反抗期お姫様とお父様
メイドの朝は早い。
王城のメイドは、五時にメイド室に集合しなければならない。そのため、朝起きる時間は四時ごろだ。そこから支度をしても、かなりギリギリである。
その上、皆が就寝してから、風呂に入ったりするため、就寝は二十四時を過ぎることもある。
よって、睡眠時間は四時間弱ということになる。そのためか、新人の最初にぶつかる壁は、このハードスケジュールだと言われている。
「姫様。起きてください」
「んん……」
メイドになって一週間がたった。
アリシアは、最初こそあまりのハードスケジュールに体を壊しそうになることもあったが、まったく辛そうな様子のない――むしろ、いつもより楽そうな顔をしている――アンジェラの支えもあり、なんとか一週間耐えることが出来ていた。
ちなみに、アリシアとアンジェラは別々の部屋を与えられる予定だったが、「姉妹なので一緒の部屋が良い」とメイド長のメアに掛け合ったところ、同じ部屋にしてもらったのだ。
「いまなんじ?」
「四時です」
「そっか」
そう言うと、アリシアはすんなりと起きて、水魔法で顔を洗った。
魔力は貴族のみが持つ力である。つまり、魔法が使えるのは貴族のみということだ。アリシアが貴族であることは隠しているため、魔法が使えるのはこの自室でのみだった。
ちなみに、アンジェラはアリシアより一時間早く起きて、朝ごはんの準備をしている。
(相変わらず、スゴい順応力ですね……)
アンジェラが思う。
時間跳躍をすんなりと認めた時も思ったが、アリシアの順応力は凄まじい。
もともと平民街で親の仕事を手伝っていたアンジェラでさえも、このハードスケジュールに慣れるまで一ヶ月かかったのだ。
それをわずか一週間で順応したアリシアは、さすがとしか言えない。
ちなみに、モズレーはまだ慣れていない。部屋が隣なので、たまに「寝てるな」と思ったときは、アンジェラが起こしに行っていた。
二人は、手早く食事や支度を済ませ、十分に間に合う時間に部屋を出た。
☆☆☆
「皆さん。おはようございます」
「「「おはようございます!」」」
メイド室で朝の集会を行う。
今日はしっかりと起きたようで、隣にはモズレーが座っている。
集会では、今日の王族の予定。それによるメイドの役割分担を話す。
「本日、モーリス皇太子がお戻りになります」
(お父様……)
そう。実は、アリシアの父であり、当時は皇太子だったモーリスは、この一週間王城に居なかったのだ。
そして、アリシアの母と赤子のアリシアは、出産して間もないということで、自室にずっといた。
そのためアリシアはこの一週間、両親とは会っていない。
アリシアがこの一週間の間、精神的に安定していたのは、顔を見るだけでイライラすることが最近良くある父や、話すと色々とボロが出そうな母と会わなかったからかもしれない。
しかし、これからは、父と顔を会わせることもあるかもしれない。
メイド姿の娘と、娘だと知らない父が、どんな化学反応を起こすのか、アリシアにも分からなかった。
(大丈夫……お父様と会わなければ問題ない。今の私はメイドの身分。お父様と会わないことは難しいことではないはず――)
「なので、我々は門に集合してお迎えをいたします」
(なんですと~!!!)
