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あの日の出来事

 カチャリ。

 無人の室内に扉を開く音が響く。


「ただい……はぁ……」


 思わず口をついて出そうになった帰宅を告げる挨拶。

 海斗は首を振り、一つため息を漏らす。


 明かりを灯すことも億劫なのだろう。

 玄関に靴を脱ぎ捨て、室内へ上がると同時にそのまま倒れ込む。


 迎える者のいない自室。

 それはずっと当然だと思っていた光景。


 一人でいることが当たり前で、それで良いと思っていた。

 だが何故だろう。どこか物足りなさを感じてしまうのは。


 這うように移動し、テーブルの上に置かれたスマートフォンを手に取る。

 真っ暗な画面。電源ボタンを長押しするが、何の変化も起きない。

 しかしそれは充電が切れているからと言う訳ではなかった。


 海斗は目を瞑り思い出す。

 それは命がけでダンジョンから脱出した――あの日。


 何かが変わるかもしれない。

 そんな予感を感じた日の出来事を。



「生存者発見! 男女二名です!!」


 ダンジョンを脱出した海斗達の元へと駆けてくる二つの影。

 その服装は、エンタメの中ではおなじみのもの。

 日本の国防を司る制服姿に、ここが自分の知る世界であると安堵した。


 もし平時であればそれは頭のおかしい考えだろう。

 しかし今この世界には、モンスターの跋扈するダンジョンが存在している。

 ならば脱出した先が異世界であったとしても不思議ではない。


 まだ良く似た並行世界という可能性は残っている。

 だが少なくとも、相手の発する言語は日本語。

 意思の疎通は問題なく出来るだろう。


 近づいて来る自衛官の姿をぼーっと眺めていた海斗だったが――突然はっとした表情を浮かべすぐ隣に目を向ける。


 ティセの姿はどう見てもファンタジーの住人。

 自衛官から問われれば、彼女の存在に関して説明する必要がある。

 しかし海斗にはそれを上手く説明する自信などなかった。


 パートナーの姿を探し彷徨う視線。

 先程まで直ぐ側にいたはずのティセの姿はない。


 こちらが指示する前に姿を隠してくれたようだ。

 安堵の気持ちが浮かんで来るが、まだ気を抜くわけにはいかない。

 自衛隊と合流する前に、今後の行動指針を決定する必要があるのだから。


 これからを考えるに当たって、まず大きな問題が一つ。

 それは海斗の持つ武器、漆黒の大剣と小鬼の短刀に関してだ。


 日本には銃刀法と言う法律がある。

 大剣は言わずもがな、短刀の所持に関しても非常にまずい。

 いくら緊急事態とはいえ、流石に見逃してはくれないだろう。


 しかし今問題となっているのは、武器そのものに関してではない。

 これからもモンスターと戦うために、大剣や短刀は必須だ。

 だが困ったことに――


 海斗は強く握り締めていた手の平を開く。

 それは先程まで漆黒の大剣を保持していたはずの利き手。


 あれほどまでに存在を主張していたはずの大剣に変わり――

 開いた手の中で、淡い光の灯る二つの小さな玉が存在を主張していた。


 脳裏に浮かぶのは――『マテリアル(漆黒の大剣)』『マテリアル(小鬼の短刀)』。

「海斗さん……このマテリアルって……」


 歌恋の所持していた短弓も同じものに変化しているようだ。


 武器が消失し残されたマテリアルなるもの。

 これがどう言ったものなのか詳細は分からない。


 確かに期せずして法律違反を回避出来たことは幸いなのかもしれない。

 だが銃刀法から逃れるよりも、戦う手段がないことの方が問題だ。


 マテリアルを覗き込めば、その中央に本来の姿が浮かんでいる。

 取りあえず強く念じる。

 と言うありきたりの方法は試たが何の反応もない。


 何とかして元に戻す方法を探さなくてはいけない。

 しかし彼らがここに来るまでそれほど時間は残されていない。

 他に考えることがある以上、考えても答えが出ないことは後回しだ。


「取りあえず保管しておこう」


 頷きを返す歌恋。

 二人揃って、マテリアルをポケットに仕舞い込む。


 次に気にするべきこと――それはダンジョンに関してのこと。

 本来であれば今後のことも考え、自衛官に詳細を伝えるべきだろう。


 だが懸念事項がある。

 海斗だけでなく歌恋もレベルという加護を得て超人的な力を得ていることだ。


 お国の一大事に個人の人権は無視されがちなもの。

 つまり変に仔細を語ることで、拘束されてしまう可能性があった。


 自分や歌恋に降りかかる火の粉があるなら、戦うことに迷いはない。

 だが海斗は見ず知らずの人間のために、命を賭けようとは思えない。


 それに歌恋が自ら協力を申し出ると言う展開も回避したい。

 最悪自分が矢面に立つことは許容できる。

 しかし出来る限り歌恋に戦わせることはしたくなかった。


 ならば選択肢は一つ。

 俺達は何も見ていないし、何も知らない。

 気が付いたらここにいました、で押し通す。


「歌恋……ダンジョンのことなんだけど」


 少し卑怯かもしれないが、今はこれが最善と信じるしかない。

 海斗は小声で、歌恋にこれからの対応方針を共有した。

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