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ユグドラシルの天啓  作者: hosiume
10/14

四章 魔女。②


”魔女の森”の探索を開始してすでに四日が経過した。総合的には順調にいっているといった印象だが、未だに”魔女の館”は発見できていない。


初日には困惑した魔力の濃さにも慣れてきたが、やはり万全とは言えず”魔女の森”で使う魔法の完成度は普段に比べると威力も精度も落ちていた。


マッピングの方は順調で、すでに山の半分程度の地形や構造がわかってきている。


俺とフィナが入ったことで山道の整備も同時に進められ、毎日通る主な道はかなり歩きやすくなった。懸念しているのは山を管理しているエリシアの騎士団に見つかることだが、今のところその問題もなさそうだ。


どうやら”協力者”の力が働いているらしい。山の麓に常設されている見張り小屋には毎日止められることもなく山に入れている。


「スラックぅーまだやるのー?」


「やるのー?」


レイとメイは飽きてきたのか三日目あたりからこの調子だ。気持ちはよくわかる。正直いってマッピングの作業は地味だ。基本的にはただひたすらスラックについていくだけなので、これほどつまらないこともなかなかない。


「ほら、いくよー」


駄々をこねる双子の二人をミーアがなだめる。この四日間ですでに見慣れた光景となった。


そして今日の作業が始まった。いつも通りメインになっている道を風魔法を使って山を登り、そこから伸びている無数の脇道の一つに入る。


「よし、今日はここからだ」


スラックの一言を皮切りにライトが地図を描いている紙を取り出して、筆を進め始めた。スラックから情報を聞きて描写、スラックが書かれた絵を確認して修正。この繰り返しだ。


はっきり言ってめちゃくちゃ時間がかかる。初日にライトが立候補したのはやる気があったからだと思ったが、こうなることを想定していたのかもしれない。何もすることがないよりはいいだろう。


”魔女の森”では思っていた以上になにも起きなかった。はっきりいって危険地帯などではなく、ただのスモークのかかった綺麗な山という印象でしかない。


ときどきでてくる獣や、木々は少しばかり規模が大きいだけだけで他の山のそれと大差がなかった。最初こそスモークは不気味だし、魔法が使いづらい環境ということもあって緊張したが今では見る影もない。


はっきりいって油断しているこの状況はよくないことはわかってはいるが、どうしても気を抜いてしまう。


スラックとチャンとライトは最前列で探索を先導し、ミーアとレイ、メイは固まってじゃれあい、フィナとアリアは最後尾でおしゃべりし、俺は居場所がなく団体の前と後ろを行ったり来たりだ。


時にはスラックに呼び出され、時にはフィナから呼ばれ、時にはレイとメイに絡まれる。そんなことをしながらも道の整備のために常に魔法は行使していた。


太陽の位置がほぼ真上に差し掛かった頃だった。これまでにはなかった地形が目の前に現れる。


森の中にポッカリとあいたスペースがあったのだ。ブロン山自体はそれほど険しい山ではなく、なだらかな傾斜になっているがそれでもここまでの広さの平地はこの五日間で初めてだった。加えて心なしかこの空間だけ少しスモークが薄い。


珍しい地形は今までも見つけている。峡谷や崖、川など、スモークのせいで絶景が見えづらいのが残念だが、それでも壮観だった。


薄っすらと生えた草木と背の高い木から漏れる少量の木漏れ日が、幻想的だ。本当にスモークがなければ、と思ってしまう。


「す、すごーい……」


少し遅れてきたフィナとアリアが感嘆する。普段は騒がしいレイとメイも口をポッカリ開けて目を輝かせていた。


引き続きマッピングを続けるスラックとライト。スラックに関しては余裕がないだけかもしれないが、二人はこういうことには興味がないらしい。皆が騒ぐ中、黙々と作業を続けていた。


一通り作業が終わったのか二人はまた歩き始める。今日のルートはエリシアの騎士団が整備した跡は見当たらない。すでに未踏の領域の筈だ。


背の低い草木の生えた地面は固かった。この感じだと道を整備する必要はなさそうだ。そんなことを考えながら、中央付近に差し掛かった時だった。使い続けていた“目”で見た先に違和感が現れる。


「なんだ……?」


ピキピキと固いはずの地面に亀裂が走る。既視感があった。つい最近どこかで見た光景。その既視感の正体を思い出す暇もなく、ボコボコと音を立てて、徐々に姿を現す。


その瞬間に身体に走る嫌悪感。あの時と同じだ。最初に出てきたのは手だった。その手にはあるべきの”肉”がなく骨がむき出しになっている。その様相はまさに物語によく出てくる"ゾンビ"そのものだ。じわりと頬を伝う汗が気持ち悪い。


