反抗期お姫様と専属メイド
これは、ある国にある王族の少女の物語である。
「おはよう。アリシア」
「あら、お父様。おはようございます」
アリシア・グレース、十五才。国王モーリスの長女。
王立学校に主席で入学した才女。
可愛いとも美しいとも取れる顔立ちと、全ての女性が羨むスタイルに、目があった男子は必ず心を奪われると入学してすぐに噂された。
また、どんな者にも隔たりなく接し、困っている者がいれば、それが例え平民だろうと助けた。
そんな優しき姫を全ての国民が愛していた。
「学校にはもう慣れたのかい?」
「ええ」
「友達は出来たか?」
「はい」
「勉強は大丈夫?」
「もちろんですわ。……あっ、そろそろ学校の課題をやらなければいけませんわ」
「そうか、止めてすまなかったね。課題、しっかりとやるんだよ」
「ええ。行きましょアンジェ」
「はい。姫様」
父との何でもない会話を中断し、アリシアはメイドのアンジェラと部屋に戻る。
……全ての国民に愛された姫。その言葉に嘘はない。
しかし、彼女も年相応の女の子であることを、国民は知らなかった。
自室のドアを開け、アリシアとアンジェラが入る。
ガタンとドアが閉まると、アリシアはベッドにダイブした。
そして、アリシアが最初に言ったセリフ、それは――
「お父様、本当にウザいわ……」
父であり国王であるモーリスへの愚痴であった。
「と、言いますと?」
「毎日毎日、すれ違う度に『学校はどうだ』だの『友達はどうだ』だの、聞いてくるの」
子供から大人へ成長する過程で誰もが通るもの。
そう。アリシアは反抗期であった。
反抗期。それは十代半ば、すなわち思春期の少年少女が、周囲と自分の変化に頭が付いていけず、反抗的な態度を取ってしまう時期のことである。
「毎回、顔に出さずにやり過ごしている私の身にもなって欲しいわ」
しかし、アリシアは王族であり才女である。自分の立場や周りからの評価は理解している。
なので、表には出さず、完全防音である自室でのみストレスを発散していた。
「どう思う! アンジェ!」
「姫様は凄い頑張っていると思います」
「なによ! その言い方は!」
「えー……。じゃあどう言えばいいんですか……」
この部屋でのことを知っているのは専属メイドで、常に共にいるアンジェラだけだ。
五つ年上であり、このことを誰にも話さず、秘密にしてくれているアンジェラのことはとても信頼していた。
「ああー! もし、お祖父様が生きていれば、どんなに良かったか!」
「前国王様ですか?」
「そう! お祖父様なら、きっと私の味方になってくれるはずよ!」
「味方って……。なんのですか……」
アリシアの祖父である前国王は、アリシアが物心付く前に亡くなっており、アリシアは写真でしか顔を見たことがなかった。
そのためか、親よりも遥かに好感度が高かった。
そんな、いつもと同じような会話をしていると、アンジェラが棚の上の魔道具に付いたメーターに気づいた。
「あ、姫様。防音の魔道具の残り魔力量が少なくなっています。そろそろ魔力を注がないと、外に姫様の残念な声が外に駄々漏れになりますよ」
「なんですって! それを早く言いなさい!」
魔力とはこの国の貴族や王族のみが持つ力であり、魔力は魔法や魔道具を使うときに必要である。
ただし、魔道具を使うには、魔力変換機と呼ばれる道具を使って自分の魔力を、魔道具の使いやすい魔力に変換する必要がある。
「魔力変換機はどこに!?」
「この前、技術部にメンテナンスに出しましたよね」
「そうだったわ!」
防音の魔道具をほぼ毎日使うアリシアは、魔力変換機をかなりの頻度でメンテナンスに出していた。
「行くわよ! あっ……こほん。行きますわよ。アンジェ」
「はあ……。その切り替え大変ですね……」
反抗期モードからお姫様モードに切り替えたアリシアとアンジェラは部屋を出て、技術部のある、研究室へ向かった。
☆☆☆
(これは……どういうこと……?)
