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ユグドラシルの天啓  作者: hosiume
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四章 魔女。④

「……くっそがぁぁぁぁ!」


短期間のうちに芽生えていたハイリへの思い入れが俺に声を荒げさせる。ほんの一週間程度の付き合いだが、彼から受けた影響はすでに俺にとって無視できないものとなっていた。


声は荒げつつも、それ以上なにかができるわけでもなく、無力な自分を責めることくらいしかできない。


近づいてくる化け物に這いつくばりながらチャンスはないかと模索するもそれも徒労に終わる。


圧倒的なスピードに未知の魔法。自分の固有魔法(ユニークスキル)に自信があったからこそ、怠っていたスピードへの対策を今更ながらに後悔する。


「ワタしのうデはタカイゾ」


顔面に向けて飛んでくる化け物の蹴りを手で直撃は防ぐが、勢いを殺すことはできずにすぐに顔に痛みが走る。


いたぶるように次々と蹴りを繰り出しては俺の様子を伺う化け物は、とても楽しそうだった。魔法を全く使っていない、純粋な身体能力のみの蹴りでも今の俺には十分過ぎる威力で、すぐに対応できなくなる。


俺が対応できなくなったのを見計らったように、肋骨が折れているであろう腹に向かって蹴りが飛んでくる。


無防備な腹に入った蹴りは今までのどの攻撃よりも俺に激痛をもたらした。もはや叫び声にもならない息だけの掠れた声は化け物の欲を満たすのには十分だったらしい。


「はハは、コッケいダな。イイザまダ。ソロそろラクにシてヤロう」


うずくまる俺にとどめをさすべく、近くまで歩いてくる化け物はその容姿ともあいまってさながら死神のようだ。人間とは異なる姿とは言え、顔に浮かべているその表情が満足そうなのは簡単にわかった。


「……んン!?」


進めていた足をふと、なんの前触れもなくぴたりと化け物の足が止まる。それはまるでその瞬間に一切動くことができなくなってしまったように。なにかに強制的に止められてしまったように。


「ナ、なンダこれは」


俺の後方の虚空を見つめて固まってしまった化け物の視線の先を苦しい姿勢で追う。なにもない。特に変わったこともなく、足を止めた理由はわからない。何かにおびえるように化け物の手は震えていた。


「こ、コんナことが、アってイイハズがなイ……」


現実から逃げるように小さく呟いた後、化け物は後ろに大きく飛び退く。次の瞬間、ついさっきまで化け物のいた場所にボロボロのローブがなびく音だけを携え現れた影は、俺のよく知っているものだった。


「……エース」


紫電をまとったその背中は今この瞬間、何よりも頼もしく見える。すでに仲間ではないうえに、裏切った張本人である俺がこんなことを考えているのはおこがましいが、そんなことはどうでもよかった。エースにどんな風に思われようが、俺は今ここで死ぬわけにはいかない。


ちらりと少しだけエースの横顔がこちらを向く。その顔に表情はなく、何を考えているのかはわからない。だが少なくとも良い感情ではないことはわかる。


「……そウか、オマエか」


化け物とエースの視線が交わる。


「よクもイザナギヲやッテクレタなァアアア!」


化け物が叫び声をあげ、エースに突っ込んだ、そう思った。魔法は確かに発動していたし、化け物が纏う殺気は本物だった。勢いよく進み始めた化け物の身体と頭は切り離され、身体の方は勢いを失うことなく進み俺の目の前に転がり崩れる。


目で追うことなど到底できない異次元のスピードでエースは化け物がいた後方に移動していた。フィナの使う魔法とはまた性質の異なったものに見える。通り道にはその名残であろう紫電が土に纏わりついて今でも流れており、その威力を物語っていた。


目の前にある化け物の身体がみるみるうちに砂のように変化し、宙に溶けていく。すべてが砂に変わるわけではなく、一部分は形を残していた。最終的に残ったのは一振りの刀だった。正常な判断力と体力が残っていれば真っ先にその刀を確認するだろうが、今の俺にはそんなことを気にする余裕はもうない。


「……エース」


再び元同僚の名前を呼ぶ。しばらく硬直していたエースはしばらくして振り向く。相変わらず表情はなく、冷酷ささえ感じた。何も言わないエースに俺から促すこともできずに、話始めるのを待った。


「……今のお前にアリアを渡すわけにはいかない。でも……必ず迎えにこい」


その言葉を聞いて言いたいことは山ほどあるが、残念ながら俺の意識がもう持ってくれそうにない。暗闇に手繰り寄せられる感覚に抵抗するのはもう限界だった。


「……なんで、お前が」


アリアを知っている、そう言おうとしたところで俺は意識を手放した。化け物が残した刀をエースが拾い上げ、まじまじと見つめる。エースといえども倒した相手の身体からなにかが出てくるというのは初めてだろう。危害がなさそうなことを確認すると自前の剣が刺してある左側の腰へと並べて納めた。


「……フィナ、いこう」


俺の後ろの木の陰からフィナが姿を現す。俺の状態を見て一旦は立ち止まるが、エースが制止した。時間がない、それだけ言うとグルードのメンバーの方に歩き出す。


「だれかが治療してくれてる……。フランクの仲間かな。ねぇ、やっぱり……」


「大丈夫だ。あれくらいじゃあいつは死なない」


「……わかった。なかなか大変そうだね」


倒れたグルードの面々を見渡して軽く息を吐いた。今の状況を考えればフィナの魔法での移動が最も効率的だが、人数が多いため魔力の消費量を考えると難しいのかもしれない。


「でも急がないと。ここに来る途中に麓でエリシアの騎士団が見えた。すぐにここまでくると思う。それにちゃんと治療もしないと」


俺たちがここにきてからもうかなり時間が過ぎている。町民が異常に気付いて騎士団に通報し、騎士団が動き始めるには十分な時間だ。特に状態のひどいアリアは急いで処置しないと後遺症の可能性もある。


「よし、いこう。アリアとライトを連れて先に行ってくれ。往復になるけど大丈夫か?」


「大丈夫。わかった」


運ばなければならないのは計七人。エースが二人抱えて運ぶにしても足りない。一度に大人数運ぶよりは分けた方がフィナの負担は少ないようだ。フィナがまずアリアの身体を持ち上げ、右肩に抱えた。エースが手伝いもう片方の肩にライトを抱える。そして魔法を発動する。身体が発光し始め、宙を見上げ少しの間の後姿を消した。


「さて……。俺も急がないと」


残されたエースがぽつりと呟く。残された五人のうちスラックとチャンを残してミーア、レイ、メイを抱え、魔法を発動した。


広い空間に久々の静寂が訪れる。しかし元の姿は見る影もない。地形は変化し、残された血痕と四人の人間、そしてまとっていたスモークは徐々に戻りつつあるものの、まだ時間がかかりそうだ。


長かった戦いは、ようやく終幕を迎えた。





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