あっさりとアリシアの願望は崩れ去った。
というか、アリシアも王族として、学校の行き帰りに経験しているはずである。
(いや、流石に全員集まることは無理のはず。うまく集合が難しい場所の掃除を選べれば……)
実際、アリシアが受けたときも、城のメイド全員が来ることなどなかった。
時間の都合や、他の重要な仕事で手が離せないなど、理由はたくさんある。
この理由の中で、新人メイドのアリシアが使うことが可能な理由は、時間的に厳しい場所の掃除という理由である。
つまり、そういう場所の掃除を希望すれば――
「あ、新人メイドの三人は必ず参加です」
(あ、終わったわ……)
もうこうなった以上、参加は必至である。
流石に、必ず参加と言われて「参加しません」とは言えない。
(よし。こうなったら、なるべく気配を消して、気づかれないように……)
アリシアがとれる最後の手段は『気づかれずに終わる』ことのみ。
アリシアは学校で上手く気配を消す方法を習っている。これを使えば注目されることはないと考えた。
しかし、アリシアは気が付かなかった。全員が列になっている時に変に気配を消すと、逆に目立ちやすくなるということを――
☆☆☆
「お帰りなさいませ」
「「「お帰りなさいませ」」」
「うん。ただいま」
その日の昼。集まれる限りの執事、メイドが集まり、玄関で列を作り、モーリスを迎える。
気配を消して全く目立ってない――と思っている――アリシアも当然メイドの列の中にいた。
(あれが十五年前のお父様……。今と全然変わってないじゃない! イライラするわ……)
十五年も前なら、アリシアの知る父とは顔が違っているはず。ならば、多少はイラつきが軽減されるとアリシアは思っていた。
しかし、十五年前の父の顔は現在とほとんど変わっておらず、アリシアの良く知る顔で、アリシアをいつもイラつかせる爽やかな挨拶をしている。
そのことが、アリシアを更にイラつかせる。
そして、そのアリシアのイラつきが気配を乱れさせ、より目立たせていた。
そんな目立つメイドを主人が見逃すハズもなく、モーリスはアリシアをチラッと注目した。
(ハッ! 今、見られた!? まさか、気配を消した私を認識したの!?)
その不安定な気配のせいで目立ったのである。
しかしモーリスは、なんか目立つメイドよりも、生まれたばかりの娘のことが気になっている。
なので、チラッと見はしたが話しかけたりはせず、アリシアの前を去っていった。
(……うん。何もなかったし、見られたのは気のせいだったんだわ。そうに違いない)
「皆さん、それぞれの場所に戻ってください」
注目されたことを、気のせいとして納得したアリシアは、メイド長の指示で、決められた部屋の掃除に戻った。
☆☆☆
「ふーっ! お風呂お風呂!」
夜。仕事が終わったアリシアは、風呂に行くために移動していた。
いつも一緒にいたアンジェラは、現在、別行動をしている。
極力一緒にいたいと思ってはいるものの、同じメイドの仕事をしていて、その上アリシアとアンジェラは能力の差が大きい。同じ場所を担当する機会は少なかった。
大体いつも、風呂でアンジェラと合流して一緒に部屋に帰る。
アリシアが、やっと疲れた体を癒せると、上機嫌で廊下を歩いていると、反対側から人影が向かってきた。
(あれは……誰だろう? よく見えない)
今は皆が寝静まった夜中。廊下は暗く、反対側の人が誰なのか分からなかった。
その人がだんだんと近づいてきて、ついに顔が見える。
「おや? 君はあのときの」
(お父様!?)
そこにいたのは、父モーリスだった。
素の状態で父と話したことがなかったアリシアは、無意識に仮面を被り、お姫様モードになった。
「おとう……モーリス様。このような時間にどちらへ?」
「ん? なんだか突然お姫様みたいになったね。――ちょっとお手洗いに行っただけだよ」
「そうでしたか」
モーリスはトイレに行った帰りだった。
アリシアとあったのは全くの偶然であり、運が悪かっただけである。
「君、名前は?」
「……アーシャですわ」
ここで『アリシア』なんて言ったら、未来人だとバレはせずとも、怪しまれるだろう。
「お昼にいたよね? なんかおかしな様子だったけど、もしかして新人の人?」
「は、はい。そうですわ」
(や、やっぱりバレてた!?)
