調査
向かい合った相手の腕を掴み、身体を反転。
引き込みながら、背負うようにして前傾姿勢を取る。
そして全体重を浴びせかけながら――前方へと倒れ込んだ。
地面に突き刺さる緑色の頭部。
完璧な致死の一撃。
柔道で言うところの一本背負いと言うヤツだ。
服から砂埃を払いながら立ち上がる海斗。
鋭い視線で、目の前から消えていくゴブリンの亡骸を見つめる。
「これで……七匹目、か」
発した言葉には疲れが見え、どこかウンザリとしていることが伝わってきた。
「やっぱり、増えてきてるよな……」
それはこの五日間、夜の街を調査して感じたこと。
検証と、新しい手掛かりを求めての探求。
海斗は今週に入ってから毎日、日付が変わるまで街中を歩き回った。
三匹、五匹、七匹、九匹。
これは昨日までに討伐したゴブリンの総数。
少しずつではあるが、確実にその数は増えている。
「もしこのままのペースなら、今日は余裕で二桁超えるんじゃ……」
額に手を当てながら呟く。
今日の探索は、開始してまだ一時間程度。
既に一昨日の討伐と同数。
今までの増え方から考えれば、想定外の遭遇率。
だが見つかるゴブリンの数が増えること自体は悪いことではない。
その方が目的を早く達成出来るのだから。
しかしこの街で生きる人のことを考えると――
頭を振り、嫌な想像を打ち払う。
おもむろにポケットから取り出したのは――スマートフォン。
視線を向けると、画面に表示されている緑のバーに変化が見て取れた。
ゴブリン倒すことでゲージが増加する。
それは今週得た、最大の検証結果と言うべきものだ。
「増えてはいるんだけどな……」
しかし漏れ出た言葉は、喜びとはかけ離れたもの。
増えている。確かに増えてはいるのだが――
実際それは微々たるもので、やっと一割程度といったところだった。
今までと違い、目に見える成果は確かに存在している。
しかしこのペースでは、ゲージを貯めきるのにいつまでかかることやら。
目に見えると言うのも、一長一短。
認識出来るからこそ、つい焦りが生まれてしまう。
だが確実に前へと進んでいる。
海斗はそう考えることで気を取り直し、意識を集中。
『気配察知』で周囲の気配を探る。
「……移動、するか」
――感知出来る範囲にモンスターはいない。
少しでもゲージを貯めるため、海斗は再び歩き始めた。
「……やっぱり、そう言うことなのか?」
西口の調査を終え、東口に戻ってきた海斗は思わず言葉を溢す。
それはモンスターの分布について。
駅を挟んで東西。毎日その双方を確認してきた。
しかしゴブリンとの遭遇は東口に集中している。
緑の異形は日々数を増やして続けている。
だが、今まで西口でヤツらを見かけたことはない。
ただの一度も、だ。
約半年前、海斗が巻き込まれたダンジョンも東側にあった。
どう言うことなのだろう。海斗に理由は分からない。
しかしこのまま西側の探索を続けることは時間の無駄だと感じている。
これからの行動指針を考えながら、海斗は歩を進める。
気になることはゴブリンの分布だけではない。
海斗は今週に入って三二匹の異形を倒している。
討伐数と過去の経験から考えれば、既にレベルが上がっていてもおかしくないはずだ。
しかしレベルアップのアナウンスが流れることはなく――
身体能力的にも変化は見られない。
もしかするとダンジョンの内外で何か違いでもあるのか?
そんな仮定を立ててみても、検証する術などない。
「……はぁ」
途切れた集中に思わずため息が漏れる。
色々と分かったこともあった。
だが分からないことの方が多すぎる。
もっと集中しなければ。
そんなことを考えていた海斗はふと気付く。
「……あれ?」
思わず口を突いて出る驚きの声。
きょろきょろと辺りを見回す海斗。
拭いきれない違和感に背筋が震える。
裏路地に入った訳でもなければ、特別人通りの少ない道と言うわけでもない。
どちらかと言えば、普段は人で賑わっている通りだ。
金曜の夜であれば、飲み屋に向かうサラリーマンが行き交っているはずなのに――
いつの間にか、周囲から人影が消えている。
まだ時刻は二二時。
休み前、週末の繁華街に歩行者がいないなどあり得るのだろうか?
まるで自分だけ世界に取り残されてしまったような。
言葉に出来ない不思議な感覚を味わっていた。
「戻った方がいいか……」
誰に聞かせるでもない独り言。
それは不安を含む声音。
ゴブリンとは違う、非日常。
一体この街で何が起こっているのか。
原因が分からないからこそ、不安が募る。
一旦引き返すため、海斗が踵を返そうとした瞬間――
大きな衝撃音が周囲に響き渡る。
「……!? 今のって」
視線を音がした方に向ける。
目に見える範囲に異常はない。
どうやら発生源は少し離れた場所のようだった。
「確かめた方が良いよな……」
海斗は周囲を警戒しながら、ゆっくりと歩き出す。
少し進んだところで――再び聞こえる衝撃音。
それは何かが壁面にぶつかるような音。
気配を探るため海斗は意識を集中し『気配察知』を発動。
するとすぐ側、路地を入った所に反応がある。それも複数だ。
恐らくこれは――
「……ッ!?」
複数存在しているゴブリンらしき反応。
そしてヤツらに取り囲まれる別の気配。
即座に走り出す海斗。
恐らく囲まれているのは人の気配だ。
今ならまだ救えるかもしれない。
脳裏に浮かぶのは、ダンジョンで見た犠牲者の姿。
湧きあがる強い衝動のまま、海斗は全力で路地裏へと駆け出した。