そして右手を支えに地上に這い上がってくる。被り物を被った頭が最初に見え、次に鎧をまとった胴体が地上に出た。ついに全身を露わにしたそれは”肉”が全くない骸骨そのものだった。


「やれやれ。久しいのぅ」


喋った。いや喋ってしまった。その姿からはありえてはいけないことだ。まるで禁忌を犯してしまったような、嫌な感覚が体中を駆け巡る。


そしてまとっている被り物、鎧、腰に刺さった剣のようなもの。あれは確か……。


「東洋ノ鎧ト兜、ソレニ刀ヨ」


思考を読んでいるかのように険しい表情のチャンが補足してくれた。思い出した。昔一度だけ見たことのある東洋の武装だ。


こいつはやばそうだ。見た目が悪いとか、気味が悪いとか、そんな次元ではない。もっと本能的な嫌悪感。無条件に敵だとわかってしまうのだ。そしてある程度の実力も。


俺とフィナを除いて全員が、スラックでさえどうしていいのかわかっていなかった。経験の差かそれとも勘の領域かもしれない。すぐに臨戦体制を取れたのは俺たちだけ。そしてその一瞬の隙は致命的なものとなる。


「はぁー」


骸骨は上半身を地面すれすれまで折り曲げて、どこから出ているのかわからない息を大きく吐き出す。そして勢いよく上半身を振り上げた。


「ライトニングストーム」


唱えられた魔法は上級の雷魔法。まず骸骨のいる場所の周囲の地面が隆起し、円形状に地面がめくれ上がっていく。


放たれた雷は勢いを衰えることはなく、凄まじい音をたてながらこちらを襲ってきた。不意をつかれたグルードのメンバーがなんとか魔法を唱えたのは見えたが、防ぎきれるかどうかはまた別の話だ。


驚いたのは効果の長さだ。まるで全ての魔力をつぎ込むが如く、魔法は続いた。咄嗟の発動で自分だけを守っていたが、その範囲をフィナ以外の全員に広げる。


どれほど経っただろうか。ようやく魔法が終わったことを確認して発動していた土魔法を解除した。


「ふむ、今のではだめなのか。こりゃあたりを引いたようじゃの」


そしてまた骸骨は体を折り曲げる。また息を吐くのかと思いきや、今度は”魔力のスモーク”を吸った。


「そんな馬鹿な」


ぼそりと呟いたスラックに心の中で賛同した。スモークはみるみるうちに骸骨の口元に吸われていく。骸骨の周囲に存在するスモークが晴れ、”目”で骸骨を見ていた俺はなにが起こったのかはっきりわかってしまった。


見た目通り”空気中の魔力を取り込んだ”のだ。上級魔法を長時間放ったことによって少なくなっていた骸骨の魔力はしっかり充填されていた。それどころか放つ前よりも魔力量が多くなっている。


「……魔女の森ってのはこんな化け物を飼っているのか」


これがどういうことか。嫌でも理解するしかなかった。空気中の魔力を取り入れることができるという事実を。それもよりにもよって濃度の高い”魔女の森”で遭遇してしまったのは最悪だ。実質無限に魔法が使えるということになる。もしかしたら制限などがあるのかもしてないが、可能性は低そうだ。


「自己紹介がまだじゃったな。我が名は伊邪那岐イザナギ。よろしくの」


骸骨は呑気にあいさつし、イザナギと名乗った。そもそもの正体がわからないためなんとも言えないが、少なくとも人間ではないこの骸骨に名前があることに違和感を覚える。


あっちのペースに付き合う理由はない。腰に下げた剣に手を伸ばし、風魔法を発動する。イザナギによって崩された足場がやりづらい中、風魔法を使いながら炎属性の上級魔法を五つ用意する。


「フレイムストライク」


上下左右からイザナギに向かって放った魔法が着弾したが、手ごたえはない。真上に跳んで躱していたイザナギが風魔法に重力を乗せてそのまま切りかかってくる。


「随分と手荒な奴じゃわ。名前くらい名乗ったらどうじゃい」


声をかけてくるイザナギを無視して、炎魔法を付与した剣で相手の刀を受け止めた。イザナギの刀には雷属性が付与されており、次々と斬撃を放ってくる。


剣術の腕は間違いなく負けていると感じた。少し打ち合っただけでもハンズよりも腕が上だと分かる。イザナギは魔法を加味してもハンズより間違いなく強いだろう。それが意味するのは大陸中を探してもこいつを倒せる人間の数は片手で足りてしまうということだ。


