増えるモノ、それはG……
「…………ふぁ」
思わず漏れそうになる欠伸を噛み殺す。
PCの右下に表示された日付は五月一日。
ゴールデンウィークを控えた最終出勤日だ。
日程のすぐ隣に示された時刻は、九時五〇分。
始業を目前に控えた海斗は、自席に腰かけたまま目を擦る。
謎の仮○ラ○ダーと遭遇して約一週間。
その後あのヒーローを見かけることはなく――
海斗は、ひたすらゴブリンと戦い続けていた。
昼間は姿を表わさないのに、夜になると闇から湧き出す異形。
調査もままならないほど、その数は日々加速度的に増え――
昨日は討伐した総数が遂に三桁を超えた。
異常なほどの増加率。
自宅で一匹見かければ――そんな言葉を思い出してしまう。
敵が増えれば、比例して狩りの時間は延びていく。
それは海斗の肉体に確かな負担を強いていた。
とは言え、ゴブリンを狩ることは目標の達成に近づくことと同意。
海斗がヤツらを討伐した分だけ、人々の平和も守れるなら一石二鳥と言っていいだろう。
それに狩りを続けた結果、一つ思い至ったことがある。
帰宅後にそれを確認し、長期休暇中に色々を行動を起こすつもりだ。
「…………」
思考を巡らせながら首を振り眠気を追い払っていると――後頭部に何者かの視線を感じる。
そちらに意識を向けてみると――少し離れた場所から後輩がこちらを見ていることに気付いた。
何か用でもあるのだろうか? 声をかけた方がいいか?
そんなことを考えていると――
「あのセンパイ……大丈夫ですか?」
彼女は少し心配そうな声音で、こちらに話しかけてきた。
気遣ってくれるのはありがたい。
全てを話すことはできないが、問題ない範囲で理由を説明した方がいいだろう。
「心配掛けて悪い。少し寝不足でな」
「寝不足って、その……何かやってたりするんですか? 例えば……新作のゲーム、とか?」
「ああ、ゲームって訳じゃないんだけど。その、ちょっとな……」
どういう訳か、彼女は寝不足の理由を聞きたがる。
普段の鵜坂であれば、言葉を濁せばここまで踏み込んでこないはず。
好奇心からだろうか?
らしくない後輩の行動に僅かな違和感を覚える。
「それって……」
「おい! そろそろミーティング始めんぞ!」
更に言葉を続けようとした鵜坂だったが――
その声は肉山によって遮られてしまう。
「あー、面倒だけど行くか……」
「はい……」
海斗は席から立ち上がり、後輩と共にミーティングへと向かう。
不機嫌そうな、それでいて安堵したような――
表現しがたい彼女の表情が、海斗はなぜか気にかかった。
「あのセンパイ……今日って……」
驚きに身体がびくりと反応する。
すぐ隣に視線を向けると、鵜坂の姿。
時間を気にしているのだろうか、チラチラと壁に掛かった時計に視線を向けている。
どうやら時間を忘れて仕事に没頭していたようだ。
彼女に倣うように視線を動かすと――
時計の針は一九時、定時を超過していることを示していた。
「あー多分まだ掛かりそうかな……」
海斗は自身の業務進捗を確認しながら答える。
想像以上に仕事は進んでいたが、完了まで数時間は必要だろう。
「そうですか……」
残念そうな表情を浮かべる鵜坂。
ここのところ忙しかったせいで、どうしても注意力が散漫だった。
思い返してみれば今週に入ってからずっと、彼女は何か話したそうな様子を見せていた――気がする。
距離感が近いせいで忘れてしまいそうになる。
だが彼女はまだ入社して一か月に満たない。
もしかすると何か不安を抱えているのかもしれない。
「何か相談事か? 少しなら時間、作れるけど?」
海斗にとって彼女はかわいい後輩だ。
急いで仕事を片付けたい気持ちもあるが、少しくらいの時間を割くことに戸惑いはない。
「えっと、相談って訳じゃなくて……」
言い出し難いことなのだろうか?
彼女の様子からは戸惑っている様子が見て取れる。
いや、どうやらただ迷っている訳でもなさそうだ。
鵜坂は先程から時間をかなり気にしている。
もしかするとこの後、何か用事があるのかもしれない。
既に選択権は投げている。
どうするのか、それを選ぶのは鵜坂自身だ。
「また後で……そのゴールデンウィーク中に時間……作ってくれますせんか?」
意を決したように放たれた言葉。
その表情には真剣な光が宿っており、何か決意を胸に秘めているように見えた。
「別に構わないよ」
「ほ、本当にいいんですか!!」
物凄い勢いで話す後輩に呆気に取られてしまう。
そんなに困っているのだろうか?
罪滅ぼしと言う訳ではない。
だが話を聞き、可能な限り彼女のために尽力しよう。
強く決意を固めながら、彼女の言葉に頷きで応える。
「それじゃあ……えっと週明けの月曜とかって大丈夫ですか?」
「ああ、俺は大丈夫だよ」
「ありがとうございます! あっ、センパイってスマホ……」
「……すまん。まだ変えてなくてな。ほら、これ渡しとくよ」
さらさらとペンを走らせると、海斗は文字列の書かれたポストイットを差し出す。
「これって……センパイの……」
「悪いんだけど、詳しいことが決まったら、このアドレスにメールを頼む」
「はい! 了解しました! センパイのアドレスゲットだぜーーーー!!」
突然大声を上げる鵜坂。
だがここは無人と言うわけでない。
事務所に残っていたメンバーが、何事かと一斉に彼女に視線を向ける。
「す、すいません!」
ぺこぺこと頭を下げ謝罪する鵜坂。
その姿はどこかコミカルで、放っておくといつまでも頭を下げていそうだ。
「あー、時間は大丈夫なのか?」
「……! そうでした! じゃあセンパイ、お先に失礼します!」
思い出させるように声をかけると、彼女は慌てて身支度を整える。
心なしか顔色の明るくなった鵜坂は、時間を気にしながらも、律儀に一礼。
「約束しましたからね! 絶対忘れないでくださいよ!!」
「ははっ、分かってるよ。気を付けて帰れよ」
念を押してくる鵜坂を、海斗は軽く手を上げながら見送る。
嬉しそうに去って行く彼女の姿に、少しだけ胸が温かくなった。
「よし……これで……」
時刻は二一時過ぎ。
思ったよりも早く仕事を片付けることができた。
海斗は達成感と共に首を回す。
まだ残っている同僚もいるが、上司は普通に帰宅済み。
ささいなことからも、この会社のヤバさが伝わってきた。
死にそうな顔をしている、同僚達。
手伝ってやりたい気持ちはあるが、今は優先すべきことがある。
海斗は同僚に軽く別れの挨拶を告げ、そそくさと席を立つ。
この後は一度帰宅し、自身の想像が当たっているのか検証する予定だ。
恐らく間違いないと思うが、それなりにリスキーな行動をとることになる。
確認せずにやってしまい、後で無駄な問題を抱えるのは避けたい。
必要なモノはコンビニで入手できるはずだ――
海斗は焦る気持ちを抑えながら、足早に会社を後にした。




