休日の過ごし方
閉じられていた海斗の瞼が開く。
違和感を感じ目元を拭うと、指先も湿り気を感じる。
頬に残る一筋の痕。
気づかぬ内に涙を流していたらしい。
ゆっくりと上半身を起こすが、記憶がハッキリとしない。
ぼやけた脳内を整理するように、周囲に視線を向ける。
生活感のない殺風景なワンルーム。
少し開いたカーテンからは、僅かに朝日が差し込んでいる。
手の中には反応を示さないスマートフォン。
どうやら昨夜、あのまま眠ってしまったようだ。
懐かしい夢を見た気がする。
もう夢の内容は思い出せない。
だがきっとそれは――大切な忘れてはいけない残り火。
朝から柄にもないノスタルジックな感傷に浸ってしまった原因。
それはきっと――
海斗が眠りながらでも離すことのなかったスマホ。
手の中の精密器機に視線を移す。
「いつまでもこのままって訳にもいかないよな……」
動かないスマホを持ち続けることに意味はない。
新しい機種に交換するなり、修理するなりする必要がある。
頭では分かっていても行動を起こすことが出来ず――
オブジェと化したスマートフォンを、ずっと手元に残し続けていた。
海斗は頭を振りながら立ち上がる。
今日は珍しく仕事のない土曜日。無駄に感傷に浸っているのも勿体ない。
寝ぼけた頭を覚ますため、浴室に向かって歩き出した。
海斗の視界をカラフルな色彩が踊る。
軽快な音楽と共に軽やかに躍動する、ゴリマッチョな白い胴着姿の男性。
強烈な打撃音が響いた瞬間――YOULOSE。
明滅と共に表示されたのは自身の敗北を告げる文字。
手にしていたコントローラーを放り出し、ため息を吐く。
直ぐ側に置かれていた端末を手に取る。
電子書籍に目を向けるが、その内容は1ミリも頭に入ってこない。
あれほど熱中していたはずのゲームや漫画。
しかし今の海斗にとってそれらは、退屈な物でしかなかった。
あの日――仲間達と繰り広げた冒険。
もしかすると夢だったのかも知れない。今はそう思うときもある。
しかしそれでも――
海斗は自身の胸に手を当て思いを馳せる。
自分自身、理解出来る急激な成長。戦えば戦っただけ強くなれる達成感。
共に戦う仲間。自身を頼り信じてくれる人がいる。
思い返すだけで、海斗の胸にあの日の高揚感が蘇ってくる。
そう、あの日感じた熱はまだ胸の中に生きていた。
住み慣れたはずのワンルーム。
当たり前だったはずの一人での生活。
それなのに今は誰もいない空間がつらい。
今までなら職場でも基本一人で行動していた。
各所との連携は必要だが、別に社内で誰かと共に行動する訳ではなかった。
そう、なかったのだ。
あの騒がしい後輩が現れるまでは。
きっとこんな感傷的な気分になるのも、一人ではない時間が増えたため。
そうあの憎めない後輩に振り回されているせいだろう。
脳裏に浮かぶのはショートカットの活発な笑顔。
海斗は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
自室にいても気分が沈んでしまうだけだ。
それに――海斗はテーブルの上で存在を主張するスマホに目を向ける。
コレもいい加減どうにかしなければならないだろう。
つい嫌なことから目を逸らすようにゲームを始めてしまったが、まだ日は高い。
今からなら十分に外出するだけも時間を取ることも出来る。
海斗は複雑な感情を一旦脇に置く。
ソレを鞄に詰め込むと、ゆるゆると外出の準備を始めた。