このまま打ち合いを続けても不利だと思い、風魔法で後ろに引くがイザナギも分かっているようで距離を取らせないように追従してくる。


「ぬふふ、させんぞ」


笑った。感情もあるのか。言葉を話している時点で知能があることはわかっていたが、判断力も十分に兼ね備えているらしい。これはなかなか手こずりそうだ。


それでも無理やりに土魔法を使って壁を作り、追撃できないようにしてみるが案の定一瞬で雷魔法を使って突破してくる。さっきのような広範囲の攻撃ではない魔法だと上級の土魔法でも防げないようだ。


こうなってくるとこちらももう少し力をださないといけなくなる。イザナギの刀の斬撃をなんとか防ぎながら、もう一度隙を作れた。今度はもう一段階上だ。


「うっそだろ……」


誰かが後ろでつぶやいたのが聞こえた。今度の土魔法は最上級魔法だ。光沢を帯びた薄い金属の壁が地面から生える。さすがのイザナギもこれを突破することは断念したようで、魔法すら放たずに後ろに下がった。


「……ふふふ、はっははは!」


魔力を失った金属の壁がボロボロと崩れるのを見ながらイザナギは嬉しそうに下を向いて笑っていた。そして顔を上げたとき、ぎょろりとこちらを見た気がした。


「あたりなんてもんじゃないのぅ、こりゃ。それともわしが眠っている間にこうなったのかのぅ?」


ありえないのぅ、と最後につぶやいてイザナギは抜いたままの刀を振り上げ、そしてそのまま崩れたままの地面に刀を差した。開いた両手で腕を組み、また話し始める。


「お主、わしのことを化け物だと思っておるじゃろ」


「違うのか?」


「いいや違わない。じゃがな」


イザナギはそこで一拍置き、口元をいびつに歪ませた。


「お主の方が化け物じゃ」


そしてその次の瞬間。一帯にあった魔力のスモークがイザナギの周囲に一挙に集まっていく。先ほど息を吸っただけのときとは比べ物にならない量だ。空を見上げれば、すでに上空の魔力のスモークが晴れ、太陽が見えてしまっていた。周囲に吹き付けていた風が収まり、土ぼこりが徐々に晴れていく。


「剣を交えながら最上級を撃つやつなんぞ聞いたことがないわい。じゃが、だからこそ、腕がなるのぅ」


土ぼこりが晴れた先にすでに先ほどまでいた骸骨の姿はなかった。白い長髪は健在で、顔、胴体、つま先まで薄黒い肌が付いており、小さかった身長も伸びてる。その風貌は一見人間のそれに見えるがぎらついた蛇のような目と、兜が取れた頭から生える角がそれを否定していた。


その姿は”鬼”そのものだった。


「いざ参る」


速い。本来そんな言葉で片付けてはいけない水準だ。目で追うことすら難しいほどの速さでイザナギが接近してくる。先ほどまでとははっきりいって比べ物にならない。


対応に対応を重ねる。防戦一方になるが構わなかった。すでにフィナが後ろで準備してくれていることに俺は気づいていたからだ。俺たちの間で決めている”ルール”、それに則ってフィナも動いてくれている。


ギリギリで躱す。また躱す。先ほどまでと違ったのは速さだけではない。炎魔法、水魔法、風魔法、雷魔法、土魔法。四大属性と雷属性のすべての魔法を絡め、使いながらイザナギは攻めてくる。しかもすべてが上級魔法だ。そのたびに相殺か回避を迫られる。


属性付与した剣と、並列で発動させ続ける魔法で撃ち落とし、常に発動している”目”と、経験からくる勘も交えて後方からの魔法も防いでいった。とっくに人知の範囲を超えている。こんな戦いをしたのはいつぶりだろうか。いや、もしかすると生きてきて一番の強敵かもしれない。


そう考えていると不思議と、こんな状況にも関わらず頬が緩んでいたのが自分でわかってしまった。はっきり言ってつまらなかったのだ。魔人がどうとか人間がどうとか、そういう話の前に、どんな人間と戦っても相手が先に降参していく。張り合ってくれるのはフィナくらいのものだった。これまでの生活からは想像もできない全力を出せるかもしれない相手だ。