研究室へ向かう途中、アリシアは奇妙なことに気づいた。
「アンジェ」
「どうしましたか、姫様」
「歩いていて、何かおかしなことに気づかないかしら?」
「おかしなこと、ですか? そうですね……強いて言えば、見慣れない顔が多いなと思いました。でも、私は姫様の専属ですので、特段おかしなことではないですね」
アンジェラはアリシアの専属メイドであるので、基本的に彼女と行動を共にする。
そのため、新しい人が入ってきても気づかないことは、あり得ない話ではなかった。
しかし、アリシアは学校を主席で入学するほどの才女である。記憶力には自信があった。
技術部へ行くこの道はかなりの頻度で使っている。それなのに、見知った顔はひとつもない。
そして、周囲が自分に向けている目は、自国の姫様に向ける目というより、見知らぬ美人に向ける目のように見えた。
「ちょっと聞いてみましょうか」
「え! ちょっ、姫様!?」
突然歩く方向を変更したアリシアに、アンジェラが珍しく動揺した声を出す。
だがそれは仕方がないことだ。なにせ、一国の姫が単独で突発的に、それも全く知らない人に話しかけようとしているのだから。
普段のアリシアなら、こんなことはしなかっただろう。少なくとも、アンジェラに誰と話すかを伝えてから、アンジェラが主導で話しかける。
しかし、今のアリシアは普通ではなかった。見慣れない顔に普段向けられない目、そのことがアリシアにひどい違和感と悪い予感を感じさせているからである。
「すみません。少しよろしいですか?」
「え!? は、はい!」
アリシアが声をかけたのは、少しオドオドした二十歳くらいの女性だった。
後ろからアンジェラが追い付く。アンジェラは若い女性に話しかけたアリシアにホッとしていた。男性に話しかけていたら、誤解を招く可能性があるからである。
「この城にはどのような理由で来ましたの?」
「えっと、メイドの面接で……」
「なるほど」
彼女はメイドとして働くための面接に来たようだ。それなら、知らない顔でも納得できる。
しかし、それは彼女に限った話である。ここにいる全員が城の人間でないとは考えにくい。
「もうひとつ質問してもよろしいでしょうか?」
「あ、はい!」
アリシアは一度フーッと息を吐き、腹をくくってから口を開いた。
「……私のことは知っていますか?」
その質問にアンジェラが驚いた顔をする。
それもそうだ。アリシアは王族の、それも最も人気の高い人物と言っていい。知らない人がいるはずがない。
しかも、王城でメイドになろうとしている若い女性。そんな人が彼女を知らない訳がない、そう考えていた。
その考え自体はアリシアも同じだった。アリシアは、自分が美女または美少女だと思われていること、王族の中で最も人気のあることを理解している。
だから、もしこの質問の答えが肯定ならば、自分の目が節穴だったという笑い話になるだけだ。
だが、もし答えが否定だったら――それはあり得ないこと、すなわち、自分たちが何かの事態に巻き込まれたと考えることが出来る。
(そして、私の勘が正しければ――)
「え! えっと、すみません! どこかでお会いましたか?」
その答えは否定だった。アンジェラは口に手を当て、言葉に出来ないほど驚いている様子だが、アリシアは違った。
アリシアは今自分に向けられている目が普段と違うことに自信があった。それは生まれてからずっと、同じような目を向けられ続けたからかも知れない。
そのため、アリシアはこの事実をとりあえず受け入れることが出来た。
「あ、いえ、人違いだった見たいです」
「そ、そうですか?」
「申し訳ありません。……あ、もうひとつだけ質問しても良いですか?」
「は、はい」
そしてアリシアは次の質問を行う。
次の質問はただ事実を問うだけだ。
普通なら、百人中百人が同じ答えをするだろう。
「今日って、何年の何月何日ですか?」
そう。ただ今日の日付を言うだけ。全国民が同じ時間を生きているのだから、答えは誰でも変わらないはず。
それも王城で働こうとする人だ。間違えるとは思えない。
しかし、もしも答えが違えば、これまでの不思議を一気に説明することが出来る。
(今日は王歴858年の8月6日)
そして、彼女の答えは――
「今日は、王歴843年の8月6日ですが……」
アリシアの答えと違っていた。
「――そうですわよね! 突然止めてすみませんでしたわ」
「あ、はい! だ、大丈夫です!」
アリシアの頭の中にあった、いくつかの可能性が消え、二つの可能性だけが残った。
自分と世界の時間が違う。これを説明出来るのは、アリシアの考えられる限り二つある。
ひとつは自分が幻術魔法にかけられている可能性。
しかし、王城には幻術魔法など、危険性の高い魔法は使用出来ない結界が張られてある。
それに、アリシア自身も、幻術魔法にかけられたら分かるくらいの技量はある。
そのため、幻術魔法とは考えにくい。
そして、もうひとつの可能性。
「最後にお名前を聞かせてもらってもよろしいですか?」
「は、はい! ロモーラ・モズレーといいます!」
(ロモーラ・モズレー……あの敏腕副メイド長の名前、たしか年齢は三十代半ば)
アリシアの考えは確信に変わった。
そう。もうひとつの可能性、それは――
(私たちは十五年前にいる!)
現在の技術力では到底不可能なはずの、時間跳躍の可能性である。
初投稿です! よろしくお願いします!
五話完結で、今日中に全部出す予定です。
次の更新は七時を予定してます。
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