。


一応兵士たちの持ち物を探ると、ファント国の紋章が付いたバッジが出てきた。これで間違いなくこの部隊はファントの軍人だということが確定した。


ファント側の兵士がデトラの裏切りについて知らされていないことはどう考えてもおかしい。ましてやこの下水道内でなにか作戦を決行するなら尚更だ。


伝達ミスは当然考えられるが戦争中のピリピリした状況下でそんな初歩的なミスをするとは考えにくい。


明らかに異常だ。


「エース、急ごう。そんなに時間はないと思う」


「……そうだな」


本来の目的を忘れてはならない。ここでの予想外の戦闘により、下手をするとラットの指示に間に合わない可能性がでてきた。


「いこう」




拭いきれない違和感を抱きつつ、俺達は再び歩き始めようとしたそのとき。


ガラガラと凄まじい音をたて、天井が崩れ始めた。


「フィナ!」


真っ先に崩れたのはフィナの真上の天井。フィナの手を掴んで俺の身体の方に引っ張る。


俺はそのまま全力で風魔法を使い、崩壊から逃れるために全力で加速する。


天井の崩壊はそれほど広い範囲には及ばなかった。


「大丈夫か?」


「うん、ありがとう」


幸いなことにフィナに怪我はなさそうだ。


水を含んでいたためか土砂から出る土埃は比較的少なかった。落盤の原因はおそらく俺が使った魔法だろう。


「おーい! 大丈夫かー?」


向こう側に分断したギルド員たちに声を掛ける。


しかし返事はない。埋められてしまったのかそれとも声が届いていないのか。どちらにしてももう時間は残されていない。


「仕方ない。俺達だけでいこう」


幸いなことに俺達が分断された側からは目的の待機場所まで行くことができる。構造図はフィナが持っているため、迷うこともないだろう。


「うん。そうだね」


フィナも問題なさそうだ。


今度こそ俺たちは待機場所に向かって再び歩き始めた。



「おいおいおいおい、ど、どうなってんだ!」


目の前に広がる光景はにわかに信じがたいものだった。


龍族。名前を聞いたことはあるし、むしろ知らない方がおかしい。


この世で最強と謳われる種族だ。空を飛び、魔法を使い、鋼鉄よりも硬い皮膚を持つという。


しかし、普段人間とは関わりのない種族。そんな龍族が間違いなく、今この戦場の上空に姿を現した。


それもあろうことか背中に人間を乗せて。


ありえないのだ。そんなことは。龍族が人間に従うということはまずありえない。


空に浮かぶ数十匹の龍はそれぞれが背中に人間を乗せ、フォートの城壁から姿を現した。


人間の数倍の魔力を持つ龍族とその背に乗る人間が、同時に大規模な魔法を放つ。


さすがの俺でも一人でこの数は対処できないだろう。第一波を避け、今は前線から離れた位置にいる。


龍の魔法に対処することができる人間はほとんどいない。その種族間には埋められない絶対的な魔力量が理由だ。せいぜい一流の魔術師が全力を出してようやく互角といったところだ。


