反抗期お姫様のメイド面接
「じ、時間跳躍ですか!?」
「ええ」
ロモーラ・モズレーに話を聞いたあと、数人に同じ質問をした。
そして、全員が同じ答えだったことを確認したあと、アリシアたちは一度二人で話すことにした。
幸いにもお金は持っていたアリシアたちは、王城に併設されている店で個室を取った。
そこでアリシアがアンジェラに、自分の出した結論を話す。
「そんなことがあり得るのでしょうか?」
「現代技術では、まず無理でしょうね」
「ですよね」
残念ながら、アリシアたちのいた王歴858年に、時間跳躍が可能なほどの技術力はない。
だが、アリシアにはもうひとつの可能性があると考えていた。
「確かに、現代技術で時間跳躍は不可能よ」
「はい」
「でも、未来の技術なら可能かもしれない」
アリシアは『未来の人間なら現代の自分を過去に飛ばすことが出来るのかもしれない』と考えたのだ。
もちろん、アリシアもこの考えがかなり強引で、とても信じられるような話ではないとは分かっている。
しかし、過去に飛ばされたことを説明するにはこれしか思い浮かばなかった。
「でも、本当にここが十五年前の世界なんでかね?」
「あなたも見たでしょ、ロモーラ・モズレーのこと」
「うーん。確かに、モズレー副メイド長だと言われれば、顔立ちは似てるなって思いましたけど、性格が全然違いますよ」
「性格なんて、十五年もあれば変わるわよ」
「確かにそうかもですけど、あの鬼教官があんなにオドオドしてたなんて考えられませんよ」
アンジェラの知るロモーラ・モズレーとは、色々と忙しいメイド長に代わって教育係をしている、副メイド長だ。
彼女は後輩メイドから鬼教官と呼ばれ、恐れられていた。
その名の通り、モズレーの指導は鬼のように厳しく、指導に耐えきれずに辞めるものも少なくない。
しかし、彼女の育てたメイドが優秀なのもまた事実。
メイドになって僅か一年で姫の専属に抜擢されたアンジェラを始め、飲み物を注いだだけで他国にスカウトされたメイドがいたりと、数々の伝説を持っていた。
それがアンジェラの知る『ロモーラ・モズレー』である。なので「実は昔は気弱だった」などと言われても信じないのは当然だろう。
しかし、ここが過去だと認めているアリシアは年齢・仕事・名前が合致している彼女こそが『ロモーラ・モズレー』であると確信していた。
「まあ別に、彼女が誰であるかはどうでもいいわ。大事なのは『私たちは過去に来た』ということよ」
「はあ」
「んっ? まだ信じてないわね。まあいいけど」
頭が良いことに加え、子供特有の柔軟な考え方が出来るアリシアは、すでに時間跳躍を認めている。
それに対し、優秀ではあるが、さほど頭が良いわけではなく、既に常識を知った大人であるアンジェラは、時間跳躍を信じきれずにいた。
しかし、アリシアにとって、アンジェラを分からせることは、さほど重要ではなかった。
アリシアのメイドであるアンジェラがアリシアの側を離れることは出来ないし、どうせいつか嫌でも認めなければならなくなるからである。
「私たちの最終目標は『現代に帰ること』よ」
「はい」
「でも、方法が分からないわ……」
時間跳躍に関しての知識は全くのゼロと言っていい。魔法を使うのか魔道具を使うのかさえも分からない。
当然、現在に戻る方法など検討もつかなかった。そもそも、戻れるのかさえも不明であった。
「だから、最初の目標は『衣食住を安定させること』でいいかしら。何か良い案はない?」
何も分からない状況で、何もせずにただ祈り待つというのは、いくらなんでも無謀だろう。
いつか帰るときまで生き延びるために、生活を安定させることが先決だ。
「平民街には出たくないわね」
それは、別に『平民街は汚い場所だから』と言った理由ではない。
理由は、先ほどの状況から分かるように、今のアリシアは『王族』ではないからだ。
今の彼女は『高級な服を着て金を持ってそうな美人だが、誰も顔を知らない人』である。
そのため、平民街に行くのは危険である考えたのだ。
「何か、王城で出来る仕事はないかしら?」
「ひ、姫様!? まさか、姫様が働く気ですか!?」
王城で仕事をする者には部屋と食事が与えられる。
それに15年前とはいえ、アリシアには慣れた場所だ。
また、時間跳躍は十中八九、魔法か魔道具によるものである。
そのためここにいれば何かヒントが得られると考えていた。
しかし、それはつまり一国の姫が下々と共に働くということ。
アンジェラは、アリシアにそんなことをさせる訳にはいかなかった。
「それなら、私がメイドとしてここで働きます! 姫様は与えられた部屋で――」
「メイド! 良いわねそれ! 面白そうだわ!」
「ひめさま~……」
アンジェラは、自分が働いてお金を稼ぎ、アリシアは部屋で状況解決の案を考えて貰おうと思っていた。
しかし、アリシアはそのようには考えていない。普段、自分がすることが絶対に許されない下々のする仕事。それが出来る機会など今後絶対に来ないだろう。
彼女は、まだ仕事というものに憧れのある子供だ。
このチャンスを捨てるわけがない。当然、自分もアンジェラと一緒に働こうとしていた。
そして、メイドのアンジェラがアリシアの提案を拒否することなど出来るはずもなく――
