恐るべき強敵①
遮られていた視界が晴れ、まず目に入ったのは――漆黒。
それはまるで夜を切り取ったかのような闇色の鎧姿だった。
全身を覆い隠す細やかな装飾の施された騎士鎧。兜のバイザーには二つの赤い輝きが宿っている。
身の丈は海斗と同じ一メートル七〇程度。
ホブと比べれば小さく見える。しかしその身より放たれる威圧感によって、巨人を前にしたかのような圧を感じる。
右手には無骨な大剣が握られており、身に着けた鎧と同じ漆黒の輝きがその存在を主張していた。
無骨な大剣と細やかな装飾の施された鎧。本来であればアンバランスにも思えるそれらは、まるであつらえたかのように調和している。
目の前の存在を一言で言い表すのであれば――漆黒の騎士。
今までのモンスターとは明らかに違う。それは強さにおいてだけではない、驚くべきことにその身からは気高さが感じられた。
漆黒の騎士は優雅な仕草で大剣を中段に構え――一閃。
「……ッ!?」
金属がぶつかり合う音が室内に響き、海斗は防御した大剣ごと大きく弾き飛ばされる。
転がるように受け身をとり着地。すぐさま親分の大剣を大地に突き立て、ふらふらと立ち上がる。
間一髪。ギリギリ反応することは出来たが、抵抗する余地さえなかった。
細かく震える手の平。たった一撃受け止めただけで、このありさまだ。まともに打ち合うことは難しいだろう。
騎士に視線を向ける海斗。流れるように中段へと構えを戻す姿から、今の攻撃がただ切り払っただけだと理解できる。
ホブとは明らかに違う。たった一合交わしただけで格上であると分かる強者。
騎士の身体から、溢れんばかりの殺気が放たれる。
海斗の身を襲う恐怖の感情。意図せず身体が震え出す。
もしもこのまま飲まれてしまえば、膝を突き戦わずして敗北を受け入れてしまうかも知れない。
だが何も出来ぬまま終わる訳にはいかない。今の海斗は一人ではないのだから。
「オオオオオォォォォ!!」
自らを縛る呪縛を振り切るように海斗は気合いの雄叫びを上げる。
勢いのまま親分の大剣を大上段に振りかぶり、騎士へと渾身の一撃を放つ。
その斬撃はこのダンジョンで海斗が振るったどんな攻撃よりも鋭く、最高と呼ぶに相応しい一撃だ。
『…………』
しかし騎士には届かない。
無言のまま、さも当然であるかのように、漆黒の大剣で受け止められていた。
驚きに固まる暇もなく、海斗へと先程よりも強い――圧倒的な死の気配が襲いかかる。
――このまま刃が離れれば一瞬で斬り伏せられる。
脳裏に浮かんだビジョンは左右に分かたれた自身の姿。
積み重ねた戦いの経験が、未来の光景を垣間見せる。
ならば選択肢は一つ。海斗は離れることなく一歩踏み込み、交わる刃を全力で押し込む。
『……!?』
漆黒の騎士が驚いた様子を見せる。
兜に隠されているためその表情は窺い知ることは出来ないが、なぜかそう確信出来た。
しかし虚を突けたのは一瞬。
漆黒の騎士は少しだけ腕を引くと、押し出すように海斗を弾き飛ばした。
靴底で地面を削りながら、騎士との距離が一メートル程離れる。
「……ッ! クソ!!」
視界の端に映った漆黒の輝きに反応し、全力で大剣を振るう。
甲高い金属音が響く。騎士の放った横薙ぎの一撃を受け止めることには成功した。だが驚くべき膂力によって身動き一つとることは出来ない。
徐々に押し込まれ、海斗は地面に膝を突く。
ここまでか。諦めにも似た感情が湧いた瞬間――ふっと身に降りかかっていた圧力が消失する。
「――なっ!?」
飛び退く漆黒の騎士。海斗は視界の隅に映ったものに驚愕する。
それはすぐ側を通り過ぎ、距離をとった騎士の足元へと突き刺さる。
振り返った海斗の目に映ったのは――地面に膝を突き、弓を構える歌恋の姿だった。