デトラでも対処できるのは恐らく序列入りしている奴らのみ。


普通の人間が直撃すれば間違いなく死ぬ。


龍が現れてほんの一瞬で、デトラ含むファント側のギルド員はほぼ壊滅状態となった。


強力な炎属性の魔法によりさっきまで草木が生い茂っていた平原は見る影もない。


「フランク、仕事だ」


突然後ろから名前を呼ばれる。聴き慣れた声だ。


「ラット! 仕事!? んなこと言ってる場合じゃねぇだろ!なんなんだよこれは! どうなってんだ!」


ぐふふふ、といつもの気味の悪い笑みを浮かべてラットは目を細めた。


「簡単なことだ。アーダントが龍族と交渉でもしていたんだろう。とにかくさっさと行くぞ。ここはもう良い」


「おい、残ったギルド員はどうすんだ」


「構わん、放っておけ。生き延びたい奴は勝手に逃げるだろうし、序列入りしている奴はもう引き上げさせている」


俺はラットの言っている意味がわからなかった。これでは今回の依頼は失敗だ。報酬はもらえない。


普段のラットならば依頼が失敗ともなればそれはもう大激怒だ。怒り狂ってしばらく機嫌が悪くなるというのに。


「依頼はどうするんだ、そんな顔だな」


俺が訝しげな表情をしていたのを見てラットが嬉しそうに答える。


「大丈夫だ、依頼は失敗していない。ほらさっさといくぞ」


俺の返事を待たずにラットは荷車を隠している森の方向へと歩き出す。


すぐに馬に乗った世話係の奴が現れたかと思うと、後ろに乗せて行ってしまった。


俺は凄惨な戦場を横目にラットを追った。残されたメンバーでは到底、勝目はないだろう。


風魔法で追走し、森に入る。龍族の魔法は俺達が荷車を置いているところまでは届いていない。


かなり距離があったのだから当然なのだが、龍族の魔法がどれほどのものか、見るのは初めてだったため、この後もこの森が無事で済むのかどうかは分からない。


あれほどの数の龍族、それも驚いたがそれを人間が従えていたことが一番問題だ。魔法の規模から見て乗っていた人間が使っていた人間は恐らく軍人だろう。


厄介なことになりそうだ。なんとなくそう感じる。


ラットの姿が見え、俺は荷車を隠していた広場までたどり着いた。


そそくさと専用の荷車に入っていったラットを追いかける。中は相変わらずのきつい香水と煙草の混ざった臭いがした。


中ではすでに副マスターと序列入りしているメンバーが集まっている。


テーブルを中心に約十名。序列二桁以下は呼ばれていないようだ。


全員の表情を見るとまだ何も説明されていないらしい。


「これで全員集まったな。では次の仕事の内容を話す」


ソファーに腰を落としたラットに全員の視線が集まる。


「次の仕事は」


ラットが一旦言葉を区切り焦らしてくる。おっさんの焦らしなんて誰も求めてないんだよ。さっさと言え。


「エース、フィナの抹殺だ」


その場にいる全員の動きが一瞬止まる。聞き間違いか? 声を上げるような奴はいなかったが全員が動揺しているのが分かった。


「ついさっきアーダントの依頼主から連絡があってな。俺達が裏切ったことについて追求された。それで今回の責任者は誰なんだと聞かれてな。当然、今回ファントと交渉したエースとフィナに全責任があるだろ? というわけでやつらを抹殺すれば今回のことについてはお咎めなしとのことだ。みんな頼むぞ」


「ラット、何を言って……」


「ん? フランク。どうかしたか? 昨日ファントと交渉したのは誰だった?エースだろ? 俺達は脅されて、今日アーダントを裏切ったんだ。そうだよなぁ?」


ふつふつと怒りがこみ上げる。こいつら保身のためにエースたちを売ったのか。


俺達はギルドだ。金さえ積まれればどこにだって付く。問題は俺達がアーダントの依頼を無視してしまったこと。


依頼の失敗なら報酬を支払わなければそれで済むが、依頼の放棄とあっては依頼主も黙ってはいない。


それも国からの依頼ともなれば尚更だ。


序列一位と二位の奴ならギルドの指揮権を持っていても何も不思議じゃない。


現にデトラでも序列入りしている奴らにはある程度の特権がある。


それを利用しての責任の押し付け。卑怯なやり口だ。


「みんな知っていると思うが、デトラのツートップだ。簡単に倒せる相手じゃない。しかし心配するな。アーダントの騎士団も動いてくれるそうだ。それにフランクもいる。当然、騎士団には協力するようにな」


デトラの序列一位と二位が相手か。エースとフィナとは序列入りしてすぐに手合わせした。当時負けたときはかなりショックだったことを思い出す。


「それとやつらは魔人だ。どれだけ優勢になっても気を抜くな。なにがあるかわからない。なんとしても殺せ。逃せば……」


ラットはその後の言葉を話さなかった。エース達に逃げられた場合今度こそラットは責任を負わなければならなくなるだろう。


国からの依頼を裏切ったんだ。失敗した時にこうなることくらい分かっていたと思うんだがな。


そしてデトラがなくなってしまった場合。ここにいる奴らはともかく序列入りしていないメンバーは路頭に迷うだろう。ま、そんなことは知ったこっちゃない。


「悪いが俺は降りさせてもらうぜ」


「なにぃ!?」


気分が悪い。俺としては是非ともラットに責任を取って貰いたいものだ。デトラがどうなろうが俺にはどうでもいい。


「金は出ないんだろ? だったら俺は参加する意味がねぇ。てめぇが死のうがどうだっていいからな」


ぐふふふ、と気味悪くラットが笑った。不愉快だ。


「何がおかしい?」


「俺もどういう訳か知らないが……。エース、フィナの抹殺はアーダント側からの正式な依頼だ。もちろん金が出る。ファントからの依頼はリスクが大きかったからな、お前達には言っていなかったが失敗したときのために前金を貰っていた。加えてエース、フィナの抹殺依頼にはかなりの額が提示されている。もちろん成功報酬だがな。フランク、お前がここで降りるなら今回の報酬は全てなくなる。それでもいいのか?」


