反抗期お姫様のメイドテスト
「それでは、こちらの部屋を掃除してもらいます」
テストと言われ、アリシアとアンジェラ――今はアーシャとアンディ――とモズレーが連れてこられたのは、しばらく使っていないことがよく分かる、汚れた部屋だった。
「そういえば、こんなのありましたね」
アンジェラがアリシアにしか聞こえない声で呟く。
アンジェラは王族のメイドである。当時、彼女が面接に来たときも、同じようなテストを受けたのだ。
「では、この砂時計が落ちるまで、ここを掃除してください」
どうやら、三人で協力して部屋を掃除するようだ。
砂時計をひっくり返して、メアが部屋を出た。
メアが部屋を出ると、アリシアは腕をまくり、やる気の体勢をとる。
そんなアリシアに、アンジェラが声をかけた。
「それじゃあ、ここは私がやりますので、ひめさ……アーシャは待っていて下さい」
「なに言ってるの! 当然私もやるわよ! むしろ、アンディがやるとすぐ終わっちゃうから、あなたがしばらく待ってなさい!」
「ですよね……」
一応言ってはみたものの、こう言われることはなんとなく分かっていたので、アンジェラは指示通り後ろに下がって、アリシアが飽きるのを待つことにした。
☆☆☆
「陛下。新しい三人。どうお考えですか?」
「うむ」
部屋を出たメアが向かったのは、アリシアの祖父、すなわち当時の国王の元である。
そう。面接中に偶然国王が入ってきたのも、名前を尋ねたのも、元々予定されていたことだったのだ。
王城のメイドや執事というのは、王族に最も近づきやすい職であるため、スパイなどの危険性がかなり高い。
どうにかして、希望者に危険性があるかを判断しなければならない。
しかし、『嘘発見器』のような超便利道具などは存在しない。なので、希望者の危険性は、国王やメイド長などが長い年月をかけて培ってきた『目』で判断をするのだ。
その判断を下すために、国王は偶然を装って面接室に入り、動揺している希望者たちに質問をしたのだった。
「全員、危険性はないだろう」
「そうですか」
国王の目にアリシアたち三人は『スパイ』だとは映らなかったようだ。
しかし、メイド長のメアにはひとつ疑問があった。
「真ん中に座っていたアーシャという少女。彼女についてはどう思いますか?」
それは、アリシアについての疑問であった。
メアは彼女を、何かしらの理由で王城に来た貴族ではないかと睨んでいる。
そのため、メアは彼女を不採用で追い出すか、貴族として待遇するのが良いと考えていた。
「……自分からメイドになることを望んでいるのだ。好きにさせておけ」
「そうですか。分かりました」
国王の口振りから、彼女が普通でないということは分かっているようだ。
しかし、国王の回答は、彼女をメイドの身分で雇うということであった。
メアは、明らかに普通でないアリシアを普通に雇って良いのかと疑問に思ったが、国王が好きにさせろと言ったため、自分が判断するべきではないと思い、身を引いた。
☆☆☆
「あの」
「あ、はい」
部屋の隅に飾ってある騎士の鎧を「あーでもない」「こーでもない」といいながら掃除しているアリシアをドキドキして見ていたアンジェラは、モズレーに呼ばれ、視線を横に向けた。
「モズレーせんぱ……モズレーさん。なにかありましたか?」
アンジェラは、思わずいつもの呼び方になりそうだったのをギリギリ修正して、彼女に尋ねる。
モズレーは少々言いにくそうに「えっと……」と言ったあと、意を決したように口を開いた。
「アーシャさんとアンディさんって、普通の姉妹じゃないですよね? というか、アーシャさんが貴族様で、アンディさんがそのメイドですよね……?」
アンジェラは目を見開いて驚いた。
しかし、よく考えれば、アリシアは平民とは思えない服装であり、アンジェラもメイドの服装である。
更に言えば、モズレーはアリシアと打ち合わせをする前に一度会っている。バレても不思議はない。
「……そうですね。アーシャは私の主です」
「やっぱりそうなんですね」
ここで無理に誤魔化すと、変な誤解を生むと考えたアンジェラは、ある程度認めることにして、この場を濁すことにした。
もちろん、自分たちが未来の人間であることは言わない。というか、言っても信じて貰えないだろう。
「あの……、メイドの仕事って大変なんですか?」「え?」
もし本当にアンジェラがメイドだったとき、聞きたかったのは、このことだった。
モズレーは「メイドさんって素敵!」程度の理由でここに来ていた。
しかし、面接で国王を間近に見たことで「私がこの人たちの元で仕えることが出来るのか」と不安になったのだ。
アンジェラは、少し考えたあと、口を開いた。
「メイドの仕事はとても大変ですよ」
「やっぱりそうなんですか……」
