目に見える希望
ティセの手掛かりでもある、スマホが反応した理由を探るため。
即座に海斗は調査を開始した。
しかし手掛かりを探すだけが目的と言う訳ではない。
不自然な程、周囲をきょろきょろと見回している――
海斗のそんな姿からも別の目的が感じ取れた。
それは鵜坂の無事な姿を確認したいと言う心の現れ。
連絡を取る手段がない以上、週明けに会社で確認するしかない。
頭では理解出来ていても、ついつい周囲を見回すことを止められなかった。
とは言え、それは副次的な目的だ。
人ごみの中に後輩の姿を探しながらも、ゴブリンの気配を探っていく。
日常に潜む異質な存在。
夢ではないかと思いそうになる出来事。
しかし確かに手に残る――頸骨を粉砕する――嫌な感触。
やっと手にした手ががりを手放したくない気持ちが、海斗の行動を支えてくれた。
時間を、寝食を忘れ行動を続けた結果――既に日付は日曜日。
太陽は姿を隠し、宵の口に差しかかっている。
気付かぬ内に二四時間以上、探索を続けていたようだ。
まだ続けたい。あと少しだけ。
湧きあがる衝動は、海斗の素直な心情。
だが、必死でそんな気持ちを押し殺す。
明日も仕事が待っている以上、いつまでも調査を続けることはできない。
「…………」
無言のまま唇をかみ締める。
本音を言ってしまえば、全てを投げ出しティセの手掛かりを探したい。
しかし人が生きていくためには、働く必要がある。
多少の貯蓄があるとは言え、何もせず生活を維持できるほどではない。
仮に退職した場合、年齢的に再就職も簡単ではないだろう。
あの会社に労働基準法などと言う、人間社会のルールは存在しない。
もし遅刻でもしようものなら、強制的に宿泊ツアーが開催される。
たとえ自分の仕事が終わっていたとしても、だ。
可能な限り調査に時間を割きたい。
だからこそ今日の調査はここまででで切り上げる。
眉間に皺を寄せながら、海斗はゆっくりと帰宅の途についた。
自宅に戻った海斗は、ぐったりとした様子で閉じた玄関ドアに背中を預ける。
時刻は二一時。室内を照らすのは窓から射し込む月明かりのみ。
靴を脱ぐことさえ億劫で、ここから動く気力が湧いて来ない。
寝ずの調査。その結果、分かったことは二つ。
一つめは、どうやらこの街にはモンスターが点在してると言うこと。
結果として確認できたゴブリンの総数は四匹。
数はそれほど多くなさそうだが、あの緑の異形は確実にこの街に存在していた。
ただ海斗が実際に討伐したのは三匹のみ。
残り一匹は、何者かによって打ち倒されていた。
ゴブリンの身体に残されていたのは、昨日と同じ打撃痕。
一撃で打倒している所からも、同一人物の仕業と見て間違いないだろう。
まだ姿が残っていたことから、討伐後それほど時間が経過していないはず。
しかし結局その正体を知ることは出来なかった。
だが一つ言えることがある。
それは戦闘方法から見て、討伐者が歌恋である可能性は低いと言うことだ。
夢を叶えるため一歩を踏み出した少女には、血なまぐさい世界は似合わない。
彼女は今回の件に関わっていない。
そう思えるだけで少しだけ海斗の気分は軽くなっていた。
二つ目に分かったこと。
それはモンスターの討伐とスマホの関係性だ。
海斗の討伐した三匹。そして何者かが討伐した一匹。
ゴブリンが消滅した後、必ずスマホが振動していた。
あの時――ディスプレイの中に映ったティセ。
今回、彼女の姿を確認することは出来なかった。
しかしモンスターを討伐することで反応がある。
これまで何の手掛かりも存在しなかったのだ。
それが分かっただけでも、十分な成果と言えるだろう。
道なき道の先に、一つの光明が差し込む。
海斗の脳裏には、そんなイメージが浮かんでいた。
思考の整理を終えた海斗は、ゆるゆると靴を脱ぎ、室内に上がる。
部屋の照明を点けることさえ面倒なのだろう。
テーブルの側に俯せに倒れ込むと、ポケットからスマホを取り出す。
定位置にスマホを置く。
それはいつも通りの行動。
特に意味があったわけではない。
ただ何となく海斗はスマホのディスプレイに視線を向け――
「……えっ! これって!?」
勢いよく飛び起きた。
先程まで何も表示されていなかったはずの画面。
しかし、今は違った。
目の前のディスプレイには明かりが点っており――
そこには何かを表わす謎のバーが表示されていた。
「電源の……インジケーター?」
海斗の脳裏へと真っ先に浮かんだのは、充電率を視覚的に示すゲージ。
特にパーセントが表示されているわけではない。
だが真っ黒な枠内に、少しだけ緑のバーが貯まっているように見える。
ゴブリンとの戦闘後、ただ振動するだけだったスマホ。
今、確実な変化を目にして、海斗の心に歓喜が湧きあがる。
「何か……何か手掛かりは……」
震える指先で、スマホを操作しようと試みる。
まずは画面に表示されたゲージに触れてみるが変化はない。
「…………」
次に視線が向かったのは電源ボタン。
もし表示されているのが充電を示すゲージだとすれば――
少しだけだが充電されているのでは?
そんな考えが海斗の脳裏に浮かぶ。
恐る恐ると言った手付きで、電源ボタンを長押し。
目を瞑り、心の中で祈りの言葉を口にする。
海斗は祈る神など持たない無神論者だ。
だが今は藁にでも縋りたい――そんな想いで祈りを紡いでいる。
ゆっくりと目を開き、スマホの画面に視線を向ける。
そこには――何の変化もなく、少しだけ緑を宿すゲージが映っていた。
しかし海斗の心に落胆の影はない。
確かに残念に思う気持ちが全くないとは言えない――
だが目の前には希望があった。
今までのように何の標もなく、道なき道を歩くわけではない。
目に見える手掛かりを得たのだから。
海斗の瞳には、隠すことのできない喜びの色が見て取れた。