足元見やがって……。たしかにラットの言う通り、今依頼から降りればファントからの依頼の報酬も受け取れなくなる。


契約書の規約はデトラ本部までの帰還、基本的にこれが依頼の達成条件だ。


ギルド全体に対する依頼の場合のみだが、不運なことに今回はそのケースが当てはまる。


「っち……。いいだろう。受けてやるよ」


「おお、そうかそうか。なら、よろしく頼むぞ。全力を尽くしてくれ」


俺の左肩をポンポンと叩き、満足げな表情でラットは頷いている。反吐が出る。


「ギルドマスター、あの二人魔人だったんですか?」


テーブルから遠い位置でラットへ質問が飛んだ。誰だコイツ。見たことねぇな。


「ああそうか。お前は知らなかったか」


魔人。魔力が高く、体力、頭脳、全てにおいて人間よりも優れた存在――。と言われていた。今となっては魔人なんていなかったことになっている。


というか存在していること自体知っているやつの方が少ないだろう。なにせ見た目が人間とまったく同じなのだから。


一部で神の生まれ変わりだ、なんて言ってる奴らや、魔人は悪魔だ、なんて言ってる奴らもいる。どちらも極少数な上に相手にされていないのだが。


事実、魔人は実在していた。あまりにも少数だったから今の代の王様が統合したとかなんとか。


よく分からないがフィナからちょいちょい話は聞いていた。ま、もともとはラットから聞いたんだがな。


普通ならそんなこと言っても誰も信じないだろうからな。この中で知っていたのもたぶんラットと俺だけだろう。


「まぁそういうわけで頼むぞ。


魔人といってもさすがに騎士団とデトラをまとめて相手にはできないだろう。


お前たちは下水道に向かってくれ。アーダントの騎士団と挟み撃ちにすることになっている」


話が終わり、メンバーがぞろぞろと外に出ていく。乗り気じゃないが金のためだ、仕方ねぇ。エース、フィナ、悪く思うな。



落盤があってからどれくらい時間が経っただろうか。どうにか指定された待機場所まで辿り着いた。


ラットから渡された魔力結晶にまだ反応は無い。間に合った。


待機場所に指定されていたのは下水道の側面にぼこっと空いた広まった場所だ。おそらく作られた時に作業の道具や部品を置くために作られた場所なのだろう。


本来十二名で待機するはずの場所に二人しかいないためかなりの余裕がある。


「フランク達うまくやってるかな?」


「大丈夫だろ。あいつらなら負けないさ」


ラットから渡されたクリスタルをじっくりみながらフィナに答える。実際今の戦況でフランクがいて負けるということは考えにくい。


「それよりも分断された部隊のことの方が心配だ。あいつら埋もれてないよな?」


「位置から考えると大丈夫だと思うんだけどね。落盤の範囲はそんなに広くなかったし、悲鳴とかも聞こえなかったし」


フィナに言われて気づく。


「そういえばまったく悲鳴がなかったな」


「デトラは強いギルドだからね。当然だよ」


無い胸を張って得意げにフィナが言う。しかし不自然だ。あの時も違和感があったが、なにか嫌な予感がする。


もし下敷きになっていたなら、普通の人間なら叫び声の一つや二つはあげるんじゃないのか?