「さあ、行くわよ! アンジェ!」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ~!」
アリシアとアンジェラはメイド仕事の申し込みに行ったのであった。
☆☆☆
「ええと、あなたが今日面接を予定していたロモーラ・モズレーさんね」
「は、はい!」
「それで、あなたたちは……」
「はい! 飛び込みで申し込んだアーシャ・グラスです!」
「アンディです」
「はあ」
面接を担当する当時の副メイド長メアは首をかしげた。
当然のことだ。なにせ、ひとりと聞いていたメイド希望者が三人に増えているのだから。
しかも希望者が増えること知らされなかったということは、この二人が申し込んだのは、本当に先ほどだと予想できる。
そして、アーシャと名乗った少女の格好も彼女が戸惑う理由のひとつだ。
アーシャ――当然、名前を偽ったアリシアである――の格好はメイドを希望する者の服装ではなかったからだ。
最低でも大貴族、下手すれば王族と言われても疑われないほどの高価な服装である。
メアは、メイド歴が長く、これまで色々な人を見てきている。
彼女はこれまでの状況から『彼女は訳ありの大貴族で、服を着替えずに面接に来たのは、自分は訳あり貴族であることを示唆させ、ここに匿って欲しい』ということを伝えたかったのだと考えた。
……実際には外に出ようとすると、王城の門番に止められるのが必至だったので、外に服を買いに行けなかったというだけである。
しかしそのおかげもあってか、『王城にいたい』というアリシアの思惑と『王城に匿って欲しい』というメアの考えは、割りと合致していた。
「そ、それでは、モズレーさんに質問します」
「は、はい!」
彼女たちのことは、気になるが、だからと言って面接を中止する訳にはいかない。
そのため、メアはモズレーに対して質問をした。
モズレーは、多少オドオドしていたものの、質問にはしっかりと答え、比較的に好印象な様子だった。
「モズレーさん。ありがとうございました」
「あ、ありがとうございました!」
「それでは次に、アーシャさんに質問します」
「はい!」
アリシアが元気よく答える。
アリシアは「ここが過去ならば、仮面を被ってお姫様っぽくする必要はない」とでも考えたのか、完全に素が出ていた。
「あなたとアンディさんは、一緒に応募したそうですけれど、あなたたちの関係はなんですか?」
「私たちは姉妹です! そうだよね! アンディ」
「え、ええ。私とア、アーシャは姉妹です」
アリシアは、自分とアンジェラが姉妹という設定でいこうと、先ほど話していた。
アンジェラは主が自分の妹になることに、少々複雑な感情を持ったが、主の指示に従わない訳にはいかなかった。
「……わかりました。それならば、二人まとめて質問しましょうか」
その後メアは、出身、これまで何をしていたか、応募した理由などを聞く。
この時代、身分を証明できる物などなかったので、アリシアたちはそれっぽい場所や出来事をでっち上げた。
「わかりました。それでは次に――」
――コンコン
「入るぞ」
(え!? お祖父様!?)
ガチャっと扉を開けて入ってきたのは、アリシアは写真でしか見たことのなかった、アリシアの祖父、つまりこの時代の国王だった。
突然入ってきたこの国の長に、全員が驚いた顔をする。
そして、皆とは別の意味で驚いた人がひとり。それはアンジェラだ。
アンジェラはアリシアに言われたことで、一応はここが十五年前だということにしていたが、心から信じてはいなかった。
しかし、既に亡くなっているはずの前国王が目の前に現れたのだ。
(……ここは本当に過去なのですね)
アンジェラはこのとき、本当の意味で時間跳躍を認めたのだった。
「国王様! 今は面接中ですよ!」
「まあ良いじゃないか。――それで、この前の書類なんだが」
「それなら、国王様の机に置いておきました」
「おう! そうであったか! ……ん? 君たちが新しいメイドかな?」
「まだ採用した訳ではないですけどね」
「分かっておる、分かっておる。……ふむ。君たち、名前は?」
どうやら国王は、新人メイドが気になったようで、アリシアたちに名前を聞く。
「あ、はい! アーシャ・グラスです!」
「アンディ・グラスです」
「……ロ、ロモーラ・モズレーです」
「ふむ。ロモーラにアンディに……アーシャか」
新人メイドたちがゴクリと息を飲んだ。
国王は、新人メイドたちの名前を呟きながら「うむうむ」と頷き、ニコリと笑って口を開いた。
「……うむ。三人とも、良い名前だ」
「「「ありがとうございます!」」」
「それでは、私は戻るぞ」
「早く戻ってください」
「分かっておる、分かっておる」
バタンと扉を開けて、国王が部屋を出た。
新人メイドたちは息を吐き、緊張をほぐす。
「ごめんなさいね。突然」
「大丈夫です!」
アリシアが答えた。
アリシアはむしろ、生きている祖父を見て、心躍っていた。
(あれがお祖父様なのね!)
アリシアが心の中でウキウキしていると、メアが立ち上がって、口を開いた。
「それでは、次に移ります」
「次、ですか?」
「はい。次はテストです。ついてきて下さい」
次の更新は十二時過ぎを予定しています。
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