それはあの日の雨のようで……
これからの流れを想定していた海斗。
そんな彼を襲う早速の想定外。
到着した国立病院。
しかしここで受け入れることが出来るのは一名だけらしい。
レディーファーストと言う訳ではないが、歌恋は高熱を出していた。
考えるまでもなく、彼女を優先するべきだろう。
そんな海斗の願いは聞き届けられる。
歌恋を国立病院に残し、別の病院へと向かうことになった。
出来るなら側に付き添っていたいが、自衛官の指示を無視する訳にもいかない。
別れがたさはある。しかし今は彼女の治療を優先させるべきだろう。
万が一戦闘になった場合のことを考える。
現状ではどの程度自衛隊がモンスターと戦えるのかは分からない。
だが彼らは訓練された兵士の集団。
きっと上手く病院――と言うか歌恋のこと――を護ってくれるはずだ。
生きていればまた会うことも出来るはずだ。
そう自身を納得させ、彼女に別れを告げる。
車を降りた歌恋。浮かべる寂しそうな表情に、強く後ろ髪を引かれてしまう。
彼女は海斗の乗る車両が見えなくなるまで、手を振り続けていた。
今日から世界の在りようが変わり、ダンジョンを前提とした秩序が誕生する。
海斗と同じ経験をした人間であれば、きっと誰もがそう思うはず。
それは例えるならば、最近増えてきたラノベのテーマ。
所謂ダンジョンモノのような展開を。
ダンジョン産の資源を求めてギルドが結成。
新しい職業として冒険者が認知され、一攫千金を求める若者達の人気職となる。
荒廃した世界を身に着けた力で無双していく。
何て展開もあるかもしれない。
不謹慎かもしれない。
海斗はそう考えながらも、ワクワクとする気持ちを止められなかった。
そう、現実を知るまでは。
ここから先は悲しいことに思い出す程のことなどない。
長々と語ることなど存在せず、シンプルな言葉で片づいてしまう。
一言で言ってしまえば――何も変わらなかったのだ。
ダンジョンに巻き込まれた際、そしてダンジョンを抜け出た際の地震。
それは体感ではあったものの、とても大きなモノだと考えていた。
しかしそれは局地的なものだったらしい。
まるで大災害のように見えたのは、公園の周囲のみ。
少し現場から離れてみれば、大した被害などなく、町並みは綺麗なものだった。
病院で治療を受け、大した傷はないと診断され。
国の官僚だろうか? スーツ姿の男性から軽く事情聴取を受ける。
その後は簡単な事務手続きを行い、即日解放。
本当に何ともあっけないものだった。
自室に戻り、先程までの出来事が夢だったのではないか。
そんなことを考えてしまいそうになるが――
取り出したマテリアルを眺める海斗。
そこには確かに残る物的証拠があった。
今は姿を隠しているが、ティセの存在。
彼女もまた、ダンジョンが存在する証明になるだろう。
どこかふわふわとした気分のまま、ティセの帰りを待つ。
本来なら迎えに行くべきなのかもしれないが、居場所が分からない。
それに彼女は優れた広域探索能力を持っている。
下手に動き回るより、じっと待機しこちらを見つけてもらう方が確実だろう。
そう考え一夜、二夜、三夜。
まだかまだかとティセが戻ってくるのを待ち続けた。
しかしどれだけ待っても彼女は現れない。
心配になり街中を探し回ってみるが、何の収穫も得られなかった。
何か怒らせることでもしてしまったのだろうか?
自身の行いを振り返って見ても、思い当たることなどない。
曜日が一週回った頃、海斗はようやく理解する。
自分をマスターと慕ってくれる存在はもういないのだと。
そう一週間は、現状を理解するには十分な時間だった。
気付くと海斗の頬を伝い、滴が零れ落ちる。
それはまるであの日、降り注いだ雨の雫のようで――
ダンジョンを脱出した日を境に。
かけがえのない大切なパートナーだったはずのティセは。
――海斗の前から姿を消した。




