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ダンジョンアドベンチャー②

「…………」

 どのぐらい歩いただろう? 一時間くらい経過したようにも感じるし、まだ一〇分程度しか経っていないようにも感じる。


 歩いても歩いても代わり映えのしない光景。足元や壁面に注意を払いながら進むことは、思っていた以上に精神を疲弊させていた。

 淡い光源しか存在しないこの場所では、時間の経過が分かり難い。

 普段とは全く違う特殊な環境に、体内時計は当てにならない状況だ。


 スマホを使えば時間を確認することはできる。しかし今は周囲を警戒しながら進まなければならない。

 そんな状態で時間を確認するためだけに、片手が塞がってしまうのは避けたいところだ。


 こんな時に腕時計があれば。

 今はスマホで時間を確認することが当たり前。社会人であっても腕時計を身に着けていないのは不思議なことではない。

 悲しいかな海斗も腕時計を身に着けない派閥の人間だ。


 スマホは非常に便利なものだが、それに頼りすぎた結果がこれだ。

 平時であれば何の問題もないはずのことが、状況次第で大きな問題であるかのように感じてしまう。

 ここから無事に出ることが出来たら時計を買った方が良いよな、などと今更すぎる考えが海斗の脳裏を過ぎった。

 思考が散漫になるのは精神的な疲労が溜まっているせいだろうか。


「ねえ、マスター大丈夫? 疲れてない? 休憩する?」

 ティセがこちらを気遣い声をかけてくれる。

 心遣いはありがたい。確かに精神的には疲弊している。だが不思議なことに肉体的な疲労は全く感じていなかった。


 海斗はそれほど運動を好むタイプではない。それゆえにとても体力があるとは言い難い。

 これだけ精神が疲弊しているのであれば、普段より早くバテてしまうのが当然のはず。

 しかし精神の状態と反比例するように、何故か身体の調子はすこぶる良い。

 若返ったかのように疲労を感じない身体。まるで二〇台前半の頃に戻ったようにも感じる。


「いや、大丈夫だ。ありがとなティセ」

「えへへ……そんなお礼を言われる様な事じゃないよぉ~」

 照れた様子を見せるティセ。そんな彼女の姿を見ていると、重かったはずの心が少しだけ軽くなったような気がする。

 海斗は雑念を振り払うように頭を振ると、再び周囲を確認しながら歩き始めた。



「……? ねえマスター! 見て、あそこ、何か落ちてるよ?」

 ティセの指差す先に視線を向けると、確かに地面に何かが落ちている。

 近づき屈み込む海斗。拾い上げるとそれは男性用のスニーカーだった。


「……なんで靴?」

 片足分のスニーカー。靴紐が解けているが、それ以外に何か問題があるようには見えない。


「誰かが慌てて置いてっちゃったとか?」

 ティセの言葉を少し考えてみる。状態から推測するに、放置されてそれほど時間が経過した様子は見られない。

 もしかするとこのスニーカーを履いていた人物が、近くにいる可能性も考えられる。


「靴を放置するほど慌てること……」

 どうして片足分の靴だけを放置していったのか。何故かやけにその部分が気にかかる。

 何か事情があってここに靴を残して行ったのか。それとも急いで移動する必要でもあったのか?

 思考を巡らせてみても手元にある情報だけでは答えを導くことは出来ない。


「う~ん、どうするマスター?」

「気にしてても仕方ない。取りあえず進むか」

 疑問はあるがこの場でずっと悩んでいても仕方がない。


「……? どうしたのマスター?」

 海斗は再び歩みだそうとして、困ったような表情でその場で立ち止まった。

 その視線は手に持ったままのスニーカーに注がれている。


「これどうしよう……」

「置いてけばいいんじゃない?」

 別に自分の持ち物と言う訳ではない以上、ティセの言うことが正しいのだろう。

 しかし一度拾った物をここに置いて行くのは、道にゴミを捨てるようで気が進まない。


「いやまあ、仕方ないか」

 もしかするとこの靴の持ち主が見つかるかも知れない。もしくはゴミを捨てられる場所が見つかるまで。そう考えスニーカーを手に持ったまま再び歩き出す。


 何も言わないがティセは何で持っていくんだろう、と不思議そうにしていた。

 いくらパートナーとは言え、海斗の感じている小市民的感情を理解してもらうには一緒にいた時間が短すぎる。

 そういった部分も理解しあえるようになれるといいな。海斗はそんなことを考えながら探索を再開した。



 暫く進むと目の前に左右への分かれ道が現れた。

 何も考えず左に曲がりそうになるが、嫌な予感がする。それは脳内で警戒音が鳴るような不思議な感覚。

 こういった時、一般的には自分の直感に従った方が良いのだろう。

 だが海斗は自分の直感が特別に優れているとは思っていない。むしろそれほど直感が鋭い方ではないと思っている。


 どうしたものかと腕を組み、考えをまとめようと少し首を捻る。

 もし一人だったなら、ここで悩んで中々進めなかったかもしれない。

 だが今は相談できる相手がいる。


「なあ、ティセはどっちに進むのが良いと思う?」

 相談されたことが嬉しかったのだろう。両手を胸の前に構え、むんっと気合いを入れるようなポーズをとるティセ。


「ちょっと待ってね! う~ん……」

 目を瞑り何かを探っているような様子を見せるティセ。凄く集中しているようで、声をかけるのが躊躇われる。

 暫く彼女を見守っていると、カッと目を開いたティセは左側の通路を指差し――


「マスターこっち! こっち側で気配がするよ!!」

「……気配? それってどう言う事だ?」

「えっとね……なんて言うんだろ。生き物の気配がする……みたいな?」

「ティセにはそんな事が分かるのか?」

「うん! 数まではわかんないけど、大体の方向とか気配ならね!」

 どうやらティセには気配が分かるらしい。

 海斗は素直に凄い能力だと考え、思ったことをそのまま口にする。


「凄いなティセは」

 彼女に賞賛の言葉を贈り、その頭を優しく指先で撫でる。


「えっへへ~。困った時はティセちゃんにお任せだよ~」

 照れたように笑う彼女に癒されながら、どちらに進むのかを選択する。


「そうだな。それじゃあ左にするか」

 嫌な予感がするのは気になるが、もし問題があれば引き返せばいい。

 そう考えた海斗は左の通路を進んで見ることに決めた。

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