「ええ、それはもう。朝はお嬢様より早く起きてお嬢様を起こします。食事のときは毒味をしますし、お嬢様の質問には極力答えられなくてはいけません。もちろんお嬢様のお部屋の管理も私の仕事です。朝起きてから夜寝るまでずっと付き添い、私がお風呂に入ったり就寝したり出来るのは、当然その後です」
「うぅ……」
アンジェラから聞いたメイドの仕事は自分の考えた以上に大変だった。
それもそうである。これは専属メイドの仕事だ。普通のメイドとは仕事量が全然違う。それに、アンジェラが今上げた内容は本来、複数人が行うものだ。それをひとりでやってしまうアンジェラがおかしいのである。
「大変だと思いました?」
「……はい。……アンディさんはそんなに毎日、休む暇もないくらい大変で、幸せなんですか?」
「幸せ……ですか?」
アンジェラは、「どうしようかしら」と試行錯誤しながら掃除している自分の主を、まるで我が子のような眼差し見て、フッと笑い答える。
「私があの子を支え、幸せにする。それが私の使命であり目標です。あの子が幸せになること、それが私の幸せなのです」
「え?」
「主の幸せが自分の幸せ、です」
「……主の幸せが自分の幸せ」
主の幸せが自分の幸せ。メイドの働きによって主の人生が変わってしまうかもしれないという責任感や、自分が主に尽くすことで自分が幸せになるという、メイドのあり方を表している言葉だ。
副メイド長のロモーラ・モズレーがよく言っていた言葉であり、いつの間にかメイド全体の合言葉のようになっていた。その言葉を、アンジェラは口にしたのだ。
「うーん。やっぱり掃除った難しいわね。この時代に魔道具があったらな~。――アンディ! ちょっと来て!」
「はいはい。どうしましたか」
目の前の少女に上司の言葉を送ったアンジェラは、自分を呼ぶ主の元へ向かう
……アンジェラは忘れていた。目の前にいるのが、そのロモーラ・モズレーであることを。
その言葉は、モズレーの心に深く突き刺さっていた。
モズレーにとってメイドとは『素敵』で『可愛い』ものだった。
しかし、モズレーは本当のメイドを知った。
そのうえで、自分が主を支え幸せにすると言った未来人のメイドに、本当の憧れを持ったのだ。
――その後、正式にメイドになったモズレーは、未来人のメイドからもらった言葉を胸に仕事に励み、いつしか気弱だった性格は叩きのめされ、史上最速で副メイド長になるほどに成長した。
また、教育係として、かつて未来人のメイドにもらった言葉を後輩に伝えていった。
そして、いづれその未来人が自分の部下となり、その言葉が過去の自分に伝えられることを彼女は知らない。
☆☆☆
「終了です。お疲れ様でした」
ぴったり砂時計が落ちきったタイミングでメイド長のメアが入ってきた。
アリシアたちは、掃除をしていた手を止める。
メアは部屋を隅から隅まで見渡し、部屋を確認する。
「三人で協力して掃除をしたことが良く伺えますね」
なぜ、テストなのに希望者三人が一緒になって掃除をしたのか。その答えは『メイドは団体作業だから』である。
メイドというのは、ひとりだけが優秀ではいけないのだ。特に部屋の掃除において、チームワークはとても重要だ。
例えば、部屋のある箇所を優秀な者が、他の箇所をそうでない者が掃除したとしよう。
そうすると、部屋は綺麗、一部はスゴい綺麗な状態になる。
字面では良いように見えるだろう。しかし、実際には、これはとてもバランスの悪い状態だ。
たとえ綺麗であっても、その上がすぐ近くにあると、比較されてしまうためである。
そのため、メイドにはお互いがお互いに干渉しあえるチームワークが必要なのである。
今回は、スゴい優秀であるアンジェラと、比較的優秀なモズレー、全然駄目なアリシアの三人だった。
アンジェラは昔モズレーに教わった団体掃除術を活用し、モズレーとアリシアをうまく操作したのだった。
ちなみに、モズレーはアンジェラに教えてもらった団体掃除術を後に、アンジェラに教えることになる。
「……はい。三人とも合格です。明日からここで働いて貰います」
「やった!」
ついにメイドになることが出来たモズレーと、さっきから仮面を被らずに、テンションが素になっているアリシアはお互い手を取り合って喜ぶ。
一方、合格の基準を大体把握しており、かつ教育係のモズレーに散々シゴかれていたアンジェラは、当たり前だと言わんばかりの涼しげな様子だ。
「それでは、三人は明日から王城のメイドです。王族に仕えることを意識して、王族メイドの名に恥じないような生活を心がけてください」
「はい!」
こうして、アリシアのメイド生活が始まった。
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