なんとなく分かってはいたが、チラッと見られていたのは、気のせいでもなんでもなかった。
「ごめんね。新人の人は良くわからないんだ。今は娘のことで頭がいっぱいでね」
今はアリシアがまだ生まれて数ヶ月だ。その上モーリスはしばらく娘に会えなかった。
娘のことしか考えられなくてもしょうがない。
しかし、そのときモーリスの浮かべた顔は、アリシアをイラつかせる爽やかな顔だった。
その顔を見たアリシアは、最近ずっと素のままでいたこともあり、若干顔を歪めてしまった。
「あれ? どうしたの?」
「あっ! い、いえ! なんでもございませんわ!」
主に対して不機嫌な顔をするということは、場合によっては不敬に値する。
アリシアは急いで、顔を修正した。
「……もしかして、僕が君のお父さんに似てた、とか?」
「……」
モーリス、アリシアが顔を歪めた理由として、自分が誰かアリシアの知り合いと似ていたからじゃないかと考えた。
アリシアが自分のことを嫌いだ、ということもありえるが、そういう人は面接の時点で落ちている可能性が高い。
そしてその考えは、ほとんど正解に近かった。
「違いますよ」と言えば終わった話であるが、アリシアはそう言うことが出来なかった。
アリシアは口を開かなかったため、ロモーラは質問の答えを肯定と捉えた。
「君は、お父さんのこと、キライ?」
「……キライですわ」
相手は自分を知らない父親であり、最近素を出しっぱなしだったアリシアは、つい本音を言ってしまう。
そして、アリシアは気付いていなかった。
この質問に肯定したということは、王族であるモーリスに似た誰かがキライということであり、ロモーラのことをあまり好ましく思っていないとい可能性を与えるということを。
普通なら、怒ってこのメイドを追放してもおかしくない。しかし、モーリスは怒ることもなく、その言葉を受け止めた。
「そうか。ハハッ、僕もいつかアリシアにそう思われる日が来るのかな」
「……そうかもしれませんわね」
「そうかな。それは辛いな~」
実際にアリシアは父親をキライだと思っているし、この場で口に出してしまっている。
そのこともあり、アリシアはモーリスの質問に肯定した。
(でも、本当に「キライ」とをお父様に言ったら、お父様は私のこと、キライになるのかな……)
人に「キライだ」と言われるのは、誰であろうと嫌な気分になる。
これまで、ウザいほど愛を注いでいた父も、もしかしたら、自分のことをキライになるかもしれない。
そのことが、アリシアが内面的に怖がっていることであり、自室でのみ愚痴を吐いていた理由のひとつでもあった。
「まあ、そう思われたとしても、僕はアリシアをキライになったりはならないけどね」
「……え?」
偶然にも、モーリスはアリシアの悩みに対する答えを出した。
「もしも娘が危機に瀕していたら、僕は命をかけて娘を守るよ」
「……どうして?」
「どうして? 僕が、アリシアを世界で一番愛しているからだよ。……なんだか恥ずかしいね。このセリフ」
モーリスは恥ずかしそうに頭を掻く。
しかし、その言葉を覆ることはなかった。
「あ! ごめんね、急に止めちゃって。僕は部屋に戻るから、君も行っていいよ。明日からもよろしくね」
その後、風呂に入ったアリシアは、モヤモヤした気持ちで布団に入った。
☆☆☆
「姫様。そろそろ行きますよ」
「はーい」
次の日の朝。いつも通りの時間に起きて、食事を取り、支度をして部屋を出た。
「なんだか騒がしいわね」
「そうですね。なにかあったのでしょうか」
メイド室に着くと、なにやら周りが騒がしい。
メイド長も、周りを動揺させないようにしながらも、駆け足で動き回っている。
「ちょっと聞いてきます」
「わかつたわ」
アンジェラが、この数日で仲良くなったメイド仲間に話を聞く。
話を聞いたアンジェラは少々驚いた表情をして、こちらに戻ってくる。
アンジェラはアリシアの耳に近づき、小声で話した。
「どうやら、赤子のアリシア様の容態が非常に悪いそうです」
「え……!」
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