だがそれでも、それでもイザナギ、お前ではまだ足りない。


「……お主、狂っておるの」


「すまん」


「いや、いいんじゃよ」


なんとなく、イザナギは理解してくれたような、そんな気がした。こんな得体のしれないやつに少しでも心を許してしまうのはどうかしているとは思うが、もしかしたら”人間”たちよりも信用できるのかもしれない。


「楽しかった」


一言そうイザナギに告げ、最後の最後で今日の最高速をだして距離をとる。それを確認したフィナが、魔法を発動した。


「ホーリーストーム」


次の瞬間には俺たちの遥か上空に現れたフィナの両手から特大の光の柱が放たれる。使い手の非常に珍しい光属性の最上級魔法。使い手の少なさを考えれば実質的に固有魔法ユニークスキルといっても過言ではない。


イザナギもそれに気づいて瞬時に反応を見せるが気づいたときにはもう遅い。文字通り光の速さで接近するフィナの魔法は、気づいてから避けることは不可能に近い。


上空から降り注ぐ光の柱になすすべなく飲み込まれるイザナギは最後に確かに笑っていた。


地面に接触したフィナの魔法によって大きく地形が抉り取られる。最初にイザナギが放った雷魔法がすでに地面をめくりあげていたが、それをも飲み込む形で地形を変えていった。


風魔法で距離をとった後、すぐに土魔法でグルードのメンバーを守っていた俺はフィナの魔法が終わるのを確認して土魔法に魔力を流すのをやめる。


できあがった巨大なへこみの中央にはバラバラになったイザナギの骨が残っていた。そしてその結末を確認してしまったために、俺はその異変に気づけなかった。


「きゃっ」


上空でフィナの悲鳴が聞こえる。すぐに確認するが、そこにフィナの姿はない。今度は”目”を使って周囲を見渡した。緑色の線が見え、それをたどった先にまさに今、脇にフィナを抱えた女が木を踏み切るところが目に映る。


「フィナ!」


叫んでも状況が好転しないことはわかっていても、つい言葉にしてしまう。そして反射的に風魔法を使って地面をけりつける。すぐに木に登り、女を追従するが相手も相当に速い。


不思議なのはなぜフィナが抵抗しないのかだ。なんらかの方法で封じられているのだろうか、考えてもわからないことだが気になってしまう。


「くそっ!」


前を走る女が急に進路を変えたかと思えば、目の前には絶壁が立ちはだかっていた。上を見ればひょいひょいと壁を登っていく女が見える。あきらかに地形を把握している動きだ。今日初めてここに来る俺ではどうしても一歩対応が遅れてしまっていた。


そのあとも追いつきそうになるたびに地形を利用されては距離を離される。そんなことが続いてしばらくしたとき、開けた岩場でようやく女は立ち止った。


しまった、そう思った。立ち止った女の脇にはさっきまでいたはずのフィナの姿はなかった。さっき一瞬目を離した隙に別の仲間に渡したか、フィナだけどこかに隠しているのか、どちらにせよやることは一つだ。


「どういうつもりだ」


ずっと後ろを向いていた女がくるりと振り返る。顔につけられた狐のお面で顔は見えない。普通に考えれば彼女が“魔女”だろうが、風貌からは到底そうだとは考えられない。


一般的なギルド員と同じローブに靴。それも使い込まれ、汚れが染みついているようなものだ。


普通、個人で複合魔法を使うことはできない。並行詠唱に加えてさらに術式が増えるため、複数人で行うのだ。さっきの質問からしてこのお面の女は俺の実力を知りたいらしい。


なんとなくだが試すような戦い方だ。最初に攻撃してきた後ろの二人もいつまでたっても攻撃してくる素振りはなく、傍観し続けている。当然警戒を解くことはないが、おそらく攻撃してくることはないのだろう。


詠唱なしで放たれた複合魔法を俺は難なく避ける。


「へぇ……なかなかやるじゃん。じゃあこれならどう?」


今度のは最上級の複合魔法らしい。両手の手のひらをを胸の前で向かい合わせて魔力を練り、数秒かけて魔法は完成した。雷と炎属性の最上級複合魔法。通称、神の槍(グングニル)


神の槍(グングニル)