それとも恐怖で声が出なかったのか……。


また胸に引っかかる感じ。杞憂だと良いんだが。


いくら考えてもこの突っ掛りは解決しないだろう。なぜなら確信を得られないからだ。


「エース」


「ああ、いこう」


ついに魔力結晶が赤く変色した。いよいよ突入だ。


下水道の出口は入口と同様に石で固められた円形になっている。外の様子に気を配りながらいよいよ出ようとしたとき。


「エース!」


「わかってる!」


凄まじい轟音と共に大量の炎の波。全方位から押し寄せるそれは下水道内の壁を削りながら、俺達を中心に収束しようとしている。


進路を防ぐように水属性の魔法を発動させるが、急造な上に相手の魔法の威力が高い。


炎と水が接触し、が蒸発する音が周囲に響く。しかし勢いを止め切ることはできず、俺たちの目の前まで迫ってきていた。


「っつ」


今度はフィナが目の前に水の壁を作り、勢いを防ぐ。二度目にも関わらず勢いを失わずに押してくるが、しばらく競り合った後、両方の魔法が同時に消えた。


「フィナ! 助かった!」


「気にしないで」


周囲を警戒する。いくら魔法の構築が甘かったとはいえ、俺の魔法が押し負けるということは相手もかなりの使い手だ。


もしくは複合魔法の類だろうか。


「ほう。今の魔法を防ぎきるか」


人影が見え、下水道の出口から中に入ってくる。始め、逆光で姿がはっきり見えなかったが中に入ってくるにつれて徐々に顕になる。


胸にアーダントの紋章が入ったバッジ――、それもただのバッジではない。通常の紋章に加え描かれた剣の数が一本多い。騎士団の紋章だ。


「エース・スマイスにフィナ・スマイスだな。私はハンズ。ハンズ・クライスだ。君たちに恨みはないがここで死んでもらう」


ハンズ・クライス。アーダント騎士団の騎士団長。もちろん聞いたことのある名前だ。


ハンズはゆっくりと腰に差した剣を鞘から引き抜き、構えた。


「なぜ王都にいるはずの騎士団長様がこんなところにいる?」


さっき戦闘した兵士もファントの軍人だった。ましてや騎士団長が直々にこんな戦闘地域にくるのはおかしい。


加えてなぜ俺達に気づけたんだ? 待ち伏せにしてもタイミングが良すぎる。


「すまないが、質問には答えられない。いざ!」


一瞬でエースの目の前に移動したハンズはエースに斬りかかる。


「フィナ! やるぞ!」


速い。騎士団長とだけあって剣撃の威力、精度、速度、どれをとっても一級品。


風魔法を使いながら様々な角度で攻撃を仕掛けてくる。型が整い、マニュアルに沿った剣術だ。


中でも中段の斬撃が異常なほど速く、精度が高い。すでに躱しきれずに戦闘服に何箇所か傷がついていた。


それでも致命傷にならないように回避しながら少しの隙を見つけては反撃を加える。


魔法を挟みながら俺はハンズを出口付近まで追いやることに成功した。


「ストームウィンド!」


着地の隙を狙ったフィナの放った魔法がハンズを捉えた。呻き声を上げながら、大きく後ろに吹き飛ばされる。


下水道の出口に当たりそうになり、身を捻って躱し、ハンズはなんとかダメージは回避した。


「まさかこれほどまでとは……」


下水道の外まで飛ばされたハンズにエースが追い打ちを掛ける。


「アイスランス!」


宙に出現した無数の水の塊が凍り、鋭い先端を持つ氷へと変化した。そのままハンズへと一直線に向かっていく。


ハンズに氷の槍が届こうとしたときだった。ハンズの後ろから飛んできた炎の魔法が槍を相殺した。


「団長、ここまでです」


ハンズの後ろから人が出てきた。見た目からして騎士団員だろう。


下水道出口付近にある盛り上がった丘から騎士団員が続々と姿を現す。


これを見ていよいよ疑念が確信に変わっていく。


どうやら嵌められたらしい。ラットの合図があったと同時にこの人数での待ち伏せ。どう考えても俺達の作戦がバレている。


本隊が負けたのか? 何があったんだ。


「……もう少しやらせてくれないか?」


「いけません。このままでは死にますよ?」


納得いかなさそうな表情をハンズが浮かべる。しかし騎士団員は気にしていない様子だ。


「構え! 下水道は破壊しても構わん!」


丘からでてきた騎士団員の集団が数人ごとに魔力を集中させている。


どうやら今の魔法もさっきの魔法も複合魔法だったようだ。


騎士団員達の魔法が一斉に発動した。


地響きが起こり、地面が激しく揺れ、エース達の目の前の地面が鋭く盛り上がった。


逃げ場は下水道内に入るしかない。仕方なくエース達は下水道内に入り魔法に対処した。


一点突破することもできただろうが、すでに待ち伏せをされていたことを考えるとさらに状況が悪化する可能性もある。


下水道内に入っても魔法の追撃は止まらない。次々と盛り上がっては破壊されるまでエース達をしつこく追い回す。


その一つ一つをフィナは魔法で、エースは剣で撃ち落としていく。


「っち!」


