後輩参上!
溢れそうになる不満を飲み込むと、軽く資料に目を通し、自身の業務を再開する。
仕事に没頭していると、あっという間に時間が過ぎていく。
海斗は疲労感を感じ、ふとPCの右下に表示されている時間に視線を向ける。
すると時刻は既に一三時を超えていた。
この会社は特に何時から、と決まった昼休憩の時間が存在しない。
各自区切りのよいところで食事を取らないと、一日中仕事をし続けることさえある。
ちなみに昼休憩をとらなかったとしても、その分の給料が加算されることはない。
残業手当も『みなし残業』と言う名目で四〇時間分が加算されてはいるが――
海斗には超過分が支払われた記憶は存在しなかった。
無理をして働き、体調を崩しても保証などない。
それを理解しているからこそ、次の仕事を押し付けられる前にこの場を去るべきだ。
何故ならこの場所には、脂ぎった悪魔が存在しているのだから――
無茶苦茶な職場ではあるが、一つだけ良いこともあった。
それは誰も海斗の変化に対して言及する者がいなかったと言うこと。
容姿が一〇歳以上若返れば普通なら気付くものだろう。
しかし、この会社は普通ではない。
他人に気を配る余裕のない職場だからこそ、何の問題もなく仕事を続けられていた。
それが幸せなのかは別として。
廊下を歩きながら今日の昼食をどうしようかと考える。
とは言え、海斗はそこまで食に対するこだわりは強くない。
腹を満たし、最低限の栄養が摂取できればそれで良いと思っている。
いつも通り、ラーメンでも食べるか。
そう考えながら会社の出入り口に向かっていると――
「先輩センパイせんぱーい!!」
けたたましいと表現すべきだろうか?
背後から海斗を呼ぶ活力に溢れる女性の声が近づいてきた。
「あー鵜坂、連呼しなくても聞こえてるよ」
その声に応え、振り返ろうとした瞬間――
「どーん!!」
「……おっふ!?」
海斗の腰に激しい衝撃が走った。
それは危険極まりない――もしスポーツであれば『除名』処分を受けるようなタックル。
レベルと言う加護を持つ海斗だからこそ大したダメージはない。
しかし彼女が放ったのは、全力ダッシュから串刺しにするようなスピアータックルだ。
普通の人間であれば、致命傷になる可能性もある。
「おいお前、それ普通に俺じゃなかったら大変なことになるぞ」
「大丈夫ですよ~。センパイ以外にはしませんから!」
それなら良いのだろうか?
いや普通にダメだろう。
「いやお前……」
正面に回り込んだ鵜坂。彼女はキラキラとした目でこちらを見つめてくる。
そんな目で見られてしまっては、性格的に何も言うことは出来ない。
注意するため開こうとしていた口を閉じ、海斗は何とも言えない表情を浮かべる。
ショートカットに切りそろえられた髪。
くりくりとした愛嬌のある目。
身長は一五〇センチ程度で非常に小柄。
本来であれば小動物的な愛らしさを感じる見た目だ。
だが先程の攻撃? からも分かるように、身体能力は非常に高かった。
しかしアスリート特有のスレンダーボディと言う訳ではない。
引っ込むところは引っ込んでおり、出るべきところはしっかりと出ている。
整った容姿と相まって女性としての魅力も十分だ。
美人と言うよりはかわいい系。
それが目の前の女性――鵜坂怜那に対して誰もが持つ第一印象だろう。
「……まぁいいや。それで何か用か?」
「はい! 小宮山さんから聞いたんですけど。私の初新規の件ですよ~」
あの上司は人に仕事を押し付けることに関しては超一流。
今回もその手腕を遺憾なく発揮し、既に連絡を終えていたようだ。
この手腕をもっと別のところに使って欲しい。
そう考えている社内の人間は、決して海斗だけではないだろう。
「ああ、もう話を聞いたのか」
「ですです! その件でランミー! ランミーしましょうよ~!」
明るく前向きに仕事を捉える。
それは海斗には最早不可能とも言えることだ。
だからこそ後輩のそんな姿に懐かしさや羨望を感じてしまう。
「ってもこれスタートGW明けだから、まだ多少余裕はあるぞ?」
だが割り振られているのは、まだ直ぐに動く必要のない案件。
それにクライアントとの打ち合わせが必須なのだ。
現段階では資料を読む以外、特に出来ることはない。
「そんなこと言わないでくださいよ! 私の初新規なんですから~!」
「ええ……」
言い募る後輩に、何とも言えない表情を浮かべる海斗。
そもそも出来ることがないのに何をミーティングすると言うのだろう。
「ちょっ、何で嫌そうな顔するんですか~! どうせ今日も一人寂しくお昼を取る予定だったんでしょ! それなら私と一緒しましょうよ~!!」
非常に失礼な言葉ではある。
だが事実である以上、それに対して強く突っ込むことは出来ない。
「あー別に俺は一人で……」
「そんなこと言わないで一緒しましょうよ! センパイの奢りでランチだー!!」
せめてもの抵抗を試みる。
だがこの後輩はそんなことで諦めはしない。
短い付き合いだが、海斗にはそのことが理解出来た。
一見すると彼女は空気が読めないように見える。
だが本当に嫌がっている相手にはここまで強く押しては来ない。
海斗が本心から嫌がってはいないと、理解しているからこその行動なのだろう。
「はぁ……仕方無いなぁ。それでどこに行きたいんだ?」
結局のところ、海斗は毎回こうして押し切られてしまっていた。
もし他の同僚がこんな感じで誘ってきたなら、恐らく気分を害していただろう。
だが彼女はそこに不快を感じさせない何かがあった。
「さっすがセンパイ! 男前~! えっと、パスタ、私パスタが食べたいです!」
騒がしい後輩に手を引かれ、引きずられるようにして社外へと連れ出される。
多少疲れはするものの、何故か嫌いになれない不思議な相手。
それが鵜坂怜那と言う後輩の魅力なのかもしれない。