お面の女の目の前に雷をまとった炎の槍が完成し、放たれた。その威力は絶大で、宙を進みながらも通貨した場所の岩は抉り取られ、どんなものでも破壊してしまいそうだ。


防ぐのも面白そうだがここは対抗してみよう。雷と炎属性の最上級複合魔法を組み始める。最速で組み上げてすぐに発動する。放たれた槍同士が衝突し、轟音が周囲に鳴り響いた。力は拮抗しているように見えたが、しばらくして俺の魔法がお面の女の魔法を貫く。


貫いた槍は勢いを失うことなく、一直線にお面の女に向かう。やりすぎたか。今からなにかを発動して防げる可能性は低い。着弾と同時にすさまじい音を立てて周囲の地形を変えていく。


舞い上がる土煙が落ち着き、中の様相があらわになる。つい俺は驚いてしまった。お面の女――だった彼女はほぼ無傷でその場に立っていたのだ。ただ狐のお面はすでに吹き飛ばされ、顔にはいくつかのかすり傷がついていた。完全には防げなかったらしい。


「へぇ、固有魔法(ユニークスキル)か?」


半透明な薄い膜を前面に張ったお面の女――改め少女はきつい目つきで俺を睨みつけていた。最上級魔法を防いだうえに、見たことのない魔法だった。


「……嘘でしょ。あんたどんな構築速度してんのよ」


最上級複合魔法――その中でも最速を誇る”グングニル”を後手で撃ち、しかも競り勝つ。これがどれほど異常なことか。常識に従えばありえないことだろう。


「魔法には自信があるんだ」


「そんな次元じゃないわよ。……なるほどね、超越者(オーバーテイカー)か」


そういいつつも彼女は次の魔法の準備を始める。普通の魔法の勝負をするのは諦めたのか、今回のは特殊な術式だ。”目”で魔力を流れを見ながら大方の予想をする。……なるほど、”魔女”らしい。


「でもね、魔法じゃあたしも負けないわ」


発動した魔法は炎属性の”始祖魔法”。魔力が発見され、術式という概念が登場して間もないころの、魔力効率などが度外視されていた魔法。ただただ純粋な火力のみを求められており、とにかく効率が悪い。


しかしながら現在の魔法と比べるとその圧倒的な火力に魅了され、学ぶものもいる。ただし問題なのは”始祖魔法”を構築するための術式がはっきりとわかっていないことであり、またわかったとしてもその術式は非常に複雑で、術式がわかっているのに発動ができない、なんてこともしばしばある。


どこまでいっても魔法とは感覚で扱うものだ。言葉で説明しようにも、”始祖魔法”ほどの複雑な術式を教えるなんて芸当は不可能といっても過言ではない。


そんな”始祖魔法”を目の前の少女は、並々ならぬ努力と才能を存分に発揮し、発動に成功したのだ。


通常の炎属性とは根本から異なる様相。等級なんてものも存在しない。真っ青な炎を扱いたいように使うだけ。ただそれだけですべてのものを焼き尽くしてしまう。


手のひらに宿した真っ青な炎の球体を俺に向かって撃ってきた。見た目だけで言えば完全に初級魔法だ。もし知らないものが見れば、嘲笑してしまうようなそんな魔法。


ただただ傍観する。”俺たち以外で”使えるやつに初めて会えた。だからうれしかった。”魔女”という存在は期待以上だった。人類が到達できるであろう限界に、限りなく近づいている、そう思った。


だからこそ、こうして人間界から孤立したとしても生きていける。それだけの力を持っている。


グルードのメンバーはもう見ていない。他の人間もこんな場所に来ていることはないだろう。なによりも嬉しかった。見せてもいいと思ってしまった。そして目の前にいるこの少女はきっと、どこまでも魔法を探求してくれるだろう。


フィナとの”ルール”を一つ破ってしまうことになるが、許してくれるはずだ。


青い球体が目の前まで迫る。手を伸ばせば届きそうな距離まで近づいたとき、ついに俺は少女の要望に応える。


「感謝のしるしだ。受け取ってくれ――」


少女の要望に応えるため。俺は、”黒い炎”の魔法の球体をぶつけた。



あの人に拾われた時から――。努力をした。どんな時でも、どんなことがあっても諦めずに努力した。自信のなかった私が“努力した”と胸を張って言えるようになるくらいに。


いつか必ず取り戻すと誓って、拾われた日にすべてを捨てた。そしてすでに私の中には尊厳と自信と、そして少しの傲慢がある。だから嫉妬した。”今度、超越者(オーバーテイカー)がくる。あなたに任せるわ”、そういったときのあの人の顔は忘れられない。