数十人による連続の複合魔法。これは非常に強力だ。


加えてさすがは騎士団員といったところで、連携も上手い。お互いの魔法が相殺しないようにきっちり合わせてきていた。


なんとか対処できているものの、このままでは埒が明かない。


「フィナ!」


「りょーかい」


こんな時でも間延びした声。まったく緊張感のないやつだ。


しかし、それは自信の裏返し。まったく、心強い。思わず頬が緩む。


相手の魔法を一掃できる位置取りへとエースが移動する。


「ライトニングストーム!」


一点で発生した電気の塊が分裂して一気に土の針を壊していった。そのすべてを壊しても魔法は止まらず、外にいる騎士団員達に向かって進んでいく。


騎士団員達から驚きの声が上がり、それぞれの部隊で防御魔法を発動させたようだ。


「逃げるぞ!」


その隙を逃さず、俺達は振り返って下水道内に入る。


「追え! なんとしても逃がすな!」


なんとか魔法を処理しきった騎士団が追って下水道内に入ってきた。


全員が風魔法を使用し、狭い空間の中を凄まじいスピードで移動する。


一分ほどの追跡で、すでに少しずつ差は開いていた。騎士団員達はエース達のスピードについていけていない。


入り組んだ下水道の中、視界は悪い。


騎士団側は炎の魔法で光源をつけているがエース達は付けておらず、追跡は一度見失えばエース達は逃げ切れるだろう。


一度通っている分、エース達がかなり有利だ。


もうすぐ落盤が起きた位置までくる。


「フィナ。頼む」


「おっけー」


落盤した場所はすでに地上の土は崩れている。あそこの土さえ処理すれば外に出られるだろうとエースは判断した。


しかし、目的地への最後の角を曲がった先に見たのは予想外の光景だった。


「フ、フランク……」


すぐに状況を察する。いたのはフランクだけじゃない。デトラの序列一桁のメンバーが勢ぞろいしていた。


「すまんなエース。悪く思うなよ」


嫌な汗が頬を伝うのが分かる。


さっきの騎士団長に加えてデトラのメンバーとなってはさすがにまずい。


完全に挟まれた。どちらか一方を突破するしかない。


どちらに出たところでまた待ち伏せされていることは明白だが、この状況が続くのはさらに苦しい。


「フィナ、後ろは任せた」


小声でフィナに伝えると、エースは騎士団員に向けて加速する。狭い通路の中での戦闘となると数の有利が取りにくい。


まるで一対一を繰り返すような状況になりはしたものの、さすがに致命傷は与えられずにいた。


掠り傷とはいえ、体力は確実に消耗してきている。


「それ以上はさせん!」


それまで後ろの方で傍観していたハンズが炎の魔法を打ちながら前に出てくる。


「クソッ!」


デトラと騎士団は挟み撃ちをしてしまったがために、現状では大規模な魔法を打ち辛くなってしまっていた。


かといって今追い詰められているのはエース達だ。騎士団とデトラが包囲を解く訳はない。


「エース! 捕まって!」


フィナがエースの鎧に手を触れる。次の瞬間、妙な浮遊感がエースを襲い、身体が光りだす。


ほんの少し地面から浮くと、身体を包む光は一層強さを増し、次の瞬間にはエース達はハンズの目の前から消えた。


「なんだ!?」


ハンズを含めた周囲のほぼ全員が驚きの声をあげる中、フランクだけはエース達を見つける。


「後ろだ!」


一斉に騎士団が後ろを振り返る。すでにエースとフィナは出口に向かって走り出していた。


「追え! B班! 対象が出る、準備しておけよ!」


副団長と思われる人物が魔力結晶を使って外の部隊へと連絡を入れる。


「くそっ! なんだ今のは!」


エース達を追いかけながらつい愚痴が溢れる。一瞬にして目の前から消えるなんて聞いたこともない魔法だ。


「確信はありませんけど、普通に考えれば固有魔法でしょう」


後ろから追いかけていたフランクが副団長に追いつき、話しかける。心なしか副団長の表情が曇った。


「奴らが魔人だということは聞いているんでしょう? 


だったら尚更警戒しておいた方が良い。たぶんまだ奥の手は隠しているはずだ」


「……フン! 肝に銘じておくよ。忠告、感謝する」


その言葉を聞きフランクは移動の速度を上げる。すぐに姿が小さくなって行くフランクを見て、副団長は口の端を噛み締めた。


「ああ、それと」


前に出ていたフランクが速度を落とし、再び話しかける。


「推測ですが、あの移動方法は目に映る範囲だけでしかできないはずです」


「何?」


「普通に考えてそうでしょう?


自由に移動できるなら地上にでるはずだし、そうでないにしても俺達から見えるあんたらの後ろの位置に移動するなんて不自然だ。


いろいろ制限があるんでしょう。ま、あってるかどうかは知りませんけどね」


再びフランクが移動速度をあげる。今度こそ副団長との距離が再び縮まることはなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