普段なら頼み事をされることほどうれしいこともない。舞い上がって私ははしゃいで喜ぶだろう。


だからこそ、あの人をあんなに嬉しそうな顔にしてしまう超越者(オーバーテイカー)に嫉妬してしまった。表には出してなくても私にはわかる。ずっとあの人を見てきたのだから当然だ。そして倒してやる。倒してあの人に褒めてもらうんだ、そんなことを考えた。


木々の上から最初に見たときは、”確かに強い、でも私の方ができる。超越者(オーバーテイカー)といってもこの程度か”そう思った。突然現れた骸骨との戦闘で苦戦していたからだ。私ならあんなやつ一瞬で倒せる。


でも違った。まったく本気じゃなかった。圧倒的な力を隠していた。”グングニル”を後出しで打ち、勝ってしまうなんて話は聞いたこともない。そもそも使える術者なんてごく少数なのだから。


おかげで固有魔法ユニークスキルを使うことになってしまった。絶対に使わないでおこうって思ってたのに。でも”グングニル”を防ぐ方法なんて他になかったんだから仕方ないじゃない。もう手加減しないと決めて私は切り札を出す。


私が使える魔法で一番攻撃力の高い魔法。”始祖魔法”を使って倒そうとした。発動して少しだけ後悔した。いくらなんでも防ぐことなんてできないと思ったからだ。


初めてこの魔法を使ったときは戦慄した。もっと言えば怖かった。あまりに強大すぎる力を持ってしまったことによる恐怖だ。


そして今日初めて、その力を人間――もとい魔人に向けて使ってしまった。


ああ、この人を殺してしまうんだ。そう思って悲しくなった。生まれてから今日まで人を殺したことがなかった。こんな人生を送ってきても殺めることだけはしなかった。それを今日破ってしまった。


そして心の中で彼に謝る。ごめんなさい。


しかし私が撃った青い炎の球体が彼に近づいたとき、彼の顔は確かに心の底から嬉しそうに、そして優しく、笑っていたのだ。



反する色の二つの球体が触れ合った瞬間に、青い球は”消滅”した。それと同時に黒い球体も溶けるように姿を消す。そして次の瞬間には、その見た目からは想像もできなかった力を持ってして周囲を喰らいつくす。


本来枯れるはずのない川の水は一滴残らず枯れつくし、木は当然のごとく、岩や土も例外ではなく、その場に存在するすべてのものを凄まじい速度で焼き尽くしていく。周囲にまとわりついていた魔力の霧は一瞬でなくなり、前方にのみU字型に地形が変わっていく。


それが通りすぎた後には何も残らない。空気でさえも、魔力でさえも。自身が持つ魔力がなくなるまで燃やし尽くす。絶対的な力の前にできることなどない。ただただ享受する他にない。生と死を。


大きく地形を削り続けて、ブロン山の地形を大きく変え終わった頃、”黒い炎”はようやくその力を失っていった。


そのあとには煙すら残らない。まるで鋭利な刃物で切られたかのような断面と虚空だけが残っていた。一部分だけが枯れていた川には上流からの水がえぐり取られた地形に沿って再び流れ始める。空気と魔力の霧も風を伴って逆流していく。


ただし例外が一つあった。俺の身長分程度の地面が抉り取られている地面の先、さきほどまで少女が立っていたくらいの距離には”魔女”の少女のほかに二人の女性が倒れている。


俺は傾斜になった目の前の段差を滑り降り、三人を一旦水に浸からない位置まで移動させた。


しばらくしてそのうちの一人の手がピクリと動く。少しずつ開いていく目をじっと見つめ、相手の反応を待つが一向に動いてはくれない。


それでも粘り強く待つこと数分。ようやく彼女は地面に手をつき、地面に座る形に体勢を変えた。端正な顔立ちは軽く火傷しており、痛々しい。


「お話は聞いていましたが想像以上でした。超越者オーバーテイカー


俺の情報が筒抜けになっていることは一旦置いておいて、彼女には申し訳ないが今はフィナのことが優先だ。


「フィナのところには連れて行ってくれるのか?」


「もちろんです。もとからそのつもりでしたから。一つお聞きしてもよろしいですか?」


「なんだ?」


「今の魔法は?」


魔法使いとして当然か。どのみち話すつもりだったんだ。問題ないだろう。


「”始祖魔法”だ」


こういったとしても彼女は納得しないだろう。なぜなら少女が使ったのもまた”始祖魔法”であり、仮に魔力量や質、精度が上だったとしても普通ならここまでの威力差はでないからだ。

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